中央調査報

トップページ  >  中央調査報   >  以前の調査  >  慶應義塾家計パネル調査の紹介と概要
■「中央調査報(No.592)」より

 ■ 慶應義塾家計パネル調査の紹介と概要

慶應義塾大学 商学部 特別研究講師  
経商連携21世紀COEプログラム 直井 道生  


1.慶應義塾家計パネル調査(KHPS)の概要
 パネル調査は、同一の個人を継続的に追跡することで、経済主体の動学的な行動の分析や、個人の観察できない異質性を考慮した分析を可能にするという点で、今日の社会科学における研究・政策評価に不可欠なものとなりつつある。このような重要性を反映し、米国においては1960年代後半から、ヨーロッパ各国では80年代から90年代にかけて、大規模なパネル調査が次々と実施され始めた。
 しかしながら、これまでわが国においては、若干の例外を除けば大規模なパネル調査はほとんど実施されてこなかった。なかでも、米国のPanel Study of Income Dynamics(PSID)や欧州のEuropean Community Household Panel(ECHP)に代表されるような、特定の層に焦点を当てるのではなく、社会全体の人口構成を反映した家計パネル調査は、まったく存在しなかったと言ってもよい。このような現状を踏まえ、慶應義塾大学では、大学院経済学研究科および商学研究科の連携により、「市場の質に関する理論形成とパネル実証分析」という研究課題のもと、文部科学省から21世紀COEプログラムとして研究拠点形成費補助を得て、共同研究を実施している。本稿で紹介する慶應義塾家計パネル調査は、このプログラムの一環として2004年から実施されているものである。

 以下では、当該調査に関して、簡単な紹介を行うとともに、現時点までの調査結果を概観してみることとしたい。


2.KHPS の調査方法と内容
 慶應義塾家計パネル調査(Keio Household Panel Survey, KHPS)は、2004年1月に第1回調査を行い、以来現在に至るまで同一対象者を追跡調査している。初回調査における対象者は、層化2段無作為抽出法によって選定された、2004年1月31日時点における満20~69歳の男女4005名(予備対象 5名含む)である。現時点では、2006年調査が最新年度となっており、3年分の調査が蓄積されている(表1)。これらの対象者(継続対象者)に加えて、本年度2007年からは、同様の方法によって抽出された男女1400名(新規対象者)を対象とした新たなコホートに対しても調査を開始する予定である。

表1


 実際の回答は調査員による訪問留置法で行われ、原則として配偶者等による代理回答は認めていない。また、対象者が有配偶である場合、ほぼ同様の調査項目が対象者の配偶者に対しても用意されている。調査の質問票は、対象者(および配偶者)の就業・就学・生活習慣・生活時間配分・健康状態・環境に対する意識に加え、対象者世帯の世帯構成・収入・支出・資産・住居など、かなり包括的なトピックをカバーしている。加えて、初年度の調査においては、18歳以降調査時点までの、対象者の就学・就業履歴を過去の各年にわたって回答していただく項目も用意されており、回顧パネル調査(retrospective panel)としての利用も可能な設計がなされている。調査項目が多岐にわたっていることもあり、初年度の回収率は必ずしも高いとは言えないが、他の代表的なクロスセクションデータとの比較の結果、サンプルの代表性はおおむね保たれていることが確認されている(1)

 先行して行われている、わが国の代表的なパネル調査である家計経済研究所の『消費生活に関するパネル調査』(消費生活パネル)との比較で言えば、消費生活パネルが20代中ごろから30代の女性に焦点を当てた調査であるのに対し、KHPSは、男性も含めた20歳から69歳の幅広い年齢層を対象に調査しているという特色がある。これにより、特定の層における固有の問題に対する調査項目は手薄になる反面、日本社会全体における家計行動の動学的変化の把握が可能となり、各種の政策・制度変更に対する有効な評価手段を提供できるものと考える。
 また、個別の質問項目に関しては、可能な限り消費生活パネルと比較可能な形で設計されているが、特に個人の就業・住居に関してはより包括的、かつ相互の関連を意識した質問項目が用意されている。

 なお、調査結果の内外への発信と共有という観点から、第一回調査に関しては、2007年度中に広く一般に公開予定である。また、これまでに蓄積された調査結果を用いた分析の主要なものに関しては、『日本の家計行動のダイナミズムⅠ・Ⅱ』として刊行されている。より最近の分析結果に関しては、ディスカッションペーパーの形でも公開されているので、そちらも参照されたい(2)




(1) 詳しくは樋口・慶應義塾大学21世紀COE編『日本の家計行動のダイナミズムⅠ』を参照のこと。
(2) ディスカッションペーパーは、慶應義塾大学経商連携21世紀COEプログラムホームページ(
http://www.coe-econbus.keio.ac.jp/)よりダウンロード可能である。


