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■「中央調査報(No.639)」より

 ■ 2011年の展望―日本の経済 ―不透明感の払拭が課題―

時事通信社 経済部次長 後藤 義孝  


 2011年の経済は、円高や資源高などの懸念材料を抱える中、景気回復の足取りを再び確固としたものにできるかが最大の課題だ。 内需に力強さを欠き、今年も輸出に依存して海外経済の動向に一喜一憂する状態は続く。 菅直人首相が掲げる環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加検討、税と社会保障の一体改革の行方も、国家の将来像に大きな影響を与える。 不透明感を払拭して新しい日本経済の姿を描けるかが問われる重要な局面となる。

 ◇「踊り場」脱却で正念場
 11年は景気が昨年秋以降の「踊り場」を抜け出し、本格的な回復軌道に入るかどうかの正念場を迎える。 08年秋のリーマン・ショックによる落ち込みからいったん回復局面に入った景気は、好調だった輸出に減速感が出ていることや、 エコカー補助金の終了などによる政策効果の息切れで力強さが薄れた。 政府の月例経済報告は昨年10月から4カ月連続で「足踏み状態」と診断している。
 民間エコノミストの間では、今年の景気について、米国や中国など海外経済の改善を支えに年後半には持ち直すとして、 「『二番底』回避の可能性は高まりつつある」(大和総研)との見方が広がっている。 ただ、昨年後半以来の円高や資源高などの不安要因もあり、油断はできない。
 回復期待の最大の拠り所は、外需の持ち直しへの期待だ。 最大の輸出相手国の中国は、12年に共産党などの指導者交代を控えて成長路線を続ける公算が大きく、今年も9%台の高成長が予想される。 インフレ圧力を抑制するため金融引き締めに転じたが、利上げを急ぎ過ぎて景気を冷え込ませる事態は避けるとの観測が一般的。 米国も金融緩和策や大型減税延長などの政策効果で、景気の一段の後退は避けられるとの見方が強まっている。 景気回復の原動力を輸出に期待している日本にとって、海外経済の改善をテコに景気浮揚のシナリオが描けるとの読みだ。
 昨年に戦後最高値(1ドル=79円75銭)目前まで進んだ円相場に関しては、米経済の改善期待を背景に、今年前半は対ドルで一服するとの見方が浮上している。 一方、欧州でギリシャやアイルランドの救済に続き、ポルトガル、スペインの財政問題がクローズアップされ、対ユーロで円高懸念が再燃してきた。 「一難去ってまた一難」という格好の為替相場の動きには引き続き注視が必要だ。
 低迷が続く個人消費の動きも景気動向を占うポイントだ。 家電エコポイント制度やエコカー補助金・減税といった政策で、需要を昨年に「先食い」してしまっているため、新車や薄型テレビなどの販売には不透明感が漂っている。 春闘が近付いているが、企業の労働分配率は上昇の兆しが乏しい。 物価が持続的に下落するデフレからの脱却は12年以降に持ち越されるとの見方が大勢だ。
 金融政策については、日銀が昨年10月に事実上のゼロ金利政策を復活させたほか、資産買い入れ基金の設立など「包括的な金融緩和政策」を開始した。 デフレ脱却に向けて粘り強く貢献する意向を示しており、金融緩和の継続で引き続き景気の下支え役を果たすことは間違いない。
 不安材料に挙げざるを得ないのが政治の動向だ。 11年度予算案は「ねじれ国会」の影響で関連法案成立のめどが付いていない。 菅政権は税・社会保障の一体改革や、貿易自由化、農業改革という重量級の政策課題に意欲を示しているが、与野党間の協議は難航が予想され、政権の行き詰まりを招く可能性も否定できない。 今年も政治の不透明感が心理的な圧迫要因となる公算は大きい。

 ◇TPP、政治判断がカギ
 今年の焦点となるのが、米国やオーストラリアなどを加え、アジア太平洋の9カ国に拡大を目指しているTPPへの日本の参加問題だ。 菅首相はTPP積極派の海江田万里氏を経済財政担当相から経済産業相に横滑りさせ、6月までに交渉参加の是非について結論を目指す考えだ。
 経済界では、ひと足先に米国や欧州連合(EU)との自由貿易協定(FTA)に合意した韓国を引き合いに、TPP交渉で貿易自由化を一気に進め、低迷する日本経済の起爆剤にすべきだとの意見が強い。 内閣府は、TPP参加で日本の実質GDP(国内総生産)が2.4兆~ 3.2兆円(0.48~0.65%)押し上げられると試算する。 帝国データバンクが行った企業アンケートでは、参加が必要との回答が65%を占めた。
 ただ、これまで日本が2国間や多国間で結んできたFTAや経済連携協定(EPA)は、コメなどの農産品を自由化の例外扱いにできたが、 TPPは原則として例外のない関税撤廃を定めており、自由化のハードルは高い。 国内農業が大打撃を受けるとの警戒感から地方などの反発も強く、菅首相は農業の競争力強化に向けた改革も推進し、 「(TPPと農業改革の)二つを両立させる道筋を打ち出していきたい」と訴えた。
 旗振り役となる海江田経産相は「世界の経済でアジア太平洋地域が一番の成長エンジンになっている。 これから少子高齢化が深刻化していく中で、日本が成長していくためにはどうしても必要な道筋だ」と、TPP参加の重要性を強調。 政府内の調整に関しては「丁寧かつスピード感を持ってやっていく」と話している。 しかし、野党だけでなく与党内でも参加への慎重論は根強く、海江田氏の手腕も未知数。 方向性をまとめられるかどうかは予断を許さないのが実情だ。
 TPPは11月にアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が米ハワイで開催される際に9カ国による妥結を目指している。 日本は昨年11月に「関係国との協議を開始する」との方針を決めたが、参加の決断は今年6月に農業などの国内対策をまとめてから、という姿勢を取ったため、出遅れは顕著だ。
 政府はTPPでも農産物の一部について関税撤廃の例外措置を求める構えだが、日本が参加を決める前に、9カ国でルールが決まってしまう可能性もある。 政府の交渉関係者からは「時間がない」との悲鳴も聞こえている。

