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■「中央調査報(No.722)」より

 ■ Web調査について~この10年の変化や現在の課題~

宮下 公一※
※フリーランス、(財)日本世論調査協会個人会員


 筆者は、前職の(株)マーケティング・アプリケーションズ在籍時から現在まで10年余りWeb調査関連の仕事に集中的に携わってきた。この間に得た経験や知見から、Web調査について近年の変化や課題についてまとめてみたい。


1. 回答機器と回答者の変化
Web調査に関わる大きな環境変化として、スマートフォンの普及があげられる。中央調査社「パーソナル先端商品の利用状況」によると、スマートフォンの個人利用率は2017年には58%、20代に絞れば93%に達した。この間パソコンの利用率は横ばいであり、プライベートの使用に限ればパソコンの利用は減っているとみられる。(図1)

図1 パソコンとスマートフォンの利用率

 Web調査の回答機器もスマートフォンに移行しており、JMRA(日本マーケティングリサーチ協会)の調べによると、スマートフォンでの回答者は2013年には15%だったものが、2016年には35%に増加しており、20代では62%と回答者の過半数に及ぶ。(図2)

図2 主要調査会社のアンケートの回答デバイスの変化

 回答機器がPCからスマートフォンに変わることの影響は、機器自体の特性から、ディスプレイサイズが小さくなり表示できる情報が減ること、回答フォームへの入力方法が、マウスによる選択/ キーボード入力から、指でのタップ/フリック入力になること、があるが、このほかに、機器の利用目的・使い分けによる質的な影響も考えられる。ニールセンの調査によると、パソコンの利用目的は情報収集やショッピングが多く、一方スマートフォンの利用目的はコミュニケーション、移動の際のナビゲーション、空き時間を埋める(言うまでもなく、スマートフォンのゲームアプリの爆発的な普及)、写真・動画撮影などと使い分けられている(表1)。「腰を据えてじっくりと何かをしようとするとPC が、思い立った時にすぐその場で行動しようとするとスマートフォンが選ばれる」(*4) という使い分けが行われているとすると、Web調査への回答行動もこのような回答者の心理的モードの影響を受けると考えられる。

表1 各デバイスの利用目的TOP5

 外部環境変化としては、電子メール利用の減少もあげておきたい。電子メールを使ったコミュニケーションの多くは、LINEなどSNSのダイレクトメッセージに代替されるようになった。平日1日の電子メール利用者は2012年の58%から2016年には45%に減少しており、20代ではソーシャルメディア利用者を下回っている(図3)。ビジネス上でも、特に内部的なコミュニケーションでは電子メールのかわりにslackやyammer、googleやskypeのチャットツールが多く使われるようになってきている。

図3 メールとソーシャルメディアの利用(平日1日・行為者率)

 Web調査は、電子メールを使ったurl告知・誘導により、PCブラウザで回答フォームに入力する、という方法で主に行われてきたが、上記の環境変化により、電子メールを使わないスマートフォンユーザーが対象として想定されるようになった。
 具体的なイメージを記述すると、以前のWeb調査回答者は、「帰宅後、パソコンを開いてリサーチ会社からアンケート協力依頼のメールが来ていることを知り、夕食後url/パネルサイトのマイページにアクセスして、マウス操作とキーボード入力で30 分位のアンケートに答える」というようなシチュエーションが想定されたのだが、現在は「帰宅途中の電車内で、スマートフォンのアプリ/SNSからのプッシュ通知によりアンケートが来ていることを知り、その場で片手親指のタップ、スワイプ、フリック操作で5分位のアンケートに答える~答え終わった後はすぐゲームアプリかLINEでのやり取りに戻る」というような回答者像がイメージされる(これは極端に対比してみたものであり、現状はこの間にある)。


