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■「中央調査報(No.566)」より

 ■ 国のたばこ対策の方針と市町村の実施状況のギャップ

国立保健医療科学院疫学部主任研究官  谷畑 健生

Ⅰ. はじめに

 国の健康施策としての「21世紀における国民健康づくり運動」(健康日本21)1)において,また厚生科学審議会が国の施策方針として厚生労働大臣に具申した「今後のたばこ対策の基本的考え方について」(平成14年12月25日)において,たばこ対策は国が健康施策を講じる上で重要な柱であり,推進していることがわかる。またわれわれは都道府県が作成した健康日本21地方計画におけるたばこ対策の評価2),保健所のたばこ対策実施状況は継続的に観察した2-6)。この観察の結果,都道府県のほぼすべてでたばこ対策は前向きに検討されており2), 保健所の多くもたばこ対策に取り組んでいる2-6)ことが明らかにされた。国の健康施策は,例えば地域保健法などの法の主旨に基づいて作成されているが,その施策が,例えばたばこ対策が市町村に反映しているのか,市町村ではどのように受け取っているのかを明らかにすることは,実効性のある健康施策を講じる上で重要なことである。われわれは全国市町村のたばこ対策実施状況調査を行い,市町村がたばこ対策にどのように取り組んでいるのかを明らかにした。また同時に,国の健康施策がどのように市町村に反映しているのかも検討した。


Ⅱ. 方 法

 次の方法で全国市町村におけるたばこ対策実施状況調査を行った。調査対象は,特別区,全政令指定都市(以下「指定都市」),地域保健法施行令により保健所の設置が認められた市(以下「保健所設置市」),中核市と市町村を含む全市町村3,239か所(平成14年11月1日現在)とした。平成14年11月15日付けで市町村保健衛生主管部局担当者に調査票を送付し,自記式郵送法により調査を実施した。調査票の回収期限は同年11月30日とし, 12月5日までに調査票の返送がなかった地方自治体に対して,調査の再依頼文を葉書にて送付し,調査票を回収した。調査対象のうち,2,723か所から回答を得た(回収率84.1%)。本研究では市町村が自覚的にたばこ対策を行っているかどうかを検討し,例えば,庁舎の分煙をたばこ対策として推進するのではなく,都道府県の指示などでなんとなく分煙しているものを省いた。
 調査票の集計時には,全国の市町村を,(1)保健所を独自にもつ特別区,(2)政令指定都市,(3)中核市,(4)保健所設置市,(5)保健所を持たない地方自治体としての市,(6)同町,(7)同村の7つに分類した。本稿で「市町村」あるいは「町村」と表現した場合,保健所を持たない市町村を指し,地方自治体と表現した場合は特別区,政令指定都市,中核市,保健所設置市,市,町と村をすべて一括するものとする。
 調査票の質問項目は,喫煙実態調査,たばこ対策実施状況,たばこ対策の目標,たばこ対策の連携機関,たばこ対策を行う職員の体制について設定した。これらの項目は保健所と市町村のたばこ実施状況調査をもとに,質問項目をできるだけ一致させるようにした。


Ⅱ. 結 果

 喫煙実態調査を行った地方自治体は保健所をもつ地方自治体に多く,市町村に少なかった(表1)。たばこ対策を実施した地方自治体は町,村で全国平均より低かった(表2)。健康日本21が公表された平成12年以降に中核市,市,町,村はたばこ対策を開始したが,その他は11年以前に開始した(表3)。

表1
表2
表3


 たばこ対策を行った地方自治体のうち,学校,職域などの対象別に行った地方自治体は多かった(表4)。学校と地域を対象とした地方自治体は指定都市,中核市,保健所設置市に多かった(表5)。保健所をもつ地方自治体は禁煙教育などの能動的なたばこ対策を行ったが,市町村の多くは行わなかった。防煙についてのポスター,パンフレットの配布や掲示を行った地方自治体は指定都市,中核市,保健所設置市に多く,市町村,特別区は少なかった。

