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■「中央調査報(No.725)」より

 ■ 世論調査の変遷-新聞社の場合-

前田 幸男(東京大学大学院情報学環)


 世論調査に現れる内閣支持率の高低は一般的な興味関心の対象であるだけではなく、内閣に とっても重大な関心事である。1990年代前半までは内閣支持率の高低が直接的に内閣の政権運 営に直結することは少なかったが、2000年代以降は世論調査結果が政局に与える影響は以前よ りも大きくなったと考えられている。ただし、時代の変遷に伴い政治状況が変化しているだけで はなく、世論調査の実施方法も変化していることには注意が必要である。新聞紙面上で、歴代の 内閣について支持率が比較されることもあるが、比較対照となる期間に限っても調査方法が一貫 していない場合が多いのである。本稿では、世論調査の数値を眺める際の一助として、新聞社に よる世論調査の変遷について素描したい。便宜上、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、そして日本 経済新聞の世論調査に対象を限定する。

1.戦後初期
 敗戦後、国民の考えを探るために報道機関は 世論調査を開始した。最初期について言えば、 無闇に回答者数を増やそうとする試みや、街頭 で聞き取りに応じてくれる人を募るなど、今日 の観点からは、方法論的に問題のある調査が行 われていた。ただ、新時代において世論調査に かける熱意には並々ならぬものがあったのでは ないかと想像される。その当時に手探りで行わ れた方法は、実は、科学的調査方法が確立する 以前に米国で行われていた方法とよく似ている (米国における科学的調査以前の世論調査につい ては、Herbst 1995を参照されたい)。
 日本における確率標本抽出に基づく社会調査・ 世論調査の発展に占領軍が果たした役割が大き いことは周知の事実である。占領軍による指導 と助言をうけつつ行われた最初の全国台の標本 調査は、1946年7月に統計局が行った「消費者 価格調査」である(相原・鮫島 1971)1。 また、 1946年9月には、労働力調査が実施されている が、米国の労働力調査を参考にした標本設計が 採用されていた2
 世論調査に確率標本抽出の発想が導入される のは、政府統計よりも少し遅れ、1947年から 48年にかけてである。新聞社を含む民間の世論 調査の実施においても、1947年3月にはアメリ カから講師を招いて最新の標本理論についての 講習が行われている(吉原 1966)。また、占領 軍による関与の下、統計数理研究所の林知己夫 らが中心になって実施した『日本人の読み書き調 査』の標本設計は、新聞社の世論調査に大きな影 響を与えた(西平 1981)。林等による本格的な 標本設計を参考にして実施されたのが、1948年 9月におこなわれた朝日新聞の世論調査であった (朝日新聞社世論調査室 1976)。毎日新聞につ いては、1948年12月に実施された世論調査が 最初の無作為抽出調査である(毎日新聞社編集 局調査部世論調査課 1966)。読売新聞について は、一足早く1948年7月に層化無作為抽出によ る最初の世論調査が行われている(読売新聞世 論調査部 2002, 528)。

2 .1950年代から1980年代まで-55年体制と世論調査
 標本設計が確立した後も、新聞各社はそれぞ れ調査方法の改善に努めたと思われる。政党政 治における55年体制が成立し、そして定着した のとほぼ同じ時期に、内閣支持・政党支持を定 期的に尋ねることを基軸に運営される世論調査 実施体制も徐々に形成されるが、ここでは、2つ の論点に絞って確認しておきたい。

