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■「中央調査報(No.538)」より

 ■ 「女性の就労と子育てに関する調査 平成14年3月」の概要と年金改革への示唆

国立社会保障・人口問題研究所
社会保障応用分析研究部第1室長
金子 能宏


1.「女性の就労と子育てに関する調査」の新しい視点
 2001年12月に「女性のライフスタイルの変化等に対応した年金のあり方に関する検討会」(略称:女性と年金検討会)から、『女性自身の貢献がみのる年金制度』という報告書が出され、次期年金制度改正において、女性の就労とライフスタイルの多様化に対応して考慮されるべき論点の整理が行われたことは、記憶に新しい。この報告の直後、国立社会保障・人口問題研究所の2002年1月将来推計人口が公表され、将来の少子化が更に進む可能性があり、そのため人口構造の高齢化や総人口の減少も予測されることとなった。このような状況は、将来における年金制度の給付と負担のそれぞれに影響を及ぼす。
 まず、年金制度の負担に対する影響については、厚生労働省年金局が5月17日に「新人口推計の厚生年金・国民年金への財政影響について」を公表した。それによれば、2002年1月の将来推計人口(中位推計)に基づいて、年金財政が長期的に維持される厚生年金の保険料率水準は、国庫負担1/3のとき総報酬ベースで最終保険料率が24.8%と見込まれ、国庫負担が1/2に引き上げられたとしても22.4%になると見込まれている。平成11年の年金財政再計算によれば、国庫負担1/3では総報酬ベースで最終的に21.6%になり、国庫負担が1/2の場合には19.8%と20%未満になるはずであった。しかし、少子高齢化がもし2002年1月の将来推計人口のように進むとすれば、このような平成12年の年金改正が目指した保険料率水準を20%にとどめることは困難になる。そこで、厚生年金の給付水準を維持しながら、保険料率の水準をこのように高めないようにするためには、厚生年金保険料を納める人々の対象を広げることが考えられる。それが、パートタイム労働者への厚生年金適用の問題である。ここで、わが国の女性の年齢別就業率はM字型をしており、30歳代後半から再び就業率が上がる要因は、結婚・出産・育児などにより離職した女性が再びパートタイム労働などにより就業する場合が多くなることを考慮すると、この問題は、女性の就労と子育てに関わる重要な問題であることが理解される。
 一方、厚生年金の給付水準については、既に平成12年の年金改正で給付の適正化がなされており、これ以上の適正化は困難かもしれない。もちろん、今年度は、物価の下落に応じて年金給付を引き下げること(物価スライド)が行われるが、報酬比例部分と基礎年金をあわせた年金給付水準をどのように適正化していくかという問題は、年金制度における保険原理と所得再分配政策とのバランスにも関わる難しい問題である。もしも、厚生年金が適用される人々の所得格差が大きければ、これを是正するための再分配的な措置や給付設計は、厚生年金を社会保険として運営していくことが国民に受け入れられる限り正当化されるかもしれない。そのような措置や給付設計を考えるためにも、厚生年金が適用される人々(サラリーマンの世帯主やその被扶養者、あるいはパートタイム労働者)の実態を把握することは重要な作業であると考えられる。
 このように、次期年金制度改正では、年金制度(とくに厚生年金制度)における給付と負担の両方における改革が再び問われることになると考えられるにもかかわらず、そのための基礎的資料として女性の就業と子育ての実態を踏まえて、しかも年金の給付と負担の両方に関わる情報を提供する調査は、これまで必ずしも十分には実施されてこなかった。このような問題意識から、平成13年度厚生科学研究費補助金(政策科学推進事業)「社会保障政策が育児コストを通じて出生行動と消費・貯蓄行動に及ぼす影響に関する研究」(主査 国立社会保障・人口問題研究所 金子能宏)では、女性の転職経験と退職金との関係や年金改正に対する意識に関する調査項目を含めた「女性の就労と子育てに関する調査平成14年3月」を実施した。この調査の調査票の作成に当たっては、パートタイム労働の諸問題は企業行動におけるダウンサイジングやアウトソーシングとも関連するので、独立行政法人・経済産業研究所の「企業環境の変化とセーフティネットに関する研究会」にも協力して頂き、個人を対象とする調査でありながら企業環境の変化にも配慮した調査票を作成するように努めた。


