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■「中央調査報(No.734)」より

 ■ CSES(選挙制度の国際比較)調査-その目的と意義-

山田 真裕(関西学院大学)


1 . はじめに
 The Comparative Study of Electoral Systemsという国際共同プロジェクトがある(以下CSESと略 称)。このプロジェクトは国政選挙を対象に、多国間で共通な枠組による調査を有権者に対して実施 するとともに、多国間比較を可能にするために各国の制度や経済指標などの情報を併せてマクロ・ データとして加える形でデータセットを提供するものである。このプロジェクトは1994年8月に 始まり、4回にわたる調査を行ない、現在は5回目の調査が各国で進行中である。このプロジェクト には基本的に各国の選挙調査(National Election Studies)チームが参加している。各回の参加国数は 第1期(Module 1、1996-2001年)34、第2期(Module 2、2001-2006年)38、第3期(Module 3、 2006-2011年)41、第4期(Module 4、2011-2016年)39となっている。そしてこれらのデータ セットを用いた研究はCSESのウエブサイトによれば、本ないし本の章として128点、刊行論文277 点、博士論文30点に上っている1
 日本はこれらすべての期に参加しており、第1期から第4期までのデータはCSESのサイトで公開さ れている2。また第5期(Module 5)の調査(2017年衆院選挙後調査)は2018年3月に中央調査社の協 力を得て完了している3。この調査は有権者名簿から2段階無作為抽出した標本に対して2018年1月 12日から2月1日の間に面接調査で行われた4。標本数3000に対して回収できた回答は1544件(回 答率は51.5%)である。また面接に協力を得られなかった標本のうち609件に調査票を郵送し144件 から回答を得た5。本稿ではこの面接調査回答者を対象にして得られた知見をいくつかご案内したい。

2 . ポピュリズムと日本
 CSESは各期に調査の基軸となるテーマが存 在する。第5期のそれはポピュリズムである。 ポピュリズムは大衆主義や人民主義と訳された りもするが、基本的にはエリート支配に対する 不信に基づいて既成政党を批判する一方、人民 の意思を体現するカリスマ的なリーダーによっ てそのようなエリート支配を覆そうという政治 運動として理解できる6
 無党派層の増加、投票率の低下という傾向自 体は以前より先進民主主義国において見られた が、近年における排外主義の高まりは右翼的な ポピュリスト政党の躍進を生み、それぞれ代 表的な民主主義国家とみなされてきたイギリス においてはBREXIT(ブレグジット)と呼ばれる EUからの離脱、アメリカにおいてはドナルド・ トランプ大統領の誕生をもたらしたと考えられ ている。その背景にはこれまで国民の選好を政 策に反映させてきた政党による利益媒介機能の 低下に対する国民の不信があるとみられる。ま たBREXITもトランプの大統領当選も得票結果 としては僅差であり7 、民主主義体制のもとで 国民同士の対立と分断が進んでいることへの憂 慮が研究者の中で共有されている8
 翻って日本の政治状況を顧みれば、ポピュリ ズムという言葉は小泉純一郎首相や橋下徹大阪 府知事・大阪市長による政治手法を表現する際 にしばしば使われてきた9。一方、2012年か ら続く安倍晋三内閣に対してポピュリズムとい う形容詞が使われることはあまりないようであ る。ただし安倍政権の支持者に見られるナショ ナリズムや愛国主義に、ヨーロッパの排外主義 的右翼政党と共通する部分を指摘する向きもあ る。ポピュリズムは多くの場合政党リーダーな ど政治指導者の政治手法に対して向けられる呼 称であるが、それが民主主義国家において一定 の政治力を持つためには有権者からの支持が不 可欠である。
 有権者に対する調査によって有権者がポピュ リズムに対して有する態度をどのように測定す るかという課題に対して、CSES は3つのテー マを測定することで対応しようとしている。そ れらは(1)政治エリートへの態度、(2)代表制 民主主義と多数支配への態度、(3)外集団への 態度、である10。すなわちポピュリズムに共鳴 する人々は、既成政党のリーダーなどの政治家 に対して、さらにそうした政治家に権力を持た せる選挙制度や政治制度に対して不信感を有す るとともに、自分たち以外の集団(外集団)に対 して排他的な態度をとるであろうということで ある。CSESとしてはこのような要素について データを集積し国際比較を行うことで、どのよ うな要因がポピュリズムを生み出したり、抑制 したりするのかについて研究を深めていくこと を目指している。
 CSES 第5期のデータは未公開なので、ここ では我々が持っている日本データのみを用いて これらのポピュリズム指標に見られる日本を確 認してみよう。(1)政治エリートへの態度と(2) 代表制民主主義と多数支配への態度についての 設問(Q10)は、以下の7つの文に対する賛否 を「強く賛成する」「やや賛成する」「賛成でも反 対でもない」「やや反対する」「強く反対する」の 5段階で回答してもらうものである。それら7 つの文とは、Q10(a)「 政治において妥協と人々 が呼ぶものは、実際には自分たちの原則を売り 渡すことである」、Q10(b)「 たいていの政治家 は国民のことなど考えていない」、Q10(c)「た いていの政治家は信用できる」、Q10(d)「政 治家が日本における大きな問題である」、Q10 (e)「たとえリーダーが物事をなしとげるため にルールを曲げるとしても、強いリーダーを持 つことは日本にとって有益である」、Q10(f)「政 治家ではなく、国民が最も重要な政策決定を行 うべきである」、Q10(g)「たいていの政治家 が気にしているのは、裕福で力のある人々の利 益だけである」、である。これらQ10(a)から Q10(g)のうち、(1)政治エリートへの態度を 測定しているのがQ10(b)(c)(d)(g)であり、 (2)代表制民主主義と多数支配への態度を測定 するのがQ10(a)(e)(f)ということになる。
 また(3)外集団への態度については、設問 Q11において提示される5つの文に対してや はり同様に「強く賛成する」「やや賛成する」「賛 成でも反対でもない」「やや反対する」「強く反 対する」の5段階で回答してもらうことで測定 している。5つの文とは、Q11(a) 「マイノリ ティは日本の習慣や伝統に適応すべきである」、 Q11(b)「 多数派の意志は、たとえマイノリティ の権利を制約するとしても、常に優先されるべ きである」、Q11(c)「 全体として外国人移住者 は日本の経済にとって有益である」、Q11(d)「全 体として日本の文化は外国人移住者によって損 なわれている」、Q11(e)「 外国人移住者は日本 の犯罪率を増加させる」、である。
 これらの設問における回答の分布を表1から 表3にまとめた。表1はそれらのうち政治エリー トへの態度に対する回答の分布について見たも のである。Q10(b)「たいていの政治家は国民 のことなど考えていない」では「強く賛成する」 「やや賛成する」を合わせると50%を超える。ま たQ10(c)「たいていの政治家は信用できる」に おいては「やや反対する」「強く反対する」を合 わせるとやはり50%を超えている。Q10(d)「政 治家が日本における大きな問題である」に至っ ては「強く賛成する」「やや賛成する」を合わせ ると60%以上となっている。Q10(g)「たいて いの政治家が気にしているのは、裕福で力のあ る人々の利益だけである」においても「強く賛成 する」「やや賛成する」を合わせると50%を超え る。つまり総じて政治家に対する不信が広く共 有されていることがわかる。

