中央調査報

トップページ  >  中央調査報   >  以前の調査  >  面接調査の調査不能による回収票の偏りの検討 -WHO「DVと女性の健康調査」日本調査(横浜市)を例として-
■「中央調査報(No.530)」より

 ■ 面接調査の調査不能による回収票の偏りの検討
                  -WHO「DVと女性の健康調査」日本調査(横浜市)を例として-

東洋英和女学院大学人間科学部 教授 林 文

 昨今問題になっている調査回収率の低下に伴う回収サンプルの偏りについて、実際の調査結果を論じる場合にはほとんど無視されたまま報告される例が多い。戦後初期の総理府の世論調査ではその点の検討がよくなされていた。調査内容の分析の背景として捉えておくことの必要性を感じているので、ここでは内容の分析の前段階に注目してみた。取り上げた調査は、WHO保健政策部で、主に発展途上国におけるドメスティック・バイオレンス(DV)の実態と女性の健康への影響についての調査研究が計画され、日本も先進国のひとつとして参加することになったもので、中央調査社に委託して2000年10月から2001年1月にかけて実施された。先日11月24日、記者発表を行い、調査結果の概要を発表した。その調査の内容については、報告書が未完成のためここで詳しく述べることは避け、調査実施に関連する部分、回収されたサンプルの検討についてのみ、述べてみたい。

1.調査研究の背景と概要
 まず、この調査の背景を述べると、参加各国(地域)は、WHOの「女性の健康と生活についての国際調査委員会」が開発したプロトコルに従って国際比較を可能にするというもので、これまでに同様の調査が行われておらず、DVに対するサポート体制の設置が可能であるなどいくつかの条件を満たし、且つ調査に参加可能な国で実施されることになった。日本については、ミシガン大学社会福祉大学院の吉浜美恵子と国立社会保障・人口問題研究所の釜野さおりがその委員会メンバーであることから、先進国の例の一つとして参加計画が進められた。日本の研究チームは、吉浜美恵子、釜野さおりのほか、秋山弘子(東京大学大学院人文社会学系)、戒能民江(お茶の水女子大学生活科学科)、ゆのまえ知子(東京家政大学・中央大学兼任講師)と林の6名である。
 調査票については、WHOコア調査票(英文)の翻訳、研究メンバーによる面接プリテストを通して日本の実情にあった調査票の作成を進めた。内容は、夫・パートナーからの暴力と女性や子どもの健康その他の生活上の問題との関係、ソーシャルサポートとの関連などで、かなりの質問数で構成されている。横浜市の女性18歳から49歳(生殖年齢)を対象とし、調査対象として2400人を層別2段抽出した。調査実施方法は、調査票の複雑さやプライバシーに関わる問題の性質を考慮し、どの調査法がよいのか、パイロットテストの状況を踏まえて中央調査社の担当者と共に検討し、面接調査に一部面前記入法を挿入する方法に決定した。この種の調査の面接には、回答者への倫理的配慮も必要であるため、調査員の数を限定して、調査の意義や面接時の注意などを把握してもらうことに努めた。調査員への説明会には研究メンバー4人が参加し、互いに模擬面接なども行った。また、このような調査内容に対して欠かすことのできない、調査相手に対するケア体制や調査員に対するディブリーフィングなどの配慮も充分に検討され、準備された。

2.回収状況
 回収は1371人、回収率57.1%である。1029人の調査不能の理由は、「本人による拒否」41.0%(422人)、「一時不在」25.8%(265人)、「本人以外からの拒否」17%(174人)である。横浜市での回収率57.1%は、他の個別面接調査の回収率と比較して特に低いものだろうか。統計数理研究所が1998年に行った日本人の国民性調査における回収率を地方別にみると、関東地域は55%で最も低く、また都市部ほど低い。一般に回収率は調査のテーマが直接の生活に関わりのありそうな問題の方が高く、抽象的な問題については関心が得られず回収率が低い。それらのことを考え合わせれば、今回の調査結果は、調査主体がWHOであったことはプラス要因であろうが、このようなプライバシーに関わる内容を扱う調査としては限界と考えられる。回収状況を126地点別にみると、調査不能が最も多い地点は計画対象者18人中の回収が2人の地点であり、一方、計画対象者全員の回収が得られた地点もあった。このような散らばりも、通常の調査と同様である。
 しかし、暴力を受けた経験の有無などの微妙な問題を含む事柄の回答比率については、注意が必要であろう。暴力を受けているために他人と話すことに恐怖を感じていたり、調査に協力したことが夫・パートナーに知られるのを恐れて回答できないなど、さまざまな事情がある可能性も考えられ、回収率57.1%のこのデータによって示す「暴力を受けた女性の割合」は、現実よりも低いことが想定される。

