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■「中央調査報(No.581)」より

 ■ 最近の時事世論調査における政党支持率と内閣支持率

前田幸男 首都大学東京 都市教養学部 法学系 准教授     
東京大学 社会科学研究所 助教授(3月27日から)

 2005年9月11日の総選挙は自民党が296議席を獲得し、公明党の31議席と合わせて与党で327議席という歴史的な圧勝に終わった。選挙期間中、小泉純一郎首相は郵政民営化を一大争点と位置づけ、政敵との全面的対決と徹底的改革とを強調した。「『変革』を求める国民の期待感が、小泉首相の『改革』志向に共鳴、大量票となって自民党に集中した」(「変革の期待に応えよ」読売新聞2005.9.12)、 あるいは、「現状打破の期待は、本来なら野党に向かうはずだが、首相は『非情の解散劇』を演じることで、改革の旗手の座を再びつかむことに成功した」(「『郵政』以外を明確に語れ」朝日新聞2005.9.12)と選挙後の解説報道は整理している。「何かが変わる」という漠然とした期待を人々に植えつけたことが、連立与党の大勝へとつながったというのが選挙結果についての共通した理解であるように思われる。
 選挙前後の通常の世論調査報道では短期的な視点からの分析が主になるが、本稿では第20回参議院選挙終了後、選挙時の一時的支持率浮揚効果が収まり選挙前の水準に戻った2004年9月を始点とし、牛肉輸入再停止やライブドアの堀江貴文社長逮捕に起因すると思われる 内閣支持率の低下が現れた本年2月までの時事世論調査の結果を中期的な視点から検討する。時事世論調査データのより長期的な視点からの分析については本誌564号と569号に既出の拙稿を参照して頂ければ幸である(前田2004;前田2005)。


1.全体的な推移

 ここでまず、2004年9月から2006年2月までの政党支持率の推移を示した図1を御覧頂きたい。政党支持率については繁雑になるので自民党、民主党、および無党派(「政党支持なし」と「わからない」の和)のみを掲載してある。本誌既出の拙稿では「非政党支持」という言葉を使ったが、わかりやすさを考えて今回は「無党派」とした。両者は全く同じものである。なお、以下本稿では図表を除き百分率は基本的に四捨五入して1%を単位として議論する。
 時事通信社の調査は設問の関係から政党支持率が他社の調査よりも低めに出る傾向がある。支持率が低めに出るだけに変動の幅も小さいが、すくなくとも2004年9月から2005年8月までの間、3つのグラフは変化が乏しい。小泉首相による衆議院の解散が8月8日であったので、8月調査(実査5~8日)は郵政民営化法案の参議院における否決から解散・総選挙に至る展開の影響を基本的には受けていないと思われる。この期間における変化は、自民党の平均支持率が23%で平均変動幅が1%、民主党の場合は平均支持率10%で平均変動幅1%、無党派の場合はそれぞれ60%と2%とであった。各回の標本規模を大雑把に1400として比率の標本誤差を検討しても統計的に有意な変化ではない。
 それが9月調査では大幅に変化し、自民党支持率が8%上昇して32%、民主党支持率が5%上昇して15%になった。同時に無党派の比率が15%下降し45%になっているが、1ヶ月間における無党派比率の変化としては、時事世論調査開始以来最大の変動幅である。政党支持率が内閣支持率と比較して安定して推移する特性を持つことを考慮するならば、郵政民営化法案否決から解散・総選挙までの政局は甚大な影響を有権者の心理に及ぼしたと考えられる。 9月以降は自民党が総選挙による支持率浮揚効果を2006年1月まで維持したのに対し、民主党は11月で既に選挙前の支持率を下回っている。直近の2月調査で漸く自民党支持率は総選挙直前8月の支持率と同程度にまで落ち着いた。時事世論調査の比率で言えば、自民党は20%台前半、民主党は10%前後が安定した基礎的な支持率かと思われる。

