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■「中央調査報(No.643)」より

 ■ 高齢化する都市の課題解決を目指して ~「柏市 地域での暮らしと健康に関する調査」~

東京大学高齢社会総合研究機構 特任助教 菅原 育子  


 東京大学高齢社会総合研究機構は、2011年4月に千葉県柏市にて55歳以上の住民を対象とした「地域での暮らしと健康に関する調査」を実施した。本調査は、当機構が柏市、独立行政法人都市再生機構他と共同で実施しているプロジェクトの一部を成すもので、本調査をベースラインとして今後追跡調査を行いプロジェクトの効果検証を行う計画となっている。本稿執筆中の2011年4月現在は調査を実施中であるが、この調査の目指すところを中心に、当機構を含むチームが柏市で取り組んでいるプロジェクトの背景と概要、課題を紹介したい。

1.都市部の人口高齢化が示唆する課題
 日本は世界トップクラスの高齢国であり、平均余命が最も長い長寿の国の一つでもある。我が国では、これまで高齢化は過疎化や地方の課題という文脈で議論されることが多かった。しかし21世紀に入り10年が経過した現在、人口の高齢化は都市部でも重要な課題となりつつある。例えば都道府県別に2010年と2030年の65歳以上推計人口数を重ね合わせると、図1のように三大都市圏にある都道府県の名前が上位に続く。現在は比較的「若い」これらの地域でも2030年には軒並み高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)が30%を超えることが予測されている。この図を老年推計人口の増加数で並べ替えても東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の順になり、首都圏をはじめとする大都市圏で今後一気に高齢者が増加する。大きな人口を抱える都市部の高齢化は社会に様々な影響を与えるであろうし、これまでとは異なる、新しい課題に各都市が直面する可能性も高い。

図表1

 現在既に、都市の中に高齢化率が突出して高い超高齢地帯が生じている。新聞や雑誌、テレビでは、日常品の買い物に大きな苦労が伴う「買い物難民」、誰にも看取られず亡くなり暫く経って後に発見される「無縁死」、高齢患者の増加でパンクしかねない病院などが、高齢化する都市の歪な姿として紹介されている。同時に、それらの問題に立ち上がる地域の住民組織や医師の姿、新たな縁を築き生活する住民の姿なども紹介されている。高齢化率のみでいうと、このような地域は数十年後の都市全体の姿ということになるが、このような既に顕在化しつつある課題に加え今後どのような問題が生まれてくるのか、またそれに対応し、更には問題化を防ぐために今何に取り組むべきか、課題は広範囲に渡っている。
 東京大学高齢社会総合研究機構は、社会の高齢化および個人の長寿化が提示する多領域にまたがる課題を解決することを目指し、2009年に東京大学総長室直括委員会の下に設置された研究機関である(注1)。多岐にわたる領域の研究者がチームを組み、社会及び科学の諸課題に取り組んでいる。当機構が研究プロジェクトの共通テーマとして掲げているのが「Aging in Place」、すなわち住み慣れた場所や環境のもとで自分らしく老いることが出来る社会づくりを目指すことである。実際のコミュニティで生じている課題を分析し、Aging in Placeを実現するための解決策を実践するため、機構の発足直後から千葉県柏市で活動してきた。