表1 政治エリートへの態度

 これに対して表2は代表制民主主義と多数支 配への態度を尋ねた3項目における回答の分布 を示したものである。Q10(a)「政治において 妥協と人々が呼ぶものは、実際には自分たち の原則を売り渡すことである」においては、「賛 成でも反対でもない」という回答が最も多く 57.9%を占めているが、賛否を比較すると賛成 の方がやや多い。Q10(e)「たとえリーダーが 物事をなしとげるためにルールを曲げるとして も、強いリーダーを持つことは日本にとって有 益である」においては半数弱が「強く賛成する」 「やや賛成する」のいずれかを選んでいるのに対 して、「やや反対する」「強く反対する」を選んで いるのはあわせて1割強に過ぎない。このこと は表1で示された政治家不信と考えると興味深 い。今いるたいていの政治家に対して有権者全 体としては強い不信を有していても、一方で時 としてルールさえ曲げてしまうような強いリー ダーを待望している有権者が半数近く存在して いることを示唆しているからである。これは手 続きとしての民主主義よりもカリスマ的なリー ダーに期待する向きの強さを示しており、日本 の有権者においてはポピュリズムに対する耐性 があまり強くないことを示しているように受け 取れる。一方、Q10(f)「政治家ではなく、国 民が最も重要な政策決定を行うべきである」に おいては、半数以上が賛意を示している。国家 の重要な意思決定に対して国民のより直接的な 関与を求める考え方はポピュリズムの一要素で あり、日本の有権者にもそうした性向が含まれ ていることが、この結果からわかる。
表2 代表制民主主義と多数支配への態度

