中央調査報

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■「中央調査報(No.689)」より

 ■ 統計的手法を用いた調査に求められる品質の向上を目指して

東洋大学大学院社会学研究科 客員教授 島崎 哲彦 *

* 一般社団法人 日本マーケティング・リサーチ協会理事、ISO20252認証協議会座長、公的統計基盤整備委員会顧問(元委員長)



1.日本における統計手法を用いた調査の導入
 日本では、太平洋戦争開戦以前から標本抽出による国勢調査の開始、輿論を対象とした調査の実施など、統計調査の嚆矢とみられる調査が存在したが、統計手法を本格的に用いた定量調査が導入されたのは、終戦後の1946年、GHQ(General Headquarters)による“世論に基づく政治” のための世論調査の開始にあるといわれている。この世論調査導入を指導したのは、アメリカで文化人類学を学びGHQ・CIE(Civil Information and Education Section:民間情報教育局)の若手職員であったハーバート・パッシン(Herbert Passin)、後のコロンビア大学教授であった。この世論調査開始初期、世論調査実施にかかわった主な調査機関は、内閣官房審議室輿論調査班(後の国立世論調査所)、時事通信社調査局(調査室)等の新聞社・通信社、輿論科学協会であった。その後、1954年、国立世論調査所の廃止に伴い、世論調査実施機関としての機能は、時事通信社調査室を母体に設立された中央調査社に引き継がれていったことは周知のことであろう。
 他方、時事通信社調査室と輿論科学協会は、創設間もなく、民間企業のマーケティング・リサーチの受注も始めている。時事通信社調査部門に創設当初から在籍し、後に日本のマーケティング・リサーチ発展に多大な功績を残した深井武夫(後に市場調査研究所設立)は、パッシンの推薦で留学生としてアメリカへ渡り、ミシガン大学やコロンビア大学で、アメリカ社会学の泰斗であり、調査技法の発展に欠かせない存在であったポール・ラザースフェルド(Paul F.Lazarsferd)等にも学んだようであるが、彼らから産業立国のアメリカでは世論調査とともにマーケティング・リサーチも重要であるとの教えを受けた、と伝え聞いている。
 この頃の調査の先達たちが残した記録等をみると、数多くの研究会を開催して調査関連の知識の習得、研究の推進を積極的に行い、調査の実施に活用していたことが伺える。

2.統計調査の発展と問題点
 このようにして始まった日本における定量的手法を用いた調査は、戦後凡そ70年を経た今日、国や自治体等の政策立案の根拠となる様々な領域の統計調査も含めて、大きな発展を遂げた。このことは、2013年度の日本マーケティング・リサーチ協会の正会員社数(130社)とその総売上(1,835億円)に示されているといえよう。
 この間の定量調査関連技術の発展は、次の2点に集約されるであろう。
1.インターネット調査の増加にみられるように、コンピュータと通信技術の発展に伴う調査データ収集過程の調査員を使う労働集約型作業からの脱却。
2.これもコンピュータ技術の発展に伴う調査データの統計・解析技術の進化。

 こうした発展は、必ずしも調査そのものの統計学に沿った発展を促すものではなかった。例えば、インターネット調査の発展は、パネル構築の手法において、定量調査を統計学の理論から乖離する方向へ導いたといえる。
 もうひとつ、調査の発展と品質に大きな影響を与えたのはグローバリゼーションである。グローバル化の中で、調査もまた先進国のみに必要とされるものではなくなり、また調査データは国境を越えて利用されるようになった。その結果、世界規模での調査の品質水準のバラツキが大きく拡大したのである。
 ここに、いかに進化した統計・解析技術を駆使しても、元のデータの妥当性と信頼性が欠如していては、結果もまた同様である、という問題が生じる。

