中央調査報

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■「中央調査報(No.637)」より

 ■ 第3回 若者の教育とキャリア形成に関する調査について

有海拓巳(浜銀総合研究所)  

 「若者の教育とキャリア形成に関する調査」は、若者の学校から仕事への移行過程に関する今日の状況と課題を明らかにすることを目的に、 教育学および教育社会学研究者が共同で進めている調査である。 すでに過去にも紹介を行っている(「中央調査報」№612, №625)が、本調査は、 2007年4月1日現在で20歳の若者を対象に、学校から仕事への移行過程や、彼ら・彼女らの生活、意識、人間関係等の変化の過程を追跡するパネル調査として毎年1回実施している。
 これまで、2007年の10月から12月に第1回調査、2008年,2009年の同時期にそれぞれ第2回調査、第3回調査が実施された。 それぞれの調査結果につき、現代の若者の就労状況や意識等、様々な点について分析を試みているが、ここでは、これらのうち、第3回調査の概要と分析結果の一部を紹介する。

1.調査実施・回収状況の概要
 第3回調査は、第2回調査の時点ですでに第3回以降の調査には参加できないという意思を表明した者などを除いた、1,324名を対象として実施した。 本パネル調査は2007年4月1日現在で20歳の若者を対象にしているため、第3回調査実施時点では22~23歳の若者が調査対象となっている。 郵送による質問紙配布・調査員による訪問回収という方法をとったが、調査票の回収数は1,141票であり、対象者に対する回収率は86.2%と、想定していた目標を上回る回答が得られた。
 これらの調査対象者・回答者について、第1回調査から第3回調査までの過程において、どのような者が調査に継続的に回答し、 あるいは回答しなくなった(調査に参加しなくなった)のかについて分析を行うと、全体的な傾向として、 一般的に社会的に不利、あるいは困難な状況にあると思われるグループほど調査に参加しなくなる傾向があることが明らかになった。 例えば、中学卒者や高校中退者、男性の非正規雇用者、「暮らし向きが苦しい」と回答した者では、他の者に比べて追跡調査の過程で回答が得られなくなる率が高い傾向にあった。 これらのグループの者を調査により捕捉することの難しさが、あらためて確認されたといえよう。
 なお、「若者の教育とキャリア形成に関する調査」で用いているサンプルは、第1回調査実施時に性別・地域・都市規模を組み合わせた層化二段無作為抽出法によって得られたものであるが、 サンプリングを行う際、よりその状況を詳細に分析する目的から、沖縄県のみ他の地区よりも多くサンプルを抽出している。 以下で紹介する分析結果は、第3回調査で得られた1,141の回答者のうち、 第1回調査時に沖縄在住であった者に対し人口分布比に従うようにウェイトをかけて調整した969サンプルのデータを用いて得られたものである。

2.第3回調査結果の概要
(1)回答者の現在の状況
  第3回調査回答者の現在の現状について、図1に示した。 回答者全体では、「働いている」人が73.2%と大半を占めているが、「働いている」人の割合は第2回調査時点では約43%であったことから、 多くの人が1年間の間に学校(主に四年制大学が想定される)を卒業し、働き始めたことが把握できる。

図1

 なお、男女差に関しては、第3回調査時点で「四年制大学・六年制大学、大学院に在学中」の者の割合は、男性のほうが女性よりも高いことを見てとることができる。

(2)就労者の状況
 現在「働いている」人のうち、「正社員・正職員」(正規雇用)の人の割合は回答者全体で68.8%であり、31.2%の人は「アルバイト」や「派遣社員」などの非正規雇用者であった。 この点について、学歴別および性別にみると、学歴が高いほうが、また、同じ学歴であれば女性よりも男性のほうが、正規雇用者の割合が高い傾向にあることがわかった(図2)

図2

 特に学歴の違いによる差は大きく、「大学卒」の者では正規雇用者の割合が男女とも7割を超えているのに対し、「高校卒」の者では、その割合は男性では54.5%、女性では38.4%となっており、 女性に関しては非正規雇用者のほうが多くなっている。また、中学卒者や高校・大学等を中退した者については、正規雇用者の割合はさらに低いという状況にある。
 なお、図中には掲載していないが、「高校卒」の者に関して、「普通科卒」の者よりも工業科や商業科等、「専門科卒」の者のほうが正規雇用者割合は高いことも分析により明らかになっている。
 労働時間については、男女とも正規雇用よりも非正規雇用で労働時間が短い者が多いが、非正規雇用であっても週40時間以上働いている者の割合は高く、 非正規雇用男性の69.4%、女性の49.3%を占めている(図3)。週に50時間以上、60時間以上働いている人の割合も、決して低いわけではない。

図3

 長時間働いている者の割合に着目すると、男性の正規雇用者では週に60時間以上働く者の割合が21.6%と、特に高いことがわかる。 週に50時間以上働いている人の割合に関しても、正規雇用者では男性で39.5%、女性では32.0%となっており、男女ともに3割以上の人が該当するという状況にある。