(1)質問文
 調査体制の確立を考える上では、標本設計だ けではなく、質問文も重要である。紙面を眺め る限り、戦後初期の世論調査は、新憲法、講和 問題等の国政上の大問題以外にも、食糧事情、 教育制度、家族制度など、様々な問題に、一回 の調査で特集を組み、まとめて尋ねることが多 かった。毎回決まった形で内閣や政党の支持を 聞いていた訳ではない。
①朝日新聞
 1948年9月に行われた最初の無作為抽出調査 では、紙面を確認する限り、内閣支持の設問は なかったようである。標本抽出が確立してから 最初に内閣支持質問が現れるのは、1949年10 月の調査で、質問文は「あなたは吉田内閣を支 持しますか、支持しませんか」であった(『朝日』 1949年10月10日)。それ以降、「あたなは吉田 内閣をもっと続けてやらせたいと思っています か。もう代わってもらいたいと思っていますか」 (『朝日』1952年3月6日)等の質問の他、「岸内 閣はよいと思いますか、よくないと思いますか」 と尋ねるなど(『朝日』1959年2月22日)、質問 文の変遷があった。1960年の池田内閣から「〇〇 内閣を支持しますか。支持しませんか」という 文言に統一されている(朝日新聞社世論調査室 1976)。
 政党支持については、1949年10月調査では、 「もし総選挙があれば、あなたはどの政党に投票 しますか」というものであったが、「あなたはど の政党を支持しますか」(『朝日』1951年4月3 日)、「あなたは現在どの政党を支持しますか」な ど、数度の変更を経て、1953年6月調査以降、 「あなたは、どの政党が一番好きですか」という 質問文に統一されている(朝日新聞社世論調査室 1976)。この質問は、朝日新聞の訪問面接調査 で2000年3月まで用いられていた(『朝日』2000 年3月23日)。2000年9月からは「あなたはいま、 どの政党を支持していますか」に変更されている (『朝日』2000年9月27日)。
②毎日新聞
 確率標本抽出になってから最初に内閣支持が 尋ねられたのは、1949年2月末調査の「吉田茂 内閣を支持しますか」(『毎日』1949年3月12日) である。他にも、「あなたは鳩山内閣をどう思い ますか」(『毎日』1955年1月3日)という設問が 利用されたこともあるが、基本的には、1949年2月調査で確定した首相にフルネームで言及する 質問文が一貫して使用されたようである。なお、 データベースや紙面上では、「〇〇〇〇内閣を支 持しますか」という質問で一貫しているが、90年代末の紙面では「あなたは橋本龍太郎内閣を支 持しますか、支持しませんか」(『毎日』1998年5月27日)、あるいは、「小渕恵三内閣を支持し ますか、支持しませんか、関心がありませんか。」 (『毎日』1999年12月7日)と標記されることも あった。毎日新聞の内閣支持の質問には「関心が ない」という回答が佐藤内閣の時期から一貫して 存在するので(毎日新聞社 2002)、利用されて いた質問は1999年12月の紙面に掲載されたも のであったのかもしれない。
 毎日新聞社(2002)の社史で政党支持率の時 系列は1957年9月から掲載されている。毎日新 聞のデータベース(毎日世論サーチ)で検索した 限りでは、政党支持に関する最初の質問は1952年3月調査に尋ねられているようにも思われる が、紙面では質問文を確認できない。むしろ興 味深いのは、「本調査で質問外に各被調査者の政 党支持を調べた」(『毎日』1952年4月8日)と記 されており、政党支持を尋ねることが世論調査 にとって必須ではなかったことがわかる。また、 前回の対比として言及されている1951年12月 調査の数値は、「今、衆議院の総選挙(衆院選) があったら、あなたは何党に投票しますか」とい う質問への回答なので(『毎日』1952年1月6日)、 当時は、政党支持と投票意向とを明確に分けて いなかったと考えられる。「どの政党を支持しま すか」という質問が実際に最初に用いられたのは 1957年9月調査であり、その質問がその後訪問 面接調査で一貫して利用されたと思われる。た だし、「何党を支持しますか」(『毎日』1963年4月4日)という設問が時折用いられており、質問 文が最終的に固まるまでは少し時間がかかった ようである。
③読売新聞
 最初の確率抽出調査で芦田内閣への支持が尋 ねられているが、質問文は、「芦田内閣に対する あなたのお考え」であった(『読売』1948年7月10日)。その次は、「吉田内閣をどう思う」(『読売』 1948年11月13日)、1949年11月の調査で「吉 田内閣を支持するか」となった(『読売』1949年12月10日)。1952年1月の調査では「あなたは 吉田内閣を支持しますか、しませんか」となって いるが、これは後に2008年8月まで続けられた 同社の訪問面接調査の質問文と同じである(『読 売』2008年8月12日)。なお、読売新聞世論調 査部(2002)の資料によれば、1952年11月調査 の次に内閣支持が(同じ質問で)尋ねられたのは、 1963年10月の調査である(『読売』1963年10月15日)。すなわち、内閣支持を定型化した形で聞 くことは、60年代前半までは世論調査の中心的 課題ととらえられていなかったと思われる。
 政党支持については、紙面を確認する限り、 1949年11月の調査で「いまあなたは何党を支持 しますか」という質問が尋ねられているのが最初 であるように思われる(『読売』1949年12月10日)。その後も、「いま総選挙があったら何党を 支持しますか」(『読売』1952年12月12日)等、 文脈に応じて政党支持の質問は存在する。読売 新聞世論調査部(2002)の資料における時系列 は1955年11月調査から始まっているが、56年9月調査の次は67年10月調査の支持率が掲載さ れている。その間の数値が省略されているのは、 政党支持質問が「いま総選挙があったら」という 枕詞つきのものであったからであろう(例えば、 前掲『読売』1963年10月15日)。
 なお、朝日新聞と毎日新聞の世論調査は四半 期に一度か隔月程度の頻度で行われていたが、 読売新聞は1978年3月から月例調査を開始し(読 売新聞社 1994, 442-446)、そのことを紙面に おいても大きく紹介している(「世論調査を毎月 実施」『読売』1978年3月11日)。内閣支持・政 党支持の質問共に、月例化した同社の世論調査 に基本的に引き継がれているが、政党支持質問 は「いま、あなたは、何党を支持していますか」 (1995年2月調査まで)から、「いま、あなたは、 どの政党を支持していますか」(1993年11月調 査から)へと、変更されている。1993年11月か ら1995年2月までの期間は2つの質問が混在し ているが、その理由は良くわからない。
 各社の戦後初期から60年代にかけての世論調 査を見ると、最初は特定主題への特集として世 論調査が行われ、そのなかの1つに、内閣や政 党に関する調査があったに対して、徐々に内閣 支持と政党支持を中心に据えて世論調査を定期 的に実施する体制が形成されたように思われる。

