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■「中央調査報(No.691)」より

 ■ 日本人は“いのち”をどうとらえているか ~ N H K「生命倫理に関する意識」調査から~

NHK放送文化研究所 世論調査部
上級研究員(委託)  河野   啓
専任研究員       村田ひろ子


1. はじめに
 夫婦以外の第3者による精子・卵子の提供や代理出産、それに脳死段階における臓器提供等、医療の高度化によって、“いのち” にかかわる選択肢が飛躍的に増えている。また、延命治療の拒否など、終末期医療についてもさかんに議論されている。こうしたなかで、日本人は、いのちの始まりや誰もが避けられない“死” についてどのように考えているのだろうか。
 NHK放送文化研究所では、日本人のいのちのとらえ方を探るために、2014年10月、全国の16歳以上を対象に「生命倫理に関する意識」調査を実施した1)。2002年にも同様の調査を実施しており、比較可能な質問については時系列の変化をみることもできる。調査の概要は表1のとおりである。

表1 調査の概要

 本稿は、これらの調査結果をふまえ、いのちの誕生、脳死・臓器移植、そして延命治療・尊厳死・安楽死の順に、いのちの始まりから終わりまでをたどる章立てで構成する。


2. いのちの誕生
(1)人のいのちの始まり
 「胎児」過半数

 日本人はいのちがどの時点から始まると考えているのか。キリスト教の影響が大きい欧米では、「受精卵」をいのちの始まりと考える人々が多いとされるが、調査の結果、最も多かったのは「胎児(おなかの中にいる時)」の52%である(図1)。「受精卵(胚)」2)と回答したのは 23%である。

図1 人のいのちの始まり(全体)

(2)不妊治療
 「不妊で悩んだことがある」14%

 本人または配偶者がこれまで不妊治療を受けたり、不妊に悩んだりしたことがあるかどうかを尋ねた。不妊治療を受けたことがある人は全体の6%、不妊治療を受けたことはないが、悩んだことがあるという人は8%で、あわせて14%が不妊で『悩んだことがある』3)と答えている(図2)

図2 不妊治療・悩んだ経験(全体)

 男女年層別にみると、『悩んだことがある』という人は、女性40代で29%と特に多い(図3)。このほか全体より多いのは、男性40代(20%)、女性の30代(18%)と50代(20%)である4)

図3 不妊治療・悩んだ経験(男女・男女年層別)

 広く受け入れられている、夫婦間の体外受精
 日本では1983年に初めて夫婦の精子と卵子による体外受精で子どもが誕生している。以降、体外受精による出生数は増え続け、日本産科婦人科学会によれば2012年の1年間に生まれたのは3万8,000人弱とこれまでで最も多くなっている。1年間に生まれる子どもの27人に1人が体外受精によって誕生している計算になる。
 こうしたなか、子どもに恵まれない夫婦が、体外受精による不妊治療を受けることについての許容度を尋ねた。夫婦の精子と卵子による体外受精については、「認められる」という人が61%で、「どちらかといえば」をあわせると81%に上る(図4)。2002年と比べて「認められる」は51%から61%へ増え、「どちらかといえば」をあわせた『認められる』という人の割合も73%から81%へ増えた。
 夫婦間の体外受精が始まった30 年前は、いのちの始まりに人為的な操作を行うことに対する否定的な見方が強かったと言われる。しかし、いまや一般的で受け入れやすい不妊治療として定着していることがわかる。

図4 体外受精の許容度(全体) 【夫婦の精子と卵子】

 夫婦以外の精子や卵子による体外受精は『認められる』20%台
 一方、夫婦以外の精子や卵子による体外受精については、許容度が低い。まず「夫の精子と妻以外の卵子」では、『認められる』が26%にとどまる(図5)。しかし、2002年と比べて『認められる』という人の割合は12%から26%へ増えた。「夫以外の精子と妻の卵子」による体外受精についても『認められる』が24%にとどまったが、2002年の11%から2倍以上に増えた。
 なお、3人に1人は「どちらともいえない」と答えていて、判断に迷う人も少なくない。

