中央調査報

トップページ  >  中央調査報   >  中央調査社のサンプリング
■「中央調査報(No.697)」より

 ■ WASCプロジェクトの国際比較データ
 ~3つの国際比較調査プラス独自調査を束ねる試み~


池田 謙一(同志社大学)
竹本 圭佑(日本学術振興会・東京工業大学大学院)


 WASCプロジェクトという言葉を聞いて、いったいなんだろうと思われるかもしれない。それもそのはず、秘密めいて聞こえるがWASC(ワスク)とは筆者を代表として実施した4 つの全国パネル調査の頭文字の組み合わせで、共同研究者の間でそう呼び慣らしてきたにすぎない。ここでご紹介させていただきたい。
 2010 - 2013 年の間にこのプロジェクトでは、世界価値観調査(WVS: World Values Survey)、アジアン・バロメータ調査(ABS: Asian Barometer Survey)、選挙制度の効果の国際比較調査(CSES:Comparative Study of Electoral Systems)の各日本調査、更にこれら3調査を補完する形でのソーシャルネットワーク調査をはさんだ研究を実施してきた(調査順に頭文字でWASCとなる。SはソーシャルネットワークのS である)。学術振興会科学研究費 基盤研究(S)(課題番号:21223001)によるもので、研究の参加者は筆者ら以外、山田真裕(関西学院大。以下いずれも現職)、谷口尚子(東京工業大)、安野智子(中央大)、前田幸男(東京大)、繁桝江里(青山学院大)、小林哲郎(国立情報学研)、稲増一憲(関西学院大)、山崎聖子(電通)の各氏という社会心理学者と政治学者のコラボレーションであった。

1.WASCデータの公開と目的
 このプロジェクトは終了後、公開データを整備し、現在公開の手続き完了待ちとなっている。近々に東京大学社会科学研究所のアーカイブSSJDA から利用可能となる。
 WASC のコンセプトは、規模の大きな国際比較調査として知られる3 つの調査に加えてソーシャルネットワーク関連の調査を一つのパネル調査として実施し、比較調査「間」の分析を日本データに限って行えるようにした点にある。このことによって、それぞれの調査目的に沿ったテーマの検討を進めるのみならず、相互にクロスオーバーする分析を行う中で、社会心理学や政治学の視点から日本人/ヒトの政治的・社会的な行動・信念の構図を明らかにすることを目的とした。世界的なデータ公開の実績豊かな大規模国際比較調査の複合調査であるという国際性、それぞれ数度目の比較研究であるという点で現代の重要な「変化」の把握を可能にする継続性、複数の研究領域の仮説検証・発見を促進する多彩な調査項目を持つ複眼性をキーワードとした。

