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■「中央調査報(No.639)」より

 ■ 2011年の展望 ―菅政権は「3月危機」を乗り切れるか―

時事通信社 政治部次長 村田 純一  


 2011年の政局は、菅政権が「3月危機」を乗り切ることができるかが、まずは最大の焦点だ。 11年度予算案と予算関連法案が参院で採決される3月末、与野党攻防は最大のヤマ場を迎える。 参院で野党が多数を占める「ねじれ国会」の下、菅政権の展望は開けていない。 参院で予算関連法案が否決されたり、菅直人首相に対する問責決議案が可決されたりすれば、菅政権は窮地に立たされる。 その場合、首相は内閣総辞職か、衆院解散・総選挙の決断が迫られよう。 予算関連法案の成立と引き換えの首相退陣、新首相の下での解散という可能性もある。 4月の統一地方選を重視する公明党がどう動くかがカギを握りそうだ。 民主党の小沢一郎元代表が政治資金規正法違反事件で強制起訴された後、首相や小沢氏の対応も焦点だ。 小沢氏抜きの大連立、民主党分裂、政界再編の動きを含め政局は波乱含みで、先行きは混とんとしている。

 ◇内閣改造で国会空転回避
 2011年1月14日、菅再改造内閣が発足した。 参院で問責決議を受けた仙谷由人官房長官と馬淵澄夫国土交通相が退任し、1月24日召集の通常国会冒頭の混乱は回避された。 仙谷氏らが続投すれば、自民、公明両党は国会審議を拒否する構えを崩していなかった。 国会が冒頭から空転する事態を避けるため、首相は内閣改造という形を取って、仙谷氏らを事実上、更迭せざるを得ないと最終判断した。
 だが、国会審議の「入口」は何とか確保したものの、「出口」は見えない。 首相は1月16日に閣僚らを集めた勉強会で「3月、4月の見通しは全然立たない」と先行きが読めない厳しい現状認識を示したという。
 「問責決議に法的拘束力はない」と官房長官続投にぎりぎりまで意欲を示していた仙谷氏だったが、首相の決断には従わざるを得ず、 仙谷氏は民主党代表代行として党の側から菅政権を支えることになった。 官房長官に仙谷氏「子飼い」の枝野幸男氏が就任し、「影の首相」とも呼ばれた仙谷氏の影響力は首相官邸にも残りそうだ。
 一方、民主党内には岡田克也幹事長と仙谷氏の間で主導権争いが浮上し、党運営をめぐる両氏のあつれきを懸念する声も出ている。 仙谷氏は前原誠司外相グループ(凌雲会)に属し、グループに属さない岡田氏とは一定の距離があり、政治手法も異なる。 官房長官職を離れてフリーな立場になった仙谷氏の動き次第では、岡田、前原両氏の「ポスト菅」レースにも微妙な影響を与えそうだ。