表4
表5


 未成年のたばこ対策の一環である,学校敷地内での禁煙,たばこ自販機の規制,たばこ対面販売時の年齢確認はほとんどの地方自治体で行われなかった(表6)。

表6


 たばこ対策を行わなかった地方自治体が挙げる理由として,「他の業務が多く余裕がない」という答えが最も多かった。また,「たばこ対策の手段・方法がわからない」「たばこ対策のニーズが高い証拠や認識がない」という回答や,「たばこ税の減少による収入の減少」という回答も少なくなかった(表7)。


表7

Ⅲ. 考 察

1.本研究の限界

 本研究の限界として以下の点が挙げられる。1つ目の限界としては,現在では健康増進法によって(平成15年5月施行)地方自治体がたばこ対策を進める法的根拠があるが,平成14年までそれがなかったことである。二つ目の限界は,本研究は健康増進法施行直前に行われたことである。健康増進法に従って地方自治体がたばこ対策を実施している場合,分煙をはじめとするたばこ対策が厳格に行われている可能性がある。し かし本研究の基盤となっている調査は平成14年に行われているため,本稿中のたばこ対策が平成16年現在に既していない可能性がある。これらの限界を改善するために,本研究を今後も継続し,健康増進法によって地方自治体のたばこ対策がどのように変化したのかを観察する予定である。


2.市町村のたばこ対策実施状況

a.喫煙状況調査
 われわれは,地域で実効性のあるたばこ対策を実施するためには喫煙状況調査を行い,住民の喫煙についての情報を入手する必要があると主張している2,5-8)。喫煙状況調査は実態を把握するためだけではなく,住民を説得するためにも重要な情報である2,5-8)。さらにこの調査を実施することは,地方自治体と住民組織が 連携してたばこ対策を行う契機,例えば地方自治体とPTA連合会が未成年者のたばこ対策を行う契機9)となる可能性がある。たばこ対策を行わない理由として「住民のたばこ対策へのニーズが高いとの証拠と認識がない」と答えた地方自治体も少なくないことから,なおさら喫煙実態調査によって住民の状況を把握する必要がある。 しかしながら地方自治体は調査の必要性を理解していても,人的資源と技術的知識の不足から調査を実施できない10-2)。地方自治体で独自に調査が出来ないのならば,保健所,大学等研究機関,民間機関から人的資源と技術的知識の不足を補う必要がある12)が,まずは保健所との連携5-8)を模索するのが,地域保健法に則した行動であると考えられる。

b.たばこ対策実施内容
 たばこ対策は,禁煙教室,講演,保健指導を含む禁煙教育の実施など能動的な対策,庁舎内,事業所などの分煙,たばこ自販機の規制など規制的な対策,禁煙・分煙に関するパンフレットとポスターの配布・掲示など非能動的な対策が挙げられる。特別区,指定都市,中核市と保健所設置市は たばこ対策全般について実施するところが多いが,市町村は能動的なたばこ対策を実施する割合が少なく,さらに非能動的な対策さえ十分にできていない。また「たばこ対策を行う手段と方法がわからない」ことを理由にたばこ対策を行っていない市町村が少なくなく,たばこ対策の開始時期も遅れている。 この現象は次のように考えられる。市町村では専門職の確保が困難であり,健康教育を行う適切な技術がないために健康教育を実施する上で問題がある13)ので,たばこ対策も同様に実施することが困難であることがうかがえる。
 健康日本21は、より高度なたばこ対策として禁煙サポートを挙げている。禁煙サポートはそれ自身技術であり,担当する職員に理論と技量を要求している14)。しかし地方自治体での禁煙サポートは,最も進んでいたとしても指定都市の4割程度であり,多くの地方自治体は禁煙サポートを行うだけの人的資源と技術的知識が不足しており,国の健康政策のすべてを地方自治体で展開することが困難であることがうかがえる。
 職域保健としてのたばこ対策の指針は,労働省(当時)によって「職場における喫煙対策のためのガイドライン」(平成8年2月)が公表され,平成15年5月にさらに強化されたガイドラインが作成された。地方自治体はその方針に従って地方自治体庁舎を分煙化する必要がある。禁煙も分煙も行っていない市町村も少なくないことから,この指針が地方自治体,特に町村において十分に浸透していないと考えられる。


