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■「中央調査報(No.723)」より

 ■ 2018年の展望-日本の経済 -カギ握る消費回復-

時事通信社 経済部デスク 塚田 正利


 「経済の好循環をしっかり回すために、3%の賃上げをお願いしたい」-。2018年のマクロ経済の行方は、安倍晋三首相が新年の祝賀会で居並ぶ国内企業トップに対して発したこの一言に集約されそうだ。
 首相は賃上げを企業に要請する一方で、長時間労働の是正を柱とする「働き方改革」関連法案の成立を、今月下旬に召集した通常国会の柱と位置付ける。働き方改革の要諦は「残業抑制」だ。残業時間の削減は企業のコストカットに寄与する一方で、従業員の手取り減少につながりかねない。18年春闘では、基本給を底上げするベースアップ(ベア)の動向のみならず、残業抑制に見合った手当ての拡充に各企業がどれだけ目配りするかも、大きな注目点となりそうだ。

◇「賃上げ」、首相要請を支持
 日経平均株価が、昨年末比741円39銭高の2万3506円33銭と急反発し、1992年1月以来26年ぶりの高値となって幕開けした18年の株式市場。恒例の経済団体による新年祝賀会では、今年の国内外の経済について、「世界同時好景気が続く明るい1年となる」(片野坂真哉ANAホールディングス社長)、「非常にいい方向だ」(東原敏昭日立製作所社長)といった楽観論が台頭した。
 日経平均の18年の見通しに関しては、株式市場の「戌笑う」の格言通り、今年中に2万5000円程度まで上伸するとの見方が多い。背景にあるのは、堅調な世界経済に支えられた企業収益の拡大シナリオだ。国際通貨基金(IMF)は今年の世界経済全体の伸びを3.7%と見込む。米国や中国での需要増などを受けて、国内企業収益も順調な伸びを示すとみられる。中田誠司大和証券グループ本社社長はポジショントークも半ばあるものの、「2万7000円もあり得る」との強気の見方を示した。
 首相が経済界に要請した「3%の賃上げ」をめぐっては、早速、アサヒグループホールディングスの小路明善社長が、傘下のアサヒビールで定期昇給を主体として約3%の賃上げを行う方針を表明。みずほフィナンシャルグループの佐藤康博社長も「賃上げの勢いの継続はさらなる経済回復に必要」と呼応するなど、支持する声が相次いだ。経団連、経済同友会、日本商工会議所の経済3団体トップによる年頭の記者会見でも、首相の賃上げ要請には前向きな反応が示された。経団連の榊原定征会長は「賃上げの勢いを一層強化したい」と表明し、加盟企業に対し、積極的な賃上げを促した。
 昨年末、日本総合研究所の藻谷浩介主席研究員は米ニューヨークで開かれた時事通信主催のセミナーで講演し、安倍首相が経済界に繰り返し訴える賃上げ要請を「正しい」と支持を表明した。藻谷氏は大胆な金融緩和を柱とする安倍政権の経済政策「アベノミクス」には批判的な立場だが「賃上げと言っているのだけは正しい」と評価した。藻谷氏がこうした指摘をする背景には、国内景気の回復期間が17年9月で58カ月となり、高度成長期の「いざなぎ景気」(65年11月~70年7月)を超えても、依然として日本国民全般が「好景気」を実感できないことがある。
 12年12月の第2次安倍政権発足以降、日経平均株価が政権発足時(終値1万0230円)の2倍以上に値上がりし、17年11月の有効求人倍率は1.56倍と43年10カ月ぶりの高水準を記録するなど、雇用状況も大きく改善した。18年度の国内企業の経常利益は10%近い伸びが見込まれる。投資家や企業サイドにとってみれば、十二分の景気回復を成し遂げたと言えなくもない。しかし、景気回復の果実が企業の内部留保を蓄積させるだけにとどまり、従業員に適切に還元されなければ、経済の好循環は生まれない。17年7~9月期の国内総生産(GDP、季節調整済み)改定値でも、個人消費は前期比0.5%減と前年割れの状態のままだ。日商の三村明夫会頭は年頭の会見で、大企業を中心に内部留保が積み上がっている点に触れ、「有効活用すべきであり、一つの使い方は賃上げだ」と強調した。

大手企業の賃上げ回答額と上昇率の推移

◇残業代削減、対策急務
 賃金の伸び悩みに拍車を掛けそうなのが、安倍首相が1月22日召集の通常国会での最大の焦点と掲げる「働き方改革」関連法案だ。首相は年頭の記者会見でも「本年、 働き方改革に挑戦する。長時間労働の慣行を断ち切る」と強調した。過労死や過労自殺の誘因である長時間労働の是正は急務で、この一点に関しては立憲民主党など野党も支持している。その一方で、短兵急な残業時間の抑制は大幅な手取り圧縮につながりかねず、仮に18年春闘で首相が要請する「3%賃上げ」が実現しても、その効果を相殺しかねない。
 「残業時間の上限が月平均で60時間に規制されると、残業代は最大で年8兆5000億円減少する」-。大手シンクタンクの大和総研が昨年8月に発表した試算は、各方面に大きな衝撃を与えた。 働き方改革関連法案に盛り込まれた「時間外労働の上限規制」では、労使協定の合意を経た繁忙期でも年720時間、月平均60時間が残業の上限となる。大和総研の試算では、1人当たりの残業時間を月60時間に抑えると、労働者全体では月当たり3億8454万時間の残業が減る。年間の残業代に換算すると8兆5000億円に相当する。これだけ巨額な手取り収入の減少は、一層の個人消費の減退を招きかねない。大和総研は「企業は浮いた残業代を賃上げなどで積極的に労働者に還元する必要がある」と警鐘を鳴らす。
 そうした疑心暗鬼の払ふっ拭しょくを狙った記事が昨年10月、一部大手経済紙に掲載された。経団連が18年春闘で、残業時間が減っても従業員の給与が大きく減らないよう企業に対応を呼び掛ける、との内容。働き方改革の進展に合わせた給与の減少分を、残業代以外の賃金や各種手当の増額などで対応するよう促すものだ。経団連は今月中旬にまとめた春闘の経営側の指針「経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)」にこうした内容を盛り込んだ。現に経団連事務局は、18年春闘では、実現すれば5年連続となる賃上げそのものより、働き方改革対策の行方に注目している。それだけに、経労委報告では、残業代目減りへの対応に軸足を置くものとみられる。