2.柏市での実証研究プロジェクトの概要
 千葉県柏市は東京都心から約30キロに位置し、複数の鉄道や幹線道路で都心および近隣県とつながる交通の要衝である。人口約40万の中核市で、20世紀半ばから人口が急増し、東京のベッドタウンであると同時に広い農地や工業団地も有する都市として発展してきた。日本の大都市近郊コミュニティの縮図と言えるのではないだろうか。
 高齢社会総合研究機構は、大学のキャンパスが柏市内にあるという縁などもあり、発足直後から柏市での研究活動を進めてきた。2010年5月には柏市および柏市内に大規模な団地を有する独立行政法人都市再生機構の三者で協定を結び、長寿社会のまちづくりのあり方を検討、実践する「柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会」が立ち上がった。
 この研究会の主なフィールドとなっているのが、柏市内でも突出して人口の高齢化が進んでいる豊四季台団地である。この団地は旧日本住宅公団が造成した主に中層住宅から成る団地で、1964年に入居開始された。40年を経て住宅の老朽化が進み2004年からは建替え事業が開始され、2011年現在一部の建替えが進んでいる。柏市自体は高齢化率約20%と全国の高齢化率(2009年10月現在22.7%)とほとんど変わらないが、豊四季台団地は現在入居者募集を停止していることもあり、高齢化率は2010年10月時点で40%を超えている。
 三者協定を結んで以来、「柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会」ではこの団地を中心とする地域を研究及び実践の主なフィールドに設置し、独立行政法人都市再生機構が進める団地の建替え事業とも関わり合いながら長寿社会のまちのあり方を模索してきた。住民や地元の関係者、関係機関と共にAging in Place実現のための課題の洗い出しを行い、第一にいつまでも元気で活躍出来るまちづくりを目指し、具体的には高齢者の就労の場を地域に確保し企業からの退職者等が地域とつながり、地域の課題解決に関与するきっかけを提供する「生きがい就労」創成プロジェクトを立ち上げた。第二に、年を重ね何らかの病気や不具合が生じても安心して住み慣れた地域で暮らし続けることが出来るように、在宅で医療、看護、介護サービスを途切れることなく受けられる地域包括ケアシステムの整備を目指している。更には、これらのシステムがまちに整備されAging in Placeが実現されるために求められる住まいや街、道路のあり方、また移動手段のあり方などのハード面についても同時に議論している。
 この研究会における大学研究チームが担う大きな役割は、まずは住民の生活の質向上に資する社会システムや技術開発を目指すことであり、人々の生活実態をデータ等に基づきしっかりと把握した上で、ニーズに合ったシステムや技術、サービスとはどのようなものか明らかにすることである。また、開発したシステムや技術、サービスの導入が当事者および地域全体にもたらす効果を科学的に検証し、エビデンスベースの提言をすることが重要である。

3.「柏市 地域での暮らしと健康に関する調査」
 以上から、研究、実践フィールドである柏市豊四季台地域在住の55歳以上を対象とする社会調査を計画した。フィールドである豊四季台地域と比較するための「統制群」として柏市北部の他のいくつかの地域も同時に調査の対象としており、全体で4つのコミュニティエリアに在住する2000名に面接調査法にてアタックした。これら地域に住む中高年者の外出行動や近隣づきあいをはじめとする住民の地域とのつながりの実態把握、および健康状態、健康行動の実態把握を主な目的としている。同時に、本調査をベースラインとして今後同一対象者を追跡してデータ収集を行い、予定しているシステムやサービスの導入が当該地域で暮らす人々の意識や行動にいかなる影響を与えるか検証することを目指している。つまり本調査は、システムやサービスの導入という「社会実験」の介入前データとなり、今後収集を予定している介入後データと比較することで介入の効果を検証する計画である。

4.柏市2009年調査の結果から
 本調査の大きな関心は、地域における「人と人のつながり」である。地域につながりをもたない人が高齢になった時、外出し人と話をする機会を失い閉じこもり化することはその後の健康の喪失につながりかねない。更にはその先にあるかもしれない「孤独死」や「無縁死」を防ぐことが必要である。地域社会としても豊かな経験や知識を持つ高齢者を活かしきれないことは大きな損失である。また、困った時、ちょっとした助けが必要な時に頼れるつながりは安心の基盤であり、その地域に住み続けたいという思いにもつながるだろう。Aging in Placeを下支えするのは、そこにおける人と人のつながりである、と言えるのではないか。
 著者は2009年2月、東京大学に所属する多分野の若手研究者から成る調査研究チームに参加し、柏市で郵送調査を実施した。今回の調査対象となった豊四季台団地地域を含む柏市の7つのコミュニティエリアに在住する20歳以上を対象に調査を実施し、1735票の有効回答を得た(回収率42.1%)。2年ほど前のデータではあるが、この2009年調査の集計結果を参考に、高齢化する都市の「人と人のつながり」の課題を考えてみたい。
 まずは基礎情報として、回答者の出生地をたずねた結果を示す(図2)。全体的に県外出身者が多いが、中でも60代、70代では市内出身者は5人に1人に満たない。柏市の現在の「高齢者」の多くは日本全国からどこかの時点で柏市に移住してきた者ということになる。

