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■「中央調査報(No.735)」より

 ■ 2019年の展望-日本の政治 -夏の参院選、政権の運命左右-

時事通信社 政治部デスク 国木田 龍也


 2019年の国内政治は、夏の参院選が今後の安倍政権の行方を占う最大のヤマ場となる。選挙 結果は安倍晋三首相が目指す憲法改正や政権運営を左右しそうで、与野党の激しい激突が予想さ れる。首相は北方領土問題や北朝鮮による日本人拉致問題などの懸案も抱えており、引き続き正 念場が続く。

◇議席減に危機感
 通常国会は1月28日に召集され、参院選は「7 月4日公示―同21日投開票」の日程が有力だ。公 職選挙法の規定により、召集が1月23 ~ 29日 の場合、会期が延長されなければ、参院選はこ の日程で行われる。公選法改正による参院定数 6増(改選ごとに3ずつ)を受け、今回の改選議席 は3増の124。非改選議席(121)と合わせると 全議席は245となる。過半数の123議席をめぐ る争いが中心となるが、首相の命運を左右する とみられる議席ラインは大きく見て三つある。
 一つは、憲法改正案の国会発議に必要な参院 定数(245)の3分の2(164)のラインだ。
 首相は自民、公明両党に加え、改憲勢力とみ なす野党の日本維新の会、希望の党との連携を 想定している。この枠組みで見ると、非改選は 自民党56、公明党14、維新6の計76。自公と改 憲勢力で3分の2を超えるには改選で計88が必 要となる。改選議席は自民党67、公明党11、維 新5、希望3の計86のため、一段の議席の上積 みが求められる。二つ目は与党で「改選過半数」 の確保だ。改選は124のため、自公両党で63を 得ればクリアする。公明党が改選の11を維持す れば、自民党は52が目標となる。最後は基本と なる過半数ライン。自公両党の非改選は合わせ て70なので、改選で計53を獲得すれば到達す る計算だ。公明党が改選議席を保つとすれば、 自民党は42が条件になる。
 では自民党が各ラインをクリアすることは可 能なのか。「簡単な戦いではない」と語るのは同 党関係者。というのも、改選議員が戦った13年 参院選は、自民党が12年の政権交代の余勢を 駆って大勝した選挙だったからだ。自民党内で は「今、当時の勢いはない。議席減は免れない」(幹 部)との危機感が広がっている。勝負のカギを握 るのは、32ある改選数1の1人区。13年は29勝 2敗(31選挙区)と圧勝したが、次の16年は21 勝11敗(32選挙区)と後退した。昨年の臨時国 会で与党は、外国人就労の拡大を図る改正出入 国管理法の採決を強行した。米軍普天間飛行場 (沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設に向けて、 地元の反対を押し切って埋め立て海域に土砂も 投入。安倍政権に対する風向き次第では波乱の 展開も予想される。
 今年の参院選が統一地方選と同じ年に行われ る12年に一度の「亥(い)年選挙」であることにも 着目する必要がありそうだ。4月の統一選の結果 は夏の参院選の傾向を占う。一方、自公両党の 地方組織が疲弊すれば、参院選でフル回転する のは難しくなるとの声がある。自民党参院関係 者は「地方議員は自分たちの選挙が終わると手を 抜くことがある」と語り、集票力が鈍る可能性を 指摘する。
 選挙結果が政局に与える影響を考えると、自 公両党と改憲勢力で「憲法改正ライン」に届かな かった場合、首相は自ら掲げた大きな目標を失 うことになる。自民党幹部は首相が改憲の旗を 下ろさない理由について「保守派の支持をつな ぎとめるため」でもあると明かす。改憲が遠のけ ば支持基盤が揺らぎかねない。改選過半数を維 持できるかどうかは、首相の求心力にかかわる。 特に首相が避けたいのは、参院での過半数割れ。 衆参の与野党の議席が逆転する「ねじれ」が生じ るためだ。厳しい国会運営を強いられ、政局が 流動化する事態も想定される。

