中央調査報

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■「中央調査報(No.698)」より

 ■ 「道路環境と健康に関する調査」の実施

一般財団法人日本自動車研究所
エネルギ・環境研究部 健康影響グループ
主任研究員 堺 温哉


1. はじめに
 自動車(乗用車、トラック、バスなど)は人間の移動や、農産物、工業製品などの輸送に必要不可欠で、現代の人間生活には無くてはならないものである。自動車と人間の関係性においてこれまでも、また今後においても、自動車にはより環境やエネルギーに配慮した技術、安全性能の向上などが求められている。これらの課題に対して一般財団法人日本自動車研究所(JARI:Japan Automobile Research Institute)は、1969 年の設立以来、幅広い研究分野に取り組み、その成果を社会に還元してきている。このうちエネルギーや環境研究分野では、自動車から排出される有害物質に関して、エンジン燃焼室内での生成機構解明、低減のための燃焼・排気後処理技術の研究、計測法の開発や試験法策定、大気放出後の移流・拡散や化学反応の研究を行っている。また、自動車の走行により発せられる騒音についても、低減法や試験法に関する研究を行っている。筆者が所属する健康影響グループでは、自動車から排出されるガスや粒子などによる健康影響(発がん、喘息、花粉症、循環器疾患、内分泌かく乱作用など)に関する研究を行い、その成果は世界保健機関(WHO)や米国EPA など世界中の行政や研究機関の報告書に引用されている。
 自動車から排出される粒子のうち、直径が概ね 2.5 μm 以下の微小粒子状物質はPM2.5 と分類される。PM2.5 の発生源は自動車だけではなく、その他の人間活動(工場、船舶、野焼き)や、自然由来(土壌、海塩粒子、火山)でも発生している。また、大気中のガス成分が化学反応を起こし二次粒子としても生成されている。ちなみに、タバコ煙もPM2.5 に該当する。PM2.5 の長期間曝露によるヒトへの健康影響は、欧米において数多く研究されていて、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)を含む循環器疾患との関連性が多くの論文で示されている1, 2)。日本においては、これら欧米の研究を基に2009 年にPM2.5 の環境基準を設定したが、課題として、日本国内におけるPM2.5 の疫学研究が少ないこと、ならびに日本国内における循環器疾患への影響に関して、循環器疾患に対するリスクの高い者も対象にした疫学研究の必要性についても指摘されている。
 一方、騒音による健康影響については、これまでは空港近くの航空機騒音に注目されていたが、近年、欧州を中心に道路交通騒音による健康影響研究が精力的に進められていて、虚血性心疾患や高血圧性疾患など心血管系疾患への影響を示唆する知見が増加している3)。これらの研究を受けて、世界保健機構(WHO)は夜間の騒音レベルの推奨ガイドライン値を2009 年に公表した4)。それによると、屋外夜間騒音が55dB を超えると心臓血管系への影響が公衆衛生上の重要な事項となるとされ、道路交通騒音と心血管系疾患の関連について注目されている。しかしながら、日本における道路交通騒音と虚血性心疾患に関する疫学研究はこれまでにない。
 道路環境において、自動車交通により粒子、排出ガスおよび騒音が発生する。そこで我々は、自動車由来のPM2.5 を含む粒子、排出ガスおよび騒音によるヒトの健康、特に心血管系疾患におよぼす影響を、幹線道路の沿道に居住する人を対象として検討する疫学研究を実施した。本研究において、対象者の健康状態や生活習慣、住環境、騒音・振動などによる不快感などについては、質問票を用いた調査を実施した。また、自動車から排出される粒子やガス、騒音の個人曝露レベルは、モデルを用いて推計した。本稿では主に我々の研究デザインについて報告する。

2. 調査対象地域
 我々は調査の対象地域を特に次の3 点に注目して選定した。
①交通量が多く大型車両混入率も高い幹線道路が存在する(自動車由来の粒子、排出ガスや騒音の環境レベルが高いと考えられる)
②人口密度が高く高齢者割合も多い(調査対象者数を確保するため)
③大気汚染物質の自動観測を行う観測局である一般環境大気測定局と自動車排出ガス測定局があり、公表データが充実している(大気汚染物質の個人曝露推計値との比較を行うため)
 以上の3 点を考慮した結果、東京都葛飾区を対象地域として選定した。葛飾区には交通量の多い幹線道路として環状七号線、国道6 号線、平和橋通り、蔵前橋通りがあり(図1)、この 4幹線道路の官民境界から約 50 m 以内を沿道地域とした。また、この沿道地域の対照地域として、葛飾区鎌倉に設置されている一般環境大気測定局(鎌倉局)を中心とした半径約 1.5 km以内の地域を非沿道地域とした(図1)。非沿道地域は 4 幹線道路から少なくとも 500 m 以上離れている。沿道地域ならびに非沿道地域ともに、鉄道からの騒音影響を除外することを目的に、鉄道線路および施設から 50 m 以内を除外した。以上の条件に合致する住宅を住宅地図(ゼンリン)を用いて抽出し、調査対象となる「町丁番号」を決定した。