3.調査不能の理由による検討
 回収されたサンプルの偏りは、属性分布のズレ以上にこの調査不能の層の回答のズレの影響が大きい。回収票の性質を知るため、調査不能の理由を年齢別に示した(表1)。ここでは敢えて、計画標本数に対する比率を示した。転居や住所不明は強いて言えば20歳代に多いが、住民票に原因する調査不能であって実施上は不可避である。20歳代に一時不在が多いのも他の調査と同様である。拒否は本人によるものか本人以外によるものか、一般の調査では区別されないことが多いが、この調査においては重要な意味を持つと考えられたため、分けて記録された。結果をみると、10歳代は圧倒的に本人以外による拒否(調査員の報告によると親による拒否が多い)が多く、本人による拒否は比較的に少ない。30歳以上では、本人以外による拒否はずっと少なくなっている。この調査本人による拒否と本人以外による拒否を分けたのは、DVの原因である男性による拒否を問題視したものであったが、それとは別の意味であったといえそうである。
 日本人の国民性調査における「拒否」が17%程度(全標本に対して、本人によるものも本人以外によるものも区別していない)であることと比較すると、この調査における「拒否」の率が多いのではないかと推察される。この調査では、調査の内容を全て示して調査に入るのではないが、ある程度の想像がつき、本人のあるいは家族の警戒を受けるのかもしれない。そうだとすると、この60%に満たない回収率の調査から導かれるものは、より慎重に見ていく必要がある。


表1 年齢層別不能理由
表1

4.属性分布からの検討
 回答を得た1371人(回収票)のデータが歪んでいないか、他の資料とも比較して検討してみたい。比較が可能な基本属性分布については、サンプリングされた計画標本との差、調査不能であった(不能票)データとの差を推察することができる。
 年齢については、サンプリングされた標本全体と回答を得た1371人と回答を得られなかった1029人の年齢分布の差をみることができる。表2に示すとおり、回収票と不能票の間で分布がかなり異なり、10歳代20歳代は回収票よりも不能票の方が多いことがわかる。また、2000年横浜市の人口統計の性別年齢別分布から、この調査の対象とした母集団における年齢分布を取り出してみた。論理的には計画標本の年齢分布と一致するはずであるが、計画標本と年令区分の端のところは調査時期と人口統計のずれもあることを考えても、20歳代以下が少な目の他は、ほぼ母集団と同じ年齢分布である。20歳代以下は回収率が低かったが、標本の段階で既に少なめであり、横浜市の実態の年齢分布との食い違いをより大きくしてしまったといえる。通常の調査でも若い年齢層の回収率が低いので、一例として、1998年の日本人の国民性調査における各年齢層の回収率と比較してみたのが表3である。性別の年齢分布が公表されていないので、ここにあげた国民性調査の年齢層別回収率は、男女計の結果である。内部資料によると、全体的に女性の方が回収率が高く、特に20歳代の男性は回収率が低い傾向である。
 これらのことを考え合わせると、このDVに関する調査は通常の調査以上に20歳前半までの回収率が低かったと考えられる。しかし、このような調査では、年齢別に調査結果を分析する必要があり、全体像をとらえるためには年齢の歪みはそれほど問題にする必要はない。ただ、回収された層と回収されなかった層の間で、この調査の目的である項目についての状態が異なる可能性は大きく、特に20歳代の問題として捉える場合には慎重を要することを示している。
 次に、年齢層別婚姻率について、1997年の就業構造基本調査と比較してみたのが表4である。30歳前後では婚姻者の方が多く回答している傾向が見られる。未婚者の方がつかまりにくい状況によるものと考えられる。

表2 横浜市人口統計と回収状況の年齢分布比較
表2

表3 日本人の国民性調査(1998年)との年齢別回収率の比較
表3

表4 年齢層別婚姻率
表4

 職業の有無と雇用形態について比較したのが表5である。これを見ると、40歳代で有業者の方が多く回答している。逆にいえば、職業を持たない人の方が回答を得にくいという傾向が見られる。但し、職業の回答は、質問の仕方・回答の取り方によってかなり異なることもあることは注意を要するだろう。
 収入については、世帯収入について表6に示した。一般の社会調査で収入の質問に対して3割程度の無回答が普通であるが、この女性の健康調査では28%が無回答であり、表6はそれらD.K.回答を除いた分布である。また、就業構造基本調査の世帯収入は世帯主の年齢層別に示されているので、その25‐54歳を合計した。女性の健康調査は500万円以下の層が少なく、世帯収入の中間的な額の中で多い方が調査に答えている傾向がみられる。
 以上、いくつかの点で、この女性の健康調査の回答者層は母集団の状況と少し偏っている様子が見られることがわかる。まとめると、年齢は高い方に、年齢が上の人は職業ありの方に、収入は中の上に、学歴も通常の調査と比べて高めに偏る傾向があるということである。

5.まとめ
 調査に回答を得た集団は以上のように多少の偏りがあることは否めない。実態を正確に把握するには、こうした調査結果の属性分布の偏りの修正では解決できず、不能票を減らす以外に方法がない。回収率を上げるには、不能票のみを集めて新たな調査として企画する追跡調査の方法が有効なことは知られており、そのための予算なども確保して取り組むべきであったかと思う。その際には、この種の内容の調査では、回答者への配慮も格段に必要となろう。しかし、最初に述べたように、この調査は調査員と調査研究メンバーとの信頼関係の中に行われ、難しい調査であったにも関わらず得た57.1%の回収率は、意義があると考えている。

表5 年齢層別・婚姻状態別・就業状況
表5

表6 世帯収入
表6