2.WASC内個々の調査
 2010 年度に実施されたのはWVS 第6波である。この調査は、ミシガン大学のイングルハート教授の「脱物質主義的価値」の主張を支えるべく発展し、世界規模に拡張された調査で、異なる文明世界の比較データを取得することで、世界の価値マップを取得し、文明の共生の可能性を追求する基礎データとなり得ている( 参加80 ヶ国以上)。調査項目は、広く人間の生活意識に根ざしたライフスタイル、生活満足感、人生観、仕事観、人間観、宗教観から、政治意識や国家と社会への意識、脱物質主義的価値観までを含んでいる。
 2011 年度にはアジアン・バロメータ調査(ABS)第3波(参加13 ヶ国)を実施した。アジア地域の民主主義観・民主化支持態度を制度・文化・経済との関連で検討するものであり、その上でグローバル・バロメータと連携し、認知レベルの世界的な社会・政治指標の整備を目的としている(+ 55 ヶ国)。
 ABS の方で検討してきた調査項目は、個々の市民が抱く「民主主義」の意味を推定する多様な尺度、選挙制度、議会、中央官庁、メディアなどの制度への信頼、投票、陳情・請願、献金、デモ参加経験などの政治参加、各種団体・組織への社会参加、政治関心・政党支持・イデオロギー、経済評価などに加えて、政治や社会倫理、社会関係に関するアジア的価値を推定する多様な尺度である。各波を通じて、中国メインランドの大規模で詳細な実査を含む点にも大きな強みを持つ。
 2012 年度には本研究独自のソーシャルネットワーク調査を実施した。過去に筆者らのグループが実施してきた調査の枠組みの線上にあるもので、筆者の加わった1992 年の日米英独西のCNEP 選挙比較プロジェクト、複数の国政選挙のパネル調査を行ったJES2, JES3, JES4(1992-2007 で断続的に実施) 、また専門メンバーとして加わったJGSS2003 でも関連データが取得されている。ソーシャルネットワーク調査を組むのは、ソーシャルネットワークが価値・参加・信頼・生活満足を育む揺りかごであると同時にそれらを社会的に埋め込む制約でもあるとの本プロジェクトの信念による。
 調査項目としては、社会関係資本論の深化に寄与するような、人々の対人的信頼や互酬性などの信念、日常的コミュニケーションの中での他者との重層的なネットワーク測定のためのネットワークバッテリ、社会関係のタテとヨコの多様性を測定するポジションジェネレータ等の指標を含め、ネットワーク内の水平性/垂直性や社会的・政治的同質性/異質性とその効果を分化して測定できるように設計した。
 2013 年の参院選時に合わせた選挙制度の効果研究CSES 第4波は、参加約50 ヶ国に達し、各国の国政選挙に焦点を当てて政治参加・政治的効力感・政治業績認識を制度の関数として検討するものである。主要な項目としては、民主主義への満足感、政治参加の効力感、投票の意味の認識、投票選好関連質問群( 政党支持、政党感情温度計、本人および政党のイデオロギー的位置認知、政治リーダー認知、業績評価、将来期待)、政治知識度があり、今回は政治コミュニケーション・メディアの関連項目がインターネットも含めて重点的に尋ねられた。
この研究の文脈では、選挙制度を含む政治制度のマクロな要因がもたらす、人々の政治参加への影響力にも大きな関心があるため、政治制度に関わる要因を指標化して国際比較データの中に組み込むことが通例となっている。そうすることで、政治参加の基本的な枠組みである投票行動におけるマクロな制度変数との規定関係が検討可能となる。

3.WASCの実査
 実査は日本リサーチセンターに委託したが、最初のWVS の実施後に東日本大震災が発生し、その後の調査環境の悪化の下に悪戦苦闘することとなった。WVS の結果は有効回収数2,443( 回収率57.5%) と良好であったが、翌年度のABS は新規対象4,500、前年度継続907 で実施したものの、回収率35.2%( 有効回収数1,880)であった。3年目のソーシャルネットワーク調査は、研究費ショートもあって調査対象者はWVS, ABS において次回調査協力の承諾を得たパネルサンプルで、有効回収数は1,127( 回収率73.9% )、最終年度のCSES 調査はこれまでに調査協力の承諾を得たパネル対象1,124、新規対象3,060 として実施し、有効回収数は1,937、回収率は46.3%であった。全体として、パネルデータとしての継続サンプルを目標通りには取得できず、国際比較間でのクロスした分析は2つの調査間では可能というレベルであるが、3つを通した分析はかなり苦しくなっている。調査環境上の悪条件があった上、各調査票の長さにも取得データを減少させる要因があった。調査ごとのウェイトの補正の係数も3波、4波では高い傾向がある。
 回答者の重なりを見よう。WVS のみの回答者が1,838、CSES のみが1,037 とそれぞれが独立した調査のようになり、全体通して回答のあった対象者は341 で当初の見通しの半分であった。ABS・ネットワーク調査とCSES の3回の回答者でも517 である一方、ABS・ネットワーク調査の2回回答は1,079、ABS・CSES で885、ネットワーク調査・CSES で866 など、調査間の検討の意義の高い組み合わせがある。
 このように反省点は多々あるが、それでも筆者はこうした試みは以後にも続けられるべきものと考える。ABS やCSES 国際比較の第1波から参加してきたが、個々にばらばらに参加しているだけでは不十分だという思いをいだいてきたからである。2点検討しよう。

