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■「中央調査報(No.650)」より

 ■ 犯罪被害などに関する調査

津島 昌寛(龍谷大学社会学部教授)
浜井 浩一(龍谷大学法科大学院教授)


 筆者らは、2011年4月から7月にわたり、「犯罪被害などに関する調査」を実施した。本調査は、わが国の犯罪実態や治安意識を統計的に分析するとともに、刑罰意識や刑事司法への信頼においてEU諸国との比較研究をし、犯罪防止や安全な社会づくりに役立てることを目的としている。以下では、本調査の主要な結果を抜粋して紹介する。

1.研究の目的
 本調査は、(1) 国際犯罪被害実態調査(International Crime Victims Survey)をもとに開発された犯罪被害などに関する実態および意識調査、(2) 欧州社会調査(ESS: European Social Survey)の新モジュールである「刑事司法に対する信頼」(Trust in Justice)の日本調査、(3)上記2つのモジュールを合体した調査票を使用したインターネット調査(以下ネット調査)の3つの調査から構成される。
 調査目的も上記に対応している。すなわち、(1)は、犯罪被害、犯罪不安、社会意識について2006年に実施した先行調査(浜井2007)の結果と比較すると同時に、上記(2)と合わせて、刑罰意識や刑事司法への信頼などに関する構造を解き明かす。(2)は、「刑事司法に対する信頼」に関する日本とヨーロッパ諸国の結果を比較し、警察や裁判所に対する信頼と法律の遵守との関係など構造上の相違を検討する。そして、(3)は、上記(1)・(2)を合体した調査票を用いて、層化二段無作為抽出による訪問式の全国調査とネットによる全国調査の結果を比較検討することで、犯罪被害調査としてのネット調査の可能性と限界を探る。この背景には、近年、個人情報保護に対する関心の高まりや架空請求詐欺などの被害の拡大によって、社会調査の実施環境が著しく悪化していることがあげられる。

2.調査方法
 本調査で用いた方法は訪問留置法(上記(1)、(2)、(3))とネット調査法((3))の2つである。
 訪問留置調査では、まず全国15歳以上の男女を対象として、住民基本台帳を使用した層化二段無作為抽出法によって2,000人を抽出した。そして、抽出された回答者に対して、調査員による訪問留置方式で上記(1)および(2)を合体した調査票を配布し、後日回収した。調査は、2011年4月21日から7月27日にかけて実施した。5月末日の時点で東北の2地点を除き、調査は完了した。この2地点は東日本大震災により家屋損壊や日常生活に支障をきたし、住民の調査協力を得られにくい状況であったため、実施を見合わせた。最終的に7月にずれ込んだ。有効回収数は1,251人、有効回収率は62.6%(男49.5%、女50.5%)であった。
 ネット調査では、調査会社に登録する全国15歳以上80歳未満のモニターの中から20,910人を無作為に抽出し、調査協力の依頼メールを配信した。調査協力への同意を得たモニターには、訪問留置法で用いたものと同じ調査票をWeb画面上で回答してもらった。回収に際しては、回収予定人数をあらかじめ国勢調査の地域ブロック別・性別・年代別の人口比率で割付し、各割付層が必要数に達ししだい、順次回収を終了した(計1,500人 男49.7%、女50.3%)。調査は2011年5月20日から25日にかけて実施した。

3.調査結果の概要
 上記3つの調査結果を順番に説明する。

 (1)犯罪被害や犯罪不安に関する調査
 まず、犯罪被害について2006年調査(浜井2007)との比較を紹介する。図1は、過去5年間の犯罪被害率について、2006年調査と今回の調査結果とを比較したものである。犯罪被害率は、窃盗(すり等)を除いて、いずれの犯罪も減少している。この期間の財産犯罪の減少は、警察統計の認知件数の変化にも見られる。また、犯罪被害者の警察への通報率は、窃盗を除いて、いずれの犯罪においても増加している(グラフは省略)。

