中央調査報

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■「中央調査報(No.604)」より

  東京大学社会科学研究所のパネル調査について
-働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2007 の結果から-


石田 浩  東京大学社会科学研究所 教授          

三輪 哲  東京大学社会科学研究所 准教授        

大島真夫  東京大学社会科学研究所 研究機関研究員



 東京大学社会科学研究所では、現在3つのパネル調査が進行中である。 1つは「高卒パネル調査」(高校卒業後の生活と意識に関する調査)で、2004年3月に高校を卒業した生徒を在学中から追跡調査している。 他方、「若年パネル調査」と「壮年パネル調査」(働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS:Japanese Life course Panel Survey)) は2007年に対象年齢だった人(若年:20-34歳、壮年:35-40歳)を追跡するもので、それぞれ2007年に第1回調査が行われた。
 本稿では、「若年パネル調査」と「壮年パネル調査」の2つについて、調査の概要といくつかの分析結果をご紹介したい(1)。 なお、どちらの調査もまだ第1回調査が完了したところで(本稿が発表される頃には第2回調査も完了しているが)、 今回の分析はクロスセクショナルなものになっている点をあらかじめご了承頂きたい。

1.調査の概要
 東京大学社会科学研究所では、2007年1月から3月にかけて「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2007」を実施した。 この調査は、労働市場の変動や少子高齢化の進展など人々を取り巻く環境が大きく変化する中で、 日本人のライフスタイルや意識がどのように変化しているのかを把握することを目的として実施したものである。
 「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2007」は、 日本全国に居住する20-34歳(若年調査)と35-40歳(壮年調査)の男女を母集団として、 選挙人名簿と住民基本台帳を用い性別・年齢を層化して抽出した対象者に対して、2007年1月から3月にかけて調査票によるアンケート調査を行ったものである。 若い年齢層の回収が困難であることを考慮し、若年調査では男女別に20-24歳、25-29歳、30-34歳の年齢群ごとに対象サンプルを抽出し、 各性別・年齢群を満遍なく代表できるように調査を設計した。 対象者には追跡調査であることを事前に伝えた上で調査に協力を要請し、郵送で調査票を配布した。 その後記入された調査票を、調査員が訪問し回収した(郵送配布、訪問回収法)。 なお、実査については中央調査社が行った。
 若年調査は、3367ケースを、壮年調査は1433ケースを回収した。総アタック数から住所不明、転居などを除いた母数に対する回収票の比率は、若年調査で34.5%、 壮年調査で40.4%となっている(表1)。 集計にあたっては、若年調査と壮年調査を合体して行い、必要に応じて年齢別の分析を行った。(石田浩)


表1



2.希望と格差に関する分析
(1) 格差意識
 近年、格差社会に対する関心が高まりを見せているが、社会の中でどのような人が格差を強く感じているのだろうか(2)。 また、格差があるといわれる中でも将来に希望を見出すことのできる人はどのような人なのだろうか(3)。 調査を通じて、以下の点が明らかになった(4)
 格差意識について、「非大卒である」「現職が非典型雇用である」といった要因が、「日本の所得の格差は大きすぎる」という考えに対する肯定的な見方を強めている。 高い所得を得るための機会が相対的に少ないと考えられる人々の間で、所得格差に対する意識が強いと言えよう。
 図1・2は、誰が格差意識を強く感じているかを示す「格差意識マップ」である(5)。 棒グラフが高いほど、格差意識を強く感じていることを示す。



図1.2


 この「格差意識マップ」を見ても、上記の2要因にあてはまらない「大卒・典型雇用」では格差意識のポイントが低くなっていることがわかる。 相対的に高い所得を保障されている「大卒・典型雇用」は、格差意識が弱い。
 なお、男性で最も格差意識を強く感じているのは「20代・交際相手なし・大卒・非典型雇用」で 82.1ポイント、 女性で最も格差意識を強く感じているのは「30代・交際相手あり・非大卒・ 非典型雇用」で 87.5ポイントである。

(2) 将来に対する希望
将来に対する希望について、「20代である」「大卒である」「交際相手もしくは配偶者がいる」といった要因が、将来の仕事や生活に対する希望を高めている。 若さという年齢要因だけでなく、学歴といった社会的地位や、交際相手・配偶者といったパートナーの存在が希望をもたらしている。 希望は、個人的な感情ではあるが、その人を取り巻く社会的環境によって形成される面もあることを示している。
 図3・4は、誰が将来に対する希望を強く抱いているかを示す「希望マップ」である。 棒グラフが高いほど、将来に対する希望を強く抱いていることを示す(6)



