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■「中央調査報(No.627)」より

 ■ 2010年の展望 ―日本の政治
        ― 参院選、民主の過半数焦点 ―

時事通信社 政治部次長  阿部 正人   

 2010年の政局は乱気流に突入し、先が読めない展開となりそうだ。夏には鳩山政権発足後、初めての大型国政選挙となる参院選が行われる。民主党が単独過半数を獲得し政権基盤を磐石にすることができるかが最大の焦点。ただ、長引く経済不況に加えて、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題、鳩山由紀夫首相や民主党の小沢一郎幹事長の「政治とカネ」をめぐる問題が深刻度を増し、政権に重くのしかかっている。反転攻勢を狙う自民党は通常国会を徹底対決の構えで臨む。与野党の攻防が参院選の行方に大きな影響を与えるのは間違いない。

◇ 政治とカネで国会大荒れか
 「これからがスタート。正念場の1年と覚悟を決めている」。首相は1月4日の新年の年頭記者会見で、政権運営の厳しさを隠そうとはしなかった。背景には、内閣支持率が昨年末に5割前後まで急落したことへの危機感がにじむ。
 実際、首相の危惧が的中したかのように、藤井裕久前財務相が年明け早々に当然辞任した。体調不良が理由とされており、首相は菅直人副総理を素早く後任に据え、辞任の影響を最小限に抑えた。とはいえ、通常国会で予算審議が始まる直前の主要閣僚の交代で、政権運営の不安定さが増すのは避けられない。政局に嵐が吹くのを予感させる象徴的な辞任劇だった。
 昨年8月の衆院選で子ども手当てや高速道路無料化などをマニフェスト(政権公約)に掲げて圧勝した民主党。鳩山内閣は発足直後、7割近くの高い支持率を記録し、その後も選挙戦の勢いを維持し、順調なスタートを切った。
 ところがハネムーン(蜜月)期間とされる3カ月を過ぎたあたりから、雲行きが怪しくなってきた。予算編成の過程で首相の指導力不足と内閣の司令塔不在が露呈。代わって小沢氏が存在感を強め、政治主導の掛け声を尻目に「党高政低」の政権構造の姿が鮮明になったことが主な要因だ。
 支持率低下に歯止めを掛けるため、政府・与党は通常国会の乗り切りに全力を傾ける方針だ。当面は09年度第2次補正予算案を1月中に、10年度予算案を3月中に成立させることが最重要課題となる。両予算案の早期成立を図り、切れ目なく執行することで、「二番底」懸念がある景気の悪化を食い止めたいところだ。
 政府提出法案は61本が予定されている。主なものは、子ども手当て創設法案や公立高校生の授業料を無償化するための法案、国家戦略室の局格上げを柱とする政治主導確保法案など。いずれも公約に盛り込みながら、09年秋の臨時国会では準備不足もあって先送りしたものだ。特に子ども手当てと高校無償化については、参院選をにらみ早めに支給を始めたい考えで、政府・与党は法案審議を急ぐ。
 公約で廃止を唱えていたガソリン税など暫定税率は、景気の落ち込みによる税収減を補うため、現行税率をいったん廃止した上で、同額の税収を確保するための特別税を創設。こうした内容を盛り込んだ租税特別措置法改正案を提出する。このほかに①日本郵政グループの組織を再編する郵政改革法案②選択的夫婦別姓制度を導入する民法改案─などがある。
 さらに16本の法案提出を検討。この中には小沢氏肝いりの、永住外国人に地方参政権を付与する法案が含まれている。同法案に対しては、国民新党代表の亀井静香金融・郵政改革担当相が提出に反対を表明しているうえ、民主党内にも異論がある。小沢氏のかねてからの持論とはいえ、提出までには曲折が予想される。
 また、与党は議員立法として国会改革関連法案を提出する。これは①政府参考人制度を廃止して官僚答弁を制限するとともに、内閣法制局長官を「政府特別補佐人」から除外する②各省の副大臣・政務官を15人増やす─などが柱で、政治主導による政策決定強化が目的だ。
 これに対し、野党側は国会審議を通じて「景気、基地、献金」の3K問題を徹底的に追及する方針。特に自民党は首相と小沢氏の「政治とカネ」の問題で鳩山政権を揺さぶり、衆院解散・総選挙に追い込む戦略を描く。
 首相の資金管理団体の偽装献金事件に関しては、元秘書2人が既に起訴。また、小沢氏に関しては、西松建設事件で秘書が逮捕、起訴されたのに続いて、資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐり、4億円以上が政治資金収支報告書に記載されていなかった疑惑が判明。ついには、小沢氏の元秘書で同会事務担当だった石川知裕衆院議員(民主党)らが政治資金規正法違反(虚偽記載)容疑で東京地検特捜部に逮捕される事態に発展した。
 小沢氏は「法的な問題はない」として潔白を主張。幹事長を続投する考えを示し、首相も了承した。通常国会や参院選を控えて、「小沢氏抜き」の政権運営は考えられないということだろうが、政府・民主党の最高実力者の側近が逮捕されたことの影響は計り知れない。鳩山内閣の屋台骨が大きく揺らいでいるといってもいい。連立を組む社民党からも、小沢氏のさらなる説明を求める声が上がっており、鳩山政権の自浄能力が問われている。
 この問題では、自民党は小沢氏ら関係者の国会招致や予算委員会での集中審議を求め、政府側の対応が不十分な場合は審議拒否も辞さない姿勢をにじませている。国会の緊迫化は不可避な情勢だ。昨年の衆院選の結果、衆参の「ねじれ」が解消したことで、10年度予算案の年度内成立は確実とみられていたが、現職議員の逮捕という異常事態を受け、一転して黄信号がともり始めた。小沢氏の進退問題は当面くすぶり続ける見通しで、国会が混乱した場合、民主党内から辞任論が浮上する可能性も否定できない。

