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■「中央調査報(No.711)」より

 ■ 2017年の展望-日本の経済 -行き詰まるアベノミクス-

時事通信社 経済部デスク 稲田 日出男


 「No way(あり得ない)!」。2017年の年始はこんな言葉とともに記憶されるのかもしれない。発言の主は、1月20日に次期米大統領に就任したドナルド・トランプ氏。年始早々、トヨタ自動車が建設を計画中のメキシコ新工場について、「No way !(建設するなら)35%の関税を支払え」と「口撃」の矛先を向けたのだ。
 16年11月の米大統領選後に円安、株高が進行したことで、先行きに楽観論さえ浮上している国内経済界。しかし、トランプ氏のたった140文字のつぶやきは、反グローバル化の潮流が勢いを増しかねない現実を企業トップらに強く意識させたに違いない。世界の枠組みは大きく変わるのか。波乱の予感が広がる中、新しい年が始まった。

交錯する楽観と悲観
 17年の株式市場は、日経平均株価が年末比479円79銭高の1万9594円16銭と、初日の取引としては4年ぶりに上昇し幕開けした。終値では15年12月7日以来ほぼ1年1カ月ぶりの高値。東京外国為替市場で1ドル=118円台まで円安が進んだ為替相場が株高を演出した。
 昨年1年間を振り返ってみると、16年の株式、為替市場は乱高下が目立つ年だった。15年末の日経平均は1万9033円71銭と、年末の終値としては19年ぶりの高値を付けたが、年初から6営業日連続で落ち込み、2月には1万5000円台割れ。いったん持ち直したものの、6月の英国民投票で欧州連合(EU)離脱が決定されると、年間最安値の1万4952円02銭に下落。その後1万7000円台付近まで回復したが、劣勢とされたトランプ氏の米大統領選での勝利が伝わった11月9日に急落。しかし、米株価が上昇を始めると、これにつられて12月には年間最高値の1万9494円53銭まで値上がりした。
 為替市場も1年を通じて揺れ動いた。円相場は日銀によるマイナス金利政策の導入発表後の2月、1ドル=121円台に下落。英国のE U離脱決定の際には瞬間的に99円台に急騰し、米大統領選後は118円台まで下落した。
 17年の市場動向については、強気と弱気、楽観と悲観が交錯し、昨年以上に見通しは効かない。エコノミストの予想には多くの「~たら、~れば」の条件が付き、共通するのは「予断を許さない」のフレーズだけだ。市場関係者が好む格言によれば、酉年の今年は、「申酉騒ぐ」とのこと。日米の株高はミニ・バブルの指摘も上がり、昨年同様、17年の金融資本市場は騒がしい年になると予想されている。

2016年の株価と円相場の推移


◇トランプ氏への疑心暗鬼
 「トランプ・リスク」。毎年恒例の経済団体による新年祝賀会で企業トップの口から多く聞かれたのがこの言葉だった。直前の1月3日、米フォード・モーターがメキシコでの工場新設計画を撤回したことへの波紋が広がったためだ。企業トップは、外国企業にも同様の圧力がかかる恐れを懸念する一方、自由貿易を否定するかのような発言に不安を隠さなかった。
 祝賀会ではトップから「米経済が好況を呈し、世界経済を引っ張る」(商社)、「経済・財政政策で米国の成長、インフレ期待が高まる」(銀行)と米新政権への前向きな評価もあったが、「米国の政策が今年最大のリスク要因」(大手証券)、「どういう政策を打ってくるのか読めない」(電機メーカー)など、疑心暗鬼をうかがわせる発言が多く聞かれた。
 冒頭で紹介したトランプ氏によるトヨタへの口撃は、この祝賀会の翌日のこと。豊田章夫社長が祝賀会でメキシコ工場の計画を継続する考えを口にしたことに海の向こうから敏感に反応した。さらに当選後初となった11日(現地時間)の記者会見では貿易不均衡の原因として、中国、メキシコと並んで日本を名指し。不都合なことには耳を貸す姿勢さえ示さなかったトランプ氏の記者会見は、日本国内にあった「選挙期間中の言動はパフォーマンスに過ぎず、就任後は変わる」という淡い期待を打ち砕き、企業マインドを冷え込ませる十分なインパクトがあった。
 トランプ氏は20日、第45代の米大統領に就任した。就任演説では「米国を再び偉大な国にする」と選挙期間中と同じフレーズを繰り返し、各国との協調より国益を優先する考えを強調したその姿は、国際社会を主導してきた米国の政策転換を鮮明に映し出した。
 演説後は公約に従い、環太平洋連携協定(TPP)からの離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しなど、6分野の基本政策を公表。保護主義的な政策による自由貿易の枠組みの修正は、メキシコに工場を持つ日本の自動車メーカーにとどまらず、世界の多くの企業が戦略の変更を迫られることになる。
 為替政策も引き続き、大きな関心事だ。大統領選後の株高はこの間に進んだ円安・ドル高が主な理由で、政府施策や企業努力とは無縁の「自助努力なき株高」と指摘されている。トランプ氏は米国企業に不利に働くドル高を放置するのか。政府や企業・市場関係者は当分、予測困難な発言や行動を警戒し続けなければならない。
 米国以外に目を転じると、EU離脱を決めた英国は3月末までに正式な離脱通告を行う予定。これが離脱交渉開始の号砲となり、EU側は1年半程度で交渉を完了させる意向だ。離脱手続きの具体化に伴い、欧州戦略を見直す日本企業の対応も活発になりそうだ。
 EUで中心的な役割を果たすフランスでは離脱を主張する極右政党の躍進が伝えられ、4~5月に行われる大統領選でその是非が問われる見通し。オランダは3月、ドイツは9月にそれぞれ総選挙を予定。結果次第ではEU崩壊につながる可能性もあり、世界が注目するビッグイベントとなる。


