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■「中央調査報(No.735)」より

 ■ 2019年の展望-日本の経済 -年後半に不透明感-

時事通信社 経済部デスク 清水 泰至


 2019年は日本経済にとって波乱の年となる公算が大きい。米国と中国の対立は貿易摩擦の域 を超えて拡大・長期化が避けられず、世界経済の重しとなるのは確実だ。先行きを暗示するかの ように、昨年末から株価は乱高下し、為替の円高リスクも高まっている。自動車や農産物をめぐ る日米の貿易協議、10月には消費税率10%への引き上げを控え、年後半の景気情勢に対する不 透明感はこれまでになく強い。

◇「逆資産効果」の懸念
 金融市場は18年秋以降、不安定さを増して いた。日経平均株価は同10月にバブル崩壊後の 1991年11月以来、実に26年11カ月ぶりの高 値となる2万4270円を付けた後、クリスマスの 12月25日まで約3カ月間で5000円も下落し、2 万円の大台を割り込んだ。新年1月4日の大発会 も前営業日比450円安となったが、翌週7日か ら9日までの3日間で逆に850円超も値上がりす るなど、方向感が定まらないまま、荒い値動き が続いた。外国為替市場の円相場は日本が正月 休みの間に、1ドル=104円台まで一時急騰した。 こうした乱高下は、米中摩擦に端を発した世界 経済の減速に対する市場の不安心理の表れと言 える。19年もこの流れに歯止めが掛かる兆しは 今のところない。トランプ米大統領のツイッター での「つぶやき」や米中両国高官らの発言に一喜 一憂し、金融市場が時に揺り動かされる展開を 覚悟するしかないだろう。
 日本ではここ数年、安倍政権の経済政策「アベ ノミクス」に刺激され、株式や不動産といった資 産価格は上昇を続けてきた。この結果、富裕・ 高所得層や資産保有層の消費意欲は盛り上がり、 例えば、国内の新車販売をみても、18年は、車 体のサイズや排気量が大きい3ナンバー規格の スポーツ用多目的車(SUV)など普通車の販売 が前年比2.2%増と好調。輸入車もドイツメー カーを中心に伸び、2年連続で30万台を超えた。 ただ今後、株価が本格的な下落に転じるようだ と、バブル崩壊後のように手持ち資産の価値目 減りが消費意欲を急激に減退させる「逆資産効 果」を生じさせる懸念が高まる。18年の新車販 売でも、3ナンバー車が売れる半面、小型で手ご ろな価格のモデルが多い5ナンバー車(小型車) の販売は5.9%減と落ち込んでいる。利幅の厚い 高価格帯の商品やサービスの売れ行きにブレー キが掛かれば、企業の業績悪化は避けられない。 その結果、「一段の株価下落を招き、個人の消費 意欲を低下させるという負のスパイラルにはま り込む恐れ」(証券関係者)も否定できない。

