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■「中央調査報(No.518)」より

 ■ 混乱した米大統領選
            ─世論調査で2社が「勝利」、出口調査は課題残す─

時事通信社外信部長 冨山 泰

 2000年11月7日に投票が行われた米大統領選挙は、二重の意味で世論調査機関泣かせだった。選挙前の世論調査では、民主党のゴア、共和党のブッシュ両候補の支持率が接近しすぎ、大半の調査機関は勝敗を予測することができなかった。当日の出口調査では、天王山のフロリダ州で投票動向を読み切れず、主要メディアが2度も「勝利」を打ち間違える失態を演じた。米政治史上まれにみる今回の大接戦は、世論調査の限界を示すとともに、調査結果を利用するマスコミに大きな教訓を残した。

1.選挙前の支持率調査
 ゴア副大統領とブッシュ・テキサス州知事の得票数が公式に確定するには時間がかかるが、12月半ばまでの集計によると、両候補の全米での得票数はともに約5000万票となり、ゴア氏が30万票余り上回った。選挙直前の世論調査では、大半の調査機関が両者の差を数ポイントの誤差範囲内とし、「大接戦」を予想していたので、その意味では、調査結果はおおむね正しかったと言える。しかし、ゴア氏の得票がブッシュ氏を上回るという結末を予見した調査は、ゾグビー・インターナショナルとCBSニュースの2社だけだった(表1)。

表1 


 1984年創設で、世論調査機関としては比較的新顔のゾグビーは、全米レベルの得票でのゴア氏の優位をピタリ言い当てたことをインターネットサイトで誇らしげに報告し、「選挙戦の最後の24時間ほどで、ゴア氏への支持がわずかだが明確に増えたことを拾い上げた」結果であると、自社の調査の正確さを強調している。ゾグビーとギャラップによる支持率調査の投票日前2週間ほどの推移を(表2)と(表3)で比較すれば、1935年に創設されたしにせのギャラップはゾグビーと違って、直前の「風向き」の変化を探知できなかったことが分かる。ちなみに、ゾグビーと並んでゴア氏優勢を言い当てたCBSの調査でも、投票前々日発表の「ゴア氏42%、ブッシュ氏47%」が、前日に「ゴア氏42%、ブッシュ氏46%」となり、当日に「ゴア氏45%、ブッシュ氏44%」と逆転した。
表2
(表2)ゾグビーの支持率調査の推移
(出所:http://www.zogby.com/featuredtables.dbm?ID=29
表3
(表3)ギャラップの支持率調査の推移
(出所:http://www.gallup.com/election2000/trends.asp

 


 大手の世論調査機関のほとんどは、投票日までの数カ月間、トラッキング・ポル(追跡調査)と呼ばれる方法で、各大統領候補の支持率を連日発表した。これは、直前の数日間の調査結果をサンプルに取り、日が替わるごとに前日の結果を加え、最初の日の結果を除いて、最新の支持率を算出するやり方。主流は3日間のトラッキング・ポルで、サンプル数は合計1000~2000人、誤差範囲は±2~3%だった。質問はおおむね「大統領選の候補は〇〇党の〇〇と□□党の□□で、本日が投票日とすれば、あなたはだれに投票するか」という内容で、選挙当日にだれに投票するかを問うものでは必ずしもない。また、2人の候補の差が誤差範囲内であれば、統計学的には優劣の判定不能ということだ。しかし、調査結果の数字が独り歩きし、一般には実際の得票率予想と受け取られ、ゾグビーとCBSの「勝利」ということになったのは、選挙に関する世論調査の宿命であろうか。
 ギャラップのインターネットサイトは、自らを「世界で最も古く、最も正確な世論調査」とうたっている。それによると、ギャラップ調査による直前の支持率と実際の得票率の差は、36年から96年まで16回の米大統領選で平均2.2%となり、60年以降ではわずか1.5%だという。ギャラップの資料では、今回を含め17回の大統領選で、同社が一般投票の優劣を予見できなかったのは、3回目。最初は48年で、当選したトルーマン大統領(民主)が、直前の世論調査をうのみにして「デューイ(共和党候補)勝利」と誤報した新聞を掲げて喜んでいる有名な写真が残っている。この時、ギャラップ調査の数字は「トルーマン44.5%、デューイ49.5%」で、開票結果の「トルーマン49.6%、デューイ45.1%」とちょうど逆になり、世論調査の信用を失わせた。2回目は76年で、ギャラップ調査は「カーター(民主)48%、フォード(共和)49%」、開票結果は「カーター50.1%、フォード48.0%」だった。調査の誤差範囲内であっても、優劣が逆転したところは、今回に似ている。

