中央調査報

トップページ  >  中央調査報   >  以前の調査  >  2007年の展望-日本の経済 -金融政策の動向が焦点に-
■「中央調査報(No.591)」より

■ 2007年の展望-日本の経済
           -金融政策の動向が焦点に-

時事通信社 経済部次長  境 克彦   

 高度成長期に57 カ月続いた「いざなぎ景気」を2006 年11 月に抜き、戦後最長となった今回の景気拡大は、緩やかながら07年も持続すると見込まれる。しかし、個人消費は力強さを欠き、景気回復の実感は乏しい。企業部門の好調が家計部門にも波及していくというシナリオは維持できるのか。デフレ脱却が正念場を迎える中、日銀の追加利上げをめぐる議論も一段と高まりそうだ。


◇ 正念場のデフレ脱却
 政府が予算案編成に合わせて策定した07年度経済見通しは、日本経済がデフレから脱却する展望を示し、物価変動の影響を除いた実質成長率を2.0 %、生活実感に近い名目成長率を2.2 %と設定。物価下落の影響などから名目が実質を下回る「名実逆転」の解消を目指している。
 経済情勢に関しては、企業、家計部門がともに改善し、物価安定の下での成長が持続すると予測。総合的な物価動向を示す国内総生産(GDP)デフレーターの前年度比伸び率は0.2 %、消費者物価指数(CPI)は同0.5 %と、いずれもプラスになると見込んだ。実質成長率の寄与度は内需1.7 %増、外需0.3 %増で、内需のうち個人消費は1.6 %増、設備投資は3.6 %増。一方、輸出も6.2 %増と堅調に推移すると予想している。

◇ 足元は強弱まだら模様
 だが、日本経済の足元の動きは強弱まだら模様が続いている。06 年7-9 月期のGDP改定値は、物価変動を除く実質で前期(4-6 月期)比0.2 %増と7期連続でプラス成長となったものの、速報値(0.5 %増)からは0.3 ポイント下方修正され、年率換算では0.8 %増(速報値2.0 %増)にとどまった。個人消費の減少幅が拡大し、設備投資の伸び率も鈍化。内需は3 期ぶりにマイナスに転じ、「外需頼み」の景気の構図がより鮮明となった。
 一方、日銀の06 年12 月の企業短期経済観測調査(短観)によると、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)は大企業製造業でプラス25 。企業部門の好調持続が裏付けられたとはいえ、前回9 月調査からの上昇幅は1 ポイントにとどまり、景気をけん引してきた設備投資にも陰りが表れた。大企業非製造業は人材派遣など対事業所サービスを中心に改善し、プラス22(前回プラス20 )に上昇したが、レジャーや小売りといった消費関連の景況感は軒並み悪化。先行きの景況感も、大企業製造業プラス33 、大企業非製造業プラス20 といずれも下降し、企業の慎重姿勢を浮き彫りにした。
 年明け後に発表された指標を見ると、内閣府が小売店主やタクシー運転手らを対象に実施した06 年12 月の景気ウオッチャー調査は、3カ月前と比べた街角の景況感を示す現状判断DIが2カ月連続で50 を下回った。一方、06 年11 月の機械受注は民間設備投資の先行指標とされる「船舶・電力を除く民需」が前月比3.8 %増と2カ月連続で拡大したものの、伸び率は小幅にとどまり、内閣府は基調判断を「一進一退で推移」に据え置いた。

◇ 実感なき「いざなぎ超え」
 「いざなぎ超え」の見出しが新聞紙面を飾った06 年11 月の政府の月例経済報告も、景気回復の継続を手放しで自賛したわけではない。基調判断は「消費に弱さがみられるものの、回復している」と条件付きの表現に下方修正。前月に「企業部門の好調さが家計に波及している」とした分析は、「波及すると見込まれる」にトーンを弱めた。
 企業関連では設備投資を「増加」、生産を「緩やかに増加」とするなど前月の判断を据え置いたが、賃金の伸び悩みや天候不順などで消費の勢いに陰りが見られたため、個人消費は「伸びが鈍化」から「おおむね横ばい」と2カ月ぶりに判断を後退させた。厳しいリストラの効果もあって企業が業績を向上させる中、所得減という形で個人にしわ寄せが起きている現状を映し出した格好だ。
 企業側でも、規模や地域によって景気の受け止め方には大きな格差が残っている。帝国データバンクが06 年10 月下旬に全国約2万社を対象に実施した意識調査(回答率48.8 %)によれば、景気拡大が「いざなぎ景気」を超えることに「実感がある」という回答はわずか3.7 %。「実感がない」という企業は77.4 %に上り、景気回復長期化の恩恵を受ける勝ち組企業が一部にとどまっていることを裏付けた。

