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■「中央調査報(No.632)」より

 ■ 首相に対する評価と投票行動:JESⅢ-Ⅳ調査のデータから

平野浩(学習院大学法学部・教授)



 JES(Japanese Election Study)調査プロジェクトでは、日本人の選挙行動の学術的研究を1980年代から継続して実施している。
 今回は参議院選挙が間近に迫る中、首相に対する評価が国民の投票行動にどのような影響を及ぼすのかについて、過去の調査分析結果の一端を紹介する。

1.はじめに
 かつて三宅一郎は1990年代に実施された選挙世論調査のデータ分析から、首相を含め党首の評価がその党の評価を引っ張ることは比較的稀であり、むしろ党首は党首であることによって高く評価されるとした(三宅, 1998)。しかし今世紀に入り、党首に対する評価が投票行動に明確な影響を与えているという実証的な分析結果も示されるようになり(蒲島・今井, 2001)、小泉内閣期以降においては、逆にどの政党においても選挙の顔となり得ることが党首の条件となってきている。そこにはもちろん小泉元首相という特異なパーソナリティの存在が大きく影響していたことは言うまでもない。しかし、今日において首相を始めとする党首への評価や感情が有権者の投票行動に無視できない影響を与えるようになった背景には、より深い構造的な理由が横たわっている。すなわち、小選挙区制の導入から何回かの選挙を経て、衆議院選挙が政党の選択、政権の選択であることを政党も有権者も実感として学んできたこと、また特に首相に関しては、いわゆる執政中枢の強化が業績評価の対象としての首相のセイリエンスを高めたことが挙げられるであろう。本稿では、こうした首相に対する評価がどのように形成され、またそれがどのように投票行動に繋がっているかを、2005年衆院選時と2009年衆院選時に実施した調査のデータから探ってみたい。言うまでもなく、2005年衆院選では小泉首相の下で自民党が圧勝し、2009年衆院選では麻生首相の下で自民党は大敗し政権交代が起こった。その意味では、これらの選挙はいずれもやや特殊なケースということになろうが、逆に首相評価の高低が選挙結果に与える影響を考える上では相互に格好の比較対象とも言えよう。

2.データ
 JES(Japanese Election Study)調査は日本人の選挙行動調査として1980年代より継続して行われている全国サンプル調査であり、同種の調査としては日本を代表する調査と言ってよい。今回分析するデータのうち、2005年衆院選前後調査データはJESⅢ第8~9波データ、2009年衆院選前後調査データはJESⅣ第2~3波調査データに当たる。JESⅢは、平成13~17年度科学研究費特別推進研究「21世紀初頭の投票行動の全国的・時系列的調査研究」(研究代表者:池田謙一)の、またJESⅣは、平成19~23年度科学研究費特別推進研究「変動期における投票行動の全国的・時系列的調査研究」(研究代表者:平野浩)の助成を得て行われたもので(JESⅣは現在も進行中)、いずれも中央調査社が実査を担当している。2005年調査、2009年調査とも、全国の20歳以上の男女を対象とする2波(選挙の前後)の面接調査であり、サンプル数/有効回収数は2005年事前調査:2282/1517、同事後調査:1735/1511、2009年事前調査:3000/1858、同事後調査:2206/1684である。

3.2005年と2009年の首相評価
 まず表1は、それぞれの選挙前における自民、民主両党およびそれぞれの党首に対する評価である。これらは所謂「感情温度尺度」(対象に対する感情を最も否定的な場合を0、最も肯定的な場合を100として回答するよう求める質問)によって測定されたもので、以下本稿ではこれを首相評価の指標として用いることとする。

表1

 まず民主党の代表に対する評価は2回の選挙を通じてほぼ同じで、50を若干下回る値である。さらに2005年における民主党への評価も同様の値であるが、2009年における民主党評価は鳩山代表への評価を上回り、50を超える値となっている。これに対して2回の選挙における首相評価の値は大きく異なっている。すなわち、2005年の小泉首相評価は55.8と表中で最も高い値を示しているのに対し、2009年の麻生首相評価は40.3と最も低い値である。そして2005年の自民党評価も首相評価に引っ張られるように54.8と高いのに対して、2009年の自民党評価はやはり首相評価に引きずられる形で44.9まで低下している。それでは、こうした首相評価はどのような要因によって形成されているのであろうか。

4.首相評価の形成要因
 表2は、首相評価を従属変数とする重回帰分析の結果である。紙幅の関係で個々の変数に関する詳細は省略せざるを得ないが、従属変数を含めすべての変数はダミー変数あるいは0~1に再スケールされた変数である。いずれの首相に関しても、2つのモデルが設定されている。1つは回答者の経済状況認識を独立変数とするもの、もう1つは6つの争点に関する態度を独立変数とするものである。いずれのモデルにおいても、回答者の属性と支持政党(自民党支持かそれ以外か)がコントロール変数として投入されている。