 


2.大統領選挙人獲得数の予想
 米国の選挙制度の下では、大統領は有権者による一般投票で選ばれるのではなく、大統領選挙人というワンクッションが置かれている。選挙人はほぼ人口比例で各州に割り振られ、大半の州では、州ごとの一般投票で最多得票をした候補がその州の選挙人を全部獲得する。選挙人は全部で538人おり、過半数の270人を獲得した候補が当選する。全国レベルで最多得票の候補が過半数の選挙人を獲得するケースが多いが、今回のように大接戦だと、当落が逆転することがあり得る。従って、大統領選の当落予想は、全国の支持率でなく、各州の選挙人獲得見込み数に基づいて行われなければならない。
 しかし、各世論調査機関は、選挙人を配分されている全米50州とコロンビア特別区(首都ワシントン)のすべてで、連日のように独自の支持率調査をする能力があるわけではない。そのため、主要マスコミや政治専門誌は、各州の地元紙や地元放送局、大学などの調査を基礎に、独自の分析を加えてその州の動向を探っているが、新しい調査結果が得られにくく、選挙人獲得予想の精度はあまり高くない。
 2000年の大統領選では、政治専門誌ナショナル・ジャーナル(電子版)がゴア、ブッシュ両候補の選挙人獲得数を事実上「引き分け」と予想し、実際の選挙結果に最も近かった。しかし、同誌も、読者への断り書きで、「一部の州の調査データは(最新のものであっても)数週間あるいは数カ月前のデータであることがあり、また、多くの場合、候補のリードは調査の誤差範囲内となっている」と注意を喚起していた。つまり、選挙人獲得数を正確に予想するのは困難であることを自ら正直に告白していたのだった。同誌以外に選挙人獲得予想数をきちんと公表したのは、政治評論家のローランド・エバンズ、ロバート・ノバク両氏が共同で出している情報紙だけだった。他のマスコミは、両候補のどちらが優位とも色分けできない「未定」の数が多く、予想といえる代物ではなかった(表4)。
 なお、全米規模の支持率調査で「正確さ」を誇ったゾグビーは、投票日の10日前から、大統領選の帰すうを左右する「決戦場」の11州におけるトラッキング・ポルの結果をインターネット上で連日公表した。投票当日発表の最終調査を見ると、少なくとも9州で予想は的中したが、最大のカリフォルニア州をゴア、ブッシュ両候補45%ずつの「引き分け」と判定し、実際の選挙結果(54%対41%でゴア氏の圧勝)とのずれが大きかった。大統領選の集計作業がもめにもめた大激戦のフロリダ州については、48%対46%でゴア氏の勝利と予想した。サンプルが約600人と少なく、誤差範囲が±4%だったので、当たったとも外れたとも言えない。

表4
http://www.washingtonpost.com/wp-srv/onpolitics/elections/forecasts2000/whitehouse/president.htmより筆者作成)

 


