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■「中央調査報(No.520)」より

 ■ インターネットユーザーの政治意識
             -2000年総選挙における東京23区在住インターネットユーザー調査-

明治学院大学法学部 教授 川上 和久

1.都市部での投票行動の流動化現象を捉える
 「ミレニアム選挙」と言われた2000年総選挙においては、自民党が公示前の270議席から233議席へと大幅に議席を後退させ、政権与党である公明党も、公示前の42議席から31議席、保守党が公示前の18議席から7議席へと、それぞれ議席を減らした。その結果、自公保の政権三党は、公示前の330議席から271議席へと、大幅に議席を後退させることとなった。一方で、民主党は95議席から127議席と躍進したものの、自民党に代わる政権政党としての力量を認められるだけの議席を獲得するに至らなかった。
 だが、たとえば東京においては、自民党の比例選得票が約110万票であったのに対して民主党の得票が約165万票と、疑似政権交代の現象が起き、北海道、南関東、東海ブロックでも民主党の得票が自民党のそれを上回った。既存の組織による集票力が都市部ではますます弱体化し、無党派層が増えているという現象は、1993年以降の政界再編で、組織などの拘束性がない情報環境の中で、有権者が投票行動をしていることがうかがわれた。
 こういった、都市部における投票行動の流動化現象を読み解いていくためには、一般的な政治には関心はあるものの、既存の組織への所属感が、さほど政治と結びついていないような、より自由な意志で政治意識を構成している層、無党派層の投票行動を解明していく必要がある。
 有権者が投票行動を行う際の環境自体も、ここ数年で大きく変容している。中選挙区選挙制度のもとでは、既存の組織や後援会活動などを通じた、対人コミュニケーションによる働きかけによる積み上げが基本であり、選挙公報や街頭演説、ポスターなどの政党によるコミュニケーションの働きかけがそれを補完していた。マスメディアの影響は、部分的に限定されるといわれていたが、テレビや新聞などのマスメディアによる報道に加えて、小選挙区比例代表選への制度改変にともなう、政党を前面に立てた、政党による広告が、1995年の参院選、1996年の総選挙以来、出稿を伸ばしている。それに加えて、インターネットという、選挙戦略の上ではまったく新しいメディアが急速に伸長し、政党の側でも、ホームページやネット広告などを試行錯誤しながら、増大しつつある無党派層に対する働きかけを強めようとしている。より自由な意志で投票行動しようとしている無党派層にとって、情報環境の発達が、判断基準の多様化をもたらしている。
 こういった、無党派層の情報環境に焦点をあてて調査を行うためには、もともとインターネットを使用していない層が含まれることによって、質問の選択肢の問題など、新しい情報環境に対応した動きが詳しくとりにくくなるという問題も生ずる。
 そこで、インターネットを含めた多様なメディア環境が、政治意識や投票行動に及ぼす影響を調べるため、筆者と平野浩明治学院大学助教授が共同で「社会とインターネット研究会」を立ち上げ、インターネットユーザーを対象とした調査を行った。本稿では、その結果を紹介したい。

 


2.調査対象者を収集する方法と、対象者の属性
 インターネットユーザー調査には、どうしても致命的な欠陥、すなわち、無作為抽出することができないという欠陥がある。現今の状況では、如何なる方法を用いてインターネットユーザーのアドレスを収集したかを明らかにすることによって、その属性的な偏りなどを考量するしかない。
 今回の調査では、メールアドレスのデータベース「DEメール」を用いて、東京23区在住の20歳以上男女20,000サンプルに対して、6月5日付で、調査への協力を依頼するメールを発送した。メールの中で、中央調査社ホームページ上に、エントリーのためのリンクを張り、20歳以上の男女という条件に当てはまり、協力の意思のあるサンプルにはその旨を返信してもらい(確認のため、住所、氏名、年齢を返信に記入してもらう)、締切までに協力の意思表示のあったサンプルから、年齢などに関して、なるべく東京23区の有権者に近い割合になるような形で、700サンプルを抽出した。
 そして、上記の700サンプルに対して、投票日直後に調査票を郵送した。その結果得られた有効回答数は631であった(回収率90.1%)。
 集まった回答者の属性をまとめたのが表1である。インターネットユーザーにおける女性の比率は、最近上昇傾向にあり、3割から4割の間にまで高まってきている。年齢層は、どうしても若い層に偏ることとなり、20歳から39歳までで8割近くを占める。職業は事務職・専門職が多いが、専業主婦も9.8%と1割近くを占めている。
表1 