表2

 まず経済状況認識の影響であるが、いずれの首相への評価に対しても、景気の現状および将来の展望に関する認識が有意な影響を与えている。すなわち、現在の景気を肯定的に捉えている者ほど、また今後の景気に関して楽観的な者ほど首相を高く評価している。さらに麻生首相への評価に関しては、過去1年間で景気が良くなったと考える者ほど、また自分自身の将来の暮らし向きについて楽観的な者ほど、これを高く評価する傾向が見られる。いずれにしても、経済状況に関する認識、特に自分の暮らし向きというよりは国全体の景気に関する認識が、首相に対する評価と密接な関わりを持っていることが分かる。
 他方、政策争点に関する態度との関連も興味深い。まず小泉首相への評価に対しては、6つの争点中5つの争点に関する態度が有意な影響を与えており、その方向性は明確である。すなわち、まず集団的自衛権を認めるべきであると考え、改憲に積極的である者ほど小泉首相を高く評価している。同時に景気対策よりも財政再建を重視し、福祉のための増税を否定的に考え、補助金よりも自由競争を求める者ほど小泉首相への評価が高い。言い換えれば、憲法・安全保障問題に関して(伝統的な言い方をすれば)「タカ派」的な意見を持ち、また経済・社会的な政策次元に関してはネオリベラル的な意見を持つ者ほど小泉首相を高く評価するという明確な関連が認められる。なお、残る1項目である「社会保障の財源確保の方策として消費税率のアップか保険料の値上げか」に関しては有意な効果が認められなかった。これは、この争点が上述の2つの政策次元のいずれにもきれいには乗らないものであること、また相対的に「難しい」争点であることによるものであろう。2009年データの分析によれば、50代と高所得層が消費税率アップに賛成(=保険料値上げに反対)という傾向が見られる。
 これに対して、麻生首相への評価と争点態度との関連はより曖昧なものである。まず憲法・安全保障に関連した争点では、集団的自衛権の問題に関してのみ(小泉首相評価におけるのと同じ方向での)有意な影響が見られるが、改憲問題に関しては効果が見られない。さらに興味深いのは経済・社会的政策次元に関してである。ここでも有意な効果が認められるのは「自由競争か補助金か」の問題だけであるが、その影響の方向は小泉首相に対する評価の場合とは逆になっている。すなわち、自由競争よりも補助金を求める者ほど麻生首相を高く評価している。この結果は、この間における経済状況の悪化や、それに対する麻生内閣の政策的対応を反映していると同時に、小泉内閣の後継内閣が、小泉内閣の政策的な姿勢(特に経済・社会的政策次元におけるネオリベラル的姿勢)を必ずしも継承せず、結果として自民党政権が混乱に陥った経緯を映し出すものとしても極めて興味深い。
 なお、回答者の属性の効果に関しては、小泉首相への評価に対しては年齢の効果が見られず(言い換えれば、どの年齢層からも同じような評価を受けている)、その一方で教育程度の有意な効果が見られる(教育程度が高い者ほど小泉首相への評価が低い)のに対し、麻生首相への評価に対しては年齢の効果は見られるが(40代、50代の評価が特に低い)、教育程度の効果は見られない、といった点が目を引く。また、表には示さなかったが、個別の領域に関する内閣業績評価も首相への評価に当然影響を与えている。これに関しては、2005年調査での小泉内閣に関する質問項目と2009年調査での麻生内閣に関する質問項目とが必ずしも一致していないので直接的な比較はできないが、それぞれの首相に対する評価に最も大きな影響を与えていたのは、小泉首相に関しては「財政構造改革」、麻生首相に関しては「政治的指導力」であった。

5.首相評価が投票行動に及ぼす影響
 それでは、こうした首相評価は実際の投票行動にどのような影響を及ぼしているのであろうか。表3は、2つの選挙での小選挙区と比例代表のそれぞれにおいて、自民党(候補)に投票したかしないかを従属変数として行ったロジスティック回帰分析の結果である。独立変数には首相評価のほか、上述の重回帰分析と同様な回答者の属性と支持政党がコントロール変数として加えられている。なお小選挙区に関しては、回答者の選挙区に自民党が候補を擁立している場合のみを分析対象とした。

表3

 この結果をみると、いずれの選挙においても、小選挙区と比例代表を通じて、首相に対する評価は投票行動に明確な影響を及ぼしている。すなわち、自民党に対する支持をコントロールしてもなお、小泉首相あるいは麻生首相を高く評価する者ほど自民党(候補)に投票する確率が高くなる。ただし、こうした効果の大きさは一様ではない。すなわち、まず2005年における小泉首相評価の影響力は、2009年における麻生首相評価の影響力よりも大きい。また2005年に関しては、小選挙区での投票に対する効果の方が比例代表での投票に対する効果よりも大きい(2009年においては同様な差は認められない)。このうち後者の点については一見直観に反するようにも思われる。すなわち、常識的には個々の候補者に対して票を投ずる小選挙区よりも、政党に対して票を投ずる比例代表において党首評価の効果はより大きく現れると予想されるからである。しかし、2005年衆院選では自民党が「造反」候補の選挙区に「刺客」候補を送り込み、これがマスメディアを通じて大きく報道され有権者の関心を高めたことを考えると、相当数の有権者にとって小泉首相個人に対する評価が小選挙区での投票においてこそ重要な意味を持ったとしても不思議ではない。首相への評価が投票行動に及ぼす影響の大小は、単にそれぞれの首相のパーソナリティだけではなく、個々の選挙が置かれたコンテクストにも大きく影響されることを示唆する結果と言えるであろう。

6.おわりに
 以上、本稿では2005年および2009年の衆院選時に実施した全国面接調査のデータに基づき、首相に対する評価は有権者の投票行動にどのように繋がっているのか、またそれらの評価はどのような要因によって形成されているのかについての分析を行った。その結果は、今日において首相に対する評価は投票行動に対して無視しえない影響を及ぼしていること、またそれは経済状況の認識、重要な政策争点に対する態度、内閣の業績に関する評価など様々な要因によって形成されていることを示すものであった。二大政党間での政権交代が現実のものとなった現在、首相を含め党首に対する評価が投票行動に対して持つ意味は強まりこそすれ、当面弱まることはないであろう。来月に実施が予定されている参議院選挙においても、この要因がどのような役割を果たすのかが注目される。


参考文献
● 蒲島郁夫・今井亮佑 2001「 2000年総選挙: 党首評価と投票行動」『選挙研究』16, 5-17.
● 三宅一郎 1998『 政党支持の構造』木鐸社.