◇ 揺れる日銀の金融政策
 CPIの上昇率が安定的にゼロ%以上となった06 年は、3 月に量的緩和解除、7 月にゼロ金利解除と金融政策が大きく転換した年だった。日銀は短期金利の誘導目標を0.25 %に引き上げ、デフレ対策として採られた世界的にも異例の政策にようやく終止符を打った。年後半は個人消費や物価の動きが日銀の想定するシナリオからやや下振れたため、市場が織り込み始めていた年内追加利上げは見送られたものの、07 年は金融政策が一段の正常化に向けて動きだすとみられている。
 しかし、夏の参院選を控えて利上げ阻止に向けた政治的圧力が強まる中、仕切り直しとなった1 月17、18 日の金融政策決定会合でも土壇場で追加利上げが見送られ、日銀の金融政策の行方には不透明感が漂い始めている。
 この決定会合で日銀は、06 年10 月に発表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」の中間評価を行い、足元の景気認識は「個人消費を中心に幾分下振れている」と下方修正したものの、「景気は息の長い拡大を続ける」との先行き見通しは維持した。リスク要因としていた米景気の減速もソフトランディング(軟着陸)の可能性が強まっている。決定会合後に記者会見した福井俊彦総裁は「経済・物価情勢の変化に応じて徐々に金利水準の調整を行う」との考えを改めて示すとともに、「確証があれば即座に政策行動に出る」と述べ、2 月以降も引き続き利上げの可能性を探る意向を表明した。
 ただ、個人消費や物価の見極めがなお必要という理由を掲げたことにより、消費と物価がより明確に回復しない限り、日銀は政策変更に動きにくくなったとも言える。各種の経済指標がはっきりと改善しないまま利上げを強行すれば、政府・与党からの反発がますます強まるのは必至だからだ。


◇ 2月利上げにも逆風
 時事通信社が1月の金融政策決定会合後、有力エコノミスト11 人を対象に実施した日銀の金融政策に関するアンケート調査によると、追加利上げ時期を「2月」とする回答は8 人に上った。このうち4 人は年末までに3回の利上げを予想。「2、8、11 月の連続利上げが必要」という声や「日銀は円安に押されて利上げする」との見方も出ている。
 日銀内にも、2月の金融政策決定会合の直前に発表される06 年10-12 月期GDPで個人消費の回復が鮮明になるとの期待感は根強い。一方、CPIの前年比上昇率は06 年11 月分が0.2 %に持ち直したが、原油価格の下落で先行きはゼロ、あるいはマイナス転落の可能性も否定できない。
 福井総裁は、CPIの伸び率鈍化について「伸び率がある程度下がったから利上げが遠のくという単純なものではない」と指摘。「原油の値下がりで表面的な物価指数が下がっても、経済全体にはプラスの面が大きいかもしれない」とも述べ、「好ましい物価下落」は利上げの支障にならないとの認識を示した。しかし、CPIが伸び悩んだまま利上げに踏み切れば、1月の見送りと整合性を欠き、説明責任を果たすことは難しくなる。
 もともと、市場が1月利上げを見込んでいたのは、「参院選から一番遠いタイミング」である点も理由の一つだった。4月の統一地方選や7月の参院選が近づくにつれて利上げ阻止の政治的圧力が強まるのは確実で、2月の利上げにも一段と逆風が吹き荒れる可能性が大きい。