 ◇与謝野氏起用の誤算
 内閣改造の最大の目玉は、たちあがれ日本を離党し、無所属になった与謝野馨氏を経済財政兼社会保障・税一体改革担当相に起用したことだ。 首相はその理由について「社会保障制度と財源の議論を国民的議論に高めたいと考えたからだ」と説明し、「内閣改造の一つの大きな性格の表れだ」と強調した。 首相は、自民党出身で同党の財政健全化責任法案の取りまとめにもかかわった与謝野氏を「一本釣り」し、同党を与野党協議に引き寄せたいと期待したようだ。 しかし、与謝野氏の「変節」に対する反発は与野党を問わず、あまりにも強く、首相にとっては誤算だろう。
 たちあがれ日本の結党を支援した石原慎太郎東京都知事は「何で沈みかかっている船に乗るのか」と与謝野氏を酷評し、「彼(の政治生命)はこれで終わりだと思う」とまで言い切った。
 自民党の山本一太参院政審会長は民放テレビで「(通常国会の)最初から問責決議案を出したい大臣だ」と発言した。 与謝野氏が前回衆院選では自民党公認で出馬し、小選挙区で敗北、比例代表で復活当選したことから、自民党内には議員辞職を求める声も強い。
 そもそも与謝野氏は「民主党が日本経済を破壊する」と題した著書を出版するなど、民主党批判の急先鋒。 たちあがれ日本では共同代表として「打倒民主党」を訴えてきた。 このため、与謝野氏入閣に対しては民主党内からも「党や国民を裏切る人事。理解も支持もできない」(中堅)などと反発が相次いだ。 「最初から『増税ありき』では国民の納得は得られない」と同党内には消費増税への抵抗感が根強い。 消費税をめぐる党内論議はなく、意見はまとまっていないのが実態だ。
 自民党の石原伸晃幹事長は与謝野氏について「人として信用できない。信頼関係を自ら放棄した人が先頭に立っても誰もついていかない」と批判し、 首相が求める超党派協議にも応じない姿勢を示しており、今のところ協議開催のめどは立っていない。
 内閣改造前日の1月13日、首相は民主党大会で「低迷を続ける経済、社会保障とその財源、地域主権、国民参加の外交の在り方について、党派を超えた議論が必要だ。 野党がいろいろな理由を付けて積極的に参加しようとしないなら、歴史に対する反逆行為と言っても決して言い過ぎでない」と野党をけん制した。 首相の高圧的な姿勢に野党がますます対決姿勢を強める中、与謝野氏は入閣。これは野党に新たな攻撃材料を与える結果となった。

 ◇首相の「小沢切り」鮮明
 菅再改造内閣発足直後の報道各社の世論調査によると、内閣支持率はいずれも30%前後と小幅の増加にとどまった。 不支持率は数ポイント減ったものの、なお50%以上と支持率を大きく上回った。与謝野氏の起用は評価されず、菅内閣に対する世論の期待はそれほど高まっていないのが現状だ。 通常国会が始まって首相や与謝野氏らが野党に徹底批判される場面が続けば、支持率は再び減少に転じる可能性がある。
 首相は1月4日の年頭記者会見で、「平成の開国元年としたい」「最少不幸社会を目指す」「不条理を正す政治を行う」との三つの柱を掲げた。 このうち、「不条理を正す」というのは、「(小沢氏の)政治とカネの問題でけじめをつける」という意味が含まれていた。
 首相は小沢氏に、政治資金をめぐる問題に関して通常国会前に衆院政治倫理審査会(政倫審)に出席して弁明するよう求めてきた。 しかし、小沢氏は「司法の場」で論議するとして、国会前の政倫審出席を拒否。 円滑な国会運営が担保されるならという条件付きで「予算成立後」の出席には応じる立場を示してきた。 小沢氏は国会で説明する気など最初からないとみられる。強制起訴されれば、裁判対策を理由に今後も国会招致を拒否する姿勢を取り続けるだろう。
 首相は1月1日付の年頭所感で「政治とカネの問題に対する政権の姿勢に疑問が投げ掛けられている。今年こそこの失望を解消し、国民の支持を受けた改革を断行していく」と決意を示した。 同4日の会見では、小沢氏が強制起訴された場合、「政治家としての出処進退を明らかにして、裁判に専念するのであればそうすべきだ」と述べ、 小沢氏に自発的な離党や議員辞職を含め出処進退を明確にするよう迫った。
 小沢氏が離党や議員辞職もしない場合、首相や民主党執行部はさらなる対応を迫られる。 離党勧告や除名処分を含め、どこまで厳しい措置を取れるか、首相の姿勢や指導力が問われよう。
 「多少ハレーション(あつれき)が起こることを覚悟で、自分のやりたいことを伝えていきたい」。首相は公邸で開かれた新年会ではこう語ったという。 これは、「去年は言いたいことが言えなかったが、今年は思うようにやらせてもらうという宣言だ」(首相に近いベテラン議員)と指摘される。
 小沢氏は「僕自身のことは私と国民が裁いてくれる。僕のことはどうでもいい」と首相の姿勢を批判する。 強制起訴後、小沢氏は裁判で無罪を勝ち取ることに全力を挙げるが、民主党内での政治的影響力の低下は否めないだろう。 首相が「小沢切り」を進めれば、小沢氏に近い議員が猛反発するのは必至で、党分裂の引き金になる可能性もある。 小沢氏が離党するにしても、一人だけ離党するか、手勢を引き連れて党を割るかは未知数だ。小沢氏についていく議員がいたとしても数える程度ではないか。