図1


 次に、同じ期間についての内閣支持率の推移を示した図2を検討しよう。2004年9月から2005年8月までの1年間について言えば、内閣支持率・不支持率ともに平均で39%、平均変動幅2%である。「わからない」(おそらくその少なからぬ部分は「どちらとも言えない」であろう)は平均22%、平均変動幅1%となる。内閣支持率が前月と比べて上昇した回数が6回、下降したのが5回であるので、この時期は明確に内閣支持が上昇あるいは下降する傾向は無かった。しかし、内閣支持率と不支持率との差は僅差で、かつ両者の数値の大小は数回入れ替わっている。 自民党内の支持基盤が脆弱で世論に敏感とならざるを得ない小泉内閣にとっては予断を許さない状況であったように思われる。実際、毎日新聞が7月16・17日に行った全国世論調査(電話)では、「もし衆院選が行われたら、どの政党に議席を増やして欲しいですか」という質問に対して、25%が自民党と答えたのに対し、35%が民主党と答えていた(毎日新聞2005.7.18)。少なくとも総選挙以前には小泉内閣が極めて厳しい状況にあるという認識が一般的であったように思われる(例えば、「近聞遠見」毎日新聞2005.7.30)。
 この内閣支持率も8月8日の解散から9月11日の投票日までの1ヶ月間に激変する。8月と比べて内閣支持率が14%上昇し54%を記録すると同時に、不支持と「わからない」は各7%減少し、それぞれ30%と17%まで下落している。同一内閣における支持率上昇の幅としては時事世論調査開始以来最大であり、郵政解散・総選挙が極めて大きな影響を世論に与えたことがうかがい知れる。これ以降も、内閣支持率は高い状況で安定し、年末まで50%台前半で推移する。1月6日から9日の間に実査が行われた2006年1月の調査では小数点一桁まで考慮すると再び50%台を割り込んだが、 それも統計的に有意とは言えない変化であった。内閣支持率は2月の調査(実査は10日から13日)で43%まで下落したが、その背景には12月に再開したばかりの米国産牛肉の輸入が特定危険部位の混入のために再禁止されたこと(1月20日)、ライブドアの強制捜査(1月16日)から堀江貴文社長の逮捕(1月23日)、防衛施設庁の談合による同庁審議官らの逮捕(1月30日)と立て続けに起きた政府・与党に不利な事件があったと思われる(同様の見解については毎日新聞2006.2.12)。本稿では、一連の出来事の影響を敢えてライブドア・ショックと呼ぶ。


図2


2.郵政解散・総選挙による変化の考察

 先述の通り8月の時事世論調査の実査は5日から衆議院解散当日の8日まで、9月の実査は9月11日総選挙後14日から19日までの日程で行われている。残念ながら解散から総選挙までに起きた様々な出来事、例えば「刺客」の擁立、党首討論、八代英太代議士の公認問題等による短期的な支持率の変動は分析できないが、質問数が多く、また、全く同じ形式の質問を定期的に繰り返す時事世論調査は郵政民営化をめぐる解散から総選挙までの変化を掘り下げて検討するためには絶好の材料を提供する。ここでは、調査に協力した回答者の性別・年齢毎の考察を通じて、この間の世論の変化に接近したい。
 まず、8月調査と9月調査の政党支持率ならびに内閣支持率、さらに9月調査の支持率から8月調査の支持率を引いた数値を各集団について示した表1を見て頂きたい。上段の8月調査結果を見ると、従来の調査で典型的に見られるように、若年層ほど無党派に傾き、高齢層ほど自民党を支持する傾向が確認できる。それが、9月の総選挙後には大きく変化している。まず先に8月から9月への変化を示した下段から見てみよう。 無党派の割合が高い集団においてその減少幅も大きくなるが、女性、20・30歳代で減少が顕著である。そして無党派からの減少がどこに流れるかと言えば、男性は民主党1(4.2%)に対して自民党1.4(5.8%)の割合であるが、女性の場合は同様の比率が1.9(10%÷5.3%)と、より強く自民党支持へと惹きつけられている。年齢別の変化を見ると、20歳代で3.1(16.8%÷5.4%)、30歳代で4(15.3%÷3.8%)と、標本全体を見た場合(7.8%÷4.6%=1.7)よりも高い割合で無党派が自民党支持へと流出していることがわかる。 その意味で、今回の自民党大勝の原動力になったのは女性と若者の自民党への投票であったと推察される。特に、前回参議院選挙では民主党へと流れたと思われる20歳代から30歳代の人々が、自民党へと流れたことが大きかったのではないか。9月の政党支持率の割合(中段)を8月(上段)と対比すると、年齢による自民党支持率の差が大幅に縮小している。また、自民党支持率における男女差も相当小さくなっている。ただし、8月から9月にかけて民主党支持率が減退したわけではなく、民主党支持率も全体で5%上昇していたことは明記しておきたい。
 次に表1の右側にある内閣支持率の変化だが、総選挙以前8月には男女差が7%あった。また、支持率は高齢層で若干高い傾向があり、「わからない」の率が若年層で高めに出ているが、同月の政党支持率と比べると年齢差は小さい。それがどう変化したか、まず下段を見てみよう。小泉内閣の支持率は全体で14%増加しているが、男性と女性とを比べると女性の支持率上昇が17%と男性の10%と比べて急激である。年齢別に見ると20歳代では25%と驚異的な上昇を記録している。 必ずしも年齢が高くなるほど上昇幅が小さくなるわけではないので断言はできないが、小泉内閣支持率の上昇においても女性と若者の態度変化が非常に大きな要因であったと考えられる。実際、9月の内閣支持率を中段で確認すると、8月には7%有った男女差が消滅し、また、14%あった20歳代と60歳代との差が4%にまで縮小している。本誌569号に掲載した拙稿では、女性の内閣支持率が男性の内閣支持率を上回ることが稀であることを指摘したが、1990年以降で確認すると女性の内閣支持率が男性の支持率を上回ったのは小泉内閣以外では細川内閣発足時の調査1回だけである。 また、20歳代において内閣支持率が不支持率を上回ることも稀であるが、8月から9月にかけての20歳代の支持率と不支持率との逆転(30%対37%→55%対23%)は劇的ですらある。いずれにしても、郵政解散・総選挙後の小泉内閣支持が通常の自民党内閣(あるいは自民党中心の連立内閣)から相当逸脱した傾向を示していることは明らかである。そして、その逸脱は通常よりも高い若者と女性からの支持に依存していると思われる。