◇ 賃上げ拡大がカギに
 上場企業の07 年3 月期の最終利益が過去最高を更新する見通しの中、その恩恵が家計にも及ぶかどうかは景気の先行きを占う上でも極めて重要になってくる。厚生労働省の統計などによると、勤労者1人当たりの現金給与は、景気拡大が始まった2002 年2 月に34 万3000 円だったが、06 年9 月には33 万5000 円へ8000 円減少。07 年1 月以降は、所得税の定率減税廃止などで可処分所得がさらに目減りするのは確実で、個人消費の持ち直しに水を差しかねない。
 このため連合は07年春闘の闘争方針で、ベースアップや時間給引き上げ、低賃金層の底上げなどによって「06年を上回る賃金改善を行う」との目標を提示。高木剛会長は特に、企業の利益が従業員の賃金などに回った割合を示す「労働分配率」の引き上げを目指す考えを強調している。経済3団体の新年祝賀パーティーであいさつした安倍晋三首相も「景気回復を国民に肌で実感してもらわなければならない」と述べ、夏の参院選に向け、企業経営者に賃上げを暗に求めた。
 主要企業の動きを見ると、06年春闘で4年ぶりにベースアップを要求して事実上の満額回答(1000 円)を得たトヨタ自動車労働組合が、07年春闘ではベア要求額を5割上積みする方針。また、新日本製鉄や三菱重工業なども07 年4 月から月1000 円程度の賃金改善を行う見通しとなっている。こうした雇用者所得増加の動きが広がれば、個人消費の増勢に弾みが付くと期待されている。
 しかし、日本経団連は07年春闘に臨む経営側の指針「経営労働政策委員会報告」の中で、「激化する国際競争の中では競争力強化が最重要課題であり、賃金水準を一律に引き上げる余地はない」と指摘。賃金は各企業の支払い能力に応じて決定し、短期的な業績の向上はボーナスに反映させるべきだとの従来方針を繰り返した。労働分配率を引き上げるべきだとの労働側の主張に対しても、岡村正副会長(東芝会長)は「水準は産業、企業ごとに異なるものであり、高低を一律に論じるべきではない」と反論している。

◇ 年末に向け円高進行か
 日銀の1 月追加利上げ見送りを受け、東京外国為替市場の円相場は一時、1ドル=121 円34 銭と、13カ月ぶりに121 円台に急落した。市場では、「内外金利差は今後もなかなか縮まらない」との見方が強まっており、円売り基調は当面続くと予想されている。
 世界では、超低金利の円資金を借りてドルなど高金利通貨で運用する「円キャリートレード」と呼ばれる取引が日常的に行われており、円安の原因の一つとされている。福井日銀総裁の記者会見からは「利上げペースが今後速まるとの印象が全くなかった」(準大手証券)ため、金利差を背景にした円キャリートレードは一段の活発化が予想される。海外投資家の間では、政治的圧力で利上げが見送られたとみる向きも多く、「1ドル=125 円を下回る円安になる可能性もある」(米系銀行)との指摘も出ている。
 ただ、年末に向けては緩やかに円高が進むとの見方が多い。07年は日銀が追加利上げに踏み切る一方、米連邦準備制度理事会(FRB)の対応に関しては景気減速を要因とした利下げ予想が多数を占めており、現状で5%の日米金利差は、4%前後に縮小するとの観測が大勢だ。市場関係者が予想する07年の円相場は1ドル=102-128 円。  一方、06 年12 月29 日に東京市場で156 円 73 銭まで急伸し、年間の上昇率が1割を超えたユーロは、欧州景気が減速するとの観測から「07年中に調整局面入りする」との見方が強まっている。ユーロ高で欧州製の高級ブランド品やワインが値上がりするなど、消費者レベルでも影響が広がったが、今年は沈静化が期待できそうだ。

◇ 株は先高期待膨らむ
 07年最初の取引となった東京証券取引所の1 月4 日の大発会は、円安や海外市場の株高など良好な環境に恵まれて幅広い銘柄が買われた。日経平均株価の終値は昨年末比127 円84 銭高の1 万7353 円67 銭と、相場格言で「固まる」とされる亥(い)年にふさわしく、6年連続の上昇スタートとなった。新年相場を左右する企業業績について、市場では「円安で潤う輸出関連企業を中心に07 年3 月期業績予想の上方修正が続く」(大手証券)との見方が大勢。団塊世代の引退に伴う巨額の退職金が投資に回るとの思惑もあり、「株価の先高期待は膨らんでいる(同)という。
 一方、金融引き締めへの警戒感は消えていない。また、7月の参院選に関しては「自民党が大敗すれば安倍晋三首相の求心力が低下し、改革路線の後退懸念が売りにつながる可能性もある」(外資系証券)との指摘もあり、政治面でのリスクを挙げる向きもある。(了)


(注)本稿は最近の時事通信配信記事をまとめ、再構成したものである。