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■「中央調査報(No.532)」より

 ■ 京町家の保存と再生をめぐって
                  -京都市民意識調査から-

立命館大学産業社会学部 助教授 稲葉哲郎

1.京都らしさを感じるもの
 「京都」という街についてどのようなイメージをお持ちだろうか。清水寺,金閣,銀閣を代表とする神社仏閣,四季それぞれに美しさを見せる北山や東山の景色,華やかな山鉾が町を飾る祇園祭,などがすぐに思い浮かべられるだろう。今回の調査(調査の概要参照)では,いくつかの行事や場所について「京都らしい」と感じるかを質問してみた。

<調査の概要>
調査地域:京都市中京区
調査対象:20~69歳の男女
標本数:500
抽出方法:有権者名簿からの二段階抽出
調査方法:郵送法
調査期間:2001年1月11日~31日
有効回答数(回収率):291(58.2%)
本調査は立命館大学社会調査士プログラムの授業の一環として,筆者の指導のもとにおこなわれた。

 図1はその結果を示したものだが,やはり伝統的な神社仏閣や年中行事が「京都らしい」ものと強く感じられていることがわかる。「清水寺」「平安神宮」「祇園祭」「時代祭」などはいずれも90%を超える人々が「京都らしい」と感じていた。ただ,これらのうち平安神宮と時代祭はいずれも明治時代からのものであり,清水寺や祇園祭と比べると歴史が浅い。にもかかわらず,これらと変わらない評価をされたのは,平安神宮は皇室とのつながりが強く感じられること,時代祭は祇園祭,葵祭とともに三大祭のひとつとして認識されているためと考えられる。観光地としての京都を示すような場所についても質問をしてみた。近年ガイドブックによく取り上げられる「鈴虫寺」では75.6%,また,時代劇の撮影所である「太秦映画村」も66.1%が「京都らしい」という回答であった。上にあげたものほどではないが,観光地としての京都を代表するような場所も京都市民にとってかなり京都らしいものと感じられている。
 伝統的イメージと対立するものは「京都らしい」と評価されない。建築する際に京都の景観と調和するかどうかが大きな問題になった「京都タワー」「JR京都駅」についても質問をした。1964年に完成した京都タワーは30年以上経過しているためか,38.8%が京都らしいと評価していた。年代別にみると20代や30代では半数が「京都らしい」と回答しており,若年層においては馴染みのあるものとなってきている。一方,「JR京都駅」は1997年の完成から時間がそれほど経過していないためか,「京都らしい」という評価は12.9%と非常に少なかった。


図1 京都らしさを感じる場所
図1

2.京町家の保存と再生
 京都の魅力はさまざまだが,近年,注目を浴びているもののひとつにその町並みがある。京都は戦災を逃れたため,終戦前の建物が今も多く残る。京都市が1998年におこなった調査によると,上京,中京,下京,東山という市内中心部にある4つの区で,終戦前に建造された建物が28,000軒残っている。狭い間口と深い奥行きをもった敷地に建てられ,千本格子と呼ばれる細やかな格子から成る外観を特徴とする京町家は,美しい町並みを形作っている。
 ところが,近年さまざまな理由からこの京町家が減少している。不況のあおりをうけた伝統産業の衰退,高額な相続税や修繕費用などにより,町家の維持が難しくなっている。町家の跡地には,町家が建てられることはなく,中高層のマンションが建てられ,京都らしい町並みが失われていっている。このような動きに抗して,京町家を保存・再生させるための試みがこの数年,積極的におこなわれている。保存のために,修繕を請け負うグループと町家で暮らす市民が協力をする例もみられる。また,再生の試みとして,住宅として利用されている町家を一般公開する,空き家になった町家を芸術家に開放し,アトリエや工房として利用する,内装などを変えたりしてレストランやカフェとして利用する,といったことがこれまでおこなわれてきている。
都市計画という視点からも,また商業的な視点からみても,現在,「京町家」は一種のブームともいうような状況を呈してもいる。このような町家について地域住民はどのような意識を持っているのだろうか。


3.高い町家の保存への関心
 京町家の保存に関心があるかどうかを質問したところ,「とても関心がある」(27.6%)「やや関心がある」(45.5%)「どちらともいえない」(17.5%)「あまり関心がない」(8.4%)「関心がない」(1.0%)という結果であり,全体の4分の3ほどが町家の保存に何らかの関心を持っていた。さらに,京町家の保存について「積極的に保存をしていく」か「特に保存に力を入れなくてよい」かを質問したところ,73.2%が「積極的に保存」と回答していた。京町家の保存が地域の住民にとって身近な問題と感じられており,その保存の必要性を感じていることがわかった。
 「積極的に保存」と回答した人には,さらに保存運動について誰が中心となるべきかを質問した。「行政」「地域住民」「京町家の所有者」「その他」の中から選択をしてもらったところ,「行政」という回答が67.5%と最も多く,次いで「地域住民」(16.0%)「京町家の所有者」(15.0%)という結果であった。京都市は財団法人景観・まちづくりセンターを設立し,町家の所有者と修繕の専門家を結びつける手だてをしている。また,町家についての調査をもとに,京町家再生プランを策定したり,「京都市都心部のまちなみ保全・再生に係わる審議会」を発足させ,今後の都心部における景観保存を考えるなど積極的な活動をしている。これらは住民の期待にも応えるものといえよう。
 今回の調査では,町家の保存のあり方についても質問をおこなった。先ほども述べたように,町家が壊された場所にマンションが建ち並ぶことが多い。町家がマンションの間に点在することになると美観が損なわれる。また,観光や産業の活性化を重視すれば,移築をしてまとめたほうが効率的だという考え方もできる。そこで,京町家の保存の仕方について,「周辺の環境の変化に関係なく,建てられた場所に保存する」べきか「ひとつの場所にまとめて移築し,周辺の環境も整備する」べきかを質問した。結果は,「建てられた場所に保存」が71.6%と多数を占めた。住民にとっては,移築をして保存することには抵抗感があるようだ。