2.「女性の就労と子育てに関する調査 平成14年3月」にみる女性の就労と子育ての様子
 調査対象は小学校6年生以下のお子さんを持っている女性で、配偶者がいる場合には配偶者の男性を含めて調査を実施した。調査の実施方法は、社団法人中央調査社のマスターサンプルに対する郵送調査で、全国の2000人に調査票を配布して、有効回答1330通を得ることができた。
 まず、回答して下さった女性の年齢分布と年齢階級別の仕事をしている人の割合(無職と答えた人以外の割合)は、次の通りであった(表1)。子供をもっている女性に対する調査であるため、年齢階級別の仕事をしている人の割合は、最も低い25~29歳から年齢とともに上昇しているが、これはM字型の労働力率の右上がりの部分に対応した結果である。
表1


 世帯の状況について見ると、平均世帯人員数は4.6人、小学校6年生以下の一世帯当たり平均子ども数は1.82で、5割以上の家族は一人っ子という少子化傾向が見て取れる結果となった。女性の平均収入は149万円であり、所得階級150万円未満に約5割の人が分布しているのに対して、配偶者の平均収入は538万円であった。子供を持つ女性にとって、子育てのために離職する場合には賃金所得を失う機会費用が発生し、子育てしながら働く場合には保育所などを利用するための支出(金銭的なコスト)や、場合によっては夫や同居の家族が子供の面倒を見る必要が生じることなどの非金銭的なコストがあるために、子供を持つことが女性の就業行動に及ぼす影響は複雑になる。回答してくださった女性の方々の就業状況は次の通りであった(表2)
表2


 次に、子供に対するケアがどのように提供されているかを見ると、「お母さん自身が見ている」方が43.2%、「認可保育所を利用している」が17.0%、「無認可保育所を利用している」が1.1%、「幼稚園(預かり保育なし)」が12.3%、「幼稚園(預かり保育あり)」が3.3%、また「小学校(学童保育なし)」が面倒をみていると意識しているお母さんが40.5%であった。これは有業、無業の別なく誰が面倒みているかを聞いているので、「認可保育所を利用している」「無認可保育所を利用している」割合が低くなっている点に留意する必要がある。緊急時には誰が子供の面倒をみてくれるかという問いには、「祖父母」が70.2%で、「夫」が53.5%という結果であった。
 この調査では、年金制度への意識調査と関連して、老後の(若い人の場合には将来困ったときの)所得保障の役割も担っている退職金の実態を聞いているので、退職金の有無とも関係する過去の職業履歴を、上に述べたような家族や子供に恵まれた女性の方々に質問した。
 具体的には、「結婚直後」「第1子妊娠時」「第1子出産直後」「末子の出産から3歳までの期間」「末子が3歳から小学校入学前」「末子が小学校入学から現在まで」について、「フルタイムの就労」「パートの就労」「働いていない」の中から選択する調査項目を調査票に含めた。その結果、「結婚した直後」は、フルタイムが48.6%、パートが15.6%となったが、「第一子を妊娠したとき」については、フルタイムで就労した方は12%ポイント下がって36.9%、働いていない方は42.0%となった。この時点の働いていない最大の理由は「家事・育児に専念したかったから」(50.2%)である。さらに、ライフコースをたどると、「末子の出産から3歳までの期間」から「末子が3歳から小学校入学前」「末子が小学校入学から現在まで」と、子どもの成長の時期に従って一度働いていない状況を経験するようにになると、フルタイムで就労を続けることが困難になるといった結果になっている。逆に「パートで就労」する人たちの割合は、「末子の出産から3歳までの期間」や「末子が3歳から小学校入学前」というように、ある程度子育ての後半になると高くなっている。このように小学校6年生以下の子供を持つ女性の就業行動の実態は多様である。そこで、転職・離職経験を持った人の割合を見てみると、その割合が48.2%と無視できないほど多いということから、将来の年金給付の適正化を補うために、退職金や企業年金を活用使用とする場合には、その実態についての理解が必要であることが理解されるだろう。この調査では、このような問題意識から設けた調査項目に対して次のような結果を得ることができた。