図5 体外受精の許容度(全体) 【夫の精子と妻以外の卵子】【夫以外の精子と妻の卵子】

 男女年層別に『認められる』人の割合をみると、男女とも高齢層ほど少ない傾向がある。2002年と比べて男女ともにすべての年層で増えた。特に男性30代と40代、そして女性の16~29歳といった若年・中年層での増加が目立つ。

 不妊に悩んだ人でより高い、夫婦以外の精子や卵子による体外受精への許容度
 体外受精についての意識は、不妊で悩んだことがあるかどうかで異なるのだろうか。不妊に悩んだことがある人の割合が全体より高い女性30~50代にしぼって、不妊の悩みの有無別に不妊治療の許容度をみた(表2)。「夫婦の精子と卵子」についてはいずれも90%以上で差はないが、「夫の精子と妻以外の卵子」「夫以外の精子と妻の卵子」のいずれにおいても不妊に悩んだ人では『認められる』が多い。夫婦以外の精子や卵子による体外受精の許容度は、不妊に悩んだことがある人でより高く、当事者にとって切実な問題だと言えよう。

表2 体外受精の許容度(女性30~50代、不妊治療・悩んだ経験別)

(3)代理出産
 代理出産『認められる』が増加

 子宮に移植して妊娠、出産をしてもらう代理出産をも可能にした。しかし日本産科婦人科学会は、生まれてくる子の福祉や代理母を担う女性の身体的危険性・精神的負担といった観点から、代理出産について禁止する方針を打ち出している。
 子どもを産むことができない妻に代わって、体外受精させた夫婦の受精卵の出産を引き受ける代理出産のあり方について尋ねた。ボランティアによる代理出産については『認められない』が47%で、『認められる』の21%を上回る(図6)。ただ、2002年と比べて『認められる』という人の割合は11%から21%へ増えた。ビジネス契約に基づく代理出産についても同様の傾向がみられる。
 一方、妻の姉妹など近親者による代理出産については『認められる』が35%で、『認められない』の31%を上回る。2002 年は『認められない』のほうが多かったが、逆転した。「近親者」は、「ボランティア」や「ビジネス契約」より許容度が 高く、代理母を依頼するなら第3者よりも身内のほうが望ましいと考える人が多い。
 なお、いずれについても「どちらともいえない」が3人に1人いて、判断に迷う人も少なくない。

図6 代理出産の許容度(全体)

 「近親者」による代理出産を『認められる』という人の割合を男女年層別にみると、男女ともに年層が高いほど少ない傾向がある(図7)
 2002 年と比べると、男性40 代以下で増えたほか、女性ではすべての層で増えた。若年・中年層での増加が目立つ傾向は、「ボランティア」や「ビジネス契約」についてもみられる。
 代理出産をめぐっては、2002 年調査の後も、タレント夫妻がアメリカで代理出産によって子どもをもうけるなど、さまざまなニュースが報じられている。今回の調査で、当事者となりうる若い人々を中心に代理出産の許容度が高まったのは、代理出産が広く知られ、不妊治療の選択肢の一つとして認識されるようになったからではないだろうか。

図7 代理出産は『認められる』(男女・男女年層別)

 代理出産での懸念 「商業化し、金もうけに利用される」過半数
 若年・中年層を中心に代理出産は『認められる』という人が増えているが、懸念を抱く人も少なくはない。代理出産で懸念することについて、9つの選択肢を示してあてはまると思うものをいくつでも選んでもらった(図8)

図8 代理出産で懸念すること(複数回答、全体)

 「商業化し、金もうけに利用される」が56%で最も多く、次いで「代理出産を依頼した人が、子どもを引き取らない」の53%が続く。調査の少し前の2014年8月、タイ人の女性に代理出産してもらった子どもに障害のあることがわかった後、依頼したオーストラリア人夫婦が子どもを引き取らなかった問題が注目を集めた。代理出産をめぐるこうした報道が調査結果に表れているのかもしれない。
 そのほか、「代理母の健康に害が及ぶ」は29%、「経済的に恵まれていない女性が代理母を担うことになる」は30%で、代理母自身について配慮する人は多くない。