図1

 次に、治安に関する意識について紹介する。自分の住んでいる地域と日本全体における犯罪情勢を聞いた結果、自分の住んでいる地域は、日本全体と比べて、犯罪が(とても)増加していると感じている者の割合が低い。言い換えると、多くの人が自分の近隣地域は、日本全体と比較すると、安全だと思っている。これは、2006年調査の結果でも確認されており、一貫している。また、2006年調査の結果と比較すると、自分の住んでいる地域と日本全体のいずれの場合も犯罪が(とても)増加していると感じている者の割合が減少している。この5年間で人びとの体感治安は向上していると考えられる(いずれもグラフは省略)。

(2)刑事司法に対する信頼(Trust in Justice)
 ESS調査班は、警察の公正性に対する信頼(trust in police fairness)と裁判所が下す刑罰に対する信頼(trust in court punishment)は、刑事司法制度がもつ正当性(legitimacy)を通じて、刑事司法制度への協力(cooperation with the justice system) や法律の遵守(compliance with law)に影響を与えている、という仮説(図2を参照)を立てた(European Social Survey 2009)。警察と裁判所(刑事司法制度)への高い信頼は、制度に高い正統性を与え、制度への協力や法律の遵守を導くというのである。そして、それを検証するために、参加28カ国に対して調査をおこなった。筆者らも日本においてESSで用いたものと同じ質問項目を使って調査をおこなった。

図2

 日本との比較に際しては、筆者らが主要国と判断したイギリス、フランス、ドイツ、ロシア、そして北欧4カ国(デンマーク・スウェーデン・ノルウェー・フィンランド)を選んだ。以下に結果を紹介する。
 警察の公正性や裁判所が下す刑罰に対する信頼において、日本は9カ国の中で最も低い水準を示した(典型的な結果として図3を参照)。つまり、日本は、他国と比較して、警察や裁判所に対する信頼が低いことを意味する。それに対して、北欧諸国の警察や裁判所に対する信頼は高いことがわかる。

図3


 次に、警察と裁判所(刑事司法制度)の正当性についての結果を紹介する(典型的な結果として図4を参照)。日本は9カ国の中でも最も低い値(平均値)を示した。ここにおいても、北欧4カ国の刑事司法制度の正当性は高い値を示している。ちなみに、10点満点で最も高いデンマークの平均値は7.98であるのに対して、日本の平均値は3.64である。

図4

 さらに、警察と裁判所(刑事司法制度)への協力についての結果を紹介する(典型的な結果として図5を参照)。ここにおいても、日本はロシアに次いで低い水準を示している。つまり、日本人は、他国と比較して、警察や裁判所に協力したがらないことを意味する。刑事司法制度に最も協力的な国はドイツであった。

図5

 最後に、法律の遵守についての結果を紹介する(典型的な結果として図6を参照)。ここでは、日本は9カ国の中で最も高い水準の値を示した。つまり、日本は、他国と比較して、法律を遵守している人の割合が高いことを意味する。法律を遵守する人の割合が最も低いのはロシアであった。(ただし、グラフからわかるように、いずれの国も「一度もない」と回答した人の割合が圧倒的に高いことに注意する必要がある。)

図6

 先に述べたように、ESS調査班は、警察や裁判所(刑事司法制度)に対する信頼は、その正統性を確立し(または支え)、結果的に、刑事司法制度への協力と法律の遵守を導く、という仮説を立てた。日本の場合、刑事司法制度に対する信頼は低く、正統性も低い。そして、刑事司法制度への協力の程度も低い(ここまでは仮説と合致している)。しかし、法律の遵守のみは高くなっている(犯罪は少ない)ことがわかった。仮説に従えば、信頼、正統性の程度が低くなれば、最後の法律の遵守の程度も同様に低くなるはずであるが、日本の場合、高くなっている。信頼、正統性の程度が低いロシアが法律の遵守の程度においても低かったのとは対照的である。この結果にもとづけば、日本には仮説は当てはまらないことになる。