図3.4


 この「希望マップ」を見ると、20代・30代のいずれの場合も「交際相手なし」の人々の間で希望のポイントが低くなっていることがわかる。
 将来に対する希望が最も高いのは、男性の場合20代・大卒・非典型雇用・交際相手ありの人であった(84.1ポイント)。 このカテゴリーには、正社員・職員への移行や独立を目指して一時的 に非典型雇用に就いている、いわばキャリアの過渡期にいる人が多い。 具体的には、正規の学校教員を目指して非常勤教員をしていたり、学卒後正社員になったものの辞職して別の正社員や独立を目指している人である。 明確なキャリア展望が希望をもたらしているようにも見える。 女性で最も希望が高いのは、20代・大卒・非典型雇用・配偶者ありの人で79.5ポイントである。(大島真夫)


(1) 本稿は、東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトディスカッションペーパーシリーズNo.2『仕事・健康・希望―働き方とライフスタイルの変化に関する調査(JLPS)2007 の結果から―』を 加筆修正し、執筆したものである。

(2) (1) 節ならびに(2) 節における格差意識は、以下の質問によって調査した。「日本社会に関する以下のような意見について、あなたはどう思いますか。 もっとも近いと思う番号1つに○をつけてください。日本の所得の格差は大きすぎる(そう思う・どちらかといえばそう思う・どちらともいえない・どちらかといえばそう思わない・ そう思わない・わからない)」。

(3) (1) 節ならびに(2) 節における将来に対する希望は、以下の質問によって調査した。 「あなたは、将来の自分の仕 事や生活に希望がありますか(大いに希望がある・希望がある・どちらともいえない・あまり希望がない・まったく希望がない)」。

(4) 以下の基準により人々を分類して、それぞれのカテゴリーの格差意識・将来に対する希望のポイントを見た。 カテゴリーが10人に満たない場合、分析から除外した。
性:「男性・女性」
学歴:「大卒・非大卒」 在学中の学生は分析から除外した。非大卒とは、短大・専門学校・高校などを卒業したものを言う。
交際・婚姻関係:「交際相手なし・交際相手あり・配偶 者あり」
雇用:「典型雇用・非典型雇用」 非典型雇用とはパート・アルバイト・契約・臨時・嘱託・派遣・請負などの形態で雇用されているものを示す。

(5) 回答を以下のように得点化し、各カテゴリーごとの平 均点を算出した。
格差意識:そう思う(100点)・どちらかといえばそう思う(75点)・どちらともいえない(50点)・どちらかといえばそう思わない(25点)・そう思わない(0点) ・わからない(分析から除外)

(6) 回答を以下のように得点化し、各カテゴリーごとの平 均点を算出した。将来に対する希望:大いに希望がある(100点)・希望がある(75点)・どちらともいえない(50点) ・あまり希望がない(25点)・まったく希望がない(0点)



3. 職場環境と健康(健康格差)
 健康の問題についての世間の関心は高いが、 疫学的観点(遺伝や体質)や生活習慣(喫煙、 飲酒)といった個人の観点から論じることが多 い。しかし、健康問題は社会・経済的な格差と も大きく関連している。今回実施した調査では、 職場の社会的な環境が健康とどのようにかか わっているのかについて検討した。
 健康状態に関する質問としては、総合的な健 康度を測る「主観的健康観」(自分の健康状態に ついて「良い」「普通」「悪い」と思っているか)、 精神的な健康状態の指標である「ゆううつ症状」 (どうにもならないくらい気分が落ち込むか、落 ち込んでゆううつな気分であったか)、物理的な 健康状態の指標である「活動制限」(健康上の理 由で家事や仕事などの活動が制限されたことが あったか)、という3つを取り上げた。
 職場環境としては、「残業の頻度」(ほぼ毎日 残業している)、「社員数の恒常的不足」(社員数 が恒常的に不足している)、「納期に追われる」(い つも納期に追われている)、「互いに助け合う雰 囲気」(互いに助け合う雰囲気がある)、「先輩が 後輩を指導する雰囲気」(先輩が後輩を指導する 雰囲気がある)、「仕事のペースの裁量」(自分の 仕事のペースを自分で決めたり変えたりするこ とができる)、「職業能力向上の機会」(仕事を通 じて職業能力を高める機会がある)という7つ の質問を取り上げた。