 ◇解散圧力強める自民
 政権奪還を目指す自民党の谷垣禎一総裁は「菅内閣を早期の衆院解散・総選挙に追い込む」と意気込みを示す。 各報道機関の世論調査で自民党の支持率が民主党を上回り始め、地方選挙でも民主党の惨敗が続いている。 「3月は最大のチャンス」(自民党幹部)と国会でも強硬姿勢が弱まることはなさそうだ。
 自民党国対幹部は「民主党は通常国会で七転八倒する。どんなことをしても、今度の国会で選挙に持ち込まないといけない。こんなチャンスは2度とない」と徹底抗戦の構えだ。
 憲法の規定により、11年度予算案は衆院で可決すれば、参院で否決されても自然成立する。 予算関連法案は参院で否決されれば、衆院の3分の2以上で再可決しなければ、廃案となる。 赤字国債の発行や子ども手当などに必要な予算関連法案が成立しなければ、予算は執行できず、菅政権は行き詰まる。 首相問責決議案も「最後にとどめを刺す武器」(自民党幹部)として提出のタイミングを見極め、首相を解散に追い込む戦略を描いている。

 ◇カギ握る公明・創価学会
 こうした自民党の戦略も公明党との野党共闘が前提となる。 ただ、4月の統一地方選にエネルギーを集中したい公明党は、基本的に早期解散を避けたいのが本音だ。 統一地方選と衆院選とのダブルは同党にとって最悪のシナリオとも言える。
 公明党も菅政権への批判を強めているが、解散を回避したいからといって、安易に予算関連法案に賛成して菅政権の延命に手を貸せば、統一地方選に悪影響を与えるのは必至。 党幹部の多くは「低支持率の菅内閣に協力するのは選挙にマイナス」とみる。
 もっとも、公明党も一枚岩ではない。 「是々非々」の立場で政策実現に関心を寄せる山口那津男代表らと、菅政権への対決姿勢が強い漆原良夫国対委員長らとの間には温度差がある。 山口氏は、首相が呼び掛けた社会保障の超党派協議に前向きの姿勢だが、漆原氏は菅政権には協力できないとし、3月か4月の解散があっても受けて立つ構えを示す。
 公明党が予算関連法案に反対すれば、「景気が低迷する中、予算執行に協力しなかった」との批判を覚悟しなければならないが、一方で、賛成すれば「政権すり寄り」と批判される。 与党少数の参院で19議席を持つ公明党がキャスチングボートを握っており、最終的にどう判断するか。 公明党支持母体の創価学会のある幹部は統一地方選を重視する立場から「公明党には予算関連法案に賛成させる」と言明したが、実際はどうか。

 ◇6月に消費税、TPPの結論
 予算案と予算関連法案が成立し、首相が3月危機を乗り切れば、ひとまず窮地を脱したことになる。 だが、それ以降も菅政権の前途は多難だ。 4月の統一地方選で民主党が惨敗すれば、責任問題が浮上するのは必至。 統一地方選後を狙って、自民党が首相問責決議案を提出し、政権が追い込まれる可能性も高い。
 一方、首相は1月4日の年頭記者会見で、消費税を含む税制改革と社会保障に関する超党派協議をできるだけ早く開始し、「6月ごろまでを一つのめどにして方向性を示したい」と語った。 環太平洋連携協定(TPP)参加の是非の判断も「6月をめど」とした。 翌5日は民放テレビに出演し、税制と社会保障の一体改革について「政治生命を懸けて、覚悟を決めてやっていきたい」と表明した。 自ら期限を設定した消費税やTPPをめぐり党内論議が紛糾するのは必至。政治生命を懸けた結論が先送りされれば、首相の責任が問われよう。 6月の国会閉幕時の「6月危機」も取り沙汰される。 首相はいずれこれらを争点にした衆院解散・総選挙も視野に入るだろうが、民主党が衆院議席を300以上占める中、解散はできるだけ回避しようと模索するだろう。(了)