(3)訪問留置調査とネット調査との比較
 ネット調査を訪問留置調査と比較した結果、両者の間には、回答者の居住地域の都市規模、教育歴、婚姻関係、同居する家族人数、居住年数などに大きな相違が確認された(いずれもχ2検定の結果、1%水準で有意)。その属性の相違が影響しているのか、過去5年間の自動車関係の犯罪被害において、両調査の間に統計的に有意な差異が認められた(図7を参照)。具体的には、車上盗、自動車損壊、バイク盗においては、ネット調査の被害率は訪問留置調査の被害率を大きく上回った。その違いは統計的に有意であった(t検定、1%水準)。属性の相違以外の可能性として、以下の理由が考えられる。車上盗の被害品の半分近くはカーナビである。ネット調査に登録しているモニターのデジタル関連機器の所有率は、国民全般と比較して、高いことが知られている[楽天リサーチ 2010]。そういったモニターの物に対する志向性が「車上盗」と「自動車の損壊」における両調査の違いを産み出している理由の1つと考えられる。その一方で、自動車盗、自転車盗、不法侵入、不法侵入未遂、窃盗(すり等)の被害率においては、両者の間に有意な差異は確認できなかった。また、警察への犯罪被害の通報率や犯罪不安(不法侵入の被害にあう不安、夜間の1人歩きに対する不安など)の程度に関しても、両者の間に有意な差異は認められなかった(グラフは省略)。


図7

4.考察
 最初の、犯罪被害や犯罪不安に関する調査の結果から言えることは、5年前に実施した2006年調査と比較すると、犯罪被害率はおおむね減少傾向にあり、日本の治安が悪化していると考える者の割合も大幅に減少している。つまり、日本の治安は、犯罪被害だけでなく体感治安においても改善が認められるということである。
 次に、刑事司法制度に対する信頼(Trust in Justice)について、日本は、刑事司法に対する信頼や法律の遵守などにおいて、ESS調査班が立てたヨーロッパ諸国の仮説モデルとは異なった結果を得ることになった。日本では、ヨーロッパ諸国とは異なった独自のメカニズムが働いていると考えられる。すなわち、日本人のモラルは必ずしも高くはないが、仮に犯罪をおかした場合、人びとは高い確率で逮捕され、罰せられると認識している(上記の報告では紹介しなかったが、今回の比較調査の結果でそれが確認されている)。そして、それが法律の遵守の高さ(犯罪発生の低さ)となって現れている。社会心理学者の山岸俊男(1999)は、日本人にみられる協調性は、信頼や正統性ではなく、むしろ相互監視 と社会的制裁によって成り立っている、と言い、しばしば日本人の特性(美徳?)として評される集団主義文化に対して疑問を呈する。すなわち、日本の社会秩序は、法律の執行というより相互監視と排除という脅威、集団主義文化(内面化された協調性という価値観)というより相互干渉や社会的制裁というシステム、によって維持されているというのである。この点については、今後さらに、日本とヨーロッパとの比較研究を通じて、犯罪・刑罰や遵守における両者の認識の違いを検討する必要がある。
 最後に、訪問留置調査とネット調査の結果との比較からは、犯罪被害率のように、数%程度の小さな差異を比較するツールとして、ネット調査を訪問留置調査の代替として使用することは、現時点においては適切でないと判断する。しかし、ネット調査のモニターの属性・特性に注意を払いつつであれば、短中期の犯罪発生の増減(傾向)や犯罪不安などの意識調査においては、訪問式の全国調査の代替として一定程度の信頼性・妥当性を確保できる可能性が見えてきたと言ってよいだろう。

 本報告は、研究・調査の概要を紹介したもので、調査(2)の「刑事司法に対する信頼」を含めて、詳細な結果の分析はこれから実施する予定である。
 なお、本研究は、科学研究費補助金基盤研究(A)「個人情報保護に対応した犯罪被害調査の開発に関する研究」(課題番号:22243006)の成果の一部である。


参考文献
 ・European Social Survey, 2009, “Trust in Justice: European Social Survey,”(http://www.europeansocialsurvey.org/index.php?option=com_docman&task=doc_details&gid=580&Itemid=99999999 , 2011.11.27)
 ・浜井浩一、2007、『治安・犯罪対策の科学的根拠となる犯罪統計(日本版犯罪被害調査)の開発(課題番号16330016)』平成16年度~平成18年度科学研究費補助金(基盤研究(B)研究報告書)
 ・楽天リサーチ、2010、「モニター特性調査――2010年7月実施結果」(http://research.rakuten.co.jp/download/RR_Monitor_Feature.pdf , 2011.11.27)
 ・山岸俊男、1999、『安心社会から信頼社会へ――日本型システムの行方』 中公新書