図5


 図5は、職場状況の違いによって健康状態に 問題のある人の割合がどの程度違うかを示した ものである。プラスの数値は、特定の職場環境 にある人がない人に比べ、健康状態が良くない 人の比率が高いことを表し、マイナスの数値は、 特定の職場環境にある人がない人に比べ、健康 状態が良くない人の比率が低いことを表す。例 えば、「ほぼ毎日残業」のある職場で働く回答者 は、そうではない職場で働く回答者に比べ、「自 分の健康状態が良くない」と回答した比率が3.5%高く、「ゆううつ、気分が落ち込む」と回 答した比率は4.1%高い。ただし「仕事において 活動制限がある」と回答した比率には有意な差 はない。※の記入のある場合には、職場状況に より有意な違いが見られたことを表す。
 自分の健康状態が良くない回答者(主観的健 康観がプラスの数値を示す場合)は、残業が多く、 社員が恒常的に不足しており、納期に追われて いる職場でより多くみられる。他方、「仕事のペー スの裁量」や「仕事を通した職業能力向上の機会」があり、職場で「互いに助け合う雰囲気」があ り、「先輩が後輩を指導する雰囲気」のある場合 には、主観的健康状態が良い傾向(マイナスの 数値)にある。
 ゆううつ症状に関してみると、残業が多いこ と、社員が不足していること、納期に追われて いることは、ゆううつ症状の発症と関連(プラ スの数値)していることがわかる。他方、「互い に助け合う雰囲気」があり、「仕事のペースの裁 量」や「職業能力向上の機会」がある場合はゆ ううつ傾向が低く(マイナスの数値)なっている。
 分析は現在働いている人に限ったので、「活動 制限」については働くことができる人々が対象 となったこともあり、職場の環境との有意な関 連は限られている。しかし、職場で「互いに助 け合う雰囲気」があり、「先輩が後輩を指導する 雰囲気」のある場合には、健康上の支障があっ たときにも活動の制限がされにくい(マイナス の数値)ことがわかる。
 ひとびとの肉体的・精神的健康状態は、体質 や生活習慣といった個人の特性にだけ影響を受 けるのではなく、働くひとびとのおかれている職 場環境の格差が、健康における不平等と関連し ている。格差問題というと、所得などの経済的 な資源に焦点が当たりがちだが、職場の社会的 な環境という点からの格差も重要な問題である。 (石田浩)

4. 同一調査項目の結果の比較
 続いて、現代の若年層における結婚・交際の 実態を探る(7)表2)。男性の場合、20代前半で 結婚している者の割合は5%ほどであるが、30代後半の年代ではおよそ7割に達する。30代後 半で、それまで一度も交際経験がない者の比率 は1割ほどになる。女性は、男性より結婚が早く、 交際もしやすい傾向がみられる。


表2


 この10年以内に結婚した人について、結婚時 年齢別に結婚相手と出会ったきっかけの比率を グラフ化した(図6)。24歳以下での結婚相手は 学校やアルバイト先での出会いが多く、職場での 出会いは少ない。逆に30代以上で結婚した者の 場合、職場での出会いのほか、家族・親族の紹介、 お見合い、結婚相談所などが相対的に増えてい る。だが全体的には、友人の紹介、職場での出 会いという2つの理由で大部分が占められる。



図6


 現在の交際相手との出会いのきっかけを交際 開始年齢別に比べてみる(図7)。結婚相手との 出会いのきっかけとパターンは類似しているが、 こちらのほうがより極端に違いが表れている。 24歳以下で交際開始した者は、学校やアルバイ ト先が多く、職場が少ない。30代以上での出会 いについては、インターネットやお見合いが相 対的に多い。ただし、いずれの年代においても、 友人の紹介によって交際をはじめる者の割合は 安定して多い。



図7


 未婚者のあいだでは、異性と出会うために試み た行動は、交際経験の有無によって異なるのだろ うか(図8)。グラフから読み取れるのは、全般 にわたって、交際経験がある者のほうが積極的に 相手探しのための行動をしていたことである。



図8


 現代の若年層をとりまく結婚・交際の現状 は、思いのほか厳しい。結婚以前に、一度も交 際したことのない者も一定程度存在することが わかった。交際経験がない者に着目すると、彼 または彼女らがあまり能動的に相手を求めて行 動していない様子がうかがえた。交際相手との 出会いの多数を占めるのは、友人の紹介、職場、 学校であり、他方で結婚相手との出会いは、友 人の紹介、職場が多いようであった。友人への 紹介依頼や結婚情報サービスへの登録など、い くつか自分自身の意思で行うことのできる出会 いの方法は確かに存在する。本人が意欲を持つ ことが必要条件となるが、結婚・交際の状況を 変えることは必ずしも不可能というわけではな いだろう。(三輪哲)

5. 今後の展望
 本稿では、第1回調査のみを扱うクロスセク ショナルな分析となっているが、JLPSは2010年度まで継続予定である。同一の対象者を継続 して追跡することにより、個人のライフサイク ルに関する変化を丹念に跡付け、社会の変化と 対応させて考察することが可能となる。今後は パネル調査であることの強みを生かしたダイナ ミックな分析を研究に取り組んでいくことを目 指している。(石田浩)



(7) 数値は列計を100 としたパーセントである。