◇衆参ダブルの臆測
 そこで改憲実現の芽を残し、政権の安定も図 る「首相の一手」として取り沙汰されているのが、 参院選と次期衆院選の同日選挙、いわゆる「衆参 ダブル選」だ。過去2回(1980年と86年)の同日 選で自民党は勝利している。首相は同日選につ いて「頭の片隅にもない」と否定している。ただ、 首相に近い自民党幹部は「何でもありだと思っ ていた方がいい」と語る。支持者のエネルギーが 分散することから同日選を嫌う公明党内でも「首 相はやりかねない」(関係者)との声が出ている。 野党内でも立憲民主党の枝野幸男代表は「解散 権を持つ内閣の長が常識的な判断をする方でな いことは分かっている」と警戒している。
 与野党でささやかれているのは、首相が北方 領土問題を含む日ロ平和条約締結交渉で「成果」 をアピールして衆院を解散、ダブル選に持ち込 むとのシナリオだ。一つのケースは、日ロの首脳、 外相による会談などで合意を積み上げた上で、 150日の会期内に解散するパターン。国会審議 で野党が政府方針に反対すれば、解散の大義に なり得るとの見方がある。もう一つは、6月28、 29両日に大坂で開催される20カ国・地域(G20) 首脳会議のため来日するロシアのプーチン大統 領と首脳会談を行い、領土問題に一定の道筋を 付けたとして解散するパターンだ。1月28日に 国会召集されるため、延長がなければ会期末は6 月26日。首相が日ロ首脳会談をまたいで小幅延 長する構えを見せれば、与野党の緊張は高まる。 通常国会ではダブル選をめぐり神経戦が展開さ れそうだ。

今後の主な動き

◇野党共闘の成否
 参院選では立憲など野党側の態勢構築がどこ まで進むかも全体の結果を左右する。12年の政 権交代以降、自民党が国政選挙で連勝を重ねて いるのは、野党各党が候補を乱立して政権批判 票を分散させてきたことも大きい。こうした反 省から立憲や国民民主党、共産党は今回、1人 区で候補を一本化させる方針だ。16年は共産党 が候補を取り下げるなどして、全ての1人区で自 民候補と野党統一候補の一騎打ちの構図を作り 出した。野党各党は今回も一本化の必要性では 一致している。
 ただ、調整は進んでいない。野党統一候補の めどが立っているのは、32の1人区のうち、熊本、 大分の2選挙区のみ。栃木、石川、長野、岐阜、 三重、滋賀、長崎、鹿児島の8選挙区は野党系 が競合したままだ。足踏みしている理由の一つ は、共闘に積極的な共産党が「相互推薦・支援」 を導入する本格的な選挙協力を求めているのに 対し、立憲、国民が消極姿勢を崩していないた めだ。共産党との連携が前面に出ることにより、 保守層の支持が離れることを懸念しているとみ られる。野党第1党である立憲の地方組織の設 立が47都道府県のうち、42にとどまっているこ とも影響しているようだ。残りの5県も多くは1 人区。地方に足場を持たなければ他党との協議 も進めにくい。
 四つある改選数2の2人区への対応に関しても、 立憲と国民のスタンスは異なる。立憲は全ての2 人区に候補を擁立する方針なのに対し、国民は ここでも一本化を主張。両党を支援する連合の 危機感は強い。もっとも、16年に当時の野党各 党が一本化に向けて踏み出したのは2月19日。「選 挙が近づけば収まるところに収まる」。野党から はこうした声も聞こえてくる。今後、擁立作業 が加速するか注目される。

◇改憲論議めぐり綱引き
 内政の第一の焦点は改憲の行方になろう。首 相は1月4日の記者会見で「国会で活発な議論が なされ、与党、野党といった政治的立場を超え、 できる限り広範な合意が得られることを期待し ている」と重ねて訴えた。自民党は通常国会で、 9条への自衛隊明記を含む党改憲案を衆参の憲 法審査会に提示し、これを突破口に改憲論議を 進めることを狙う。これに対し立憲など主要野 党は、9条改正を目指す首相と対立しており、改 憲論議に入ることに難色を示している。通常国 会がスタートすれば、3月末までは19年度予算 案の審議が優先され、4月には統一地方選、衆 院大阪12区、沖縄3区の2補欠選挙が待ち受ける。 5月以降は参院選が目前に迫り、与野党の対立は 一段と激化する見通しだ。静かな環境の中で論 議を進める雰囲気は醸成しにくく、通常国会中 に発議までこぎつけるのは難しい情勢だ。
 参院選で自公両党と改憲勢力が3分の2を確 保したとしても、議論が熟さないまま直ちに秋 の臨時国会で発議まで進む展開は想定しにくく、 自民党内には「発議は早くて来年の通常国会」と の見方が出ている。一方、3分の2に届かなかっ た場合、自民党は党内に改憲を容認する意見が ある国民の取り込みも視野に多数派工作を進め る構えだ。自民党の切り崩しが野党再編を誘発 する可能性もある。ほかにもデフレからの脱却、 10月の消費税増税、4月の外国人労働者の就労 拡大スタートなど課題は山積。最近では基幹統 計の一つである毎月勤労統計調査の一部が不正 な手法で行われていたことが判明した。政府の 信頼を揺るがす深刻な事態で、対応を誤れば政 権の支持に影響する危険もはらむ。