(2)選挙情勢調査・選挙予測
 アメリカのギャラップの例を見てもわかるよ うに、政治についての世論調査と選挙予測との 間には密接な関係がある。日本の新聞社の世論 調査も例外ではなく、「元々、報道機関の世論調 査は読者の意向を反映してか、政党の評価や支 持など政治問題に関するテーマが多く、調査手 法の確立にともない報道各社の関心は、選挙の 獲得議席数を予測する「選挙予測調査」の実施に 向かったのは自然の流れ」(福島 2007, 36)で あった。
 ただし、各社が選挙情勢調査を開始した時期 は異なっており、朝日新聞は1955年衆院選で全 国118選挙区から49選挙区を選んで選挙情勢調 査を実施した(林・高倉 1964; 朝日新聞社世論 調査室 1976)。1956年には参議院でも10の地 方区を選ぶ情勢調査を行っている。全選挙区を 対象とした情勢調査を開始したのは1958年衆 院選からである(『朝日』1958年5月19日)。参 院選は翌1959年で全選挙区を対象とした情勢 調査を開始している(『朝日』1959年5月31日)。 毎日新聞が初めて情勢調査を行ったのは1962年参院選であるが(毎日新聞社 2002)、その時 は20の地方区に限定して調査を行っている。63年の衆院選からは全ての選挙区で情勢調査を行 うようになった(西平 2007)。
 読売新聞も1963年衆院選(読売新聞社 1994,442-446)から全選挙区を対象とした情勢調査 を開始している(『読売』1963年11月9日)。なお、 紙面で確認できる限り、それ以降の国政選挙で 事前情勢調査が行われているが、1969年衆院選 では情勢調査を実施していない(日本世論調査協 会 1970)。
 世論調査の実施体制の確立が、どの程度、安 定した政党システムの定着と関連していたかは 議論の余地が大いにあるが、政党システムの定 着と、内閣支持・政党支持を中心にした世論 調査の運営が同じ時期に生じたことは事実であ る。選挙情勢調査の精度は、定例世論調査の品 質を測るベンチマークであり(吉田 2008, 第5章)、また母集団の値が明らかになることから調 査の妥当性を検証する機会と考えられた(西平 1981)。政党システムが不安定であれば、過去 のデータに基づき将来を予測することは難しく なるので、選挙予測の発達は、政党システムの 安定により促進された面があるだろう。