2. アクセスパネルの維持問題
~回答者のユーザー体験の改善

 Web調査用のパネル(アクセスパネル)は、代表性やその質について議論されながらも、商業的にみれば効率的に利益を生み出すインターネット・ビジネス=ポイント会員サイトの1形態として進展してきたが、近年大きな課題に直面している。
 日本マーケティング・リサーチ協会によれば、主要調査会社のアクティブモニター率(定期的にアンケートに回答するモニタの比率)は、2013年を100とすると2016年には74にまで低下している(*2)。また、20代以下の若年層のモニタを獲得できなくなってきており(モニタ登録、回収率両面で)、アクセスパネルの構成比は30~50代に偏ったものになっている(*6)。
 こうしたモニタ登録の減少、回収率の低下理由として、次のようなことが指摘されている(*2,*7)。
  • スマートフォン化による回答負荷の増加
  • 価格競争による、回答者へのインセンティブ(協力謝礼)の低額化
  • ゲーム、SNSなど様々なオンライン・コンテンツ、別のポイント獲得機会の増加により、Web調査への回答が協力したいコンテンツでなくなったこと
 いままで行われていた調査は、スマートフォンの小さい画面上でタップ/ フリック操作により回答するには負荷が高すぎると考えられている。同一の調査票に対する回答時間は、スマートフォンではパソコンの1.3倍かかるという実験結果があり(*6)、また、キーボード入力とフリック入力の間でテキスト入力にかかる負荷の差は明らかである。
 これに対し、リサーチ会社は、スマートフォン回答者に最適化した回答フォームを開発したり(*8)、スマートフォンに配慮した設問形式・ボリュームのガイドラインを作成するなどの対応を行っている(*6) が、本来動かない物差しであるべき定量調査の調査票を変えていくというのはハードルの高い仕事であり、これに必要な時間より環境の変化の方が早い、というのが正直なところである。
 日本のアクセスパネルを使ったWeb 調査は、価格競争下で世界的にみても低コスト化が進んでいるといわれ、インセンティブ(謝礼)の改善も、回答モチベーション向上の観点から検討されている(*2)。しかし、これはパネルユーザーへの値上げを伴うことになるため、実行はなかなか難しい。
 また、インセンティブを増やしてパネル(とビジネス)を維持するため、パネルを実質的に広告・プロモーション/ ダイレクトマーケティングのためのリストとして使うことも行われるようになっている(*7)。これはESOMARやJMRAといった業界団体のガイドラインに抵触するし(調査に対する回答者の信頼を失わせる恐れ)、商品・広告認知といった主要なマーケティング・リサーチ調査項目のデータを歪ませる。「謝礼目当て」「プロ回答者」とはもともとアクセスパネルの問題点として使われていた言葉だが、近年は、アクセスパネルの募集がアルバイト・求人サイト上で行われ、プロモーション/ ダイレクトマーケティングを受けることも「お得な商品・サービスやポイントを獲得するチャンス」として承諾する、正しく回答するよう「教育」された「プロ回答者」がパネルであるという割り切りがあるようにも思える。
 この問題に対し、多数のパネル情報のデータベース化、サイト行動ログ / 地理ロケーションデータからのサンプリングなど、「質問への回答」以外のデータとの連携や、調査を分割して継続的に調査を行うこと、などによって無駄なスクリーニング調査を省略し必要なデータを獲得すると回答している(*12)。
 GCSの回答でアドホックな調査目的を達成できるのかは疑問があるが、逆に言えば、「質問への回答」以外のデータとの連携や継続調査が、スマートフォンの特性を生かせる調査手法だともいえる。こうしたスマートフォンの特性を積極的に活用した調査手法も各種提案されており、スマートフォンのカメラ機能を活用した長時間観察や表情解析、スマートフォンアプリで取得できる各種行動ログとの連携は、「質問への回答」以外のデータの活用例である(*13)。
 スマートフォンの特性を利用した継続調査の一種として、経験サンプリング法も注目されてきている(*14,*15)。経験サンプリングとは、日常生活を送っている調査対象者に対し、一定の期間にわたり一日数回測定を実施するという調査手法で、生態学的妥当性(実験室実験とは対照的に、通常生活する環境におけるデータが得られる程度)の高いデータ収集法として期待されている。この用途で、スマートフォンアプリとそのプッシュ通知機能は有効に活用でき、このための専用のスマートフォンアプリ/ サービスもあらわれている(PACO https://pacoapp.com/ やLifedata https://www.lifedatacorp.com/ など)。
 「質問への回答」以外のデータへの注目としては、パラデータの研究、つまりWeb 調査の回答者の回答行動を細かく記録・分析し、データ収集の質の評価と改善に利用する研究も注目されている。「パラデータ」とは調査データ収集過程についてのデータを意味し、Web 回答時間、回答の中断やマウスのクリック数・遷移、スクロール、キーボード入力履歴から、スマートフォンのピンチ/ ズーム、方向変更、同時に行っているタスクの検出などに及ぶ(*16)。パラデータには、調査方法論の検証データとしてだけではなく、潜在連合テスト(IAT)における反応時間のように、調査目的そのものの分析用データとしての利用も考えられよう。このほか、Web 調査の回答画面における視覚的情報(フォーム要素や画像の位置、大きさなど)が回答に与える影響についての研究(*17) など、Web 調査に回答するという行動を精緻に明らかにする研究も進展してきている。
 Web調査の設計者に問われている課題は、上述したような(1) パネル・対象者の集め方、(2) スマートフォン化に代表される環境・技術変化に対応した手法、(3)Web 調査に関する研究の進展を、それぞれ個別の調査目的にかなうように(” fit for purpose” *18)適切に評価し、いかに活用できるか、ということになろう。