図表2

 次に、現在の主な生活行動範囲をたずねた結果が図3である。若い年代、特に男性の50代以下は、半数以上の人が近隣市外に日常生活行動範囲が広がっている。これらの人々が柏市内や居住地域で過ごす時間はかなり限られていると考えられる。一方で80歳以上、特に女性では約半数が居住地域内で生活している。ここから高齢であるほど居住地域がいかに住み易いかがその人の生活全般に影響することが示唆される。

図表3

 近所の人々との交流についてたずねたところ、一般的に高齢の人ほどよく交流しているが、「挨拶を交わす程度」「世間話をする程度」がそれぞれ3-4割を占め、「互いに相談したり物の貸し借りをする程度」のつきあいは1割から2割で、最も近所づきあいが活発な60代の男女でも2割に留まった。さらには地域内の友人や知人に「あなたが困ったことがあった時に助けたり手伝ったりしてくれる人」がいるかを質問した(図4)。どの年代でも男性で「いる」人の割合が低かったが、特に留意すべきは男女ともに80歳以上で「いる」と回答した割合が低かったことである。

図表4

 以上は調査のごく一部の結果であるが、これらから見えてくる大都市近郊における「人と人のつながり」の状況とはどのようなものか。先述のとおり柏市は高度経済成長期に一気に開発が進み、働き盛りの世代が全国から集まりつくられたコミュニティが多い。上の調査結果からも、いま60代から70代の住民の多くが県外出身者である。転入してきて以来現役時代は都心で働き多くの時間を市外で過ごし、住んでいる街に特段つながりが無いまま年を重ね、さて地域で過ごす時間が増えて初めて住んでいる街に目が向く、という人が少なくないと考えられる。調査結果からは、特に男性でその傾向が強いと言える。高齢になるほど、特に80歳以上になると居住地域の重要性は増すが、その一方で地域内の友人を失ったり交流が遠のいたりすることで、身近に頼れる友人や知人がいない人が増えると考えられる。
 高齢になり地域に「戻ってきた」住民の地域とのつながりをどのように構築するか、また80代、90代の住民が安心して生活できるための「地域の人と人のつながり」とはどのようなものか、検討していくことが必要である。現在実施中の調査では中高年の方にターゲットを絞り、人と人のつながりの状況を詳しく質問している。さらに、今後我々の行う「社会実験」によって住民同士のつながりや意識がいかに変化していくか追跡することで、これらの疑問の答えを見つけていきたいと考えている。

5.さいごに
 柏市での調査の準備が最終段階をむかえていた2011年3月11日、東日本大震災が発生した。柏市では地震そのものによる大きな被害は無かったため、予定通り4月に調査を実施することとした。しかし本当に調査を行うべきなのか、またこの一連の出来事により一人ひとりが目に見える、見えないに関わらず様々な影響を受ける中で収集した調査データが持つ意味は何か、考える日々であった。一方で、被災地の多くは高齢化の進んだ地域であり被災された方も高齢の方が多かった。長期的な視野で地域復興を計画し遂行していく中では、いかに高齢者をはじめ誰もが安心して住み続けられるまちづくりを実現するかは非常に重要な課題である。本研究の主なテーマである「地域における人と人のつながり」をいかにつくり、支え、残していくかは、復興においても大きなテーマとなるだろう。
 期せずして震災直後に調査を行うこととなったが、この調査を活かし分析結果をもとに本プロジェクトを進め、超高齢時代のまちのあり方についての知見を多方面に発信していきたいと考えている。


 (注1) 東京大学高齢社会総合研究機構の詳細は機構ホームページ(http://www.iog.u-tokyo.ac.jp/)を参照いただきたい。また、当機構の取組みは以下の書籍にまとめられているのでこちらも参照いただきたい。東京大学高齢社会総合研究機構(2010)『2030年超高齢未来』. 東洋経済新報社.