(3)健康状態
 第3回調査では、回答者の現在の状況(就労の有無)や労働時間など、第1回・第2回調査でも調査した項目に加え、 「健康状態」、「社会保障サービスの利用状況」、「政治意識」等の調査項目を新たに追加している。
 このうち、健康状態に関する設問は、第3回調査実施のタイミングに関して、対象者の年齢が22~23歳、実施時期が2009年の10~12月ということもあり、 学校から社会への移行が本格化する中で生活の環境が大きく変わることが予想されたことや、金融危機で雇用環境が悪化したといった状況があることが想定されたことから、 近年の若者たちの身体的・精神的な健康状態を把握するための項目として設けた。
 回答結果をみると、現在の健康状態について、回答者全体の約87%の人が良好(「とてもよい」「まあよい」)、または普通と回答しているが、 現在の状況別では、在学中の人の健康状態が比較的良好な一方で、就労・就学していない人(「それ以外」の人)については、健康状況がよくない人が多いことがわかる(図4)

図4

 また、健康状態に関し、具体的な症状としては、働いている人や在学中の人は「身体が疲れる」と回答する割合が高いが、 就労・就学していない人については、「よく眠れない」や「食欲がなくなる」といった回答割合が比較的高いことも明らかになった(図5)

図5


(4)社会保障サービス
 公的就職支援サービスや生活保護制度など、社会保障サービスの利用状況に関する質問は第2回調査から設けているが、 第3回調査では、これらの社会保障サービスを利用していない理由を問う設問を追加して調査を行った。
 社会保障サービスの利用状況について、例えば現在の雇用形態別に公的年金の加入状況をみると、加入率は正規雇用者では95.2%であるのに対して、 非正規雇用者では78.4%、失業者では51.9%、無業者では61.7%となっている(図6)。 なお、同様の傾向は、健康保険の加入率についても見られ、正規雇用者、非正規雇用者、無業者、失業者の順に加入率が高いことが明らかになっている。

図6

 また、図には示していないが、公的年金や健康保険に加入していない理由については、「金銭的余裕がなかったから」に多くの回答が集まる結果となった。 これらの回答結果から、雇用の状況が不安定な者ほど、社会保障サービスの枠から外れてしまう状況にあると考えることができよう。

(5)政治意識
 社会参画や政治に対する姿勢・価値観等、個々人の政治意識に関する項目は、若者の社会や政治への参画に対する意識を明らかにするために、 海外で実施された青少年調査で用いられている設問を参考にして設定した。
 これら政治意識に関する設問への回答結果からは、女性よりも男性のほうが全般的に政治等に対する関心が高い傾向にあることが明らかになった。 例えば、「今後、国や地方の選挙でできるだけ投票したいと思う」という項目については、 男性では69.5%、女性では65.4%の者が肯定的に回答(「とてもあてはまる」または「ややあてはまる」と回答)している(図7)

図7

 なお、「政治的な話題に関心がある」といった項目に対する肯定的な回答は、男性で59.4%、女性で42.9%となっているが、 「学校や地域の自治的な活動に関心がある」という項目への回答は男性・女性ともに約20%程度となっており、政治の話題一般に比べ、 身の回りの自治活動等については関心がそれほど高くないことを見てとることができる。
 
(6)社会一般に対する意識
 最後に、若者が社会をどのようにとらえているのかといった、社会観・意識に関する項目についての回答結果を概観する。
 若者の社会観・意識に関し、政府や企業に対する不満意識に注目すると、全体として不満を抱いている者の割合が高いこと、 また、不満意識は男性よりも女性で高い傾向にあることがわかった(図8)。 例えば、「政府に不満を感じる」者(「とてもそう思う」「ややそう思う」の回答者)の割合は、女性では79.3%にもなる。 一方で、「社会の問題は私たちの力で変えてゆくことができる」「日本は若者にチャンスが開かれている社会だ」といった項目については、 全体として肯定的な回答が低く、男性よりも女性のほうがさらにその割合は低い状況にある。 「日本は若者にチャンスが開かれている」という意識を持っているのは、女性では24.2%と全体の4分の1にすぎない。

図8

 このほか、「自分の能力を発揮して高い実績を上げた人が高い収入や地位を得るのは良いことだ」といった「能力主義」に関する意識に注目すると、 全体として肯定的な回答が高いこと、また、第2回調査から第3回調査にかけて肯定的な回答が高まっていることが明らかになった(図9)。 なお、このような傾向は、「自分の能力を発揮して上げた実績によってその人の価値が判断されるのは、良いことだ」「仕事には、その仕事にふさわしい能力を持った人がつくべきだ」 といった項目についても同様に確認されており、「能力主義」に関連する意識が全体的に高まっていることが分析により明らかになった。

図9

3.おわりに
 以上、「若者の教育とキャリア形成に関する調査」の第3回調査について、調査の概要と分析結果の一部を紹介した。 このような分析結果から、現代の若者が置かれている状況に関して、様々な点についてその実態を把握することができるが、 今後も更なる調査・分析を積み重ねていくことが重要であると考えている。 これまで調査にご協力いただいた回答者のみなさま、ならびに中央調査社の方々には、感謝の意を申し上げるとともに、 次回第4回の調査にも是非ご協力をいただければと、研究グループ一同あらためて願っているところである。
 なお、第3回調査の調査結果については、ニューズレター第3号に概要を掲載した (http://www.comp.tmu.ac.jp/ycsj2007/index.htmlを参照)ほか、 2010年8月に広島大学で行われた日本教育学会大会において安宅仁人(酪農学園大学)、佐野正彦(相愛大学)、樋口明彦(法政大学)、長谷川裕(琉球大学)の4名が代表して報告を行っている。 本稿は、ニューズレターならびにこれらの報告データをもとに作成したものである。