◇管理貿易の矛先
 19年の世界経済の行方を左右する最大の焦点 は、国内総生産(GDP)で世界1位と2位の米中 両国の対立がどこまでエスカレートするかだろ う。国際通貨基金(IMF)の推計(18年10月)に よると、両国合計の名目GDP規模は約31兆ド ル(約3300兆円)と世界全体の約4割を占め、第 3位の日本は約4兆9000億ドル(530兆円)に とどまる。2大国の摩擦が世界経済に与えるイ ンパクトは計り知れない。通商面に視点を移す と、17年のデータでは、米国にとって中国は約 3800億ドル(約41兆円)のインバランスを抱え る最大の貿易赤字国。一方、対日赤字も約690 億ドル(約7兆5000億円)に上る。当然、米国に とって日本も重要な交渉ターゲットだ。本稿執 筆時(1月中旬)では19年の第1四半期に米国と の新たな貿易協定交渉が開始される見通し。自 動車(完成車と部品)、農産物の市場開放が交渉 の焦点となるのは間違いない。
 日本が警戒するのは、乗用車・部品への追加 関税(最大25%)をちらつかせ、米国向け自動車 輸出(17年実績は173万台)の「数量制限」をの まされる事態だ。数量規制は真正面から自由貿 易を阻害する時代遅れの措置と言えるが、「米国 第一主義」のトランプ政権には関係なし。実際、 米国からの工場移転と雇用流出を問題視する米 政府が昨年秋にカナダ、メキシコ両国と合意し た北米自由貿易協定(NAFTA)の新協定では輸 入割当制度の形で数量規制の導入で合意。両国 からの乗用車輸入(17年実績はカナダが190万 台、メキシコ160万台)に対して、それぞれ年 間260万台の枠内であれば高関税を課さないこ とになった。NAFTA域内で関税が免除される 自動車部品の現地調達率に関しても、旧協定の 62.5%から75%まで段階的に引き上げられる。 新NAFTAは、米国市場への供給基地としてカ ナダ・メキシコ両国に進出している日系自動車 メーカーの設備投資や部品調達網の構築など経 営戦略に大きな影響を与える公算が大きい。
 輸出を有利にするため自国通貨を安く誘導す ることを防ぐ「為替条項」も盛り込まれ、新しい NAFTAは「管理貿易」的な色合いが強い。グロー バルな自由貿易体制を支持する日本としてこう した政策に賛同できるはずもないが、米側は新 NAFTAを今後他国と行う通商交渉のモデルケー スと位置付けている。貿易赤字の削減と国内雇 用の増大を声高に叫ぶトランプ政権がカナダと メキシコに突き付けた管理貿易の矛先を、その まま日本に向けてくる可能性は否定できない。言 うまでもなく自動車は日本の基幹産業であり、完 成車と部品の輸出は対米輸出総額の約4割に達 する。日米協議の結果が我が国経済に与える影 響は大きい。仮に交渉が不調に終わり、25%の 追加関税が発動されれば、トヨタ自動車の場合 で車両1台当たり6000ドル(約65万円)のコス ト増、日本からの輸出台数(約71万台)と単純に 掛け合わせば、トヨタ1社で4500億円超の負担 が発生する計算になる。一方、25%の関税上乗 せを回避するため数量規制が導入され、米国向 けの自動車輸出が半減した場合、日本企業全体 で7兆円の減益要因になるとの試算もある。

◇バーター取引の懸念
 日米貿易交渉のもう一つの焦点である農産物 では、米側は牛肉・豚肉などの対日輸出拡大を 目指し、市場開放の要求を強めてくる見通しだ。 国内の畜産農家を保護するため、安価な海外 産品が大量に流入しないよう日本は輸入牛肉に 38.5%の関税を課している。当然、米国産牛肉 には38.5%の高い関税率が適用されてスーパー などの店頭に並ぶ一方、日本市場の開拓で競い 合うオーストラリアなど昨年12月30日に発効し た環太平洋連携協定(TPP)の加盟国は関税率が 異なる。豪州やニュージーランドなどTPP加盟 国は関税が段階的に引き下げられ、発効から16 年目に9%に低下するほか、豚肉は価格の高い 肉が対象の関税(4.3%)が10年目に撤廃される 予定だ。米国はトランプ政権の方針としてTPP を離脱した結果、不利な条件でライバル・豪州 と競わざるを得ない格好。米国の農業団体や生 産者からはTPP離脱に対して厳しい批判が出て いる。それだけに、トランプ政権としては農産 物の対日交渉で目に見える形での成果が不可欠 で、日本に大幅な譲歩を要求してくるだろう。
 日米両政府は昨年9月の共同声明で、農産物 をめぐる貿易協議の交渉方針について、TPPな ど過去の経済連携協定で合意した市場開放の水 準を「最大限」とする方針を確認している。この 方針が文字通り順守されれば牛肉関税もTPP並 みの9%まで下がるだろうが、TPPの合意内容 はもともと米国も参加した12カ国の交渉で決定 したもの。日本側にとって米国産牛肉の関税を 段階的に9%まで引き下げることに特段の抵抗は ない。問題なのはトランプ政権側の要求が、「TPP 並み」で収まらない可能性が高いことだ。パー デュー米農務長官は昨年10月、日米交渉をにら み「目標は原則TPPプラス」と発言し、TPPを 上回る日本の市場開放を目指す姿勢を匂わせた。 日本政府関係者は「交渉入りすれば(米側は)何 を要求してくるか分からない」と神経をとがらせ ている。
 日本人の主食・コメをめぐっては、米国側か ら不思議ときな臭い話題は伝わってきていない。 これは米国内の事情が関係しているためとみら れている。米国のコメ生産量は約800万トン (17年実績)。生産量トップはアーカンソー州(約 370万トン)、対日輸出に熱心なカリフォルニア 州は2位(約170万トン)、3位がルイジアナ州 (120万トン)と続く。上位3州のうちカリフォル ニア以外は、日本では不人気な長粒種(インディ カ米)の生産が中心で、「日本市場はそもそも視 野に入っていない」(農水省関係者)。カリフォ ルニアは伝統的に民主党の地盤。この文脈で考 えると、大統領選での再選を狙うトランプ氏に とって日米交渉でコメの市場開放の優先順位は 低いとみてよいのかもしれない。
 日本の農業関係者がもっとも懸念しているの は、農産物の市場開放を、自動車を守るための 交渉のカードに使われることだ。国内の農業生 産額は9兆円程度なのに対し、自動車産業は500 兆円を超えるGDPでも、雇用面でも日本の約1 割を占めるとされる主要産業。農協グループ幹 部は「自動車を守るため農産物を犠牲にするバー ター取引は絶対に認められない」と政府を強く牽 制(けんせい)するが、国民経済的なメリット・ デメリットを重視すれば、農業界の懸念が現実 のものとなる可能性は否定できない。日米交渉 の方向性は、夏ごろには見えてくる見通しだ。

