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■「中央調査報(No.667)」より

 ■ 「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2012」にみる「不安社会」日本と「大人になること」の難しさ

石田  浩(東京大学社会科学研究所・教授)  
有田  伸(東京大学社会科学研究所・教授)  
田辺 俊介(早稲田大学文学学術院・准教授)  
大島 真夫(東京理科大学理工学部教養・専任講師)  


 東京大学社会科学研究所が継続して実施している「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)」の第6ウエーブ(2012調査)の基礎的な集計と分析をまとめたものである。2つの大きなテーマについて集計・分析を行った。第1は、日本の格差社会の現状とひとびとの格差や希望に関する意識の6年間の変遷について明らかにした。第2のテーマは、「大人になること」の意味である。アメリカでの同様の調査の結果と比較しながら、「大人になる」ことの意味が日米で微妙に異なることを示した。1

 1.はじめに
 東京大学社会科学研究所では、2007年より「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(Japanese Life Course Panel Survey -JLPS)を毎年1月から3月ころにかけて実施している。調査対象者は、2007年時点で20歳から34歳の若年層と35歳から40歳の壮年層であり、同一回答者を毎年繰り返し追跡するパネル調査の形式をとっている。同じ個人を追跡することにより、働き方、結婚・出産などの家族形成、社会や政治に関する意識・態度といった個人の行動や意識の変化の軌跡をたどることが可能となる。
 第1回の調査は、2007年1月から4月に実施され、日本全国に居住する20歳から34歳(若年調査)と35歳から40歳(壮年調査)男女の母集団から、選挙人名簿と住民基本台帳をもとに、性別と年齢を層化し対象者を抽出した。調査票は事前に郵送し、中央調査社の調査員が後日訪問して回収した。若年調査は3367名、壮年調査は1433名を回収し、回収率はそれぞれ35%と40%であった。
 その後同一の対象者を毎年追跡し、2012年の1月から3月には第6回目の調査(Wave 6)を実施した。調査方法は、第1回目と同様に調査票を郵送で配布し、調査員により回収する郵送配布・訪問回収法を採用した。アタックされた調査対象者は、第1ウエーブの回答者の中でその後調査に協力できない意思を表示した方と住所不明の方を除いた2695名(若年調査)と1206名(壮年調査)である。回収数は、若年調査で2121名(回収率78.7%)、壮年調査で1058名(回収率87.7%)である。
 2011年度からは、長期にわたり追跡する場合に回答者が減少していく問題を考慮し、新たにサンプルを補充した。2011年時点で24歳から38歳(若年調査)と39歳から44歳(壮年調査)である継続調査と同年齢の対象者(2007年時点で20歳から34歳と35歳から40歳)を、第1回調査と同様な手続きで性別・年齢を層化し抽出した。調査票を郵送し郵送により回収する郵送調査法を採用し、若年調査710名(回収率32%)、壮年調査253名(回収率31%)を回収した。2012年度には、これらの対象者のうち調査に協力できない意思を表明した2名を除く、709名と252名にアタックし、若年調査542名(回収率76.4%)、壮年調査202名(回収率80.2%)を回収した。

(石田浩)


 2.「不安社会」日本 ~格差・希望などに関する意識の変遷の実態分析から見える日本の姿~2

(1)薄れゆく格差感
 「日本社会の所得格差は大きすぎる」と答える比率は全体的に大きく減少している。「格差社会」が時代の流行語となっていた2007年には、全体の約4分の3にあたる72%が「所得格差が大きすぎる」と答えていたが、その比率は徐々に低下し、2012年には56%にまで下がっている。リーマンショックや東日本大震災が生じた時期にもこのような低下傾向に大きな変化はなく、格差感の減少傾向は一貫したトレンドだといえる。また性別や世代、居住地域別にみてもこのような傾向には大きな違いが無い。しかし別に行ったより詳細な分析結果からは、同じ時期、日本社会の実際の所得格差には目立った改善はみられず、格差の水準はほとんど変化していないことがわかっている。このことから、人々の格差感の希薄化は、実際の社会の変化を反映したものではなく、「格差問題に対する社会全般での関心の弱まり」などによって生じたものと考えられる。

(2)失われる将来への希望
 「あなたは、将来の自分の仕事や生活に希望がありますか」との質問に対して、「希望がある」と答えた人たちは、全体的に減少してきている。2007年では55%の人が希望を持っていたが、2009年には44%、2012年には39%と、6年の間で15ポイント以上も減っている。若い人は将来が長い分希望を抱きやすい傾向があるが、本調査データのさらに詳しい分析によってその影響を取り除いた場合でも、何らかの時代的な効果によって希望を持つ人が明らかに減少してきていることが示されている。また性別、世代、居住地域別にみても、この「希望を持つ人の減少傾向」に大きな違いはない。特定の属性の人々だけではなく、社会全体として「希望がない」という感覚が広がってきた結果と考えられる。