3.ISOによる調査業務の規格化と調査品質の向上
 このことを背景に、国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)の手によって、調査の国際標準が登場したのである。調査の国際標準には、調査一般に適用されるISO20252と、パネル調査-その大半はインターネット調査-に適用されるISO26362がある。この2つの調査のISOは組織を認証するものではなく、個々の調査の製品をそのプロセスにおいて認証するものである。したがって、ISOの認証を受けても、ISOの規格に沿って調査を実施するか否かは、クライアントと調査機関の選択に委ねられている。ISOの内容は、調査進行過程に沿った各手順、及びクライアントとの取引き内容、個人情報保護のための規格等を示すもので、調査結果の品質を大きく左右する統計学が関与する内容にまでは踏み込んでいない。しかし、結果として品質を一定の水準に統制する機能は有しているといえる。
 このうちISO20252は、ヨーロッパ、特にイギリス主導で導入されていったが、日本でも2010年に導入されるに至った。何かと抵抗を示していたアメリカでも、大手調査会社を含めて認証を受ける調査機関が登場している。各国の認証を受けた調査機関数は、表1に示すとおりである。

表1 各国のISO20252 認証取得調査機関数


 ISO20252はイギリスでは普及しヨーロッパ各国にも広まりつつあるが、日本ではISO20252の普及もこれからの状況にあり、未だ導入されていない。しかし、現行のインターネット調査の品質水準を考えると、いずれ導入せざるを得ないであろう。
 最近では、官公庁が行う統計調査にもISO適用の動きがみられる。イギリスの官公庁の統計調査にはすでにISO20252が適用されているし、日本でも2010年から内閣府統計委員会の要請で品質管理学会の「統計・データの質マネジメント研究会」において、公的統計の品質向上のためにISO20252のチェックリストに基づいて公的統計実施のプロセスを評価する作業を行っている。この研究結果を基に、日本における公的統計実施の規格を作成する方向で検討が行われている、と聞いている。

4.調査従事者の体系的知識の必要性
 ところで、調査のISOは調査のプロセス面からの品質を一定の水準に維持する機能を果たすものであるが、品質の内容面からの水準は、調査に携わる人々の知識と能力によって支えられている。その核となるのは、調査機関の職員・社員である。しかし、調査業界にはいつの間にか経験主義が蔓り、調査関連の知識習得や研究の意欲に乏しい傾向が蔓延してしまったように感じられる。これには、次のような背景があると考えられる。
1.調査開始当初に調査をリードした人々の下で実務を担った人たちあたりから経験主義的傾向が生じていき、それが伝統的に受け継がれていったこと。
2.調査機関が受注産業であるが故に、課題解決の要求がクライアントにあり、調査機関の業務が調査実施の作業に偏ること。
3.前掲2にも関連して、調査機関では調査の知識や研究を活用した頭脳部分を直接利益に結びつけられないこと。
4.調査業界固有の長時間労働が学習にあてる時間を阻害していること。
5.学界では、調査が様々な分野の科学-特に社会科学-における研究目的を達成するための重要な手法であるにもかかわらず、調査法そのものを研究するポストが少なく、研究者も少数であること。そこで、研究者側から実務の世界への研究結果の提供や提案があまりなされてこなかったこと。

 もちろん、調査にとって知識と経験は車の車輪である。知識があっても経験がなければ、実務における適応力に欠けるであろう。しかし、経験によって得られるものは知識の断片に過ぎず、系統だった実務に役立つ知識にはならない。また、その知識の断片の中には、理論的には間違った認識も混入していることもあり、それに気付かずに実務を行っている可能性もある。
 他方で、最近の調査機関の業務は、小規模な組織を除いて、一人の担当者が企画・営業から分析・報告書作成までを担当する縦割り型がほとんどなく、企画・営業、実査、集計・解析といった部門に分割された横割りの分業型が大半を占めている。調査業務の従事者はそれらの部門のいずれかに所属し、その部門の業務に専従している。そうなると、経験主義では調査業務のある部分の知識しか得られない。しかし、調査の各段階の業務は、他の段階の業務と有機的に繋がっている。したがって、調査の各部門の従事者には、調査全体の体系的知識が益々要求されることとなる。そのような知識を身に着け、調査内容の向上に寄与する従事者が重視されるべきであり、それを保証する資格制度も必要であるといえよう。