2.現在までの調査結果の概略
 ここでは、現在調査を継続中である2004年に調査を開始したコホートについて、(1) 第1波における対象者(世帯)の基本的属性を他の大規模統計と比較し、(2) 主要な項目についての経時的変化を見ることで、調査結果を概観していくことにする(3)



性・年齢

 対象者の性別・年齢に関しては、2004年2月の『人口推計』で得られる20歳から69歳の人口との比較を行った。いずれの属性についても、『人口推計』での構成比と非常に似通ったものになっている(表2および3)。20-29歳の割合が『人口推計』に比べて約 4ポイント小さくなっているが、一般に、世帯統計においては若年層の補足が難しく、KHPSでは予備対象の抽出において対象者年齢をコントロールしているため、この程度の小さな差になっているものと考えられる。また、3回の調査を通じた変化を見ると、性別の構成にはほとんど変化はないものの、年齢別では20代の若年層の割合が若干低下する傾向が見られる。これは、部分的には上記の若年層の補足の難しさを反映したものと考えられる(4)

表2


表3



最終学歴

 対象者の最終学歴に関しては、2000年の『国勢調査との比較を行った(表4)。KHPSにおける対象者の最終学歴は、『国勢調査』との比較では全体的に適合的な構成になっている。小・中学校卒業者の割合が低く、大学・大学院卒業者の割合が高くなる傾向が見られるが、近年の高等教育機関への進学率の上昇傾向を考えれば、これは主として『国勢調査』との調査実施時期の違いに起因するものと考えられる。


表4



就業状態

 対象者の就業状態に関しては、2004年1月における労働力調査との比較を行った(表5)。全体として、きわめて近い構成になっているが、「家事のかたわらに仕事」の割合が若干高く、「通学・家事・その他」の割合が若干低くなる傾向がある。時系列で見ると、全体の構成にほとんど変化はないものの、「家事のかたわらに仕事」の割合が若干上昇する傾向が見られる。

表5





(3) より詳細な報告に関しては、木村正一(2005)「2004年慶應義塾家計パネル調査の標本特性」(樋口・慶應義塾大学21世紀COE編『日本の家計行動のダイナミズムⅠ』所収)を参照のこと。
(4) 対象者の加齢を考慮して、年齢階級は全て2004年調査時点でのものを用いている。



世帯所得

 世帯の年間総所得に関しては、2人以上世帯と単身世帯を含む場合について、それぞれ『全国消費実態調査』および『国民生活基礎調査』との比較を行った(表6)。KHPSは個人単位での調査であるため、いずれの統計との比較においても、世帯単位での比較のために人員数の逆数でウェイトをかけて平均値を計算した。
 いずれの比較においても、2004年時点ではKHPSのほうが平均値で見た世帯所得は低めに出ていることが分かる。ただし、この差は調査継続に伴って小さくなっていく傾向が見られる。


表6



持ち家世帯率

 対象者世帯の持ち家世帯率については、2003年の『住宅・土地統計調査』との比較を行った。世帯単位での比較を行うために、持ち家住宅率の計算に当たっては世帯人員数の逆数をウェイトとして用いた。
 KHPSにおける全対象者の持ち家世帯率は67.9%となり、『住宅・土地統計調査』における60.9%よりも高くなっている。ただし、比較対象である『住宅・土地統計調査』は住戸単位での抽出であり、世帯単位での比較は必ずしも適切ではない可能性がある。実際、『国民生活基礎調査(2001)』および『家計調査(2003)』での対応する数字を見ると、それぞれ63.7%および68.3%となっており、KHPSの結果とより近いものとなっている。また、各年齢層で持ち家率は若干高くなっているものの、その差に大きな偏りは見られず、年齢に伴う持ち家率の変化はほぼ適合的な傾向を持っていることが分かる(表7)。


表7



4.終わりに
 本稿では、慶應義塾家計パネル調査(KHPS)の簡単な紹介を行うとともに、他調査との比較を行うことで現時点までの調査結果を概観した。結果として、調査方法や定義分類上の違いなどの要因を除けば、KHPSから得られる調査結果はおおむね他調査と適合的なものであることが確認された。
 こうした調査結果を得ることができたのも、2004年の調査開始より、欠かさず調査にご協力くださっている調査対象者の皆様、並びに調査の実施を担当された中央調査社のご尽力の賜物である。ここに記して感謝の意を表したい。
 なお、調査開始から4年が経過し、2007年度中には第1回調査を一般に公開予定である。今後、本調査がより広く利用され、これを用いた一層の研究の蓄積が望まれる。本稿による紹介が、その一助となれば幸いである。