 表3は外集団への態度の分布を示している。 ここでの5項目すべてにおいて「賛成でも反対 でもない」という回答が最も多いことをまず確 認したうえで、個別の項目における分布を見よ う。Q11(a)「マイノリティは日本の習慣や伝 統に適応すべきである」においては賛成側4割 弱、反対側2割弱で賛成側の方が明確に多い。 ただし、「賛成でも反対でもない」との回答が 45.4%であり、賛成側、反対側の双方を上回る。 Q11(b)「多数派の意志は、たとえマイノリティ の権利を制約するとしても、常に優先されるべ きである」では賛成側も反対側も2割程度で大差 はなく、双方とも「賛成でも反対でもない」とい う回答の46.0%には及ばない。Q11(c)「全体 として外国人移住者は日本の経済にとって有益 である」においてはやはり最も多い回答は「賛成 でも反対でもない」だが、「強く賛成する」「やや 賛成する」を合わせた選択率はこれと大差ない。 一方で反対しているのは15%ほどに過ぎない。 Q11(d)「全体として日本の文化は外国人移住 者によって損なわれている」に対する賛否は明 らかに反対側が多い(約43%)。また、Q11(e) 「外国人移住者は日本の犯罪率を増加させる」に おいては「強く賛成する」「やや賛成する」をあ わせると37.2%となり、これは「賛成でも反対 でもない」の37.5%とほぼ同じくらいである。 つまり外国人移住者に対する不信と警戒は日本 人有権者の中で一定程度存在しているとみられ る。
表3 外集団への態度


3 . 安倍内閣評価とポピュリズム
 ではこうした態度は安倍内閣に対する評価と 関連しているのだろうか。それを確認するた めに、第3次安倍内閣に対する業績評価とこれ らポピュリズム関連指標との関連性をCHAID (Chi-squared Automatic Interaction Detection) という手法によって分析した。第3次安倍内閣 の業績に対する評価は「とてもよくやってきた」 「よくやってきた」「悪かった」「とても悪かっ た」の4点尺度で測定されている11。CHAIDは、 複数の説明変数(ここではポピュリズム指標) と被説明変数(ここでは安倍内閣の業績に対す る評価)との間クロス表分析を行い、最も高い カイ自乗値を示す説明変数によって標本を分割 することで、標本内の特徴ある集団を浮かび上 がらせる手法である。その際、説明変数におい て有意差のないカテゴリーを結合する。それに よって相対的にシンプルなクロス集計表を生み 出す12図1はそのCHAID分析の最初の標本 分割を示したものである。
図1 安倍内閣評価とポピュリズム

 図1の最も左の箱(ノード1)は第3次安倍内 閣の業績評価の分布を示している。すなわち「と てもよくやってきた」という回答が6.7%(96 件)、「よくやってきた」60.7%(872件)、「悪かっ た」27.5%(396件)、「とても悪かった」5.1% (74件)で、すべての有効回答件数が1439件あ る。これがQ10(e)「たとえリーダーが物事を なしとげるためにルールを曲げるとしても、強 いリーダーを持つことは日本にとって有益で ある」に対する回答によってノード2からノー ド5に4分割されている。ノード2はQ10(e) について「強く賛成する」と回答した集団(207 件、全体の14.4%)である。ここでは全体(ノー ド1)よりも安倍内閣の業績に対する評価が高 めで、「とてもよくやってきた」という回答が 15.5%(32件)、「よくやってきた」63.3%(131 件)となっている。ノード3はQ10(e)につい て「やや賛成する」と回答した集団で、全体のう ち36.9%(531件)を占めている。このノード 3における安倍内閣の業績評価における回答分 布は全体(ノード1)よりもやや高評価の割合が 高めであるが。ノード2ほど大きな差ではない。 ノード4にはQ10(e)において「賛成でも反対 でもない」と答えた集団と「やや反対する」と答 えた集団の双方が含まれている13。このノード4には全体の40.2%にあたる579件が分類され ている。このノード4における安倍内閣の業績 評価の回答分布は、全体(ノード1)のそれと大 きな差がない。図中一番下のノード5はQ10(e) で「強く反対する」と答えた集団であるが、ここ には全体のうち8.5%にあたる122件が含まれ ている。このノード5が安倍内閣の業績に対し て最も厳しい評価をしている集団で、肯定的な 評価が3割強しかない。つまりこの図から、総 じてQ10(e)に賛成であるほど、安倍内閣の業 績に対する評価が良く、反対であるほど悪いと いう傾向が明確に見て取れる。時にルールさえ 曲げる強いリーダーを求める志向は、民主主義 の制度に対する信頼とは相反するものである。 その意味において、調査時点における第3次安 倍内閣への業績評価にはポピュリズム的側面が 含まれているとみてよいだろう14