4.WASCの2つの強み
 まず指摘したいのは、日本データの特異性と世界的な研究者ネットワークの中でのデータ取得の持つメリットである。
 日本で行われる国際比較プロジェクトには「日本発」を強調して価値の高いデータを取得しながら、結果として世界的な利用につながっていない「もったいない」データがある。本プロジェクトでは、まず日本データを国際的な利用に供与することを重要目的の一つとし、各比較調査の国際コミッティーに参加し、調査票作成時から貢献するという、いわば国連参加方式で調査に加わった。その中で日本データの価値を生かしたいのである。
 日本は非西欧国家の中でほぼ唯一70 年に渡る民主主義の経験を持つ。また同様に経済・社会発展の視点からも非西欧型のモデルケースの一つである。さらに価値の視点からは、独自の文化を形成してきたことはハンチントンやイングルハートの主張を通じて広く支持されている。したがって、西欧で形成された諸種の社会理論が日本に適用可能かどうかを検討することは、それら理論の通文化性、一般化可能性に関する重要なテストとなりうる。またアジア各国との比較において、日本の民主主義や社会・政治参加経験、社会関係資本の構造が、多様な文化的要素を持つアジアの中でも広く当てはまるかどうか、実証分析の出発点となる (Ikeda & Richey,2011)。つまり、日本が中心となって国際比較調査を実施することが日本データのキモなのではなく、国際比較データセットに日本のデータを含め、上記の検討を可能にすることそのものが重要なのである。
 次に、国際比較調査を串刺しで取得するメリットに着目したい。
 ここで実施された3つの国際比較調査はその主眼が互いに異なりながらも、いずれも多様化し激変する社会の中で人々の社会との関わり方を系統的に検討するプロジェクトである。3データを同じ対象者から取得することで意義の高い相補的な研究が可能となる。
 例として、ABS と他調査とをジョイントした分析を考えてみよう。ABS はアジア的価値と民主化意識のデータであるが、それが世界の価値マップの中でどこに位置するかは必ずしも明らかではなく、WVS データは逆に広い範囲の文化やライフスタイル・生活行動をカバーするあまりにアジア的価値の位置づけを詰め切れていない。両者を組み合わせる価値はここにある。CSES は選挙制度と政治行動の連関を解く上で欠かせないデータであるが、政治行動と民主主義への支持的価値・態度、アジア的価値・態度の関連性を念入りに検討することはできない。ABS とCSES との組み合わせのもつ意味である。ソーシャルネットワーク・データとの関連では、日本人の政治参加関連行動がいかなる価値的な変動、社会関係資本やソーシャルネットワークの様態の変動に裏打ちされているかが相互参照的に検討可能となる。
 もちろん、これら比較調査を離れて、ここで分析したい変数どうしを一つの全国調査で取得するという手法もあるが、それでは国際的なインパクトを狙うには弱い。WASC データの英語版を提供することで、巨大な数に上る各国際比較調査の利用者から、WASC の日本データの特異性に目を向け、分析に挑んでほしいと望んでいる。
 現在、WASC に基づいた2冊の書籍を準備中である。諸般の事情で遅れがちだが、準備途上の分析を垣間見ていただくことでこのデータの価値の一端を知っていただきたい。

5.WVSの国際比較:信頼の分析
 まずWVS の中から、他者の一般的信頼に関するデータを紹介しよう。他者に対する信頼のあり方や政府や政治に対する制度信頼のあり方が、現代に生きるわれわれにとって重要な位置を占めるという指摘は1990 年代から多く指摘されるようになった。WVS では、古く1981 年から多国間でこれらの信頼のデータを取得している。
 他者に対する信頼は、未知の他者に接したときにその他者を信頼しうる確率認識に関する一般的信頼と家族や知人や隣人といった具体的な他者への信頼に分けて考えられる。そして一般的信頼の高さは山岸(1998) も指摘するように、私たちがソーシャルネットワークを開放的に拡大し、さまざまなポジティブな機会をもたらす重要な推進力である。
 WVS では長期にわたり、一般的信頼に関する問いを「一般的にいって人はだいたいにおいて信用できると思いますか、それとも人と付き合うには用心するにこしたことはないと思いますか」という形で尋ねてきた( この設問における「信用」は学術的には「信頼」の意。この設問方法には異論もある)。
 世界の広い地域で、制度に対する信頼は1990年代にはその低下が憂慮され、社会システムの正統性を揺るがしかねないと考えられているが、他者に対する信頼はどうも同じ方向では変化していない。一般的信頼について、WVS の「だいたい信用できる」の回答を簡潔のため東アジアの日中韓、および西欧であるアメリカとドイツ について時系列で並べてみたのが、図1である。