表1


3.内閣支持と不支持の理由

 自民党が圧勝したとはいえ、それは「小泉純一郎首相が巻き起こした『風』によるところが大きい」(毎日新聞2005.9.12付社説)ものであったならば、人々が具体的にどう小泉首相を評価したかを検討するべきであろう。幸い、時事世論調査には内閣支持理由と内閣不支持理由についての多項選択質問(複数選択可)があるので、調査対象者の反応の推移を時系列で追ってみよう。内閣支持理由の選択肢は全部で9つあるが、ここではそのうち「連立内閣だから」と「なんとなく」とを除く7つを用いてグラフを作成した(図3)。なお、百分率は内閣支持者・不支持者を分母とするのではなく、調査対象者全員を分母として計算したものを利用している。 内閣支持理由を見る限り、8月から9月にかけてもっとも大きく変化したのは、予想通り「リーダーシップがある」という回答であり、10%から23%へと13%増加している。次に大きな変化を示したのが「首相を信頼する」という選択肢であり、10%から15%へと増加している。一見してわかるように、総選挙の前後で他の選択肢には顕著な変化はない。郵政民営化を巡って戦われた選挙であったにもかかわらず、「政策がよい」という選択肢の増加は1%に過ぎない。確かに「選挙戦の争点は表で『郵政』、実質は『コイズミ』のまま終始した」(「首相は驕らず改革を」日本経済新聞2005.9.12)と言うことができる。 解散・総選挙の前後で上昇した小泉内閣の支持率は基本的に小泉首相個人に対する信任の表明であったといえよう。また、自民党は郵政民営化法案について衆参両院で造反議員を出していた。政党としての統一したメッセージを有権者に送ることに失敗していたことを考えるならば、自民党支持率の上昇も経済運営の実績に対する評価や政策に対する支持等からきたものではなく、短期的に小泉内閣支持率の上昇により押し上げられた特異なものに過ぎないと思われる。

図3


 次に、内閣不支持理由をグラフにした図4だが、9つの不支持理由のうち、同じく「連立内閣だから」と「なんとなく」とを除く7つを示してある。不支持率そのものが低下しているので、不支持理由自体も軒並み低下しているが、そのなかでも「期待がもてない」が20%から13%へと低下しているのが目立つ。その他では、「リーダーシップがない」と「政策がだめ」がそれぞれ4%低下している。「政策がだめ」が若干減少しているので、郵政民営化が争点となった効果も少しは認められるが、不支持率側から見ても政策中心ではなかったことがわかる。そもそも「期待が持てない」の下降幅が一番大きかった訳だが、造反議員に対する「刺客」候補者の擁立等、 連日繰り広げられた政治劇とそれを巡る報道が、有権者の間に「なにかが変わる」という漠然とした期待を掻き立てたのではないかと思われる。いずれにしても、小泉首相個人の政治手法が功を奏したのであり、自民党に対する支持が内閣への支持に結びついた訳ではない。実際、内閣支持理由において「首相の属する党を支持している」は1%増加、内閣不支持理由において「首相の属する党を支持していない」も1%増加であり、かつ、統計的に有意な変化とは言えない。小選挙区比例代表並立制が当初目指したのは、政党本位・政策本位の選挙であったと思われるが、2005年総選挙は首相本位・内閣本位であったとしても、決して政党本位・政策本位であったわけではない。

