中央調査報

トップページ  >  中央調査報   >  from 二次医療圏データベース to 地域医療構想会議
■「中央調査報(No.690)」より

 ■ from 二次医療圏データベース to 地域医療構想会議

国際医療福祉大学大学院教授 高橋 泰


 日本の医療提供体制が、「人口“増加” 社会対応」型から「人口“減少” 社会対応」型に向けて、大きく舵を切り始める。日本を300以上の地域に分割した構想地域ごとに、各構想地域の「医療資源量」と「将来の医療需要」をもとに、構想地域ごとの医療提供体制のあるべき姿を考える地域医療構想会議が2015年度から始まる。この事態は、筆者が2010年の春頃に夢見た光景そのものと言える。
 この文章では、今(2015年春)から5年前に夢見た光景が現実に至るまでのプロセスを、筆者らがこれまでに制作した「二次医療圏データベース」と「日医総研のワーキングペーパー」という2つの成果物の概要と、現在進行中の医療提供体制の改革の概要を紹介した日経新聞の経済教室の記事を通して紹介する。


(1)二次医療圏データベースの開発と無償公開
 以下の文章は、二次医療圏データベースの概要と開発の経緯を紹介した、社会保険旬報2011年1 月11 日号の原稿の抜粋である。以下少し長い抜粋になるが、この文章から、二次医療圏データベースの概要と、二次医療圏データベースを開発した想いを感じていただきたい。

連載:二次医療圏をもとに日本の医療提供体制を考える
二次医療圏データベースの紹介
国際医療福祉大学大学院教授 高橋 泰
大学院博士課程 石川雅俊
株式会社ウェルネス代表取締役社長 柏原純一

2011 年1 月10 日より二次医療圏データベースを公開
 2010 年から2025 年にかけて後期高齢者が1.5倍に膨れ上がる。またその増加が同一都道府県の中でも地域により大きく異なる。地域における医療提供体制を考える場合、1つの都道府県をいくつかの地域に分けて、県レベルより詳細な分析を行う必要性は、確実に高まっている。特に、都市圏と過疎地域を抱えるような都道府県では、二次医療圏レベルの把握が不可欠になってきている。
 筆者らは、384 個の二次医療圏(2011 年当時)別の人口動態や医療提供体制に関する情報を提供する「二次医療圏データベース」を開発し、1月10 日より無償で公開を始める。公開する場所は、このデータベース開発グループの一員である株式会社ウェルネスのホームページ上である。
 興味のある方は、この文章を読んだ後に、以下の株式会社ウェルネスのアドレスにアクセスする、あるいは、インターネット検索ソフトに、「ウェルネス 医療情報」という2つのキーワードを入力して検索を行うと、株式会社ウェルネスのホームページにたどりつく。このホームページ上に設置された、「二次医療圏データベース・ダウンロード」というボタンをクリックすると、二次医療圏データベースという名のエクセルファイルをダウンロードすることができる。

株式会社ウェルネスのアドレス http://www.wellness.co.jp/

 二次医療圏データベースは、「そもそも二次医療圏レベルでの医療提供体制に関するデータが整備されていない」という問題に対処するために開発した。このデータベースを公開するのは、国や都道府県の医療計画の見直しの担当者や、各地の病院の将来計画を作成する担当者、あるいはシンクタンクの研究員や学生などが、このデータベースのデータやツールを使い、自由に我が国の医療提供体制の地域間の差、将来人口の推移の地域差を認識し、それぞれの立場の仕事に活用してほしいからである。未来に耐えうる将来計画は、正しい現状認識と的確な将来予測の上に成り立つので、このデータベースを活用して、現在、および10 年20 年さきの日本および各地域の医療提供体制を各自の立場で考えてほしい。
 二次医療圏レベルの集計結果は見慣れないことが多いので、「結果を見える化するツール」の必要性が、都道府県レベルの集計結果より格段に高いことにも配慮して二次医療圏データベースの開発を行った。二次医療圏別の解析結果を地図上で色を用いて表現する「二次医療圏色塗りツール」と、384 個の二次医療圏の一覧データを医療圏ごとに表示する「各医療圏のサマリー作成ツール」を用意した。
 また、二次医療圏データベースは、多くの人が繰り返して使うことを目指して開発した。まず、最新データに基づいて更新が、ウェルネスによって定期的に行われる。また、提供されたデータや、そのデータを加工したデータを自由に使用でき、しかも無料である。