3. 脳死・臓器移植
(1)脳死か心臓死か
 『脳死』が『心臓死』を上回る

 脳死という概念は、脳が機能を停止しても、心臓を動かすことのできるまでに医療技術が発達した1960年代に登場した。それまでは、心臓が止まることで人の死を判断していた。
 「脳が死んだら、死と判定する」という脳死と「脳が死んでも、心臓が完全に止まるまで死と判定しない」という心臓死の2つの考え方のどちらに近いか尋ねた。
 「脳死を人の死と考える」が26%で最も多く、「どちらかといえば、脳死を人の死と考える」(21%)を合わせると、『脳死』は46%と半数近い(図9)。2002年と比べ、『脳死』は35%から46%へと増加している。
 『心臓死』は34%で、2002年の43%と比べ減少している。その結果、人間の死の定義について、2002年は『心臓死』のほうが多かったが、2014年では『脳死』のほうが多くなった。
 年層別にみると、2002年と比べ2014 年では高齢層で増加が大きいように見える(図10)。しかし、生まれ年別5)にみると、どの層も一定の割合で増加している。

図9 脳死か心臓死か(全体)


図10 脳死か心臓死か『脳死が人の死』(全体・年層別・生まれ年別)

(2)臓器移植
 臓器提供の意思 脳死のほうが、心臓死よりも『提供したい』が増加

 臓器移植法では、脳死になった人から心臓や肺、肝臓などの臓器の摘出ができると定められ、心臓死でも、腎臓や角膜ならば提供が可能である。自分が臓器を提供したいかどうか、その意思について尋ねた。
 脳死状態での心臓や肺、肝臓などの臓器を提供することについては、『提供したい』が45%で、『提供したくない』28%より多い(図11)。2002年と比べ、「どちらともいえない」『提供したくない』が共に減少し、『提供したい』が増加している。
 心臓死状態での腎臓や角膜の提供については、『提供したい』が50%となり、2002年の46%から増加しているが、『脳死』のほうが増加が大きい。

図11 臓器提供の意思(全体)

 心臓死、脳死の場合それぞれについて『提供したい』人の率を年層別、生まれ年別にみたのが図12である。
 心臓死の場合(図12 左)は、2002年の50代は60代以上の高齢者と同じように『提供したい』が少なかったが、2014年に最も多く増えている。これだけなら、心臓死での臓器移植の意識は特に50 代で大きく変化したように見える。ところが、生まれ年でみると、年層別より層ごとの変化が小さいことがわかる。2014 年の50 代(1955年~1964年生まれ)の変化もそれより若い世代と変わりはない。

図12 臓器提供の意思『提供したい』(全体・年層別・生まれ年別)

 つまり、生まれ年別の意識変化が小さいのは、生まれ育った時代で育まれた意識が年を重ねても大きくは変わらないことを示している。心臓死による角膜などの臓器提供は1958年から合法的に実施されていて、2002年から2014年の間で状況が大きく変わっていない。社会的状況つまり時代の変化の影響がないためグラフがほぼ重なっているのである。
 一方、脳死の場合(図12 右)は、年層別にみると、30代から60代にかけ『提供したい』が増加し、心臓死の場合よりも変化が大きい。また、生まれ年別にみると、層ごとの変化は年層別の変化よりも小さいが、心臓死の場合と比べると層ごとの差は広がっている。
 この心臓死と脳死の違いは、時代の影響が考えられる。脳死からの臓器提供については、1997年に臓器移植法が施行され、2年後に初めて法律に基づく脳死移植が行われたものの、年間の提供件数は数件から10件程度という低い水準にとどまった6)。2009年に移植法が改正されて、書面による本人の同意がなくても、家族の同意だけで臓器提供が可能になり、その後、2011年に15歳未満から初の臓器提供、2012年に6歳未満からの提供など毎年のように大きなニュースになった。このように、脳死段階での臓器提供により助かった命の報道を目にすること、つまり時代の影響を受けることで『脳死』を人の死とする人(図10)や、脳死段階で臓器を『提供したい』人が生まれ年別にみても一定の割合で増加しているのであろう。