4.改装した店舗の利用者は6割
 町家の再生のあり方として,レストランやカフェとしての利用することがある。そして,それらの店が雑誌などでもよく取り上げられる。京都の情報誌「Leaf」は2000年12月号,2001年6月号とほぼ半年の間に「京都の町家でごはん」という特集を2回も組み,売れ行きもよいようだ。この他,「CF」「京都」といった雑誌でも特集をしている。では,これらはどれくらい利用されているのだろうか。「京町家を改装したカフェ,レストラン,居酒屋,ブティックなどの店舗に行ったことがありますか」と質問をしてみたところ,60.2%が「行ったことがある」と回答していた(図2)。すでに多くの住民が利用していたのである。クロス集計をしてみたところ性別や年代別では統計的に意味のある差はみられなかったことから,特定の住民層のみに定着しているわけではない,といえそうだ。

図2 町家を改装した店鋪の利用経験
図2

 また,町家の保存への関心との関連をみたところ,保存への関心が高い人の利用経験が多いことがわかった。関心が「とてもある」と回答した人では76.9%に利用経験があるのに対して,「どちらともいえない」「ない」という層では半数以下しか利用経験がなかった。保存に関心を持っている人は,どのように利用されているのか興味を持って利用したと考えられる。
 町家を改装したお店へ行くことは一種の流行ともなっている。調査では,京都のタウン誌について3ヶ月以内に読んだかどうかを質問している。その時期に町家について特集をおこなった雑誌「Leaf」の購読と店舗の利用についてクロス集計をおこなったところ,「読んだ」という人の89.8%が「行ったことがある」と回答しており,「読んでいない」という人の54.6%という数値と比べて非常に高いものとなっている。紹介記事の影響もあったのだろう。
 「今後,京町家を改装した店舗に行きたいと思いますか」という質問に対しては,「行きたい」が26.8%,「どちらかと言えば行きたい」が28.2%と肯定的な回答が過半数を占めた(図3)。性別や年代別にみると,女性で改装した店舗への興味を示した人が多かった。女性では「行きたい」が30.2%,「どちらかと言えば行きたい」が31.5%であったのに対し,男性ではそれぞれ,22.0%,22.9%であった。また,年代別でも若年層での興味が高く,20代,30代では「行きたい」が40%を超えていたが,40代,50代では20%台,60代以上では10%台であった。女性や若年層という流行に敏感な世代で利用意向が高いことも,町家で遊ぶことが流行としてとらえられていることの反映だろう。

図3 町家を改装した店鋪の利用意向
図3


 また,利用経験も利用意向に影響を与えている。利用経験のある人では「行きたい」という回答が34.5%であり,利用経験のない人の15.0%を大きく上回っている。利用することにより,利用意向が高まることから,今後は,これまで利用意向が高くなかった層にアプローチすることによって,利用の裾野が広がり,町家を活用した店舗が一層定着することが考えられる。

5.利用経験で変わる町家らしさ
 
さらに調査では京町家にふさわしい利用方法について質問をおこなった。結果は図4に示す通りである。「ふさわしい」という回答が最も多かったのは,「観光用に一般公開する」の45.2%であり,次いで「郵便局などの公共施設として使用する」(33.8%)「以前から住んでいる住民が店舗として使用する」(32.0%)「外観はそのままだが,内装はガラリと変えて住居として使用する」(21.9%)「京都にゆかりのない個人,会社が店舗として使用する」(13.9%)という順であった。

図4 町家にふさわしい利用法


 この結果から,本来住居としても利用されるはずの町家を住居として利用することに対する評価が低いことがわかる。むしろ観光施設や公共施設として利用することがふさわしいとされている。また,町家が京都のものと強く意識されていることもわかる。店舗として使用する場合でも,店舗の主体が京都にゆかりがあるかどうかによってふさわしさへの評価は大きく異なっていた。

 利用方法に対する意識に影響を与えている要因を検討してみると,性別では統計的に意味のある差はみられていない。しかし,年代別では「京都にゆかりのない個人,会社の使用」「公共施設としての利用」で年代が上がるにつれて,「ふさわしい」という回答が減少する結果となった。町家になじんでいる世代にとっては,やはり「京都」の住居という感覚が強いようだ。
 改装した店舗の利用経験によっても利用方法に対する意識に差がみられる(図5)。「観光用に一般公開する」以外の項目で店舗の利用経験がある人で「ふさわしい」「ややふさわしい」という回答が多かった。「以前から住んでいる住民が店舗して利用する」では利用経験者では「ふさわしい」が34.5%,「ややふさわしい」が52.7%であり,未経験者の「ふさわしい」が27.9%,「ややふさわしい」が33.7%という回答を大きく上回っている。ここで,注目したいのは,「内装を変えて住居として利用する」「公共施設として利用する」という項目でも利用経験者で「ふさわしい」「ややふさわしい」という回答が多いことである。建物が建てられた姿で,当初の利用目的のまま利用されることが保存や活用の仕方として理想的だろう。ところが,先にも触れたように,原状のまま保存や活用は難しくなっている。町家を再生した店舗を利用することによって,「町家らしさ」に対する考え方が変化するのである。
 町並みを残すことはひとつの建物を残すだけではない。多くの建物を残していかなければならない分,保存と活用も難しくなる。専門家だけではなく,日常的にその町並みに触れる住民も受け入れられるような保存のあり方をより考える必要があるだろう。

図5 町家にふさわしい利用法(店鋪利用経験別)
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