二次医療圏データベースの概要
 二次医療圏データベースは、384 の二次医療圏の情報が羅列された、1 枚のエクセルシートである。二次医療圏基礎データを眺めたり、解析することにより各二次医療圏の人口密度や、人口の推移、病床数や医師数、看護師数、平均在院日数などを知ることができる。
 (図1)はその一部抜粋であり、南渡島と南桧山の二次医療圏の様子を示す二次医療圏基礎データの画面イメージを示す。この表を見ることにより、南渡島(函館とその周辺)地域には、大学病院はないが、DPC 病院が6 個、救命救急センターが1 個、地域支援病院1 個、癌拠点病院が2 個、周産期2 個、総合入院加算をとれている病院が1 個あることがわかる。
 二次医療圏基礎データの人口や人口推移予測などのデータは、国勢調査の市町村別に発表されたデータを、二次医療圏別に再集計して作成している。今後国勢調査の最新データが発表されれば、同様の再計算を行い、データを更新していく。

図1 二次医療圏基礎データの内容

まとめに変えて
 昨年『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称“もしドラ”)が100 万冊を超えるベストセラーになった。この本はまさにタイトル通りに、高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読み、マネジメントの重要性に目覚め、自らの考え方を変え、周囲の野球部の仲間に影響を及ぼし、野球部が強くなっていく物語である。
 昨年の夏、“もしドラ” を読みながら、筆者は、『国や都道府県の医療計画見直しの担当者や、各病院の将来戦略を考える担当者などが、ドラッカーの『マネジメント』の代わりとして『二次医療圏データベース』を使いまくり、その結果、大きく意識が変わり、2025年の日本の状況に合った将来計画を作成するようになることを想像した。日本各地の役所や病院の企画室で将来計画を作成するキーパーソン達が、もし「日本で人口当たりの一般病床の最も多い医療圏と最も少ない医療圏で、何倍くらいの格差があるのか」、「今後15 年間で後期高齢者が最も増える医療圏と減少する医療圏はどこで、どの程度差があるのか」などの地域間の差を、348 個の医療圏に分割された日本地図を示しながら周囲に語るようになり、そのキーパーソンおよびその周辺の人たちが、自分達の所属する医療圏の現在の相対的な立ち位置や将来の人口推移を熟知するようになれば、彼ら彼女らにより作成される各都道府県の医療計画や各医療機関の将来戦略は、2025 年頃の日本の状況により適合したものになるだろう。2010 年から2025 年にかけて後期高齢者は1400 万人から2100 万に増加する。このような激変期に大切なことは、大きな変化に適切に対応する計画を作ることであろう。
 キーパーソンの意識変革を引き起こすものを「もしドラ・ツール」とよぶとすると、野球部の「もしドラ・ツール」は、野球部のキーパーソンとなった女子マネージャーにマネジメントの重要性を認識させたドラッカーの『マネジメント』という著作である。後期高齢者が激増するこれからの時代に向けて求められる医療界の「もしドラ・ツール」は、将来に向けた地域や病院のプランを作るキーパーソンたちに、地域により大きな 差がある日本の医療提供体制の現状とこれから15 年間で起きる大きな変化を認識させるようなツールである。
 今回開発した二次医療圏データベースが、日本の医療の「もしドラ・ツール」のような形で使われていくようになることを期待したい。

