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■「中央調査報(No.651)」より

 ■ 2012年の展望―日本の経済 ― 一体改革、TPPに挑む野田政権 ―

時事通信社 経済部次長 堀川 弘文


 2012年の日本経済は、円高や欧州債務不安などの懸念材料が引き続き山積するが、政府にとって東日本大震災からの復興を軌道に乗せることが大きな課題となる。補正予算により復興需要の本格化が期待される一方、震災による原発停止で、電力不足問題も産業界の足を引っ張りかねない。内外に不安要因が事欠かない中、野田佳彦首相は税と社会保障の一体改革や環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加など、国の将来を左右する難題に取り組む。参院で野党が多数を占める「ねじれ国会」で政権運営が思い通りには進まない上、民主党内にもTPPなどへの反対論は根強く、今年も厳しいかじ取りが続く。

◇遠のくデフレ脱却
 政府は12年度の国内総生産(GDP)成長率について、物価変動の影響を除いた実質で2.2%とみる。欧州債務問題の深刻化で新興国経済が一層の打撃を受ける可能性があるが、復興事業を盛り込んだ11年度第3次補正予算や、円高対策を追加した第4次補正予算が本格的に執行され、景気の押し上げが期待される。
 一方、物価変動を含む名目成長率は2.0%とした。実質の伸びが名目を上回る状態が今年も続き、経済運営の最重要課題であるデフレ脱却は先送りされる。
 実質成長率見通しについて、日本総合研究所や三菱総合研究所など主要民間シンクタンク7社の予測は、平均で1.7%と政府見通しより厳しめだ。欧州債務問題により輸出が伸び悩むとの見方があるためで、政府見通しは楽観的との指摘もある。

◇全原発停止も
 昨年3月の震災による東京電力福島第1原発事故で、原発に対する国民の信頼が根底から覆った。当時の菅直人首相は、停止中の原発を再稼働させる条件として、新たにストレステスト(耐性評価)の実施を導入。原発が地震や津波などにどこまで耐えられるかを確認することとなった。これを受け、各電力会社は評価結果を経済産業省原子力安全・保安院に提出。保安院が内容を審査した上で、首相や経済産業相が再稼働の可否を判断することとなる。
 政府が可否を判断する際、審査結果とともに重視するのが、原発を抱える地元の反応だ。しかし、地元住民の原発不振は根強く、再稼働への同意をスムーズに得られる見通しは立っていない。
 各地の原発が次々と定期検査に入っており、このまま再稼働できない状態が続くと、今春には全ての原発がストップする事態となる。
 昨年夏は東京、東北の両電力管内で電力使用制限令が出され、鉱工業生産に大きな影響を与えた。今冬も関西、九州の両電力管内でそれぞれ前年比10%以上、5%以上の節電が要請された。強制力はなく節電幅が小さいことから経済活動への影響は限定的とみられるが、問題は夏だ。原発の再稼働が順調に進まなかった場合、昨年以上の悪影響は避けられない。復興需要が順調に拡大しても、工場の稼働が制限されれば景気回復が頭打ちとなるのは避けられない。
 電力をめぐっては原発事故を受けた東電の料金値上げも産業界にとって頭の痛い問題だ。同社は、原発の停止により代替する火力発電の燃料費が増加したことから業績が急速に悪化。収益改善のため、事業者向け料金を4月から平均17%引き上げる計画を発表した。一般家庭向け値上げも夏以降の実施を検討している。西沢俊夫社長は「3月には全ての原発が停止し、経営がさらに悪化する」と強調、経営を安定化させるための措置として理解を求めた。
 経団連の米倉弘昌会長は「2割の値上げならまだ辛抱できる」と容認する姿勢を見せたが、円高に苦しむ産業界にとってさらにコストアップ要因となるのは間違いない。生産拠点の海外移転がさらに加速される懸念も指摘されている。

◇エネルギー政策見直し
 東電の経営をめぐっては、枝野幸男経済産業相が西沢社長に対し一時国有化を要求。巨額の賠償支払いを確実にするため、公的資金の注入を受け入れるよう促したが、東電側は慎重姿勢だ。東電と原子力損害賠償支援機構は3月に抜本的な改革プランを示す総合特別事業計画をまとめる。今後、同計画にどのような改革案を盛り込むか、東電と経産相との間で激しい駆け引きが展開されそうだ。
 原発事故を受けて、政府はエネルギー政策の見直しを迫られている。一昨年まとめられたエネルギー基本計画では、30年に電力の53%を原発で、21%を再生可能エネルギーで賄うとしていた。しかし、野田首相は中長期的には原発依存度を可能な限り引き下げる方針を表明。今夏をめどに電源の組み合わせについて大胆に見直した計画を策定する方針だ。
 計画見直しでは、電力会社の地域独占や発電事業と送電事業の分離問題もテーマとなる。枝野経産相は「ゼロベースで見直す」と表明しており、市場の活性化へ向け自由な競争の実現を目指す。