 ◇道筋付くか税制改革
 菅首相は高齢化の進展に伴う社会保障の増大に対応するため、税との一体改革に取り組む。 財政再建派で知られる与謝野馨・元たちあがれ日本共同代表を経済財政相に迎え、この問題の司令塔とする方針を表明した。
 年金や医療、介護などに使う費用は年間100兆円を超えており、団塊の世代がすべて高齢者になる5年後には、さらに費用は膨張する。 大部分は現役の勤労者が払う社会保険料と税金で賄っているが、それでも不足して国の借金=国債に依存せざるを得ない。 現役世代に過重な負担を押し付けるなら経済活力は今後一段と弱まりかねず、早急に対策を示して将来不安を和らげる必要があるのは与野党とも共通認識だ。
 菅首相はすでに消費税率の引き上げを含めた税制改革の工程表を今年半ばまでにつくるよう関係閣僚に指示している。 現行制度では、消費税収を高齢者医療や基礎年金など「高齢者向け社会保障3分野」に充てるが、11年度予算案では約10兆円の「税収不足」が生じている格好。 これを埋めるには消費税率の7%超引き上げが必要な計算になる。 「一体改革」の中でどこまで消費税を引き上げるかは大きな難問だ。
 菅首相は記者会見で、年金制度改革では衆院選マニフェスト(政権公約)で民主党が掲げた、全額税方式による月額7万円の「最低保障年金」の創設にはこだわらない姿勢を示した。 枝野幸男官房長官も「税金と保険料のバランスを取り、時間をかけて理想の形に持っていく」とし、与謝野経財相や野党の意見も踏まえ、制度設計を見直す考えを示唆している。 ただ、こうした「方針転換」には民主党内で反発も挙がっている。
 財政再建の行方も税制改革の焦点だ。 国と地方を合わせた11年度末の長期債務残高は891兆円と過去最高を更新、11年末には国内総生産(GDP)の2倍超まで悪化する可能性が指摘されている。 経済危機に陥ったギリシャですら1.4倍で、日本の財政の窮状は深刻度を増している。 92兆4116億円と過去最大となる11年度予算案は、当初予算ベースとして2年連続で借金が税収を上回った。 特別会計などの「埋蔵金」に依存する非常事態が続く。 民主党はマニフェストで無駄削減などにより16兆8000億円の財源を捻出するとしたが、11年度予算案まで2年間に確保できたのは3兆9000億円だけで、事業仕分けの限界も見えてきた。 税制改革・社会保障改革・財政再建といった複雑に入り組んだ課題に、どのような解決の糸口を見つけるか、菅政権の真価が問われる。

 ◇グローバル人材育成、急務に
 今年の産業界で課題となりそうなのは、グローバル人材の確保だ。 景気の低迷、人口減少の進展で国内市場が縮む中、企業は海外市場への展開に軸足を置きつつある。 中国や韓国やインドなど新興国の台頭、韓国の躍進などで日本企業が直面する競争も激化しており、国際競争力を高めるには、国際的に活躍できる人材の育成が急務だ。
 しかし、日本企業はバブル崩壊以降、社員の留学や海外派遣を抑制し、こうした人材を内部で育てることにどちらかといえば消極的だった。 さらに、「失われた20年」により若い世代には逆に内向き傾向が強まっている。 日本から海外留学する人は04年をピークに減少を続けており、米国留学の人数は最近では中国、韓国、台湾を下回った。 産業能率大学による新入社員の意識調査によると、昨年は「海外で働きたいとは思わない」との回答が49%とほぼ半数に上った。
 留学の減少の背景には就職活動の早期化・長期化の影響もある。 海外勤務を避ける傾向には、これまでの海外勤務に対する処遇面の問題も挙げられよう。 しかし、若い世代を中心に社員の意識を変え、海外で活躍できる資質を向上させていかない限り、グローバル競争を乗り切ってはいけない。
 伊藤忠商事が若手社員全員を新興国に4~6カ月派遣するなど、大手商社は相次ぎ若手社員に海外経験を義務付ける取り組みを始めた。 日立製作所もアジアなどの事業現場に若手を送り込む計画だ。 昨年話題になった楽天やファーストリテイリングの英語の社内公用語化も、グローバル人材育成の一環と位置付けることができる。 企業がそれぞれの考えで、人材対応を急いでいる表れだ。
 語学や海外でのプレゼンテーション・交渉能力を上げるだけでは不足がある。 韓国企業はインドでカギのかかる冷蔵庫、民族服サリーの洗える洗濯機を売り出し、シェアを広げた。 中東ではイスラム教の聖地メッカの方向を指し示す機能が付いた携帯電話も人気となった。 現地に人材を根付かせ、ニーズを商品に反映させた好例で、日本のビジネスマンも現地感覚を磨くことが求められている。
 パナソニックやソニー、東芝は新興国などで現地社員の採用を増やし、人材の国際化を進める方針を示した。 裏返せば日本人社員にとって社内の競争が激化することになる。 海外の舞台で戦っていくという気持ちを奮い立たせ、社員自身が能力向上に努めるという社内環境をつくっていくことが、重要な戦略になる。(了)