 二次医療圏データベースは、「巧見(たくみ)くん」という愛称と、イメージキャラクターを持つ。図2 に示すよう、2011 年のver1 のリリース以後、バージョンアップを行い、データの更新、二次医療圏の変更への対応、項目の追加を行ってきた。また、小児周産期対応の二次医療圏データベースである「タッくん」や、精神科対応の二次医療圏データベースである「巧次郎」も、「巧見くんファミリー」としてこれまでリリースしてきた。今後も、データの更新やデータベース上の表示項目の見直しを行い、定期的なバージョンアップを続けていく予定である。

図2 二次医療圏データベースのバージョンアップの経緯




(2)二次医療圏データベースを用いた解析と日医総研のワーキングペーパーの概要
 筆者らは、二次医療圏データベースを用いて日本の医療提供体制の評価と将来予測を行ない、その成果を、2011 年1 月11 日号から8 月21 日号にかけての社会保険旬報において「二次医療圏をもとに日本の医療提供体制を考える」という13 回連載を通して発表した。この連載は、多くの医療関係者や政府関係者にお読みいただき、日本の医療提供体制の地域格差の大きさや、今後進行する少子高齢化の波が、日本の医療提供体制の改革を強力に推し進めないと乗り切れないものであることが多くの人が知ることとなった。また同様の文章を、ジャパン・メディスンに11 回連載、複数の雑誌、2011 年から14 年の4 年間に全国各地で行った100 回を超える講義や講演で訴え続けてきた。
 また、二次医療圏データベースを用いて全二次医療圏の評価と将来予測を行なった。各二次医療圏の医療提供体制の評価を行うため、表2に示すように、各種の指標を人口10 万人当たりの数を算出し、更にその値を全国の他の二次医療圏と比較することにより偏差値化して表現した。表2は、解析の一部の集計結果である神奈川県の医師数に関する二次医療圏別の集計結果である。例えば横浜北部は、3305 名の医師(操医師数)がおり、そのうちの1616 名が病院勤務医であり、1690 名が診療所の医師である。横浜北部には人口10 万人あたり218 人の医師がおり、全国平均の251 人、2 次医療圏間の標準偏差87 人から、この地域の総医師数の偏差値が46 となる。
 この集計結果をまとめ、その集計結果をもとに全都道府県と全医療圏の評価をまとめ、日本医師会総合政策研究機構(日医総研)からワーキングペーパーNo.269「地域の医療提供体制現状と将来- 都道府県別・二次医療圏データ集 (- 高橋泰 江口成美)」を、2012 年11 月2 日に発刊した。その後2013 年8 月20 日に、改訂版である2013 年度版(No.293)を、2014 年8 月6 日に第3 版に相当する2014 年度版(No.323)を発行している。回を増すごとにボリュームが増し、2014 年度版は2700 ページを超える巨大なデータ集になっている。このワーキングペーパーは、インターネット上で公開されている。検索エンジンに「日医総研 ワーキングペーパー」と入力し、最新版を参照するならNo.323 の欄をクリックすると、県別にワーキングペーパーが示される。
 2012 年の最初のワーキングペーパーでは、全ての表を手作業で作成し、編集作業で中央調査社の協力を得た。2013 年の第二版では、中央調査社の提案により、二次医療圏データベースより数字を読み込み、自動的に(表2)に示すような表が自動作成されるようになった。2014 年の最新のワーキングペーパーでは、高橋が発案し、中央調査社がプログラムを開発することにより、以下に示す各県や二次医療圏の評価の文章を自動作成した。コメント自動作成の基本的な考え方は、偏差値に応じてコメントの内容を変える(偏差値が:35 未満→非常に少ない、35以上45 未満→少ない、45 から55 →平均レベル、55 以上65 未満→多い、65 以上→非常に多い)ということである。例えば(表2)に示されたように横浜南部の総医師数の偏差値が57 であるので、まずコンピュータが横浜南部と医師数の偏差値が57 を読み込み、ルールに従い、「横浜南部は総医師数が多い。」というコメントを作成する。以下、種々の工夫を凝らして作成したロジックにしたがって自動作成された横浜南部医療圏の総括の抜粋を示す。

