■ CSES(選挙制度の国際比較)調査-その目的と意義-
山田 真裕(関西学院大学) 1 . はじめに これに対して表2は代表制民主主義と多数支 配への態度を尋ねた3項目における回答の分布 を示したものである。Q10(a)「政治において 妥協と人々が呼ぶものは、実際には自分たち の原則を売り渡すことである」においては、「賛 成でも反対でもない」という回答が最も多く 57.9%を占めているが、賛否を比較すると賛成 の方がやや多い。Q10(e)「たとえリーダーが 物事をなしとげるためにルールを曲げるとして も、強いリーダーを持つことは日本にとって有 益である」においては半数弱が「強く賛成する」 「やや賛成する」のいずれかを選んでいるのに対 して、「やや反対する」「強く反対する」を選んで いるのはあわせて1割強に過ぎない。このこと は表1で示された政治家不信と考えると興味深 い。今いるたいていの政治家に対して有権者全 体としては強い不信を有していても、一方で時 としてルールさえ曲げてしまうような強いリー ダーを待望している有権者が半数近く存在して いることを示唆しているからである。これは手 続きとしての民主主義よりもカリスマ的なリー ダーに期待する向きの強さを示しており、日本 の有権者においてはポピュリズムに対する耐性 があまり強くないことを示しているように受け 取れる。一方、Q10(f)「政治家ではなく、国 民が最も重要な政策決定を行うべきである」に おいては、半数以上が賛意を示している。国家 の重要な意思決定に対して国民のより直接的な 関与を求める考え方はポピュリズムの一要素で あり、日本の有権者にもそうした性向が含まれ ていることが、この結果からわかる。 表3は外集団への態度の分布を示している。 ここでの5項目すべてにおいて「賛成でも反対 でもない」という回答が最も多いことをまず確 認したうえで、個別の項目における分布を見よ う。Q11(a)「マイノリティは日本の習慣や伝 統に適応すべきである」においては賛成側4割 弱、反対側2割弱で賛成側の方が明確に多い。 ただし、「賛成でも反対でもない」との回答が 45.4%であり、賛成側、反対側の双方を上回る。 Q11(b)「多数派の意志は、たとえマイノリティ の権利を制約するとしても、常に優先されるべ きである」では賛成側も反対側も2割程度で大差 はなく、双方とも「賛成でも反対でもない」とい う回答の46.0%には及ばない。Q11(c)「全体 として外国人移住者は日本の経済にとって有益 である」においてはやはり最も多い回答は「賛成 でも反対でもない」だが、「強く賛成する」「やや 賛成する」を合わせた選択率はこれと大差ない。 一方で反対しているのは15%ほどに過ぎない。 Q11(d)「全体として日本の文化は外国人移住 者によって損なわれている」に対する賛否は明 らかに反対側が多い(約43%)。また、Q11(e) 「外国人移住者は日本の犯罪率を増加させる」に おいては「強く賛成する」「やや賛成する」をあ わせると37.2%となり、これは「賛成でも反対 でもない」の37.5%とほぼ同じくらいである。 つまり外国人移住者に対する不信と警戒は日本 人有権者の中で一定程度存在しているとみられ る。 3 . 安倍内閣評価とポピュリズム ではこうした態度は安倍内閣に対する評価と 関連しているのだろうか。それを確認するた めに、第3次安倍内閣に対する業績評価とこれ らポピュリズム関連指標との関連性をCHAID (Chi-squared Automatic Interaction Detection) という手法によって分析した。第3次安倍内閣 の業績に対する評価は「とてもよくやってきた」 「よくやってきた」「悪かった」「とても悪かっ た」の4点尺度で測定されている11。CHAIDは、 複数の説明変数(ここではポピュリズム指標) と被説明変数(ここでは安倍内閣の業績に対す る評価)との間クロス表分析を行い、最も高い カイ自乗値を示す説明変数によって標本を分割 することで、標本内の特徴ある集団を浮かび上 がらせる手法である。その際、説明変数におい て有意差のないカテゴリーを結合する。それに よって相対的にシンプルなクロス集計表を生み 出す12。図1はそのCHAID分析の最初の標本 分割を示したものである。 図1の最も左の箱(ノード1)は第3次安倍内 閣の業績評価の分布を示している。すなわち「と てもよくやってきた」という回答が6.7%(96 件)、「よくやってきた」60.7%(872件)、「悪かっ た」27.5%(396件)、「とても悪かった」5.1% (74件)で、すべての有効回答件数が1439件あ る。これがQ10(e)「たとえリーダーが物事を なしとげるためにルールを曲げるとしても、強 いリーダーを持つことは日本にとって有益で ある」に対する回答によってノード2からノー ド5に4分割されている。ノード2はQ10(e) について「強く賛成する」と回答した集団(207 件、全体の14.4%)である。ここでは全体(ノー ド1)よりも安倍内閣の業績に対する評価が高 めで、「とてもよくやってきた」という回答が 15.5%(32件)、「よくやってきた」63.3%(131 件)となっている。ノード3はQ10(e)につい て「やや賛成する」と回答した集団で、全体のう ち36.9%(531件)を占めている。このノード 3における安倍内閣の業績評価における回答分 布は全体(ノード1)よりもやや高評価の割合が 高めであるが。ノード2ほど大きな差ではない。 ノード4にはQ10(e)において「賛成でも反対 でもない」と答えた集団と「やや反対する」と答 えた集団の双方が含まれている13。このノード4には全体の40.2%にあたる579件が分類され ている。このノード4における安倍内閣の業績 評価の回答分布は、全体(ノード1)のそれと大 きな差がない。図中一番下のノード5はQ10(e) で「強く反対する」と答えた集団であるが、ここ には全体のうち8.5%にあたる122件が含まれ ている。