3 .模索期・過渡期としての1990年代
 1980年代までは、今から考えると、世論調査 の実施は順調であったように思われる。読売新 聞の月例世論調査を例にすると、1980年代は 71.2~75.6%の回収率を誇っていた。しかしな がら、90年代には90年の71.8%から1999年 の65.6%まで持続的に低下した(寉田 2008)。 その他にも、住民基本台帳の閲覧が難しくなっ たことや、調査に要する人件費の上昇など、訪 問面接調査を実施するための環境は徐々に悪化 していた。それらの困難に対応する方法として、 それまではあまり利用されていなかった電話調 査が代替的方法として注目されることになった (柳井 1990)。
 ただし、電話調査を最初に大規模に運用した のは、朝日・毎日・読売のいずれでもなく、日 本経済新聞である。時間は前後するが、1986年 衆参同日選挙時に16000人を対象に電話調査を 実施したのを契機に、翌1987年9月から3カ月 に一度の「日経一万人電話調査」として定例化さ せている(岡崎 2009)。他社と異なり、訪問面 接調査実施を経ることなく、最初から電話調査 で開始している点が特徴的である。なお、電話 調査を始めた頃は四半期に一度、1万人に対し て調査を行っていたが、1993年6月からは隔月 3000人に変化した(鈴木 2005; 岡崎 2009)。 日経テレコンで検索する限り、一万人調査は 1993年6月が最後であり、標本規模3000人の 電話調査は2002年6月まで行われた。
 読売は昭和天皇崩御の1989年1月に全国規 模の電話調査を初めて行い紙面化している(寉 田 2008)。毎日新聞が全国規模で電話調査を 行った結果を初めて紙面化したのは、イラクの クウェート侵攻(1990年8月)に関連して、国会 で国連平和協力法案が審議されていた同年10月 であった。電話帳を台帳として系統抽出が行わ れている(山本 1993)。朝日新聞が電話で調査 を行い、最初に紙面化したのは1990年11月で ある。この調査では、電話帳から直接抽出が行 われているが、これ以降の電話調査では選挙人 名簿から抽出した対象者について電話帳で番号 を照合する方法が用いられた(松田 1999)。
 各社の電話調査導入は、衆参同日選挙(日経)、 昭和から平成への改元(読売)、湾岸戦争(毎日・ 朝日)と、政治的な出来事を契機としている点が 特徴的である。ただし、政治状況そのものが調 査方法の変化を促したというよりは、社会調査 を巡る環境の変化から、試験的な調査等の準備 が積み重ねられていたものが、大きな政治的出 来事を契機として実際に導入されたというのが 実態に近いであろう。
 なお、定例の世論調査と同じく、1990年代に 選挙情勢調査の調査方法も訪問面接調査から電 話調査へと変化している。その理由は選挙制度改 革により、衆議院選挙区が130から300へと激増 したことによる(寉田 2002; 長江 2002)。朝日 新聞は、一足早く、1995年参院選の段階から電 話調査を導入しているが(『朝日』1995年7月19日)、1996年衆院選の段階で、全ての報道機関 が選挙情勢調査に電話調査を利用するようになっ た(今井 1997; 福島 2007)。ただし、読売新聞は、 選挙区の調査は電話、比例区は訪問面接調査と いう使い分けを暫く継続した(『読売』1996年10月16日、1998年7月8日、2001年7月24日)。