図1「一般的にいって人はだいたい信用できる」

 興味深いことに、中国人の一般的信頼が全般的に高い。またその数値は幅を持ちながらも時系列的に安定している(1981 年のデータはない)。一方、日本人は約4割が信頼するという回答をしており、これもまた30 年の間にほとんど水準の変動がない。日本人の世の情けが薄くなったというのは俗説である。アメリカの数値は1990年を除き、日本とほぼ同じで安定している一方、ドイツは上昇傾向、韓国は低下傾向にある。
 こうした観察だけでも多くの問いを投げかけることができる。いわく、制度や文化・歴史との関連で一般的信頼のレベルはどう変動するのか、制度信頼とは相互関連はないのか、なぜ中国でとりわけ信頼が高いのか、などである。世界規模に渡るデータであるからこそ、計量的にこれらの問いを解き明かす分析が可能となる(ちなみに中国人の一般的信頼が高いのは他のデータ取得方法でも知られている)。
 次に、他者への一般的信頼が、より具体的な他者への信頼とどのように相関しているか見ておきたい。図2は、先ほどの「だいたい信用できる」という回答と同じ問いの片方の選択肢である「用心するにこしたことはない」の回答との差、つまり信頼と不信の差異(「信用」の%マイナス「用心」の%)によって、具体的な他者に対する信用の度合いがどの程度異なるかを5カ国についてグラフに示したものである。

図2 個別他者信頼の度合いは他者一般への信頼によってどれだけ異なるか

 図を見ると、家族に対する信頼は一般的信頼の「信用」者と「用心」者の間でほとんど差がなく、各国で%表示が5% 以下であり、いずれの国でも誰しも家族を基本的に信用していることがわかる。それと対比するように、隣人や個人的な知り合いといった知人のレベルではその度合いは差をもたらしており、知人より隣人が「用心」の対象として警戒されていることが見える。
 さらに一般的信頼の概念が含意していた未知の他者に該当すると思われる初対面の人、自分とは異なる宗教の人、自分とは異なる国籍の人の人々では差異は大きく拡大する。そして、一般的信頼が高いとされるアメリカ人で、意外にも「用心する」回答者の不信の割合はそれぞれ最大を占めた。
 また、アメリカやドイツは、日中韓よりも宗教的多様性や出身国の多様性が高いはずであるが、それでも差異の値は日中韓よりも高い。さらに中国人は「用心」の回答をした人々でも未知の他者のカテゴリーに対して不信の度合いが高くならないことが見て取れる。
 このグラフだけからでも、日本人も含めて他者一般への信頼の高さは異質で未知な他者への信頼の基盤となっていることを示唆していると同時に、国ごとの差異に意外の観をもたらすことが判明した。この先に分析を進めてここで何が生じているかを明らかにするには、WVS で獲得した多数の国でのデータの分析が大いに寄与するだろう。

6.ABSとソーシャルネットワーク調査のパネル分析:アジア的価値の効果
 次に、ABS の” Traditionalism”(15 項目)と”Authoritarian vs. Democratic Values”( 11 項目)と名付けられた設問群がアジア的価値を測定しているとみなし、その構造を因子分析によって検討した。具体的には、反転処理ののち主成分分析に基づいた平行分析を行い、因子数を6 と定めたうえで、最尤法による因子分析で得られた結果をプロマックス回転した。
 表1にみるように、このモデルの因子は、第一因子は公的パターナリズム、第二因子は私的パターナリズム、第三因子は公的調和志向、第四因子は私的調和志向、第五因子は私的長期志向、第六因子は私的集団主義と命名できるだろう。しばしば儒教的対人関係の特徴の一つに私的領域と公的領域のオーバーラップが挙げられる(Yum, 1988)が、ABS では日本・台湾・韓国・タイにおいて社会に対する規範と個人に対する規範は別個の因子として抽出されている(中国では一部オーバーラップする)。因子間相関は基本的には正の相関関係を示しているが、因子によっては負の相関が見られたり無相関であったりと“アジア的価値” も一枚岩ではない。