◇消費税対策、逆効果のリスク
 今年10月には消費税率が10%に引き上げら れる。少子高齢化に伴い年々増大する社会保障 費の財源として不可欠にもかかわらず、安倍政 権は8%からの増税を過去2度、延期してきた。 理由は14年4月の8%への消費税率引き上げで 経験した増税ショックだ。増税を見越した駆け 込み需要とその反動減で「個人消費も設備投資も 総崩れ」(エコノミスト)となり、14年度の実質 GDPは前年度比で約1%減少するマイナス成長 に陥ったことが「政権のトラウマになっている」 (経済官庁幹部)という。
 前回の反省を踏まえ、政府は「経済再生なく して財政健全化なし」の方針に基づき、19年度 予算案で消費税増税に伴う景気の腰折れ対策に 徹底した対応策を打ち出した。その内容をみる と、キャッシュレス決済時のポイント還元や自 治体が発行するプレミアム付き商品券、住宅ロー ン減税の延長、自動車税の引き下げ、防災・減 災に向けた公共投資など幅広い。一連の需要反 動減対策はトータルで2兆3000億円規模と消 費増税による家計の負担増分(2兆円)を上回り、 大盤振る舞いの批判は免れない。この結果、19 年度予算案の一般会計総額は101兆円と初め て100兆円の大台を突破した。確かに景気の腰 折れ対策は重要だ。しかし、国・地方の借金が 1000兆円を超えて先進国で最悪と言われる財政 事情の中、歳出拡大に歯止めが掛からないと国 民の目に映れば「将来不安を感じた消費者が逆に 財布のひもを締めかねない」(財界関係者)。政 府が満を持して練り上げた対策が逆の効果を生 みかねないリスクをはらむ。
 政府は昨年12月20日の月例経済報告の関係 閣僚会議で、現在の景気拡大局面が同月で6年1 カ月に達し、戦後最長だった「いざなみ景気」に 並んだ可能性が高いとの認識を確認した。本稿 が読者に届くころには、戦後最長を更新してい るのはほぼ確実だろう。5月1日に皇太子さまの 新天皇即位、9月にラグビーワールドカップ開催、 20年には東京五輪・パラリンピックを控え、街 中にはどことなく華やかな雰囲気が漂う。その 一方で米中対立に伴う世界経済の減速懸念、貿 易協議での米国からの圧力、10月の消費税増税 と年後半に向けて日本経済の足を引っ張る要因 が山積するのも事実。戦後最長の景気拡大は多 くの国民にとって好況の実感が乏しいまま幕切 れを迎えても決して不自然ではない。