4.2000年代-Random Digit Dialing法の導入
 1990年前後にはまだコンピューターに乱数 を発生させて架電する番号を抽出するRandom Digit Dialing法(RDD法)を定期的にやって いる機関はなかったと思われるが、実験的調査 は行われていた(谷口 1996)。また、新聞各社 も知事選挙などの機会を利用して試験的なRDD 調査を実施していた。RDD法の導入の先陣を 切ったのは毎日新聞で、RDS(Random Digit Sampling)という名称で、1997年6月調査から 実施している(毎日新聞社 2002)3。その後、朝 日新聞が2001年4月小泉内閣成立時に、RDD 調査を定例調査として開始している。日本経済 新聞は、2002年8月からRDD法への切り替え を行った(鈴木 2005; 岡崎 2009)。読売新聞は、 月例調査を訪問面接で最後まで続けたが、それ も2008年9月の麻生内閣成立を画期にRDD法 に基づく電話調査に移行した。ただし、緊急調 査については2001年9月からRDD法による調 査を実施している(読売新聞世論調査部 2002)。 なお、RDD法へ移行した理由は、基本的に は電話帳非掲載者の補足が困難になり、標本に 歪みをもたらすと考えられたからである。具体 的な契機になったのは、朝日新聞社の場合は、 1998年参院選及び2000年衆院選挙における選 挙予測が大きく外れたことである(松田 2002;峰久 2010)。選挙情勢調査の方法をRDD法に 切り替えることを想定して、定例的な世論調査 も内閣の交代と合わせてRDD法へと切り替えら れたと考えられる。
 選挙情勢調査における調査方法がRDD法へ と切り替えられたのは、朝日新聞が2001年参院 選から(松田 2002)、毎日新聞が2003年衆院 選から(11月3日紙面)、読売新聞が2004年参 院選から(7月5日紙面)、そして日本経済新聞が 2007年参院選から(7月23日紙面)である。紙 面で確認できる限りでは、読売と日経は選挙情 勢調査を2010年参院選から合同で行っている (『日経』『読売』ともに2010年6月26日)4
 なお、各社の内閣支持質問と政党支持質問は 訪問面接の時代から基本的には変わっていない。 例外は、朝日新聞の政党支持質問で、訪問面接 の時の用いられた「好きな政党」ではなく、「あな たは、いま、どの政党を支持していますか」とい う質問がRDD調査では用いられている。読売新 聞の政党支持は1993年頃から使われている質 問がRDDでも用いられている。毎日新聞も質問 に変化はないと思われるが、紙面では、ある時 期から首相をフルネームではなく苗字のみで言 及するように変化している。日本経済新聞はそ の世論調査データアーカイブを確認する限り5、 内閣支持の質問に変化はないと思われる。政党 支持質問については、ハッキリとはわからない。

5.2010年代後半-Random Digit Dialingのデュアル・フレーム化
 情報通信技術の加速度的な変化、具体的には 携帯電話・スマートフォンの普及により、地上 回線をサンプリングするRDD法では補足でき ない人々の存在から生ずる標本のゆがみに対す る懸念が大きくなっていった。総務省が行って いる通信利用動向調査によれば、2009年まで は90%を辛うじて超えていた固定電話の世帯普 及率は2016年には72.2%まで落ち込んでいる。 一方、スマートフォンの世帯普及率は急激に上 昇し、2016年には71.8%に達している6。 特に、 若年層にはスマートフォンしか持たない人が多 く、彼らを補足できていないという批判が常に RDD調査に向けられてきた。
 携帯電話のRDDと地上回線のRDDの2つを 同時に行い、両者から母集団全体の数値を推計 するデュアル・フレーム方式については2010年 代半ばに報道機関各社が協力した実験的調査が 行われ(川本・小野寺 2015)、その後、徐々に 実施に移されている(福田 2017)。具体的な導 入であるが、2016年4月に読売新聞(4月4日 紙面)と日本経済新聞(5月2日紙面)が携帯も調 査対象に加えたことを記事で説明している。念 頭には、2016年7月の参院選から選挙権年齢が 18歳に引き下げられることがあったように思わ れる。同年7月には朝日新聞(7月4日紙面)が携 帯も対象に加えている。少し遅れて、2017年9月に毎日新聞(9月4日紙面)が携帯電話を調査 対象に加えた。サンプリングに限れば大きな変 化であるが、調査の運用と記事化について言え ば、固定電話RDDから大きな変化はない7
 固定電話と異なり携帯には市外局番がない。 電話番号から携帯所有者が居住している市区町 村はおろか都道府県すらわからないので、現段 階では、選挙情勢調査はデュアル・フレームでは なく、固定電話のみのRDD調査で行われている。