5.社会調査士資格制度、統計調査士制度による調査品質の向上
 日本マーケティング・リサーチ協会では、このような知識と能力を計る資格制度を検討してこなかったわけではない。数十年も前から、調査員の資格をはじめとして何度か検討課題に挙げられたが、会員社の業務分野の差異等に起因する意見の違いから、実現には至らなかったという経緯がある。
 他方で、調査業界以外、学界を中心として、調査にかかわる人々の資格制度が設立されている。まず2004年度から、日本社会学会等が中心となった社会調査士資格認定機構(現社会調査協会)による社会調査士と専門社会調査士の資格認定が開始された。その資格の目指すところは、表2に示すとおりである。

表2 社会調査士資格・統計調査士資格の目指すところ


 社会調査士の資格は、大学の学部で社会調査協会の認定を受けた科目の単位を修得し、卒業時に同協会に申告することによって得られる。正規の専門社会調査士の資格は、社会調査士の資格を取得した上で、大学院において社会調査協会が認定した科目の単位を修得し、社会調査を用いた論文(修士論文を含む)を同協会に提出して申告することによって得られる。第8条規定による専門社会調査士の資格は、既に社会で社会調査に携わってきた者が、社会調査関連の著者・論文を同協会に提出し、審査を受けることによって得られる。
 その後、2011年に日本統計学会等が中心となった統計検定センターによる統計調査士と専門統計調査士の資格認定のための試験が開始された。その資格の目指すところは、表2に示すとおりである。
 この2つの資格は試験に合格することによって得られるものであり、受験にあたっては学歴や調査業務従事歴を問われないので、学生でも受験可能である。なお、試験開始当初一定期間は、実務経験による加点制度もある。ただし、専門統計調査士の資格は統計調査士の資格取得を前提としているため、専門統計調査士の試験にのみ合格しても、同資格は認定されない。
 社会調査士・専門社会調査士の資格制度は、その認定方法にみられるように、社会調査協会に認定された科目の教育を行っている大学・大学院教育に基盤を置くものであり、それ以外の卒業者・修了者にとっては資格取得が困難な制度である。また、8条規定による専門社会調査士資格は社会調査士の資格取得を前提としないが、論文提出を伴うため多くの資格取得者は大学教員を中心とする研究者であり、調査現場に携わる実務家にとっては大きな壁がある。日本マーケティング・リサーチ協会は、かつて社会調査協会に実務家向けの制度改変を相談したこともある。近年、同協会による一部科目についての講座が設けられたが、それでも実務家にとっては資格取得は困難である。2014年度までの累積資格取得者数は表3に示すとおりであるが、8条規定による専門社会調査士資格取得者に占める実務家の割合は10%程度(2011~2014年の累計では13.4%)と推測される。

表3 社会調査士・統計調査士の人数


 他方、統計調査士・専門統計調査士の資格は試験制度によるものであり、受験者の多くは調査機関の職員・社員である。日本マーケティング・リサーチ協会も、試験制度発足当初から制度確立と運営に協力してきた。しかし、民間企業からの受注が中心の調査機関の職員・社員にとっては、問題がないわけではない。この試験制度発足の背景に、国の統計調査員制度の脆弱化等があり、統計調査士試験問題の内容は公的統計の知識に偏っている。また、専門統計調査士の試験問題では、統計の利活用の詳細な内容が出題されるようになってきた。このような知識は、民間企業からの受注が中心の調査機関の職員・社員によっては、身近で業務に必要な知識とはいえまい。2014年度までの統計調査士と専門統計調査士の合格者数は表3に示すとおりであるが、年々受験者数が減少し、合格率も低下している。また、学生の受験者が増えている傾向もみられる。