3.未成年者のたばこ対策

 わが国の未成年者はたばこ自動販売機(たばこ自販機)でたばこを購入している15)ように,未成年者のたばこ購入についての環境が問題である。例えば,たばこの値段を上げることによって未成年者のたばこの購入が減少し,喫煙率が低下する16)ように,未成年者に対するたばこ対策の考え方は,未成年者がたばこを買いにくい環境を作ることである16)。われわれは地方自治体が行うべきその環境作りとは,(1)たばこ自販機の規制,(2)たばこの対面販売時の年齢確認,(3)学校敷地内における禁煙,をあげる。特に学校教職員が敷地内で喫煙することは未成年者の喫煙容認へ要因となる。
 残念ながら地方自治体は,たばこ対策としての未成年者への環境作りをほとんど行っていない。未成年者への取り組みが難しい理由として二つ考えられる。一つは条例制定の際に生じる問題である。青森県深浦町は,全国に先駆けて未成年者のたばこを買い難い環境作りとして「自動販売機の適正な設置及び管理に関する条例」(平成13年3月12日)を制定した。しかしたばこ販売者は,町からの要請にもかかわらず,生活権維持の主張の下に同町からたばこ自販機を撤廃していない。また町は,販売者らへ自販機撤廃に伴う売り上げの減少に対して補償を提案しているが,販売者らとの交渉がまとまっていない17)。 このように,条例が制定されてもすぐに未成年者の環境が改善されるわけではない。もう一つの問題として,たばこ対策実施によるたばこ税の減収が見込まれるため対策を実施しないと答えた町村が少なくないことである。これは,喫煙者は非喫煙者に比べて年間医療費が必要である18)ので,喫煙によって生じる疾患についての国民健康保険医療費の支出とたばこ税による収入を比較することによって,地方自治体はたばこ対策実施の選択の是非を論じる必要がある。このように,これらの問題を解決するのが難しいために,国の施策である未成年者ための環境作りは,地方自治体が行えにくい状況にあるとうかがえる。


4.国の施策と地方自治体の実施

 厚生科学審議会の提出した「今後のたばこ対策の基本的考え方について」において,地方自治体,特に市町村は早急にたばこ対策を実施する必要があるが,本稿によって地方自治体におけるたばこ対策の実施は,特に市町村ではまだ不十分であり,地方自治体は国の健康施策であるたばこ対策を行うだけの行政能力が不足している可能性があることが明らかになった。このために,現状の地方自治体は,国の健康施策を実現できず,住民の健康問題を解決する方向に向いていないといえよう。 この問題を解決するためには,保健所は地方自治体の行政能力を補うために地方自治体と連携し,住民の健康増進を目指すよう地域保健法は示している。われわれは,地方自治体がたばこ対策を行う上で保健所との連携を模索するべきであると考えるが,保健所は,地方自治体へ情報提供する能力,地方自治体から提供されたデータの分析・活用の能力が低いために19),地方自治体から連携のメリットが低い評価を受けているために,連携できないない可能性も否定できない。
 今後さらに市町村などの地方自治体が保健所と連携の障害となる要因については明らかに,国・都道府県・市町村の独自性を保ちながらの連携の方法を開発する必要があると考えられる。
 本研究は厚生労働省の平成14年度厚生労働科学研究費補助金健康科学総合研究事業「都道府県,市町村の「健康日本21地方計画」及び保健所におけるたばこ対策実施状況とその評価についての研究」(主任研究者 谷畑健生)によって行われた。また本研究は谷畑の他に,鳥取大学医学部助教授尾崎米厚,国立保健医療科学院主任研究官青山旬,同院川南勝彦によって行われた。
 本論文の詳細なものについては,谷畑健生,尾崎米厚,青山旬,川南勝彦,簑輪眞澄.全国市町村におけるたばこ対策実施状況を明らかにする(第1報).厚生の指標.2004:51(10);27-33.を参照のこと。
 本研究にかかる市町村への調査票の送付および督促,データ入力などの業務を社団法人中央調査社に,基礎的な集計の補助を統計社に委託した。