◇財政立て直しを市場注視
 民主党は年明け早々、社会保障と税の一体改革の素案をまとめた。消費税の引き上げ時期を当初案から半年遅らせ、2014年4月に8%、15年10月に10%とすることを決定。3月に関連法案を提出するが、党内の増税反対論は根強いほか「ねじれ国会」では野党の協力が不可欠で、成立へのハードルは高い。
 野田首相が一体改革にこだわるのは、先進国の中で最悪の状態にある日本の財政事情を立て直すためだ。経済協力開発機構(OECD)の推計では、国債や借入金など日本の12年末の債務残高はGDP比で219.1%と先進国で最悪の水準。欧州債務危機の震源地であるギリシャでも181.2%で、日本の突出ぶりは際立っている。
 欧州債務不安をめぐっては昨年、ポルトガルが欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に支援を要請したほか、イタリアの国債利回りが持続的な財政運営が難しくなるとされる「危険水域」の7%を突破するなど混乱が続いた。ユーロ圏は景気後退に突入しつつあり、今年はさらに混乱に拍車が掛かる恐れがある。
 イタリアは、1~3月にかけて大量の国債償還が集中する。債務返済のため新たに国債を発行しようにも、国債の利回りが高止まりしたままでは、金利負担で財政がさらに圧迫される。
 ユーロ圏諸国はギリシャ債務の50%減免で合意しているが、この措置は事実上のデフォルト(債務不履行)との見方もある。仮に、ユーロ圏3位のイタリアが同じ事態に陥ったら、その影響はギリシャの比ではない。「大きなクラッシュが今年前半にも来るのではないかとの悲観が強まっている」(経産省幹部)だけに、EUによる抜本的な対策が各国から求められている。
 政府が恐れるのは、金融市場が次の標的として日本を狙うことだ。日本の国債は銀行など国内勢が95%を保有しており、海外勢が売りを浴びせたギリシャやイタリアとは状況が違う。それでも、IMFは日本の公的債務残高を「持続不能な水準」と指摘。市場関係者も「消費増税ができなければ日本国債のさらなる格下げにつながる」と警告するなど、内外で警戒感が強まっていた。
 それだけに、今回の一体改革の行方は大きな関心を集めていた。経団連の米倉弘昌会長は「中長期的に財政の健全化を実現する上で、一歩前進だ」と評価。しかし、「ねじれ国会」の下、消費増税実現への道筋は見えないだけに、市場では「障害物競走の最初のハードルをやや低くして乗り越えただけ」などと冷ややかな反応が多かったのも事実だ。

◇円高の功罪
 欧州債務不安と並び、日本経済を悩ますのが円高問題。昨年は対ドル相場が戦後最高値を約16年ぶりに更新。先進7カ国(G7)による協調介入も実施されたが、円高の流れは止められなかった。
 対ユーロでも円高が進展。年末に海外市場で約10年7カ月ぶりに1ユーロ=100円を突破した。国内市場でも今年に入り1ユーロ=97円台に突入。欧州債務問題は長期化する見通しで、さらなる円高・ユーロ安を予想する声が多い。
 経産省が昨年8月に実施した調査によると、1ドル=76円程度の円高が半年間継続した場合、大企業製造業の46%が製造拠点などを海外移転させると回答した。
 国内300万台の生産体制にこだわるトヨタ自動車も、円高について「ものづくり崩壊の兆しすらある」(豊田章男社長)と悲鳴を上げる。
 一方、円高を生かし、日本企業による海外企業の合併・買収(M&A)は活発化している。調査会社のレコフデータによると、昨年1年間の海外企業に対するM&A件数は、前年比22.6%増の455件で、90年に次ぐ過去2番目の水準となった。金額でも66.7%増の6兆2666億円と急増した。
 円高は当分続く見通しで、同社は12年の日本企業による海外M&Aは「引き続き高水準を維持する」としている。特に、債務危機の欧州では金融機関が非中核事業を手放す動きを強めており、大型の買収劇が飛び出す可能性もある。

◇市場開放へ9カ国と協議
 野田首相が一体改革とともに力を入れるTPPは、米国、オーストラリアなど9カ国が年内の協定締結を目指し交渉中だ。わが国は各国に担当者を派遣するなど、交渉参加に向けた事前協議を本格化させる。
 日本が交渉に参加するには9カ国全ての同意が必要だ。このうち、交渉を主導する米国は、「自動車」「牛肉」「日本郵政」の3分野を重視。日本市場で米国車の販売が伸びないのは「参入障壁」があるためとの不満を抱く。牛肉については、米国で03年にBSE(牛海綿状脳症)感染牛が見つかったのを受け、日本が輸入を月齢20カ月以下に限定しているため、条件緩和を要求し続けている。
 BSE規制については、今年半ばにも月齢「30カ月以下」に緩和される見通し。自動車をめぐっては「日本に輸入車を制限する規制などは存在しない」(志賀俊之日本自動車工業会会長)と関係者が強く反発。日本郵政は、米側が民営化の推進を求めているが、民主党が連立を組む国民新党が強く反対しており、調整は難航必至だ。
 国内300万台の生産体制にこだわるトヨタ自動車も、円高について「ものづくり崩壊の兆しすらある」(豊田章男社長)と悲鳴を上げる。
 TPPを締結すれば海外から安い農産物が大量に流入するため、農業団体の反対が強い。このため政府は、競争力強化のため農家経営の規模拡大や農産物の生産から販売までを一貫して手掛ける「6次産業化」を推進する計画だ。
 時事通信社が昨年11月に実施した世論調査によるとTPPについて、52.7%が「交渉参加すべきだ」と答え、「参加すべきでない」は28.8%にとどまった。民主党内には依然として慎重論も根強いが、政府はその意義を地道に国民に説明することが求められる。