4 . まとめ ― 国際比較調査の意義
 以上、我々が収集したCSES第5期日本デー タについて、少しばかりの知見を紹介した。こ のようなデータが現在世界各国で収集され、1 つのデータセットとして供されようとしてい る。それを分析することで我々は各国有権者に おけるポピュリズムの進展状況を目の当たりに することができるのみならず、そこに存在する 共通の要素と、各国固有の要素を確認すること ができる。また国や地域を測定単位とするマク ロ・データと組み合わせることにより、制度的 要因がポピュリズムに対してどのように働くの かを分析することができる。こうしたメリット こそ、国際比較調査に基づくデータを分析する ことの意義である。
 筆者はこのような研究プロジェクトに関わる ことで多くの学びを得ている。例えば各国の調 査事情などについて、その地域を専門に研究し ている研究者に直接教示を乞えることの利点は 大きい。このプロジェクトへの参加により多種 多様な国を対象とする研究者と面識を得、情報 交換を行う中で、各国が様々な制約の下ででき るだけ質の高いデータを生み出すために奮闘し ていることをあらためて感じる。さらに研究者 間の国境を越えた連帯感も生じる。何より我々 の作り出すデータに基づく知見が多く発表され ることは無上の喜びである。筆者としては役割 を引き継いでくれる次世代の研究者にバトンを 渡すためにも、残された任期を全うしたいと考 えている。


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1http://www.cses.org/resources/results/results.htmを2018年11月24日に確認。
2第1期と第2期は西澤由隆(同志社大学教授)、第3期と第4期は池田謙一(当時東京大学教授、現在同志社大学教授)、第5期と第6期は筆者が企画委員として名を連ねている。
3この調査は日本学術振興会基盤研究(A)の助成を受けて行われた(https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-17H00971/)。研究代表者は筆者、研究分担者は前田幸男(東京大学教授)、日野愛郎(早稲田大学教授)、松林哲也(大阪大学准教授)である。現在はこのデータを用いた論文の作成と、データの公開に向けた作業を進めている。
4CSESは面接調査を標準としているが、各国の事情で面接調査よりも良質なデータを得られると判断できる際にはそれ以外のデータ収集方法(電話、郵送、ネットなど)も許容されている。
5なお郵送調査では、面接調査に含まれている日本固有の設問は除かれている。
6ミュデとカルトラッセルはポピュリズムを、社会が究極的に「汚れなき人民」と「腐敗したエリート」という敵対する二つの均質な陣営に分かれると考え、政治とは人民の一般意志を表わすものであるべきだと論じるイデオロギーとして定義している(カス・ミュデ ,クリストバル・ロビラ・カルトワッセル(永井大輔,髙山裕二訳)『ポピュリズム:デモクラシーの友と敵』白水社、2018年)。
7なお、トランプは有権者の投票数において対立候補であるヒラリー・クリントンのそれを下回っている。それぞれの獲得票数はトランプ62,979,636、ヒラリー65,844,610である。アメリカ大統領選挙は州の選挙人を勝者が総取りし、獲得した選挙人の多さによって当選者が決まるため、当選者の獲得票数が落選者のそれを下回ることが時に起こる。
8CSES第5期のコンセプトを定めた論文のタイトルは“Democracy Divided? People, Politicians, and the Politics of Populism”(邦訳すると「民主主義の分断?人民、政治家とポピュリズムの政治」)である(http://www.cses.org/plancom/module5/CSES5_ContentSubcommittee_FinalReport.pdf)。
9例えば大嶽秀夫『小泉純一郎 ポピュリズムの研究-その戦略と手法』東洋経済新報社、2006年、中井歩「ポピュリズムと地方自治 学力テストの結果公表をめぐる橋下徹の政治手法を中心に」新川敏光編『現代日本政治の争点』法律文化社、2013年、93-144頁。
10外集団(out-groups)とは、自分と競争し対立していると感じる他者や集団であり、敵意や闘争の対象と目される存在である。
11具体的な設問文は以下である。「それでは、安倍内閣の業績全般についてうかがいます。あなたは2014 年(平成26 年)の衆議院選挙後に成立した第3次安倍内閣はこれまでの3年間よくやってきたと思いますか。」
12分析にはIBM SPSS Statistics 24を用いた。IBM社によるCHAIDの資料として、ftp://ftp.software.ibm.com/software/analytics/spss/support/Stats/Docs/Statistics/Algorithms/13.0/TREE-CHAID.pdfを参照。
13CHAIDは説明変数において有意差のないカテゴリーを結合する。
14なお実際の分析においてノード3とノード4は、Q10(c)「たいていの政治家は信用できる」及びQ10(d)「政治家が日本における大きな問題である」への回答によってそれぞれ再分割されているが、紙幅の関係もあるためここでは省略している。