◇日ロ、前進図れるか
 外交では、首相が「戦後日本外交の総決算」と 位置付ける北方領土問題、日本人拉致問題で「結 果」を出せるかが課題だ。領土問題をめぐり、首 相とロシアのプーチン大統領は昨年11月の会談 で、1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交 渉を加速させることで一致。首相は22日にロシ ア・モスクワでプーチン氏と会い、領土問題の 解決、日ロ平和条約締結へ向けた交渉を進めた。
 ただ、会談では平和条約の条文化や、合意の 目標時期など具体的な成果は示せなかった。プー チン氏は会談後の共同記者発表で、今後の交渉 について「辛抱強さを擁する作業が待っている」 と述べ、長期化する可能性を示唆した。日ロは 2月にドイツで外相会談を行い、交渉を継続す るが、現状では首相が思い描くような6月の「大 筋合意」にたどり着ける雰囲気は出ていない。首 相は極東での経済活動をてこにプーチン氏の譲 歩を引き出したい考えだが、16年12月の山 口県長門市での日ロ首脳会談で打ち上げた北方 領土での「共同経済活動」の具体化は停滞。活動 の柱は海産物養殖や観光などだが、こうした事 業の前提となる双方の法的立場を害さない「特 別な制度」の設計をめぐる調整は難航している。 主権の在り方をめぐっても、今後の交渉の壁と なるのは間違いない。ロシアのラブロフ外相は 14日に行われた河野太郎外相との会談で、主 権に関する議論を拒否。さらに、北方領土が第 2次大戦で合法的にソ連領になったと認めるこ とが交渉の第一歩だと主張した。ソ連が領土を 不法占拠したとの日本の立場とは隔たりがあり、 歴史認識の溝も埋めていかなければ交渉は進ま ない。
 日ソ共同宣言を基礎に交渉を進めるとしたこ とで、首相の念頭には「歯舞・色丹2島の先行返還」 があるとの見方も広がる。ただ、国内には択捉・ 国後2島を含めた「4島一括返還」を望む声も根 強い。首相が2島先行で手を打った場合、国論 を二分する可能性もある。

◇拉致問題、動きなく
 拉致問題はピタリと動きを止めたままだ。昨 年6月の米朝首脳会談を受け、首相自ら北朝鮮 の金正恩朝鮮労働党委員長との会談に前向きな 考えを表明。拉致問題進展への期待が高まった が、その後に目に見える進展はなく、次第に機 運は低下。協力を見込む韓国との関係も悪化し ており、解決への道筋は見えていない。
 中国との関係は「正常な軌道に戻った」と日中 双方が認識。年内の習近平国家主席の来日を調 整している。沖縄県・尖閣諸島周辺への中国公 船の侵入や東シナ海でのガス田開発など懸案も 抱えるが、首相は改善基調を維持したい考えだ。
 一方、韓国との関係は悪化の一途をたどって いる。韓国側に起因する摩擦の「種」は挙げれば きりがないほどで、最近では韓国駆逐艦による 海上自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射問 題が勃発。さらに、韓国最高裁が元徴用工訴訟 で日本企業への賠償を命じたことを受け、韓国 地裁支部は日本企業の資産差し押さえを決定。 日本政府は韓国政府に対し協議を要請したが、 こうした反応について韓国内では「安倍首相が内 政干渉している」と批判する声も上がっており、 対立は泥沼の様相を呈している。
 日米間では新たな貿易協定交渉がスタートす る予定で、20年の大統領選で再選を目指すトラ ンプ大統領が対日圧力を強めてくることも考え られる。日本が守勢を強いられる展開も予想さ れ、首相にとって正念場となりそうだ。