このノード5が安倍内閣の業績に対し て最も厳しい評価をしている集団で、肯定的な 評価が3割強しかない。つまりこの図から、総 じてQ10(e)に賛成であるほど、安倍内閣の業 績に対する評価が良く、反対であるほど悪いと いう傾向が明確に見て取れる。時にルールさえ 曲げる強いリーダーを求める志向は、民主主義 の制度に対する信頼とは相反するものである。 その意味において、調査時点における第3次安 倍内閣への業績評価にはポピュリズム的側面が 含まれているとみてよいだろう14。 4 . まとめ ― 国際比較調査の意義 以上、我々が収集したCSES第5期日本デー タについて、少しばかりの知見を紹介した。こ のようなデータが現在世界各国で収集され、1 つのデータセットとして供されようとしてい る。それを分析することで我々は各国有権者に おけるポピュリズムの進展状況を目の当たりに することができるのみならず、そこに存在する 共通の要素と、各国固有の要素を確認すること ができる。また国や地域を測定単位とするマク ロ・データと組み合わせることにより、制度的 要因がポピュリズムに対してどのように働くの かを分析することができる。こうしたメリット こそ、国際比較調査に基づくデータを分析する ことの意義である。 筆者はこのような研究プロジェクトに関わる ことで多くの学びを得ている。例えば各国の調 査事情などについて、その地域を専門に研究し ている研究者に直接教示を乞えることの利点は 大きい。このプロジェクトへの参加により多種 多様な国を対象とする研究者と面識を得、情報 交換を行う中で、各国が様々な制約の下ででき るだけ質の高いデータを生み出すために奮闘し ていることをあらためて感じる。さらに研究者 間の国境を越えた連帯感も生じる。何より我々 の作り出すデータに基づく知見が多く発表され ることは無上の喜びである。筆者としては役割 を引き継いでくれる次世代の研究者にバトンを 渡すためにも、残された任期を全うしたいと考 えている。 ――――――――――― 1http://www.cses.org/resources/results/results.htmを2018年11月24日に確認。 2第1期と第2期は西澤由隆(同志社大学教授)、第3期と第4期は池田謙一(当時東京大学教授、現在同志社大学教授)、第5期と第6期は筆者が企画委員として名を連ねている。 3この調査は日本学術振興会基盤研究(A)の助成を受けて行われた(https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-17H00971/)。研究代表者は筆者、研究分担者は前田幸男(東京大学教授)、日野愛郎(早稲田大学教授)、松林哲也(大阪大学准教授)である。現在はこのデータを用いた論文の作成と、データの公開に向けた作業を進めている。 4CSESは面接調査を標準としているが、各国の事情で面接調査よりも良質なデータを得られると判断できる際にはそれ以外のデータ収集方法(電話、郵送、ネットなど)も許容されている。 5なお郵送調査では、面接調査に含まれている日本固有の設問は除かれている。 6ミュデとカルトラッセルはポピュリズムを、社会が究極的に「汚れなき人民」と「腐敗したエリート」という敵対する二つの均質な陣営に分かれると考え、政治とは人民の一般意志を表わすものであるべきだと論じるイデオロギーとして定義している(カス・ミュデ ,クリストバル・ロビラ・カルトワッセル(永井大輔,髙山裕二訳)『ポピュリズム:デモクラシーの友と敵』白水社、2018年)。 7なお、トランプは有権者の投票数において対立候補であるヒラリー・クリントンのそれを下回っている。それぞれの獲得票数はトランプ62,979,636、ヒラリー65,844,610である。アメリカ大統領選挙は州の選挙人を勝者が総取りし、獲得した選挙人の多さによって当選者が決まるため、当選者の獲得票数が落選者のそれを下回ることが時に起こる。 8CSES第5期のコンセプトを定めた論文のタイトルは“Democracy Divided? People, Politicians, and the Politics of Populism”(邦訳すると「民主主義の分断?人民、政治家とポピュリズムの政治」)である(http://www.cses.org/plancom/module5/CSES5_ContentSubcommittee_FinalReport.pdf)。 9例えば大嶽秀夫『小泉純一郎 ポピュリズムの研究-その戦略と手法』東洋経済新報社、2006年、中井歩「ポピュリズムと地方自治 学力テストの結果公表をめぐる橋下徹の政治手法を中心に」新川敏光編『現代日本政治の争点』法律文化社、2013年、93-144頁。 10外集団(out-groups)とは、自分と競争し対立していると感じる他者や集団であり、敵意や闘争の対象と目される存在である。 11具体的な設問文は以下である。「それでは、安倍内閣の業績全般についてうかがいます。あなたは2014 年(平成26 年)の衆議院選挙後に成立した第3次安倍内閣はこれまでの3年間よくやってきたと思いますか。」 12分析にはIBM SPSS Statistics 24を用いた。IBM社によるCHAIDの資料として、ftp://ftp.software.ibm.com/software/analytics/spss/support/Stats/Docs/Statistics/Algorithms/13.0/TREE-CHAID.pdfを参照。 13CHAIDは説明変数において有意差のないカテゴリーを結合する。 14なお実際の分析においてノード3とノード4は、Q10(c)「たいていの政治家は信用できる」及びQ10(d)「政治家が日本における大きな問題である」への回答によってそれぞれ再分割されているが、紙幅の関係もあるためここでは省略している。 |