図4

4.2006年2月までの変化

 内閣支持率と自民党支持率は総選挙後05年末までは安定して推移したが、2月調査では内閣支持率が1月から7%下落し43%となり、自民党支持率も4%下落し26%となったのは先述の通りである。念のために日経電話世論調査における内閣支持率と自民党支持率とを見ると、それぞれ2005年7月7~9日に43%と31%、8月9~10日に47%と37%、8月20~22日に49%と38%、10月31~11月1日に56%と43%、12月23~25日に59%と37%、そして2006年2月2~5日で45%と36%と、時事世論調査と似た傾向を示しており、 内閣支持率・政党支持率とも緩やかな減少局面に入ったように思われる。ただし、小泉内閣支持率と自民党支持率とが継続的に下降していくかは本稿執筆段階(2006年3月上旬)では判然とせず、政局動向によっては両者が回復する可能性も十分にあり得る。ここでは、単純に2月の結果と1月の結果とを比較するのではなく、総選挙直後の9月調査の結果と2月調査の結果とを比較することで、この間の世論の変化を明らかにしたい。


表2

 表2は上段に06年2月調査における政党支持率と内閣支持率を社会属性毎に示し、下段に昨年9月から今年2月までの変化を示している。下段から先に検討すると、女性の自民党支持率減少幅が男性と比べて大きいようであるが、年齢毎の減少幅の差は明確ではない。少なくとも直線的な関係とは言えない。また内閣支持率についても、年齢と性別とで減少幅に顕著な傾向があるとは言えない。 次に、上段の支持率そのものであるが、自民党支持率については年齢差が有るとは言え、総選挙以前よりは小さい状態である。ただし、男女差については総選挙直前と同程度に戻っている。内閣支持率については年齢差がほとんど無く、女性の支持率と男性の支持率とが等しい状態が持続している。この間の変化をもう少し明瞭にするために、変化のみを取り出して作成したのが表3である。

表3

 表3左側の1列目には政党支持率について8月から9月の変化が再掲してあり、2列目には9月から2月の変化が再掲してある。3列目は2月の支持率を9月の支持率で割った割合であり、集計値でみた場合の歩留まりを示している。実際には新しく支持者になった人の流入と、他党・無党派への流出があるので、個人単位で見た場合の歩留まりはこの数値よりも低いことは注意を要する。4列目は1列目と2列目の和であり、ライブドア・ショックを経ても残っている郵政解散・総選挙による自民党支持率の上昇分である。 この表の最下行を見ると、8月から9月にかけて全体では自民党支持率は8%増加したが、9月から2月にかけて6%減少しているので、4列目を見ると残っている効果は2%となっている。順番は前後するが3列目の集計値の歩留まりは81%である。50歳代はそもそも解散・総選挙でも自民党支持率が下がった層なので全てにマイナス符号がついている。ここで残存効果については男女でほとんど差がないように見える。その一方、自民党支持率については20歳代で10%、30歳代で7%と若年層で残存効果が大きい。
 次に内閣支持率について同様の計算を行ったのが、表3の右側である。全体でみると、支持率は5ヶ月で10%低下している。ただし8月から9月にかけての上昇分14%の4分の1にあたる3%の効果が残っている。この残存している効果を見ると、男性の場合は解散・総選挙の効果はほぼ無くなり、それ以前の状態に戻っているが、女性についてはまだ郵政解散・総選挙の効果が残っている。 9月から2月までで女性の内閣支持率は10%減少したが、8月と比べてまだ7%高い。一方、年齢集団毎の残存効果の差は歴然としており、若い人々ほど小泉内閣支持へと踏みとどまっている傾向を読みとれる。これは、女性、若年層の心を未だに小泉純一郎首相が強く惹きつけていることの表れではないかと考えられる。