6.さらなる調査の品質向上に向けて
 このように、昨今、調査プロセスの品質水準と調査従事者の知識・能力の両面から、調査の品質向上を目指す動きが現実化している。
 ISOは調査プロセスを規格化するのみで、調査の具体的内容を規格化するものではないが、それでも単に多数のデータを収集すればよい、あるいはどのような方法でもよいからデータを集めればよいといった風潮の歯止めにはなるし、各国の調査の品質のバラツキを一定水準に揃えて維持する機能は果たしている。今後もグローバル化が進展する程、国際間の情報流通が活発化していき、日本の調査機関の海外調査の実施や海外調査機関への発注、外国企業・海外調査機関からの受注はともに増加していくと考えられる。この時、ISOの重要性は益々増していくこととなろう。また、調査のみならず、周辺のビッグデータの取り扱い等についてもISOを確立しようとする動きもある。調査機関のみならず、周辺領域の業務を行う組織・企業、また官公庁やクライアントのISOに対する理解がさらに進み、調査機関にISOが普及することが、調査の品質向上を推進することになるであろう。
 社会調査士や統計調査士の資格制度については、知識を問うのみで実務能力に結びつかないとの批判がある。しかし、経験主義では調査全体に占める各業務の機能を理解することができない。的確な業務遂行のためには、各業務の従事者の体系化された調査全体の知識が必要なことは、前に述べたとおりである。調査に関する体系化された知識とそれに基づく調査従事者の能力こそが、調査内容の品質を向上する原動力となるといえよう。また、これらの資格制度は研究に偏ったり、公的統計に偏ったりという問題もある。しかし、調査従事者の業務に限定された狭い領域の知識のみでは、新しい業務の拡大に結びつかない。もともと調査機関は、その業務能力のかなりの部分を職員・社員個人の能力に依拠していることに異存はあるまい。したがって、職員・社員の調査を取り巻く広い知識こそが、調査機関の業務拡大の基盤を確立するのである。この調査従事者の資格についても、調査の品質向上と周辺業務に対する能力向上のために多くの調査機関の職員・社員が取得していくことを望むものである。
 最後に、次のことに触れておきたい。調査の世界は今、大きな変革の途上にある。ここで留意しておきたいのは、本文冒頭で述べた定量調査導入期の関係者が、人々の行動や心理を的確に把握しようとして、いかに腐心したかである。変革期の今、我々にもまた、彼らの思いに立ち返って、品質向上を目指して新たな努力を積み重ねていくことが要求されているといえよう。



 参考文献
○ International Organization for Standardization, ISO26362 Access panels in market, opinion, and social research - Vocabulary and service requirement, ISO, 2009.
○ NHK放送文化研究所編『NHK世論調査事典』大空社、1996年。
○島崎哲彦「インターネット調査の国際標準化と品質の向上」『ジャーナリズム&メディア』第7号、日本大学法学部新聞学研究所、2014年。
○島崎哲彦、大竹延幸『社会調査の実際-統計調査の方法とデータの分析』第十版、学文社、2013年。
○一般社団法人社会調査協会ホームページ, http://jasr.or.jp/(2015年1月閲覧)。
○統計検定ホームページ, http://www.toukei-kentei.jp/(2015年1月閲覧)。
○一般財団法人日本規格協会出版部『国際規格 市場・世論・社会調査-用語及びサービス要求事項 ISO20252 Market, opinion and social research - Vocabulary and service requirement』2012年。
○社団法人日本マーケティング・リサーチ協会『市場調査事始め』社団法人日本マーケティング・リサーチ協会、1990年。
○一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会『第39回経営業務実態調査』一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会、2014年。
○一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会 ISO20252 認証協議会『ISO20252 マーケットリサーチサービス製品認証制度の認証スキーム2013』一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会、2013年。
○一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会 ISO20252 認証協議会『ISO20252 市場・世論・社会調査-用語及びサービス要求事項 規格解釈のガイドライン』Ver.3.0, 一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会、2013年。
○一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会公的統計基盤整備委員会『「公的統計市場に関する年次レポート2013」-序章!公的統計のプロセス保証へ向けて-』一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会、2014 年5月。