表2 医師数(総数、病院勤務医数、診療所医師数)

(横浜南部医療圏)
1. 地域ならびに医療介護資源の総括

地域の概要:横浜南部(横浜市中区)は、総人口約106 万人(2010 年)、面積122km²、人口密 度は8691 人/km²の大都市型二次医療圏である。
 横浜南部の総人口は2015 年に106 万人と増減なし(2010 年比± 0%)、25 年に102 万人へと減少し(2015 年比- 4%)、40 年に90 万人へと減少する(2025 年比- 12%)と予想されている。一方、75 歳以上人口は、2010 年10.3 万人から15 年に13.4 万人へと増加(2010 年比+30%)、25 年にかけて19.1 万人へと増加(2015年比+ 43%)、40 年には19.3 万人へと増加する(2025 年比+ 1%)ことが見込まれる。
医療圏の概要:大学病院、高機能病院や地域の基幹病院が複数あり、急性期医療の提供能力は高く(全身麻酔数の偏差値55-65)、神奈川県東部の患者が集まるが、周囲の医療圏間との患者の流入・流出が多い医療圏である。急性期以後は、療養病床は不足気味だが、回復期病床は全国平均レベルである。
*医師・看護師の現状:総医師数が57(病院勤務医数54、診療所医師数62)と、総医師数、診療所医師は多い。総看護師数43 と少ない。
*急性期医療の現状:人口当たりの一般病床の偏差値45 で、一般病床はやや少ない。横浜南部には、年間全身麻酔件数が2000 例以上の横浜市立大学市民総合医療センター(Ⅱ群、救命)、横浜市立大学(本院)、横浜南共済病院、横浜市立みなと赤十字病院(救急)、横浜市南部病院、1000 例以上の横浜栄共済病院、500 例以上のJCHO 横浜中央病院がある。全身麻酔数60 と多い。




(3)二次医療圏データベースとワーキングペーパーに誘発された医療制度改革の動き
 筆者らはその後も、二次医療圏データベースや日医総研のワーキングペーパーのバージョンアップを続けながら、地域ごとの「医療資源量」と、「将来の医療需要」をもとに、地域ごとの望ましい医療提供体制を考え、その成果を発表し続けた。特に2013 年度前半は、1)社会保障国民会議(4/19)を皮切りに、2)経済産業省の高齢化の産業化ヒアリング(5/9)、3)厚生労働省老健局 高齢化対策に関する検討会(6/13)、4)財務省財等審主計局ヒアリング(9/9)、5)経済財政諮問会議勉強会レク(9/19)、6)日本経済再生総合事務局ヒアリング(10/3)、7)財務総合政策研究所ヒアリング(10/10)、8)財政制度等審議会財政制度分科会のヒアリング(10/16)など、国の重要な会議でのレクやヒアリングが続いた。国の中枢で人口減少社会と財政難への対応を考えている複数の有識者や官僚が、二次医療圏データから導き出された幾つかの知見に飛びつくような形で、国が動き始めたように感じた。
 その結果の一つとして、「ご当地医療」という言葉が生まれ、地域ごとの状況に応じた地域ごとの医療提供体制を作るという、これまでにない医療制度改革の新しい動きが生まれてきた。
 以下の日経新聞の経済教室に投稿した文章(全文)を通して、二次医療圏データベースと日医総研のワーキングペーパーがきっかけとなり、その後の国の種々の動きにより誘発された医療制度改革の新しいトレンドを紹介する。

少子化・高齢化に対して医療提供体制をどのように変えていくべきか
(2014 年10 月27 日:日経新聞経済教室)
国際医療福祉大学大学院教授 高橋 泰

わが国の今後の人口構成の変化
 今後のわが国の人口構成は、(1)0-64 歳人口が毎年100 万人ずつ減少し、この傾向は今世紀末まで続く、(2)75 歳以上人口は、2025 年頃まで年間50 万人のスピードで急増し、2025 年から増加スピードが鈍り、2030 年以降横ばいになる、という2つの大きな変化により、急速に変化していく。