(3)広がる将来の生活への不安感
 希望が失われているだけではなく、将来への不安感を抱く人も着実に増加している。「10年後のあなたの暮らしむきは、今よりも良くなると思いますか。それとも悪くなると思いますか」との質問に対して、「悪くなる」と回答した人の割合は、2007年に15%程度であったものが、リーマンショック後の2009年には23%に、そして震災後の2012年には31%まで急増している。このように社会経済的なショックは、人々の今後の暮らし向きの見通しを悪化させ、不安感を増大させる効果があるのだろう。またこのような「将来見通しの悪化傾向」には、性別、世代、居住地域などによる大きな違いがない。リーマンショックや震災によって実質的な影響を受けた人に限らず、幅広い人々の間で「将来の暮らし向きが良くならない」という不安感が広がっていると考えられる。

(4)変わらない幸福感
 個人の抱く希望が失われ、将来への不安感が増している。その一方、人々の現状の生活における幸福感には悪化の傾向は見られない。「あなたは生活全般にどのくらい満足していますか」として尋ねた生活満足感は、全体的にはむしろ緩やかに上昇していたのである。この満足感の変化については、個人の条件別にみると20代前半の人が上昇しやすく、男性は女性に比べて伸びが小さいなど、個別生活事情を反映した違いが存在する。しかし逆に言えば、現状認識としての幸福感自体は、将来への不安感などと異なり、リーマンショックや政権交代、震災などの出来事の影響をあまり受けていないと考えられる。

図1 格差感・希望・将来見通し・生活満足感の変化

(5)「不安社会」日本
 以上のように、「現状の判断」ともいえる生活満足感は高い水準で維持されており、また社会の格差に対する感覚は薄れているにもかかわらず、むしろ将来への希望は失われ、不安感は増してきている。現状の生活はそこまで悪化しているわけではないにもかかわらず、将来への漠然とした不安ばかりが広がっている日本社会の現状が示されたと言えるだろう。

(有田伸・田辺俊介)


 3.大人になること

(1) 自分は大人であると思うか
 日常生活のなかで、「大人である」とか「大人でない」というような言い方を耳にすることがある。また、「大人の対応」「大人げない」といった言葉遣いがなされることもしばしばあるようだ。このように、私たちは「大人」という言葉を何気なく使っているが、そこには一体どのような意味が込められているのだろうか。
 2012年調査では、回答者が自身のことを「大人」であると思っているかどうか、そして一般的な意味で「大人」であるためにはどのような条件が必要だと思うか、という2点について尋ねた。これらの質問は、米国で過去に行われた調査でも尋ねられたことがある。ここでは日米の調査結果を比較し、社会的にも文化的にも異なる米国を合わせ鏡にすることによって、「大人」という言葉の使われ方の日本的特徴を描き出してみたい。3
 まず、「あなたはご自分が大人であると思いますか」という質問への回答を見ると(図2)、「大人である」と回答した人の割合は、日米で大きな差はなかった(日41%、米46%)。日米で大きく異なっていたのは、「どちらともいえない」「大人でない」と回答する人の割合である。「大人でない」と回答した人が日本では25%にも達しているが、米国ではわずか4%にとどまっている。逆に、「どちらともいえない」と回答した人は米国の方が多い。自分のことを「大人でない」と思っている人が日本社会では多いことがわかる。

図2 あなたはご自分が大人であると思いますか

(2)日本では重要視される「就職・結婚・子ども」
 では、「大人である」ためにはどのような条件が必要であると考えられているのだろうか。
 まず、日米ともに多くの人が必要だと考えていたのは、「自分の行動の結果に責任をもつこと」「自分の感情をいつもコントロールできること」「親から経済的に自立すること」の3つであった(図3)。前者2つは、個人の考え方や価値・信念に関する条件であり、日米両国において大人になる最も重要な要件は、結婚や出産といった役割取得ではなく、価値や考え方であることは大変興味深い。

図3 一般に「大人である」ためには次のようなことが必要だと思いますか(日≒米)

 その一方で、日米で考え方に違いが見られたものもあった(図4)。日本ではそれほどでもないのに米国では多くの人が必要だと考えていたのが、「親とは別に暮らすこと(日17%、米61%)」「両親と対等な大人としての関係を築くこと(日23%、米73%)」である。ここには、親子関係についての日米の考え方の違いが現れているといえよう。日本では、子どもが親と同居して老後の世話まですることは珍しくないし、意識の面でも「たとえ自分がいくつになっても親は親として敬う」というような傾向が根強く存在しているように見受けられる。

