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■「中央調査報(No.711)」より

 ■ 2017 年の展望-日本の政治 -衆院解散、秋以降か-

時事通信社 政治部デスク 松井 邦衛


 2017年の内政で最大の焦点は、安倍晋三首相が衆院解散を断行するかどうかだ。衆院議員の任期は18年12月の満了まで2年を切っており、各党は臨戦態勢を整えつつある。首相は夏の東京都議選などの政治日程を考慮し、秋以降に解散時期を模索するとみられる。安倍政権の外交では、20日に発足したトランプ米新政権との間で日米同盟関係を再構築することが最優先課題だ。


◇首相、早期解散を否定
 「(17年度)予算の早期成立に全力を尽くす。その間、解散の『か』の字も頭に浮かばないだろう」。首相は8日放送のNHK番組でこう述べ、当面は解散がないことを強調した。
 首相は昨年12月27日(日本時間同28日)、日米開戦の舞台となった米ハワイ・真珠湾を当時のオバマ米大統領とともに訪れた。戦後に区切りを付ける首相の決断を世論は好感。このため、首相が余勢を駆って20日召集の通常国会冒頭に解散に踏み切るのではないかとの見方が野党側に強くあった。
 これに対し、首相は年明けから繰り返し早期解散を否定。4日の年頭記者会見では「今年に入って4日間、解散の2文字を全く考えたことはない」と述べ、時事通信社グループが主催する5日の新年互礼会では「今年は全く(解散を)考えていないと、はっきり申し上げておきたい」と語った。5日の発言について、首相は6日に知人に対し、「『今月ない』と言えば、かえって『来月はあるのか』ということになる。だから、今年はないと言った」と説明した。
 ただ、首相は「酉年はしばしば政治の大きな転換点となってきた」とも語っている。4日の会見で例示したのは05年の小泉純一郎元首相による「郵政解散」と1993年の自民党下野と「55年体制」崩壊、さらに69年に佐藤栄作元首相が米国と沖縄返還で合意した後の解散にも触れた。一方、衆院選のなかった81年には言及せず、年内解散を選択肢に含めていることを示唆した。


◇自民、「0増6減」で調整難航も
 昨年5月に成立した衆院選挙制度改革関連法に基づく小選挙区の「0増6減」、比例代表の定数4減が実現するまでは解散しにくい環境にあると言える。政府は「解散権を縛られることはない」(菅義偉官房長官)との立場だが、「1票の格差」を是正しないまま衆院選に突入すれば、野党側から批判を浴びるのが確実で、選挙戦に不利に働くのは間違いない。
 衆院議員選挙区画定審議会(区割り審)は15年の国勢調査に基づき、青森、岩手、三重、奈良、熊本、鹿児島の6県で選挙区を各1減するほか、1票の格差を2倍未満とするため計20都道府県の約100選挙区について選挙区割りの見直し作業に着手している。5月27日を期限として新たな区割り案を首相に勧告。これを受けて政府は、新区割りを実施する公職選挙法改正案を国会に提出する。定数削減については民進党も賛成しており、同改正案の審議は大きな対立もなく進むとみられる。成立後、約1カ月間の周知期間を経て、衆院選挙制度は新制度に移行する。  自民党にとっては、定数減の対象となる6県での候補者調整が難題となる。計27選挙区中、14年の前回衆院選では青森、熊本両県で全勝(選挙後に自民に復党した園田博之氏を含む)するなど20選挙区を制した。比例での復活当選まで含めると現職は25人に上る。候補者の調整は政治生命を左右しかねず、時間を要しそうだ。