表1 アジア的価値の因子構造

 東アジアの伝統的な価値観が儒教の影響を強く受けており、欧米のそれとは対照的であることは古くから知られていたが、民主主義と絡めて議論されるようになったのは実は最近になってからである。冷戦構造の崩壊と東アジアへの民主化の波の到来( 例えば、Lee, 1994; Kim,1994)と、水平的なネットワークと自発的な集団参加に特徴づけられる社会関係資本の研究(Putnam, Leonardi, & Nanetti, 1994)が注目を集めて以降であり、現在もフロンティアとして研究が進められている。
 それ以前の研究は対人関係的な特性の分析に焦点を当てていた。たとえばYum (1988) では儒教圏における対人関係の特徴として、①相手(との関係性や地位)によって態度が変わること、②長期的で非対称な互酬性、③「ウチ」と「ソト」の区別、④契約に基づかない非公式なやり取りの利用、⑤私的領域と公的領域のオーバーラップ、の5つが挙げられている。これらをよく満たすのは、同質性の高い集団成員が長期にわたって固定され強く密に結合した小集団である。今回、ソーシャルネットワークにおいて何が生じているのか日本データで検討してみよう。
 WASC の第3 波はソーシャルネットワーク調査であるから、さきの第2波の因子分析で得られた因子が第3波のソーシャルネットワークを予測できるか見るのである。アジア的価値が上述の関係性を志向させるならば、アジア的価値にコミットするほど、関係を結ぶ他者の人数は少なくなり、考え方の類似した相手と強い関係性を結んでいると予想できる。
 SEM による分析を試みた結果が図3である。観測変数から潜在変数へのパスや因子間の相関関係、誤差は見やすさのために省略した。図3中の「ネットワーク内異論頻度」ならびに「ネットワーク内親密度」での“ネットワーク” は、調査回答者が重要なことを相談したり、政治について話し合う相手(最大4 人)であり、基本的には強い紐帯である。弱い紐帯のネットワークサイズとしては年賀状を出す人数を指標として用いることとした。

図3 アジア的価値がソーシャルネットワークに与える効果

 ここでは興味深く解釈しやすい関係のみ取り上げよう。公的パターナリズムを表現する第1因子はネットワークサイズと社会参加(団体への参加数:ABS データ)に負の効果を持つが、ネットワーク内親密度に対しては正の効果を及ぼしていた。これは、強く密に結合した小集団というアジア的価値に基づいた予測に一致する。一方で、第5因子(私的長期志向)はネットワーク内親密度、ネットワークサイズ、社会参加のそれぞれに正の効果が確認できた。長期的な関係を志向している以上、紐帯のメンテナンスに余念がないのは当然といえば当然ではあるが、他方でアジア的価値から非アジア的な構造が予測されたことは興味深い。ヒトやモノの流動化やコミュニケーション・メディアの発達によって、新たな相手と関係を結ぶ機会が増加したことがその原因の1つとして挙げられるだろうか。
 このように、民主主義の浸透した日本においても、アジア的価値は社会の中でのその位置づけが変化しつつも今に至るまで我々の関係の在り方に影響を与え続けている。今後も深化した研究が必要なゆえんである。

7.データのもたらす可能性
 以上見てきたように、国際比較を多様に可能にすると同時に異なる国際比較調査の中の日本データ内でのクロス分析を可能にすることで、私たち日本人を取り巻く複合的な社会的・制度的・文化的制約の様相を浮かび上がらせることが可能となる。多くの方がWASC データを用いて研究成果をあげられることを願ってやまない。



文 献
 Ikeda, K. & Richey, S. (2011). Social Networks and Japanese Democracy: The Beneficial Impact of Interpersonal Communication in East Asia. London: Routledge.
 Kim, D. (1994). Is culture destiny? The myth of Asia's anti-democratic values. Foreign Affairs, 73(6), 189-194. Putnam, R. D., Leonardi, R., & Nanetti, R. Y. (1994).
 Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy. Princeton, NJ: Princeton University Press.
 Yum, J. O. (1988). The impact of Confucianism on interpersonal relationships and communication patterns in East Asia. Communications Monographs, 55(4), 374-388.
 Zakaria, F. (1994). A Conversation with Lee Kuan Yew. Foreign Affairs, 73(2), 109-126.
 山岸俊男 (1998). 信頼の構造、東京大学出版会.