6 .終わりに変えて―調査方法とデータの記録を残す必要
 新しく調査を始めるときは、基本的に解説記 事、少なくとも調査方法に関する丁寧な説明が 紙面に掲載されることが多い。しかし、旧式の 調査が閉じられる際は、その旨の記述が新聞記 事になることはない。世論調査を巡る環境が社 会的・技術的に変化するのに合わせて調査方法 を変えることは合理的であるが、実際に切り替え を行う場合は、新しい方法の解説だけではなく、 旧式の方法について総括及び標本設計や質問紙 などの詳細を記録した文書の整理と保存、そし て磁気データの保存が重要になると思われる。
 なお、各新聞社の調査法の変遷については、 できるだけ原紙や複数の資料に基づき確認はし ているが、戦後初期のものはそもそも原紙から では詳細が判然としないものが多い。当事者の 回顧録も標本抽出の詳細まで踏み込んでいる記 述は少なく、歴史的事実を確定するのは容易で はない。紙幅の制約のためか、世論調査の質問 文は、導入の枕詞や、あるいは句読点が省略さ れて紙面に掲載されることも稀ではなく、紙面 上の文言の変化が、実際の変化を表しているの か、それとも、紙幅の関係で便宜的に変更され たのかも、外部からではわからないことがある。 また、新聞各社の態勢が整い、縮刷版・データベー スが完備された後の時期でも、内閣支持・政党 支持が尋ねられていない調査を筆者が見落とし ている可能性は十分にある。その意味で、本稿 は暫定的な資料と理解して頂きたい。
 今回議論できなかった、通信社及びテレビ局 の世論調査については、機会があれば、稿を改 めたい。


1http://www.stat.go.jp/data/kakei/1.htm#kakei_8
2http://www.stat.go.jp/data/roudou/3.htm
3なお、毎日新聞は1995年参院選直後にRDD調査を行い紙面化している(『毎日』1995年7月27日)。RDSではなくRDD と記載してあることから、おそらく、試験的に調査を行ったものではないかと思われる。この調査は、紙面に掲載されているにもかかわらず、内閣支持と政党政治の質問がないためか、社史にも資料類にも言及がない。
4福島(2010)の表1 や、紙面を見る限り、両社は2009 年衆院選から協力を開始したのではないかと思われる。
5https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/cabinet-approval-rating/
6http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/pdf/HR201600_001.pdf
7なお、読売・日経・毎日の3社は2016年4月に、朝日は2016年6月に調査対象年齢を18歳に引き下げた。


参考文献
○ Herbst, Susan. 1995. Numbered Voices : How Opinion Polling Has Shaped American Politics. Chicago: University of Chicago Press.
○ 相原 茂・鮫島 龍行(1971)『統計日本経済』筑摩書房。
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○ 岡崎 守恭(2009)「電話調査が「市民権」を得るまで : 日経世論調査の歩み」『日本世論調査協会報「よろん」』103巻26-29頁。
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○ 長江 一平(2002)「毎日新聞の第19回参議院選電話調査」『行動計量学』29巻1号、70-80頁。
○ 西平 重喜(1981)「世論調査の精度」『社会学評論』32巻1号、28-46頁。―――(2007)「毎日新聞が選挙予測を始め たころ」『日本世論調査協会報「よろん」』100巻42-43頁。
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【謝辞】 本研究はJSPS科研費 JP26285031の助成を受けたものです。