3.対象者の政党支持と投票行動
 
まず、対象者のふだんの支持政党の分布を見ると(図1)、「支持政党なし」が65.1%で圧倒的に多い。その中で、比較的好ましい政党として自民党をあげる比率が9.2%、民主党をあげる比率が35.5%あり、比較的好ましいという「支持色」を合わせると、自民党は24.6%、民主党は44.2%となる。だが、基本的には、特定の政党支持をふだんからは持たない無党派層の比率が非常に高いといえよう。

図1


 今回の総選挙で投票に行ったと答えたのは417名(66.1%)であった。この417名について、小選挙区と比例代表での投票政党(小選挙区の場合には投票した候補者の政党)を、まとめたものが図2(小選挙区)、図3(比例代表)である。小選挙区、比例代表とも、自民党の得票率が実際の東京23区における得票率よりもかなり低く、民主党の得票率が実際の東京23区における得票率よりもかなり高めに出ているのが目立つ。

図2
図3


 ちなみに、1996年の総選挙での比例代表への投票政党、1998年の参院選での比例代表への投票政党も尋ねたが、今回の総選挙の結果ほど、実際の得票率との乖離は見られない。インターネットユーザー層において、今回の総選挙での、民主党支持率の高さ、前々回、前回の国政選挙と比較しての、全体的な得票と比較しての差異は、インターネットユーザーを対象とした選挙サイトでのアンケートなどでも見られ、インターネットユーザーに多く含まれている年代による特徴なのか、インターネットユーザーとしての、情報感度などの特性に裏付けられたものなのか、さらに検討する必要があろう。
 


4.選挙における情報接触状況
 次に、選挙において情報環境を形成する媒体が多様化している中で、インターネットユーザーがどのような媒体を通して選挙に関する情報を得ているかを見てみたい。
 図4は、対象者が、今回の総選挙で、「政党ビラ・政党機関紙号外」「政党のホームページ」「ポスター」「街頭カー・街頭演説」「テレビの政党広告」「新聞の政党広告」「雑誌の政党広告」「ラジオの政党広告」「インターネットの政党広告」「政見放送」「選挙公報」「テレビ番組」「新聞記事」「雑誌記事」「ラジオ番組」「インターネット情報」「人との会話・口コミ」の17種類の情報源から、自民党(候補)、民主党(候補)について見聞きしたもの、それぞれ判断基準として参考になったものの比率をまとめたものである。
 判断基準として参考になったレベルで考えると、圧倒的に高い比率を占めているのが「テレビ番組」で、唯一50%を上回り、「新聞記事」の35%がこれに次いでいて、この二つの既存のマスメディアに比較すると、「ポスター」「テレビの政党広告」「街頭カー・街頭演説」「新聞の政党広告」などは、接触している比率が高い割合には、判断基準としての参考にはなり得ていないようである。一方、「政見放送」は、接触した比率の割合に、参考になっていると判断している比率が高い。同様に、「人との会話・口コミ」も、参考になっていると判断している比率が高くなっている。
 興味深いのは、インターネット系の情報接触である。対象者の18.1%が自民党やその候補者のホームページ、24.7%が民主党やその候補者のホームページの情報に接触している。また、バナー広告やメール広告など、インターネット広告では、自民党について16%、民主党について28.1%。一般的なインターネット情報では、自民党について20.8%、民主党について24.1%が接触している。インターネットなどでは比較広告もあったため、民主党の広告でも自民党についての内容に接触する部分もあるが、インターネット系の情報接触については、民主党の情報への接触が、自民党の情報への接触を上回るという逆転現象が生じている。インターネットユーザーに対する働きかけの濃淡が、こういった結果に反映されている。
図4 