図 1 調査対象地域(東京都葛飾区)の概略

3. 対象者と対象者数および対象者の抽出方法
 本研究の対象集団は、虚血性心疾患のハイリスク群である高齢者5)、65 歳以上(2014 年4月1 日において)の男女とした。調査に必要な対象者数を算出するために、対象地域における高齢者の調査同意率を、一般社団法人中央調査社(中央調査社)の情報からおおよそ 50% と推定した。また、東京都および全国の患者調査などを参考に6, 7)、非沿道地域における虚血性心疾患の有症率を 5% 程度と推定した。ここで、沿道地域と非沿道地域の虚血性疾患有症率のリスク比を 1.5 程度3, 8) として、検出力 60%で検出可能な対象者数を算出し、沿道地域から3,000 人、非沿道地域から3,000 人、合計で6,000人を必要な対象者数とした。調査対象地域内の65 歳以上人口を、葛飾区が毎月公表する町丁ごとの65 歳以上人口および世帯数と、住宅地図より集計した対象地域内の全戸数より推計したところ、対象地域に居住する65 歳以上の人口は、沿道では8,700 人、非沿道では7,700 人と推計された。  対象者の抽出は、葛飾区の承認を得た上で住民基本台帳を用いて無作為に、沿道地域から3,000 人、非沿道地域から3,000 人を抽出した。

4. 質問票による対象者の健康状態、生活習慣等の調査
 対象者の呼吸器症状を含む健康状態、疾患の家族歴、生活習慣(飲酒、喫煙)、食事嗜好、居住期間、住宅の種類・構造、騒音や振動に対する不快感などについては、全58 問の自己回答式の質問票を用いて調査を行った。調査は留め置き法で実施した。用いた質問文はほぼ全てを既存の質問票から抜粋した(表1)。質問の例を以下に示す。

表 1 質問項目とその出典

5. 質問票の配布と回収方法
 調査のフローチャートを図2 に示す。住民基本台帳から抽出した調査対象者に、まず郵送で研究の趣旨などを書いた協力依頼文と、調査の簡易パンフレット(図3)を郵送し、文章にて研究への協力を依頼した。郵送後、調査員が対象者各戸を訪問し、口頭にて再度本研究の趣旨を説明し調査への協力をお願いした。この際に、協力拒否を言われない限り質問票を配布した。配布した質問票は、調査員が後日訪問したときに回収を行った(配布 1 週間後を目安に再訪問)。質問票への回答をもって調査への協力に同意したとみなした。また、調査員が沿道地域の対象者宅に訪問した際は、騒音曝露推計に必要な情報として、対象者の住まいからの幹線道路の見通しに関する面接調査を行った(次の 3条件のうちいずれに当てはまるかを口頭にて質問した:「幹線道路をほぼ見とおすことができる」「幹線道路を一部見とおすことができる」「幹線道路をまったく見とおすことができない」)。質問票の配布と回収は2014 年4 月から2014 年6 月に実施した。なお、質問票の配布と回収、集計は中央調査社に委託して実施した。対象者に直接応対して配布と回収を行う調査員に対しては、事前に説明会を開催し、筆者より調査の意義や注意事項などを説明した上で作業を実施した。

図2 調査のフローチャート

図3 対象者に郵送した調査のパンフレット

6. 自動車由来の粒子や騒音の曝露評価と健康影響の関連性解析法
 質問票回答者に対する自動車由来の排出ガスや粒子の曝露は、それぞれの回答者の居住住所における屋外の年平均大気濃度を推計して当てはめた。また、沿道地域の質問票回答者における幹線道路からの騒音曝露推計は、個人の居住住所における屋外の騒音レベルを推計して当てはめた。これらの推計手法の詳細については、我々のこれまでの報告を参照して頂きたい9-11)
 質問票調査で得られた対象者の健康状態と、排出ガスや粒子および騒音の曝露レベルとの関連性については、多重ロジスティック回帰分析等を用いて検討を行っている12)

7. 質問票調査において配慮した点
1)倫理的事項
 本調査では対象者の住所、氏名、年齢などに加え、治療歴や病気の家族歴等の医療情報を含んだ個人情報を取り扱う。そのため、本調査は日本疫学会倫理審査委員会の承認を得た上で実施した(登録番号:13001)。
2)対象者
 質問票への回答内容の守秘に関する事項や、質問票に回答したくない場合の方法、調査員による訪問を受けたくない場合の方法については、配布する全ての資料に記載した。特に、最初に郵送したパンフレット(図3)には、調査員による訪問を受ける前に、電話にて調査協力を拒否することが出来ることを明記した。電話による問合せ先は中央調査社と日本自動車研究所の両方を併記した。日本自動車研究所においては、この調査の問い合わせ専用の外線電話を用意し、質問票の配布および回収期間は土日休日も電話対応した。集計はしなかったが、調査期間中に研究所への電話で不同意を伝える対象者が数名いた。
3)葛飾区役所
 本調査の目的や意義、方法について、区役所の担当課にもご理解頂き、調査にご協力いただくために、本調査の詳細な研究計画書、ならびに実際に対象者に配布する資料を区役所担当課に提出した。また、質問票調査の実施前に2 回、筆者と中央調査社担当者が区役所担当課を訪問し、本調査について説明するとともに、上述した対象者に対する配慮事項などについても説明をした。加えて、対象者への郵送開始日や訪問開始日などをお知らせして、調査へのご理解とご協力をお願いをした。調査期間中には、実際に対象者が区役所に問合せをした事例があったと葛飾区役所より報告を受けたが(約30 名)、調査に対してご理解を頂き、調査終了期間まで質問票の配布と回収作業を継続することが出来た。