我が国の年齢階級別医療需要の推移予測
 この急増する後期高齢者に対応する医療と、今後毎年100 万人ずつ減少を続ける若年向けの医療の調整をどのように行うかが、これからの医療制度改革の最大の争点になる。人口構成が大きく変化すれば、医療や介護の需要は大きく変化する。(図3)は、各年代の使用する一人当たりの医療費は今後も変わらないと仮定し、(1)と(2)で述べたように人口が推移した場合の医療費の推移の予測を、0-74 歳と75 歳以上に分けて示したグラフである。真ん中の太い実線は、総医療費の推移予測である。2025 年の11.1%増がピークであり、その後減少に転じる。一番上のグレー色の線は、75 歳以上の医療費の推移予測を示す。75 歳以上は、2025 年に向けて急増、2030 年のピーク値は2010 年比約6 割増という予測になる。一番下に位置する破線は、0-74 歳の医療需要の推移を示す。0-74 歳の医療需要は、2015 年から2020 年まで微減、2020 年から急激に減少する。2010 年から2035 年にかけて医療需要は17% 程度減少し、0-74 歳の医療需要は、その後も一貫して減少を続ける。2020年から急激な減少が始まるのは、2022 年から24年にかけて団塊の世代が75 歳を超えるからである。わが国の医療提供体制は、今後短期間で急増する75 歳以上の医療事情と、今後減り続ける0-74 歳の医療事情に対応する形で変化していく必要がある。

図3 0-74 歳と75 歳以上医療費予測

後期高齢者が主に必要とする医療とは
 それでは、(図3)のグラフの破線で示された0-74 歳が必要とする医療とは、どのような医療であろうか。これは従来の急性期医療、言い方を変えれば、治癒を目的とする医療である。このような医療は、技術を尽くして患者を徹底治療する医療であり、病気やケガが治れば、元の生活に戻れることがほとんどである。
 一方、(図3)のグレーの太い実線で示された75 歳以上が必要とする医療とは、どのような医療であろうか。75 歳以上の後期高齢者も、従来型の急性期医療を必要とする場面も多いが、後期高齢者が主に必要とする医療とは、病気は完全に治らなくとも、地域で生活を続けられるよう身体も環境も整えてくれるような「生活支援型医療」であり、年齢が進めば進むほど、この傾向は強まる。複数の病気を抱えた高齢者が、完全には治らずとも地域で暮らし続けることを支える医療であり、今後このタイプの医療の需要が増える。このような医療の主な担い手は、かかりつけ医と今年の春に新設された地域包括ケア支援病棟であろう。地域包括ケア支援病棟では、患者(主に後期高齢者)が家や施設で調子が悪くなった時に、地域での生活復帰を意識したリハビリを行いながら、病気と年齢や体力などを考慮した治療が行なわれる。更に、高度医療機関からの在宅復帰を目指した患者を受け入れ、リハビリや継続的治療の提供を行ないながら在宅復帰を目指すことや、地域での看取り医療も地域包括ケア支援病棟の重要な役割である。
 このようにわが国全体で見れば、従来の急性期病床の需要は2030 年以降、急速な減少が見込まれる一方、生活支援型医療の需要は都市部を中心に急速に増大するので、従来型の急性期医療を提供する病床から生活支援型病床や介護施設への転換が必要になる。