3.子供を持つ女性の転職・離職経験の実態と年金改革の課題
 この調査では、転職したことのある人(回答者の48.2%)のうち、複数回の転職を経験した人を考慮して、転職した時期を複数回答で聞いた。割合が一番高いのは「結婚を決める直前」の26.2%で、次が「結婚した直後」の17.8%であり、「末子の出産から3歳未満の期間」、「末子が3歳から小学校入学前」に転職した方が2割程度という結果となった。ライフコースのこの次期に2度目の転職のピークがあるのは、子供を持つ多くの女性がフルタイムからパートタイムに就業形態を変えていることを示唆している。
 「退職経験」については、82%が「ある」と回答している。転職した人が4割いるので、完全に働くのを辞めた人と、転職経験のある人を合わせて退職経験が8割になるという、整合性のある回答状況だと考えられる。このように退職経験のある人は8割だが、退職金を受け取られた方の割合は65.4%であった。ただし、退職金を受け取ったかどうかについての回答数は1090で、さらに退職金の金額になると回答数は713人に減少してた。退職金を受け取った記憶は1090人の人があるけれども、うち300人はいくらだったかを忘れたというほどわずかのものであったことが示唆される。実際、回答して下さった女性の方に限ってみても、退職金の平均額は53.5万円であった。福利厚生制度や退職金制度の解説書や資料では、いわゆる日本的雇用慣行を前提としてモデル退職金の金額は千数百万円という数字が見受けられるが、女性の転職・離職(退職)の実際にはこのような厳しい実態があることが理解される。
 次に、この調査では、退職金の主な使途を複数回答(2つまで)で聞いている。「生活費として使った」が39.8%で一番多く、それから「将来の生活のために貯蓄した」人は28.9%、「結婚資金として使った」方が23.7%であった。ハーバード大学のデビット・ワイズ教授は、アメリカでは確定拠出企業年金401Kが普及したにもかかわらず、それが転職の時に一時金として受給される場合が多いことを踏まえて、企業年金が公的年金制度を補って老後の生活保障として機能するためには、こうした一時金が再貯蓄される誘因を優遇税制などにより政府が提供すべきであると述べている。なぜこのような政府の措置が必要であるかと言えば、ワイス教授の実証分析では、転職の際に受け取る企業年金の一時金の金額が低いほど再貯蓄する確率が下がる傾向が示されたからである。この調査の結果では、退職金を受け取った女性の約3分の1の人は退職金を将来の生活のために(老後までは行かないものの)ある程度再貯蓄しているけれども、再貯蓄の元手となる退職金額が平均53.5万円という男性のモデル退職金に比べれば遙かに低い水準にあることを考慮すると、これを将来に備えて再貯蓄する誘因を優遇税制などにより政府が提供することは、女性の引退後の生活保障の手段を多様化する一つの重要な方法であると考えられる。
 退職金の水準や再貯蓄の問題は、子供を持つ女性の引退後の年金給付を補う手段としてこれらが有効に機能する条件が満たされているかどうかに関わる問題であるが、年金の負担のあり方も、女性の引退後の生活保障に影響する重要な要素である。現在、パートタイム労働に厚生年金の適用を拡大することが検討されているが、この調査でパートタイムで働く女性の平均時給をみると、858円にしかすぎなかった。このような金額の時給に対して保険料を課すべきなのかどうか、もし課すとすれば保険料率が現在の厚生年金制度のように定率でよいかどうか検討する余地がある。なぜならば、この調査で今提案されている年金改革の選択肢に関する意識を尋ねたところ、「育児・介護期間中、妻の社会保険料は免除するべきだ」に対しては、「そう思う」「どちらかというとそう思う」合計が8割にのぼっており、「年収は60万円以上ならばそのようなサラリーマンの妻も社会保険料を負担すべきだ」に対しては、「そう思わない」「どちらかというとそう思わない」合計が58%とい回答結果が得られたからである。また、働く女性と専業主婦の間の保険料負担の公平性に関する問い、「収入があるのかどうかに関係なくサラリーマンの妻も社会保険料を負担すべきだ」に対しても、「そう思わない」「どちらかというとそう思わない」合計が7割にのぼっているからである。
 このように、「女性の就労と子育てに関する調査 平成14年3月」によって、子供を持つ女性の世帯状況、就業行動を知ることができたばかりか、「女性と年金検討会」で問われた諸問題に対して、実態に即した検討を加えることができるような情報の幾つかを提供することができたと言えるだろう。女性の年金問題を女性のライフスタイルの多様化に即して対応していくためには、今後もこのような調査が定期的に実施されていくことが期待される。