<参考文献>――――――――
*1 中央調査社,2017,「パーソナル先端商品の利用状況」 http://www.crs.or.jp/data/pdf/ptg2017.pdf
*2 村上智章,2017,「ネットリサーチの現状と課題」(Marketing Researcher No.132)日本マーケティング・リサーチ協会
*3 ニールセン カンパニー,2015,「Nielsen Digital Consumer Database 2015( ニールセン・デジタル・コンシューマー・データベース2015)」
*4 インターネット白書編集委員会編,2016,「インターネット白書2016」インプレスR&D
*5 総務省情報通信政策研究所「平成28年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」 http://www.soumu.go.jp/iicp/chousakenkyu/seika/houkoku-since2011.html
*6  小林直樹,2016,「ネット調査に異変あり」(日経デジタルマーケティング 2016.8)
*7 GMO インターネットグループ,2015,「インターネット調査のサンプリング技術と今後の展望-Vol.1,Vol.2」https://www.gmo.jp/report/single/?art_id=192
*8 二瓶哲也,2015,「ネット調査の新潮流」(政策と調査 第9 号)埼玉大学 社会調査センター
*9 Veris E.,2011,” Gamification in marketing research”
*10 Porter S. et al.,2010, “Measuring Selection Bias Introduced by Routing” (2010 Journal CASRO)
*11 Poynter R.,2010, “No Surveys in Twenty Years?” http://thefutureplace.typepad.com/the_future_place/2010/03/no-surveys-in-twenty-years.html
*12 Google Consumer Surveys,2014, [Webinar] Google Consumer Surveys 2.0: Deeper Data through Innovation, Not Longer Surveys
*13 長崎貴裕,2013,「ネット調査の現状と新しい手法」(社会と調査 No.11)社会調査協会
*14 尾崎由香ほか,2015,「スマートフォンを使用した経験サンプリング法:手法紹介と実践報告」(東 洋大学21世紀ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センター 研究年報 第12号)東洋大学
*15 Taquet M. et al.,2016, ” Hedonism and the choice of everyday activities” (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 113(35))
*16 ミック・P・クーパー, 松本渉訳, 2017,「パラデータ概念の誕生と普及」(社会と調査 No.18) 社会調査協会
*17 Tourangeau R. et al.,2014,” The Science of Web Surveys” Oxford University Press
*18 Couper M. P. et al., 2013, “Report of the AAPOR task force on non-probability sampling” AAPOR