今後わが国の医療提供体制改革の取り組むべきもう一つの課題「地域差」
 わが国では、人口当たりの病床数や医師数などの医療資源においても、人口動態の推移においても、地域差が大きい。日本で最も医療密度が高い地域は、東京の区中央部(文京区、千代田区、中央区、港区、台東区)と呼ばれる地域であり、ここには大学病院の本院が5つ、他に日本を代表する高機能病院がひしめき合っている。一方、日本で一番医療密度が低い地域は、福島県の南会津と呼ばれる地域である。この地域は神奈川県とほぼ同じ面積であるが、この地域内には、福島県立南会津病院が一つ存在するのみである。また、ほとんどの地域で人口が減少するが、その程度は地域により大きく異なり、人口の構成の変化も大きな地域差がある。
 このような医療資源や人口動態の地域差を意識しつつ、今後各地域は、国全体との整合性を持たせながら医療提供体制改革を進めていく必要性がある。すなわち、「高知県は、急性期病床も生活支援型病床も過剰で、かつ、人口減少が見込まれるので、両方とも削減する必要がある。一方、埼玉県は、急性期病床も生活支援型床も不足していて、かつ、今後の後期高齢者が倍増するので、両方の病床を大幅に増床する必要がある。…」という具合に、地域の状況に応じて医療提供体制の改革を進める必要がある。
 筆者らの研究グループの都道府県レベルの試算によると、青森県、岩手県、栃木県、福井県、和歌山県、鳥取県、岡山県、香川県、愛媛県、大分県、宮崎県などは、今後急性期病床が過剰になり、生活支援型病床が不足してくるので、急性期病床から生活支援型病棟への転換が必要になると思われる。一方、徳島県、高知県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県は、急性期病床も生活支援型病床も過剰状態が予想されるので、なんらかの病床削減の実行が求められることが予想される。茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県は、生活支援型病床を中心とした病床の増強が必要になることが予想される。

人口構造の変化に対応した医療行政の対応
 1990 年以降、年齢階級別の人口と有病率をもとに地域ごとの病床総数の上限が決められ、地域の総病床がその枠を超えた場合、その地域において新たな病床は許可されないという「病床規制」が行われている。しかし、1990 年以前から多くの病床が存在した地域や、1990 年以降の人口減少などにより病床数が病床枠を超えてしまった地域において、枠を超えた病床数を医療関係者も納得した上で減らすための具体的な対策は、これまで取られてこなかった。
 今年(2014 年)の10 月から各病院が、どのような医療を提供するか病床が何床あるかを都道府県に報告する「病床機能報告制度」が始まった。また来年に国がガイドラインを示し、各都道府県において、関係者との協議も経ながら設置される協議の場において、国のガイドラインを参考にしながら、地域ごとにどのような機能の病床をどの程度配置すべきかの目標を設定することになる予定である。更に、現状の各病院から提供された機能別の病床数と都道府県の協議の場で作成した地域ごとの機能別の病床数の乖離を、国からの補助金(基金)などを利用しながら解消し、地域の病床を2025 年以降の社会に応じた形に変えていく事業が始まる。この新たな取り組みにより地域の病床の構成や数がどの程度変わるかは、現時点では不明であるが、この事業により多くの医療や行政の関係者が、人口構造の変化に応じて地域の医療提供体制を変えていかねばならないことを自覚し始めるきっかけになることは間違いない。
 病床過剰で病床削減が求められる地域での事業の遂行が特に難しいので、このような地域に対して基金を重点配分し、過剰病床を買い上げる、介護保険施設などへの転換に対し手厚い補助を行うなどを積極的に実施すべきであろう。
 来年度からの事業における地域ごとの病床の転換や削減が早急に開始されることが望ましいが、たとえ不十分であったとしても、このような地域ごとの医療提供体制の改革は当分続き、2025 年以降にむけて各地域の医療提供体制が地域の人口構成に合ったものに変わっていくことを期待したい。