図4 一般に「大人である」ためには次のようなことが必要だと思いますか(日≠米)


 「性体験のあること」については、日米両国とも必要だと考える人は少数派であった。しかし、「妊娠しないために避妊すること」については、米国の方が圧倒的に高い割合を示している(日18%、米61%)。米国では、家族計画をきちんと考え、妊娠・出産に伴う責任を果たすことが、大人になることの重要な要素であると認識されている。
 逆に、日本のほうが高い割合を示したのは、「就職すること」「結婚すること」「子どもをもつこと」であった。特に「就職すること」は、日本では61%と半数を超える人が必要だと考えていた(米国は30%)。日本では米国に比べ、役割移行(就職、結婚、出産)を経験することが、大人へのトランジションにとって重要な要件と理解されていることがこれらの結果からわかる。
 以上見てきたように、「大人」という言葉から人びとが思い浮かべるイメージには、日米で少なからぬ違いがある。「大人である」「大人でない」「大人の対応」「大人げない」といった言葉を使うときにも、そうしたイメージの違いを反映して、異なる意味が込められることになる。グローバル化が進展する中で、異なる文化的背景を持つ人びと同士の接触はますます増えているが、こうした言葉の意味に関してちょっとした違いのあることに留意していれば、より円滑なコミュニケーションを取ることができるようになるかもしれない。特に大人になることの意味が、特定の役割(就職、結婚、出産など)を取得することと考えられるのか、それとも個人の考え方や価値・信念に関する要件として考えられるのか、については基本的な考え方の違いにつながっているといえよう。

(石田浩・大島真夫)


 4.おわりに
 本稿では、2つのテーマについて分析した。第1は、日本の格差社会の現状とひとびとの格差や希望に関する意識の6年間の変遷についてである。「日本社会の所得格差は大きすぎる」と答える比率は全体的に大きく減少し、現在の生活についての満足感は高い水準で維持されている。それにもかかわらず、将来への見通しは決して明るくなく、将来の希望は低下する傾向にあり、不安感は増してきている。現状の生活については、それなりの満足感を持っているが、ひとたび将来の見通しについて目を移すと、現状の基盤の脆弱性を意識せざるを得ず、将来的に明るい展望を持つことが容易ではなく、将来への漠然とした不安が若年・壮年の間に広がっている日本社会の現状が明らかになっているのだろう。
 第2のテーマは、「大人になること」の意味である。まず日本の若年者の間では、4割ほどの回答者が「自分を大人である」と認識しており、その割合は米国の若年者とそれほどかわらない。しかし日本では、「自分は大人ではない」と回答している若年者は4分の1ほどおり、米国の4%に比べるとずっと高い。自己認識からみると、日本では大人になっていないと思っている成熟していない若年の比率がそれなりにあることがわかる。「大人である」ための必要な条件としては、「自分の行動の結果に責任をもつこと」「自分の感情をいつもコントロールできること」「親から経済的に自立すること」の3つが日米の若者が共通して選択した項目である。日米の親子関係の違いを反映してか、アメリカでは親と別に暮らすこと、親と対等な関係を築くことが選択されているが、日本ではこれらの項目の比率は低く、就職することの比率が高い傾向にある。「大人になる」ことの意味が日米で微妙に異なることが明らかになった。
 最後に「大人になる」ことと「将来の生活への希望」との関連をみると、「自分は大人である」と認識している場合には、将来に対して希望を持たない比率は低くなり、「自分は大人でない」と認識している場合には、その比率が高くなる傾向がある。将来への漠然とした不安は、自分が大人であるかどうかという自己認識と高い相関があるようである。

(石田浩)


 脚注
 1 本稿は、東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト・ディスカッションペーパーシリーズNo.65「「不安社会日本」と「大人になること」の難しさ―「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2012」の結果からー」(2013年3月)を修正し、執筆したものである。本稿は科学研究費補助金基盤研究(S)(18103003,22223005)の助成を受けて行った研究成果の一部である。東京大学社会科学研究所パネル調査の実施にあたっては社会科学研究所研究資金、㈱アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた。パネル調査データの使用にあたっては社会科学研究所パネル調査企画委員会の許可を受けた。
 2 このセクションの分析では、若年調査と壮年調査を合体し、2007年から2012年までの6回の調査すべてに回答した若年・壮年者2675名に基づいている。
 3 Jeffrey Jensen Arnett (2001), Conceptions of the transition to adulthood: Perspectives from adolescence through midlife, Journal of Adult Development , Vol.8 No.2, 133-143. 回答者は20~29歳の米国中西部の居住者。日本の調査は対象年齢を対応させるため、2007年時点で20~29歳の回答者(追加サンプルの対象者も含む)に限定している。