◇「イノベーション」カギに
 昨年一年間は米トランプ政権誕生による「トランプ・ショック」が世界を震撼させた。トランプ氏の政権運営スタンスが明瞭になってきた現在、その衝撃度合いは相当程度薄れてきてはいる。ただ、こと通商面においては、世界最大の市場を有する米国が「自国第一」の戦略にかじを切り、環太平洋連携協定(TPP)の結束に大きな影を落としたままだ。
 日本が最優先で取り組むのは、米国が離脱したTPPの早期署名だ。昨年11月に、米国を除く参加11カ国がTPPに合意した。今年3月上旬までの署名を目指すが、交渉最終盤でカナダが難色を示し波乱要因を抱える。カナダの動向を左右しそうなのが、米国、カナダ、メキシコによる北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉だ。米国内では離脱論もくすぶり、くしくも3月をめどとする交渉妥結は予断を許さない。カナダは再交渉の帰結を見極めた上でTPPへの態度を決める腹づもりのようだ。日本にとってもNAFTA再交渉の行方は大きな意味を持つ。合意に至らなければ、米国が今秋の中間選挙などをにらみ、その矛先を日本に移し、より要求が通りやすい二国間の自由貿易協定(FTA)の交渉入りを求めかねない。
 グローバル経済を個別企業の視点でみると、人工知能(AI)や自動運転技術といったイノベーション(革新)が昨年以上に大きなカギを握りそうだ。トヨタ自動車の豊田章男社長の年頭の第一声は「『スピードとオープン』が大事。その逆がリスク」というものだった。その焦燥感は昨年来のトヨタの動向に如実に表れている。トヨタは昨年、インターネットとの常時接続で膨大なデータをやりとりし、 自動運転の高度化を可能にする「コネクテッドカー(つながる車)」の実現に向け、NTTや米半導体大手のインテルなどと企業連合(コンソーシアム)を創設すると発表。つながる車の技術は、交通量が多い市街地などでの 自動運転に不可欠とされ、トヨタは提携により、米グーグルなどIT大手も含めた競合相手を迎え撃つ。
 そのトヨタ。1月9日に米ラスベガスで開幕した家電・IT見本市「CES」に合わせ、自動運転機能を搭載した商用電気自動車(EV)の試作車を公表した。無人運転車による宅配など多様なサービスに活用してもらう狙いがある。背景には、ライドシェア(相乗り)の普及など、「持たない経済」の台頭でマイカー需要が減少しかねない、との強い危機感がある。豊田社長は現地でのプレゼンテーションで「トヨタを人々のさまざまな移動を助けるモビリティー(移動手段)会社に変革することを決意した」と力を込めた。

◇企業、「信頼回復」誓う
 トヨタはめまぐるしく動く技術変革の動きへのキャッチアップを至上命令に掲げた。しかし、国内の主要製造業では、昨年に発覚した品質関連の不正を受け、「信頼回復」や「法令順守」を誓う企業トップが相次いだ。
 現経団連会長を輩出しながら、子会社が製品データを改ざんしていた東レの日覚昭広社長は「経営に対する信頼が大きく損なわれたことを直視し、信頼回復に努める」と表明。三菱伸銅など、複数の子会社で改ざんが明るみに出た三菱マテリアルの竹内章社長は「利益よりも安全、法令順守、品質が優先される」と社員に再発防止を呼び掛けた。
 相次ぐデータ改ざんの端緒となった神戸製鋼所の川崎博也会長兼社長は「本年は失った信頼を取り戻し、新しく生まれ変わるためのスタートの年となる」と全社一丸となり難局を乗り越えるよう、結束を要請した。
 一連のデータ改ざんはいずれも内部通報がきっかけとされる。内部通報が機能しているのは企業の透明性の観点からは「健全」と言えなくもない。しかし、会社によっては数十年も人知れず引き継がれてきた不正がここにきて相次いで露呈したのは、「約4割にまで高まっている非正規労働者の比率と無関係とは言えないのではないか」(企業法務に詳しい弁護士)との指摘もある。つまり、有期雇用であるがために「会社に対する忠誠心がごく希薄となり、しがらみがなくなった。そのために、自身が属する企業の行方を案じることなく内部通報が敢行できた」いう見立てだ。不正の横行は絶対に許されない。しかし、その不正の発覚が非正規社員の比率上昇に伴うものだったとすれば、先行きは暗い。冒頭に論じた賃上げと同様に、非正規社員から正社員への転換も18年の大きなテーマとなるのは間違いない。