5.争点についての考え方と政党イメージ
 今後の日本の進路に係わる、対立する三つの争点について、自分自身の考え方と、自民党・民主党のそれぞれの考え方についてのイメージを尋ねた(図5)
 「A:福祉や公共サービスを充実させるためには、増税も認めざるを得ない」「B:増税をしてまでも、福祉や公共サービスを充実させることはない」の争点については、Aに近い意見が一応56.9%だが、意見が割れている争点だと言えよう。この争点に関する自民党、民主党のイメージも、Aに近いのが自民党で70.8%、民主党で64.2%だが、イメージ自体もやや割れているといえよう。
 「A:21世紀に向け、今の憲法を改正してでも新しい国のあり方を議論すべきだ」「B:今の憲法は、戦後日本を守り育ててきたものだから、このまま守っていくべきだ」の争点については、Aに近い意見が82.6%と圧倒的に多い。これに対して、この争点に関する自民党、民主党イメージでは、自民党ではA対Bが49.6%対49%で完全に割れているのに対し、民主党ではA対Bが71.2%対27.4%で、憲法改正についての対象者の意見と、民主党のこの争点に関するイメージが一致しているのが目立つ。
 「A:日本が生き残っていくためには、経済発展を優先せざるを得ない」「B:環境保護を考えると、そのために経済発展が多少阻害されてもやむを得ない」の争点については、Bの環境保護が70.4%と多いが、政党のこの争点についてのイメージを見ると、自民党はAの経済優先が89.2%、民主党もAの経済優先が56.1%と、いずれも「経済優先の政党」というイメージを持っている比率の方が多い。
 これら3つの争点については、対象者の意見と、民主党の争点についてのイメージの一致度の方が、自民党の争点についてのそれとの一致度よりも高かった。

図5-1
図5-2
図5-3

 


6.インターネットと政治の関係についての意見
 次に、インターネットユーザーであるという特性から、これからのインターネットと政治との関わりについて、どのように考えているかを見てみたい。図6は、インターネットと政治との関わりについての、4つの項目についての意見の分布をまとめたものである。
 インターネットを用いた投票制度については、84.4%が積極的に利用する意向を持っている。インターネットに掲示された候補者や争点に関する情報や解説についても、66.9%が積極的に閲覧する意向を持っている。候補者や政党の広告も、49.6%が閲覧意向を持っている。こういった情報収集の側面では、テレビや新聞とならび、インターネットが有力なツールになることが期待されている。
 一方で、有権者のネット討論会などへの参加意向は、35.9%にとどまっている。政党ホームページの電子掲示板上でのさまざまなトラブルなどが今回の選挙でもあり、そういったネガティブな側面がブレーキをかけているとも考えられる。効率的に投票したり、効率的に新しいルートで情報を取り入れることには積極性が見られるものの、ネット上の討論に積極的に参加するような意識には至っていないようだ。
図6 


7.インターネットユーザーの政治意識の特徴と調査上の問題点
 今回、調査対象となった631名のサンプルは、支持する政党を持たない、いわゆる無党派層が65.1%と三分の二近くもおり、従来、選挙マシンとして機能してきた各種団体への加入率も、同業者団体への加入率が7.4%、労働組合への加入率が7.4%、政治家の後援会への加入率が3.5%と、一般的な無作為抽出の世論調査で導き出される結果よりも、だいぶ低くなっている。この面では、大都市部に居住するインターネットユーザーの一般的な姿から、さほど乖離していないだろう。
 こういった層は、既存の集票パターンに組み込まれていない分、マスメディアなど、情報環境から自由に判断して投票行動に結びつけていることがうかがわれる。また、既存のメディアだけでなく、それに代わる情報媒体として、インターネットにそれなりの期待を寄せており、よりゆるやかで多様なコミュニケーション環境・情報環境の中で、判断基準となる情報を取捨選択し、必要な文脈を形成して、投票行動に結びつけていくことで、この層の政治参加が高まることが期待される。インターネットユーザーは、情報感度も高く、憲法改正の問題などに象徴されるように、社会改革について積極的な面も併せ持っていることから、無党派層の中でも、政治に対して関心を持っている「積極的無党派層」の比率が比較的高い。このような、インターネットユーザーの特質を生かした、モニター調査などへの活用が期待される。
 一方で、前にも述べたが、インターネットのアドレスを収集するために、住民基本台帳や選挙人名簿など、すべてを網羅する基本的なデータベースがないという致命的な欠陥がある。アメリカでは、こういった偏りに対して補正をかけるなどの試みがなされているが、世論調査と同じ精度にまでなるためには、データベースが整備されることが条件となる。
 だが、政治意識の調査などで、無党派層などに焦点を当て、選挙前の政治意識変化などをパネルで追っていく方法としては、電子メールによる機動的な調査が可能となるなど、インターネットユーザーの調査は利用可能性が高い。インターネットユーザーの特質、使用するデータベースの特性に合わせ、調査設計をしていくことが望まれる。