◇都議選、小池知事が軸
 任期満了に伴う東京都議選は6月23日に告示、7月2日に投開票される。自民党と連立を組む公明党は、国政選挙並みに重視する都議選に注力するため、衆院選との日程が接近するのは避けたい意向だ。首相は衆院選での与党協力を万全とするため、解散時期を検討するに当たって公明党の意向に配慮するとみられる。
 今年の都議選は、小池百合子都知事を軸に展開しそうだ。小池氏は自民党所属ながら、同党都連を自らが掲げる「東京大改革」への「抵抗勢力」と見立て、対決姿勢を鮮明にすることで求心力を得ている。都議会で主導権を握るため、自身が主宰する政治塾の運営主体である政治団体「都民ファーストの会」から40人規模の候補者を擁立する構え。高い人気を誇る小池氏の動向を、与野党が注視している。
 小池氏は10日に首相と会い、「東京大改革を進めるために議会の改革を進める方向性を共有したい」と伝えた。小池氏の言う議会改革は、制度改革ではなく、自民党都連が半数近くを占める議会の構成を変えることに他ならない。自民党都連の退潮は、首相が党総裁として黙認するには限度があり、解散権を行使するフリーハンドを縛ることにもなりかねない。小池氏は会談後、記者団に「(首相は)納得していた」と語ったが、額面通りには受け取り難い。


◇4野党は共闘急務
 安倍政権に対し、民進、共産、自由、社民の4野党は共闘態勢構築が急務となる。衆院295選挙区に対し、民進、共産両党が擁立を決めた候補者は約200選挙区で競合している。自公両党は強固な選挙協力態勢を築いており、政党支持率が伸び悩む民進党などがこれに挑むには候補者一本化が避けて通れない。民共両党とも候補者調整の必要性については一致しており、8日放送のNHK番組で、民進党の蓮舫代表が「もう課題ではなく、前に進めるべき時に来ている」と語れば、共産党の志位和夫委員長も「本気の共闘をやれば自民党に打ち勝てる。今年はこの流れを大きく発展させたい」と呼応した。
 共闘の行方を左右しそうなのが、共産党が第1弾として選定した15の「必勝区」への対応だ。このうち10選挙区で民進党の候補者と競合し、特に福岡9区では現職同士がぶつかる。同党にとって、15選挙区全てで候補者を取り下げるのは困難な情勢だ。共産党はさらに必勝区を選定して民進党に圧力をかける構えで、調整は容易ではなさそうだ。
 こうした野党の状況を見透かし、自民党の二階俊博幹事長は4日のBS日テレの番組収録で「いつ解散しても自民党は勝つ」と述べ、余裕を見せた。首相が解散時期を検討するに当たり、野党共闘の進展状況よりも、むしろ経済の動向に神経をとがらせるとみられる。政権の看板である経済政策「アベノミクス」は5年目に突入したが、けん引役となってきた日銀の黒田東彦総裁が2%の物価上昇目標の達成時期を「18年度ごろ」に先送りするなど、デフレ脱却はいまだに「道半ば」の状況にとどまっている。
 トランプ氏への期待先行で進んだ東京金融市場は、同氏が11日の大統領選後初めての記者会見で、保護主義的な主張を前面に押し出したのを機にブレーキがかかった。先行きは不透明で、公明党内では「株価が高いうちに解散した方がいい」(ベテラン)との声も漏れる。
 衆院解散を18年に先送りする選択肢も残ってはいる。ただ、首相の自民党総裁としての任期は同年9月まで。首相が主体的に解散の環境を整える余地は狭まり、通常国会会期末の18年夏に至れば「追い込まれ解散」の様相を呈する。同年秋以降に持ち越すには、今年3月の自民党大会で総裁任期延長の党則改正が行われるのを踏まえ、総裁選で連続3選を果たすことが先決事項となる。