8. 質問票の回収結果(一部紹介)
1)質問票の回収率
 質問票の回収結果を表2 に示す。沿道と非沿道それぞれ3,000 人、合計で6,000 人の抽出者の中から、沿道では1,589 人(男 740 人;女849 人)、非沿道では1,601 人(男 722 人;女879 人)から回答(研究協力の同意)を得られ、調査に必要な回答者数である、沿道と非沿道からそれぞれ1,500 人以上を確保することが出来た。回収率は沿道と非沿道でそれぞれ53.0%、53.4%、合計で53.2% となり、沿道と非沿道ともに、事前に想定していた回収率 50 % よりも高い値となった。なお、調査対象地域内で、回収率が低い特定の地域などはなかった。

表 2 質問票の回収結果

おわりに
 本稿で述べたように、我々は道路環境のうち自動車由来の粒子、排出ガスおよび騒音がヒトの健康におよぼす影響について、疫学的手法により検討することを目的に計画を立案し、実施している。現在我々は、質問票調査で得られた結果と、対象者個人に対する大気汚染物質と騒音の曝露推計値を用いて、道路環境と健康影響との関連性について解析を進めているところである。解析結果の一部はすでに大気環境学会等で発表しているが12)、今後も関連学会や学術雑誌に発表をする予定である。



参考文献
[1] Atkinson RW, Carey IM, Kent AJ, van Staa TP, Anderson HR, Cook DG: Long-term exposure to outdoor air pollution and incidence of cardiovascular diseases. Epidemiology 2013, 24:44-53.
[2] Laden F, Schwartz J, Speizer FE, DockeryDW: Reduction in fine particulate air pollution and mortality: Extended follow-up of the Harvard Six Cities study. American journal of respiratory and critical care medicine 2006,173:667-672.
[3] Babisch W: Road traffic noise and cardiovascular risk. Noise & health 2008, 10:27-33.
[4] WHO: Night noise guidelines for Europe.2009.
[5] 日本循環器学会、日本栄養・食糧学会、日本高血圧学会、日本更年期医学会、日本小児循環器学会、日本心臓病学会、日本心臓リハビリテーション学会、日本糖尿病学会、日本動脈硬化学会、日本老年医学会: 虚血性心疾患の一次予防ガイドライン(2012 年改訂版)。
  http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2012_shimamoto_h.pdf(2015.11)
[6] 東京都福祉保険局:平成23 年患者調査(東京都).
  http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kiban/chosa_tokei/eisei/kanja.html(2015.11)
[7] 厚生労働省: 平成23 年患者調査(全国).
  http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001103073(2015.11)
[8] Balluz L, Wen XJ, Town M, Shire JD,Qualter J, Mokdad A: Ischemic heart disease and ambient air pollution of particulate matter 2.5 in 51 counties in the U.S. Public Health Rep 2007, 122:626-633.
[9] Sakai H, Ito A, Ito T, Morikawa T, Koike H,Toda Y, Kishikawa H, Ono M, Azuma K, Nakai S,Uchiyama I: Estimation of individual exposureto traffic-related air pollution and traffic noise:Epidemiological study in the Tokyo metropolitanarea, Japan. Final Abstract Book of 25thAnnual Meeting of The International Society of Exposure Science 2015:97.
[10] 伊藤晃佳, 森川多津子, 小池博, 冨田幸佳, 堺温哉, 伊藤剛, 古根村綾乃, 岸川洋紀, 中井里史, 小野雅司, 香川順, 内山巌雄: 大気汚染物質、騒音と虚血性心疾患の関連性に関する疫学調査(曝露推計方法の検討). 第54 回大気環境学会年会講演要旨集 2013:448.
[11] 冨田幸佳, 森川多津子, 伊藤晃佳: 曝露評価に用いるための自動車排出ガス濃度の推計(1) 自動車排出量および大気濃度の推計. 第54回大気環境学会年会講演要旨集 2013:551.
[12] 堺温哉, 森川多津子, 冨田幸佳, 小池博,伊藤晃佳, 伊藤剛, 岸川洋紀, 小野雅司, 東賢一, 中井里史, 内山巌雄: 東京都葛飾区の高齢者における大気汚染物質と虚血性心疾患の関連性の調査. 第56 回大気環境学会年会講演要旨集 2015:460