3.当日のメディアの混乱と出口調査
 11月7日夜(米東部時間。以下同じ)から8日未明にかけての即日開票で、フロリダ州の開票速報をめぐる混乱は、米主要メディアにとり悪夢だった。
 選挙前から「決戦場」の一つと言われたフロリダ州では、午後7時に投票が終了し、同8時ごろ、テレビ各局とAP通信が投票所での出口調査に基づき、相次いで「フロリダ州はゴア勝利」と速報した。しかし、2時間後の同10時ごろ、テレビ各局とAPは実際の開票状況に合わせてこの速報を取り消し、フロリダを「大接戦で判定不能」に変更した。
8日午前零時すぎまでに、選挙人獲得数はゴア氏242人、ブッシュ氏246人となり、フロリダ州の25人をどちらが取るかによって、大統領選の当選者が事実上決まる形勢となった。同州では開票率97%の段階で、ブッシュ氏のリードが約5万票に開き、この流れは変わらないとみたテレビ各局は午前2時16分から20分にかけて、「ブッシュ氏当確」を速報した。
 ところが、「当確」を打たなかったAPは同2時37分に、「レースはまだ混とん」と至急報。同3時11分には、「フロリダでのブッシュのリードは約6000票に縮まった。民主党の地盤で票がこれから開くので、ゴアが逆転の可能性がある」という編集連絡を加盟社に配信した。同3時25分ごろ、CBSテレビのキャスターが番組でAPの編集連絡を読み上げ、最後のどんでん返しの幕開けに。同4時ごろ、主要テレビは次々に「ブッシュ氏当確」を撤回し、フロリダは「大接戦」に逆戻りした。フロリダ州での勝敗をめぐり米メディアが2度にわたり「誤報」をした原因は幾つかある。第1の原因は、ボーター・ニュース・サービス(VNS)という単一の調査会社に出口調査を頼ったことだ。
 VNSは、ニュース専門のケーブルテレビ局であるCNNとフォックス、3大テレビ放送網のABCとCBSとNBC、それに米国で最も権威ある通信社のAPが選挙当日の出口調査を目的に1990年に共同で設立した会社で、ニューヨーク・タイムズなど有力紙にも調査データを提供している。
 VNSが設立されたのは、80年の大統領選でNBCが独自の出口調査を基にレーガン氏の当確を いち早く報道したのをきっかけに、84年、88年と大統領選ごとにテレビ各局が巨費を投じて出口調査による速報合戦にしのぎを削ったことが背景にある。この出費は各局ニュース部門の大きな負担となり、共同で出口調査会社をつくることにつながった。2000年の選挙では、VNSのおかげで各局は500万~1000万ドルの経費を節約できたといわれる。独自の出口調査を行った大手マスコミは、ロサンゼルス・タイムズだけだった。
 第2に、VNSからデータの提供を受けたマスコミ各社には、他社より速報で先んじ、遅れを取った場合にはすぐに追いつこうという心理が働いた。VNSは今回の大統領選で、フロリダ州の45地区をサンプルに選び、1818人の有権者を対象に出口調査をした。VNSは出口調査の結果を、順次明らかになる実際の開票集計で置き換えながら、過去の選挙資料なども加えて分析し、マスコミ各社に伝える。VNSの仕事はここまでで、勝敗の判定は各社にゆだねられている。しかし、各社はVNSからの同じデータに依拠している上、速報合戦に負けてはならないという強迫観念から、1社の誤報がウイルスのように他社に広がった。
 第3に、VNSがフロリダ州でサンプル調査をした地区は、なぜかゴア票が不釣合いに多かった。
 米紙の検証報道によれば、VNSの出口調査ではゴア氏がブッシュ氏を3~6ポイント上回り、開票開始から間もなくサンプルの地区から入ってきた実際の集計も、出口調査と同じ傾向を示していたという。そのため主要マスコミは一斉に「ゴア氏勝利」に走った。しかし、他地区の集計が入るにつれて、VNSもデータのゆがみに気づき各社に通告し、「勝利」は取り消された。
 最後に、「ブッシュ当確」という2回目の誤報は、残る数%の未開票地区の票を読み誤ったことによる。1回目の誤報にこりたAPは、未開票地区が民主党の地盤であるとの確信から、当確報道を踏みとどまった。通信社の情報量の多さと分析力の強さ、そして誤報を繰り返してはならないという決意が、報道戦でAPに最終的な勝利をもたらした。