4.延命治療・尊厳死・安楽死
(1)延命治療の希望
 「延命治療を希望しない」71%

 重い病やけがなどで、命が助からないことがわかった場合、延命治療を希望するかどうかを尋ねた。最も多いのは、「希望しない」の47%で、「どちらかといえば」をあわせると71%に上る(図13)
 男女別にみると、『希望しない』は男性69%、女性73%と変わらない。
 年層別にみると、『希望しない(「どちらかといえば」を含む)』は高齢層ほど多い傾向がある。

図13 延命治療の希望(全体・男女・年層別)

(2)尊厳死と安楽死の許容度
 尊厳死は認められる84%、安楽死では73%

 助かる見込みのない患者に対する延命治療をやめ、自然に死を迎えてもらう「尊厳死」と不治の病で耐えられない苦痛のある患者が希望した場合に、医師が患者を苦しめない方法で死亡させる「安楽死」への許容度について尋ねた。
 尊厳死については、「認められる」が59%で、「どちらかといえば」をあわせると84%に上る(図14)
 安楽死についても、『認められる』が73%に上るが、尊厳死より許容度が低い。
 2002 年と比べると、尊厳死、安楽死ともほとんど変化がない。

図14 尊厳死と安楽死の許容度(全体)

(3)延命治療希望と尊厳死・安楽死
 延命治療の希望別に、尊厳死や安楽死が『認められる』という人の割合をみると、尊厳死は延命治療を希望しない人で90%に達し、希望する人の75%より多い(図15)
 安楽死についても、希望しない人で79%となっていて、希望する人の73%より多い。
 延命治療の希望の有無にかかわらず、尊厳死や安楽死が『認められる』という人は多いが、延命治療を希望しない人のほうが、より許容度が高い。医療機器からのびるチューブを多数つけ、寝たきりの状態でただ命を長らえる「スパゲティ症候群」と言われる姿に生きる意味を感じられない人が多いからではないだろうか。
 また、日本で安楽死は法的には認められておらず、刑法上の殺人罪の対象となる可能性があるが、多数が『認められる』としているのは、最後までちゃんと生きたい、最後をより良く生きるための権利だという思いがあるからであろう。

図15 尊厳死と安楽死の許容度(延命治療の希望別)



5. おわりに
 体外受精や代理出産、臓器移植などの医療技術について、若い世代は積極的な姿勢を示し、高齢の世代では慎重な姿勢が残るなど世代で意識に違いがみられた。
 体外受精は、不妊に悩む夫婦にとっては我が子を授かる希望が得られる半面、遺伝子操作やいのちの選別という重い課題がのしかかる。また精子や卵子が第3者による提供であれば、子どもに出自を知らせるべきかどうかのほか、親子関係が複雑化するといった問題が生じる。
 医療技術はどこまで許されるのか。医療だけでなく、哲学、倫理、法律など社会のさまざまな側面から、男女、各世代の意見を聴くなど幅広く議論していく必要がある。生命倫理の問題は生命科学の進歩とともに絶えず見つめ直していかなければならないと言えよう。



注:
1)調査結果の詳細については、河野啓・村田ひろ子「日本人は“いのち” をどうとらえているか~『生命倫理に関する意識』調査から~」『放送研究と調査』2015 年4 月号に掲載している。
2)「胚」とは、受精卵が細胞分裂を始めた初期の段階のことを指す。
3)『 』で囲った選択肢は、回答結果を足し上げたことを示す(以下同)。
4)回答結果を足し上げる場合には、実数で足して%を計算しているので、%を足し上げたものと一致しないことがある。
5)生まれ年は2014 年の年層にあわせて作成している。例えば2014年の16-29歳は1985~1998年生まれ、30代は1975年~1984年生まれとなる。なお、2002年の1985~1998年生まれは24人と少ないため図には掲載していない。
6)臓器移植ネットワークのホームページ
  http://www.jotnw.or.jp/file_lib/pc/datafile_brainCount_pdf/analyzePDF201312.pdf