5.小括

 最後に、2000年代の選挙における自民党支持率と年齢との関係を考察して、本稿を締めくくりたい。本誌564号掲載の拙稿では、松本正生(2001)の議論を援用し、加齢効果による自民党支持への変化が消滅した変わりに、徐々に民主党支持への変化が生じつつあるのではないかと論じた。短期的な予測としては見事に外れたと言うほかない。では、2005年総選挙結果は従来の傾向からの構造的変化を示し、今後の傾向を先取りしているのであろうか。あるいは一時的な逸脱現象に過ぎないのであろうか。 表4に示すのは2000年代に行われた国政選挙直後の時事世論調査における年齢毎の無党派の比率と自民党支持率である。ここでは簡単に60歳代以上の数字から20歳代の数字を引いた値を年齢差としているが、実は小泉内閣の下で行われた2001年参院選、2003年衆院選、2004年参院選後の調査では、森内閣の下で行われた2000年総選挙時とほぼ同程度の年齢差が自民党支持率には存在した。2001年8月調査時は、小泉内閣支持率は65%の高率を維持し、内閣支持率の年齢差もわずか8%であったにもかかわらず、 自民党支持率については26%差が60歳代以上と20歳代と間に存在したのである。その後04年参議院選挙では全体の自民党支持率が下がると(33%→22%)、各年齢集団で同様に支持率が低下し、基本的に同じ年齢差(24%)が存在していた。無党派の比率も基本的に同様の傾向を示しており、2000年代前半の選挙を通じて、30~35%の差が60歳代と20歳代との間に存在し、それが継続的に変化する方向にあったとは認めがたい。
 しかし、最右列の2005年総選挙後調査における年齢毎の支持率は、他の選挙と様相を異にする。無党派比率を見ても、自民党支持率を見ても、年齢差が小さくなっているのである。ここで前回2003年総選挙における数値と比較するならば、自民党支持率については20歳代から40歳代の差が小さく、40歳代以下で体系的な年齢差が無いように見える点は共通している。ただし、03年と05年では、20~40歳代と60歳代との間に存在する差が随分と違う。前者において40歳代と60歳代との差は28%である。 その差は後者においては20%となる。また、03年から05年への変化を見ると、全体的に自民党支持率が上昇し、無党派比率が減少したにもかかわらず、60歳代以上は殆ど同じ値を示している。これは、今回の郵政解散・総選挙の期間に、20歳代・30歳代の人々が従来とは相当異なる反応を示したのに対し、60歳代以上になると従来と同じ反応しか示さなかった-小泉首相の政治戦略は高齢者には影響を与えていない-ことを示唆しているのではないかと思われる。

 従来の傾向とは大きく異なり若年層において自民党支持率が高いことは、彼ら・彼女らが05年総選挙に際して表明した自民党への支持が極めて特異なものであることの証左だと思われる。過去の時事世論調査を見ると、20歳代における自民党支持率は1960年代に平均26%であり、20~30%の範囲で推移していたが、70年代について平均値を計算しても17%にしかならない。80年代においても20歳代の支持率の平均は17%であり、90年代では12%、そして96年から05年までの10年間で計算すると平均9%まで落ち込む。 そもそも時事世論調査の各月調査で自民党支持率が20歳代で25%を超えたことは70年代に6回(全て1970年内)、80年代には1回(1980年11月)、90年代に2回(1990年10月、1992年1月)しかない。従って、政界再編後10年間の低支持率を考えるならば、20歳代において自民党支持率26%という数字を叩き出したことは特筆に値する。その一方、高齢者にはほとんど従来との違いが見られない。この点、現在の自民党への支持は高齢者中心の旧来型の自民党支持と、若者中心の新しい自民党支持-というよりも小泉内閣支持の一変形としての自民党支持-とが混在しているのではないかと思われる。
 厳密に言えば、世論調査の集計値から有権者が政党・内閣について判断を形成する際に何を重視したかを個人レベルで論ずることはできない。しかし、05年総選挙において小泉内閣・自民党に対する支持へと変化した人々は、政策や組織という実質ではなく、戦略やイメージに左右される人々ではないかと推察される。その意味で、この若年層における自民党支持率の高さが小泉純一郎という個人独特の魅力を超えて定着する可能性は-自民党自体が小泉首相の考え方に沿って変化したのではない限り-低いのではないかと筆者には思われる


<参考文献>
 
前田幸男「時事世論調査に見る政党支持率の推移(1989-2004)」『中央調査報』564号、2004。
 
前田幸男「時事通信社世論調査に見る内閣支持率の推移(1989-2004)」『中央調査報』569号、2005。
 
松本正生『政治意識図説-「政党支持世代」の退場-』中公新書、2001年。