◇財政再建、成長戦略、遠のく
 国内の経済政策は行き詰まりの様相を強めている。まず金融政策。日銀は昨年2月、13年4月に導入した量的・質的緩和を強化する新たな方策として、金融機関が日銀当座預金に必要分を超えて新たに預け入れる際の金利をマイナス0.1%に引き下げる「マイナス金利政策」の導入に踏み切った。
 9月には長期金利を操作する新たな枠組みを決定。しかし、デフレ脱却はシナリオ通りには進まず、日銀は11月、目標とする2%の物価上昇の時期を従来の「17年度中」から「18年度ごろ」に先送りした。
 13年4月の導入時、2年程度で2%の物価上昇目標を達成するとしていた「異次元緩和」だったが、達成時期の先送りは今回で5回目。9月に日銀が発表した「総括的な検証」をめぐっては「異次元緩和の敗北宣言」との指摘が上がり、16年は金融政策によってデフレ脱却を目指すことの限界が鮮明になった1年だったと言えるかもしれない。17年の日銀は、緩和策を継続しながら、金融政策を正常な状態に戻す「出口」への道を探ることになりそうだ。
 財政再建と経済成長を目指す安倍政権の経済政策「アベノミクス」もいばらの道が続く。安倍晋三首相は6月、今年4月に予定していた消費税率10%への引き上げを19年10月に2年半先送りすることを表明。首相は直前の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で、「世界経済はリーマン・ショック級の危機的状況にある」と不可解な認識を示し、増税先送りの伏線を張った。もともと消費増税の実施時期は「15年10月」で、延期は2度目だった。
 17年度当初予算は、高齢化に伴う年金や医療費の増大で、一般会計の歳出総額は0.8%増の97兆4547億円で過去最大。税収は0.2%増の57兆7120億円にとどまり、国の借金残高は865兆1579億円。財政再建の道は遠のき、硬直化した財政運営の現状ばかりが目についた。
 「成長戦略」の柱だったT P Pは、昨年12月に国会で承認成立した。しかし、前述の通り米国は離脱を表明し、協定は発効しないまま「漂流」する見通しとなった。安倍首相は引き続き米国の翻意を促す考えだが、昨年11月下旬にトランプ氏と直談判した際には、その直後にトランプ氏がT P P離脱の考えを改めて宣言し、首相は赤っ恥をかかされた経緯がある。今後の説得による米国の翻意は考えにくく、安倍政権は新たな通商政策の再構築を迫られることになる。
 明るい材料としては、国内雇用環境の改善が挙げられる。中でも有効求人倍率は昨年、90年代初頭の水準まで回復した。ただ、法人税減税などで期待された企業の設備投資は伸び悩み、消費拡大を狙った賃金上昇も伸び率が鈍化している。
 アベノミクスのスタート当初、大企業などがお金を使うことで経済が活性化し、その恩恵が中小企業や低所得層にも滴り落ちるという「トリクルダウン」の理論が喧伝されたが、もはやそれを口にする者はいない。7月の参院選で大勝し、政治基盤を強固にした安倍政権だが、打つ手がことごとく裏目に出ている経済運営は一段と厳しさを増すのが確実だ。

消費者物価指数の推移

景気動向指数の推移


◇技術革新の胎動
 産業界に目を転じると、新たな技術革新が目覚ましいスピードで進展している。金融とI Tを融合したフィンテックサービス、あらゆる機器をインターネット上でつなぎ、効率化や利便性を追求するIoT(モノのインターネット)、人工知能(AI)、自動運転車、仮想現実(VR)…。まさに時代は産業革命の渦中にあることを感じさせる。
 こうした中、注目を浴び続けたのが孫正義ソフトバンクグループ社長だ。IoTの爆発的な普及をにらみ、日本企業による海外企業の買収・合併(M&A)で過去最大となる3兆3000億円で英国の半導体設計会社アーム(ARM)を買収。サウジアラビア政府とは10兆円規模の投資ファンド設立で合意し、小型人工衛星による通信サービス提供を目指す米ベンチャー企業には1000億円の出資を決めた。大言壮語を常套手段とし、必要とあらばためらうことなく各国首脳にすり寄ることも厭わないその姿勢には冷ややかな見方も多いが、次の10年をにらんで格闘する姿は17年も目が離せそうにない。
 3月末に向け、産業ニュースに主役になりそうなのは東芝。昨年末、米原発事業で「数千億円」規模の損失が発生する恐れがあると公表。不正会計問題で財務基盤が弱っている同社にとって、新たな損失発生は再建に向けた大きな重しだ。既に金融機関と協議を進めているとされるが、日本を代表する名門企業の行方は、金融資本市場や産業界に大きなインパクトを与えそうだ。