最後に
 2010 年 3 月 21 日と 22 日に開催された東京青年医会(東京都の若手病院経営者の勉強会:代表 竹川 勝治)の勉強会で東京の地域医療の現状から、東京の将来の地域医療の現状を考える勉強会のコーディネーターを先代の代表である安藤高朗先生から依頼された。その後地域の医療状況を分析するのに必要なデータが全く存在しないことに愕然としたことが、二次医療圏データベース構築のきっかけである。その後データベースを構築するため、厚生労働省や総務省などを回ったが埒があかず、全国各地の病院情報を収集し、その情報を加工して販売を行っていたウェルネスを訪ねて、道が開けてきた。ウェルネスのオーナーは、昔からの友人である平川淳一先生であり、「先生(筆者)がやりたいなら、無償でデータを提供し、データベースの制作を全面的に支援します」と言ってくれた。安藤先生や竹川先生が勉強会のコーディネーターをやらないかと声をかけてくれなければ、また平川先生、制作担当のウェルネスの宇田川和之さんらの全面的なバックアップがなければ、二次医療圏データベースは生まれなかった。
 二次医療圏データベースを用いて、二次医療圏ごとの医療提供体制の評価を行ったが、ボリュームが大きく、その成果を発表する場が見つからず困っていた。このとき横倉義武日本医師会長が手を差し伸べてくれ、日本医師会総合政策研究機構(日医総研)の客員研究員のポストを用意してくださり、日医総研からワーキングペーパーという形で、二次医療圏ごとの評価を出すことができた。このワーキングペーパー作成のパートナーである江口成美さんは、日医総研内の種々の手続き、ワーキングペーパーの校正などで高い能力を発揮、彼女の働きがなければ、このワーキングペーパーが世に出ることはなかったと思う。またワーキングペーパーの制作を担当してくれた中央調査社さんからも、データ処理の精度を上げることや、表の自動作成など作業効率を上げる提案をしていただき、大いに助かった。需要予測に関しては、ケアレビュー社の加藤良平社長と共同で行い、GIS を用いた解析では、技研インターナショナルの井上哲仁さんにたいへんお世話になった。
 二次医療圏データベースを用いて解析を続けていくと、予想以上に大きな日本の医療提供体制の地域差や人口構造の急激な変化に応じて医療提供体制が変わっていくべき方向性など、重大な知見が数多く見えてきた。これらの知見を、社会保険旬報を中心に、多くの雑誌に投稿した。また2012 年の夏ごろより、「国全体の医療提供体制を人口減少社会に応じた物に変えていく必要がある」と考えていたところ、厚生労働省の大島一博さんが、いろいろなキーパーソンを紹介してくれ、データを持って省庁やキーパーソンの前でプレゼンをおこなうことができた。この活動が、2013 年4 月19 日の社会保障制度改革国民会議でのプレゼンや、2013 年10 月16日の財務省での政制度等審議会でのプレゼンにつながった。これらの大きなプレゼンなどに対しても、厚生労働省の佐々木昌弘さんや、財務省の今野治さん、消費者庁の山崎史郎さん(当時)、増田寛也前総務大臣、慶応大学の権丈善一先生、横倉日本医師会長などから、種々の支援やアドバイスをいただき、大いに励みになった。その後、多くの方がこの考え方に共鳴するようになり、大きなトレンドへと育っていった。  二次医療圏データベースが、日本の医療の「もしドラ・ツール」のような形で使われ、日本の医療提供体制が地域ごとの「医療資源量」と、人口構造の将来予測をもとにした「将来の医療需要」をもとに変わっていくことを望み始めた2010 年の春から約5 年、二次医療圏データベースは当初の目論見通りこれまで67,321 件のダウンロード(2015 年4 月2 日)が行われ、全国各地で種々の解析に用いられている。また日医総研のワーキングペーパーも行政、医療関係者、学者、マスコミ関係者など、幅広い分野の方々に利用されるようになり、地域医療構想の議論の基礎資料になっている。インターネットを介して、日本の医療提供体制は、「人口“増加” 社会対応」型から「人口“減少” 社会対応」型に向けて、大きく舵を切り始めなければならないという、筆者の想いが全国各地に広がっていった。
 必要な時に必要な人に出会う幸運に恵まれ、幸いなことに大きなトレンドの出現に貢献することができた。もし、上記に紹介した出会いが一つでも欠けていれば、またインターネットが普及していなければ、今日の医療制度改革は、今日の状況と大きく異なったものになっていたように思う。