◇天皇退位、与野党が神経戦
 20日召集の通常国会に提出される法案で、最も注目されるのが天皇陛下の退位に関する法案だ。政府の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」は23日に、今の陛下一代限りの退位を容認する特例法など複数案を示した論点整理を公表した。春ごろにまとめる最終提言で、特例法に絞り込む予定だ。政府はこれを踏まえ、大型連休前後に法案を国会に提出する日程を描いている。
 これに対し、民進党は報道各社の世論調査で多数派となった意見を反映し、皇室典範改正による恒久的な制度化が望ましいとの見解を示している。皇室に関係する政策課題を「政争の具」としたとの批判を避ける狙いから、政府案への対案としては提出しない方針。共産、社民両党も民進党と同様の立場だ。
 憲法1条は、天皇の地位を「主権の存する日本国民の総意に基く」と規定している。政府・与党にとっては野党の理解を得ることが不可欠で、野党にとっては多くの国民が容認する退位のための法整備を妨害することは避けなければならない。合意形成に向け、与野党が世論にらみの神経戦を展開しそうだ。
 最大の対決法案となりそうなのが、「共謀罪」の構成要件を変更して「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案だ。政府は20年東京五輪・パラリンピック開催に向け、テロを取り締まるための国際組織犯罪防止条約の年内締結を目指しており、国内法整備を急ぐ。共謀罪については、政府が過去3回、国会に法案を提出したものの、野党の激しい反発でいずれも廃案になっている。具体的な準備行為を処罰の要件に加え、適用を厳格化したのは反発を和らげるためだ。
 公明党は都議選を見据えて慎重姿勢を示しており、対象となる「4年以上の懲役・禁錮刑」に該当する676の犯罪を絞り込んで法案を提出するよう要求。野党側は、民進党が「一般市民に対する権力の濫用につながりかねない」(大串博史政調会長)と懸念を示し、共産、社民両党は「思想信条、表現の自由など基本的人権を侵害する」(共産党の小池晃書記局長)などとして反対の方針を明確にしている。衆院選に向けた野党共闘との兼ね合いから、自由党を含めた4野党が反対で足並みをそろえるとみられる。


◇外交は課題山積
 外交面では課題が山積している。政府は「日米同盟が日本外交の基軸」とのスタンスを変えていないが、大統領選で同盟見直しに言及したトランプ氏の登場で、その基軸が揺らいでいる。日米関係の動揺が、他の国との関係にも影響することは避けられない。
 トランプ氏は20日の就任演説で「米国第一」を前面に押し出し、同日には環太平洋連携協定(T P P)からの離脱を正式発表した。11日の会見では、中国に続けて日本を名指しして貿易赤字に不満を表明しており、トランプ氏の保護主義的な通商政策の矛先は日本にも向かっている。
 国務長官に指名されたティラーソン前エクソンモービル会長や、国防長官に指名されたマティス元中央軍司令官は就任前の米上院の公聴会で、アジア太平洋地域での米国のプレゼンスを維持する姿勢を示している。日本政府はひとまず安堵しているものの、安倍首相は2月上旬で調整している日米首脳会談で、沖縄県・尖閣諸島が日米安全保障条約の適用対象となることを直接確認する考えだ。
 韓国との関係は昨年末、釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する新たな少女像を市民団体が設置したことを契機に、急速に冷え込んだ。日本政府は長嶺安政駐韓大使らを一時帰国させるなどの対抗措置に踏み切った。韓国政府は朴槿恵大統領が親友の国政介入事件により職務停止中で、職務代行の黄教安首相が冷静な言動を呼び掛けたものの、韓国内の反発が沈静化するめどは立っていない。日韓のぎくしゃくした関係が長期化することは避けられない。
 安倍首相は昨年12月、地元の山口県長門市でロシアのプーチン大統領と会談し、北方四島での共同経済活動に関する協議を開始することで一致した。首相は8日のNHK番組で「4島の帰属を解決して平和条約を結ぶ道筋の中に共同経済活動がある」と説明。ロシアのシュワロフ第1副首相は、首相が4月に訪ロするとの見通しを示しており、それまでに日ロ間の協議がどこまで具体化するかが当面の焦点となる。首相は、日ロいずれの法的な立場も損なわない「特別な制度」について交渉するとしているが、徴税権や司法管轄権など論点は多岐にわたり難航必至だ。