 文 献 
1) 
多田羅浩三編.健康日本21推0進ガイドライン.東京:ぎょうせい.2001.
2) 
平成13年度厚生労働科学研究費補助金健康科学総合研究事業(「都道府県,市町村の「健康日本21地方計画」及び保健所におけるたばこ対策実施状況とその評価」研究班:主任研究者谷畑健生)報告書
3) 
厚生省健康増進栄養課.保健所における喫煙対策の現状.複十字.1987;195(5),13-5.
4) 
揚松龍治.保健所における喫煙対策実施状況調査結果.厚生の指標.1992;39:8-12.
5) 
谷畑健生,尾崎米厚,青山旬,他 全国保健所におけるたばこ対策実施状況調査の結果と分析
-平成7-9年(第1報).厚生の指標,2001;47(11):34-41.
6) 
谷畑健生,尾崎米厚,青山旬,他.全国保健所におけるたばこ対策実施状況調査の結果と分析
-平成7-9年(第2).厚生の指標,2001;48(3):22-8.
7) 
簑輪眞澄.喫煙対策における保健所活動の重要性.日本公衛誌1996;41:289-293.
8) 
簑輪眞澄,谷畑健生.地域でのたばこ対策推進における保健所の役割.公衆衛生.1999;63(11):782-6.
9) 
武智晴子,岡田春美,前田裕美,他.PTAと連携した未成年者のたばこ対策の展開.四国公衛誌.2003.48(1):58-59.
10) 
今川洋子,北垣千絵,太田祥子,他.市町村保健婦活動計画書の現状と今後の課題.について.北海道公衛誌.2000;14:72-7.
11) 
重村峯子.地域活動計画書の健康問題・活動目標の明確化に関する研究.日本公衆衛生看護研究会誌.1997;7(1):10-3.
12) 
尾島俊之,多治見守泰,大木いずみ,他.全国市町村における疫学研究と個人情報保護に関する検討の現状.厚生の指標.2001;48(13):22-28.
13) 
岸恵美子,神山幸枝,渡邉亮一,他.市町村で行われている健康教育と健康相談の現状と課題.KitakantoMedJ.2001;51(2):119-28.
14) 
中村正和,大島明,増居志津子.個別健康教育禁煙サポートマニュアル.東京:法研.2002.
15) 
平成12年度厚生科学研究費補助金厚生科学特別研究事業(「未成年者の喫煙および飲酒行動に関する全国調査」研究班:主任研究者上畑鉄之丞,未成年者の喫煙および飲酒行動に関する全国調査)報告書
16) 
Liang,L.,Chaloupka,F.,Nichter,M.,etal.Prices,policiesandyouthsmoking,May2001.Addiction;98(Suppl1):105-22.
17) 
特集「実効性のある展開を見せ始めたたばこ対策」.公衆衛生情報.2003;936:7-11.
18) 
PronkNP,etal.Relationshipbetweenmodifiablehealthrisksandshort-termhealthcarecharges.JournaloftheAmericanMedicalAssociation1999;282:2235-9.武村真治,大井田隆,杉浦裕子,他. 都道府県保健所の市町村支援機能に対する市町村の評価の変化. 厚生の指標. 2002;49(13):21-7.