◇ 普天間5月がヤマ
 また、混迷が続く普天間移設問題は、鳩山外交の大きな不安材料だ。政府は昨年中の決着を断念。民主、社民、国民新の与党3党とともに沖縄基地問題検討委員会を発足させ、5月までに移設先を決める方針を決めた。岡田克也外相は1月に米クリントン国務長官とハワイで会談し、日本政府のこうした方針を説明。「5月決着」は事実上対米公約となった。
 政府は現行計画が定めたキャンプ・シュワブ沿岸部(沖縄県名護市辺野古)に代る新たな移設先を模索している。社民党は米領グアムなどを主張。与党内では離島である伊江島(同県伊江村)や下地島(同県宮古島市)の活用案も浮上している。しかし、グアムには沖縄の米海兵隊8000人が移ることが決まっており、「抑止力維持」の観点から考えると、全面移転は現実味が薄い。また伊江島や下地島は過去の日米協議で米側から却下されている上、地元でも反発が広がっている。
 こうした状況から米側では「(5月に)建設的な決定がなされるか悲観的だ」(アーミテージ元米国務副長官)との見方が強まり、現在の普天間基地がそのまま残る可能性も取りざたされてきた。仮にそうなれば、米側の不信感が極度に高まり、「日米同盟深化」のための政府間協議が停滞するのは確実だ。普天間飛行場の危険性も除去できず、沖縄県民をはじめとする世論は政権から離反するだろう。予算の成立と併せ、基地問題決着への動きが本格化する3月から5月は、政局の一つのヤマ場となる。

◇ 改選第1党が目標─自民
 通常国会閉幕後は、今年の政局のハイライトである参院選が行われる。国会の会期延長がなければ、公職選挙法の規定により、参院選の日程は「6月24日公示、7月11日投開票」となる。昨年の衆院選で歴史的な政権交代を果たした鳩山政権に初の審判が下るわけで、選挙結果次第では連立の枠組みや首相の進退に影響を与える可能性もある。
 参院の総定数242に対し、民主党の現有議席は115で、過半数122議席に7議席足りない。連立を組む社民党(5議席)、国民新党(5議席)と合わせてようやく過半数を維持しているのが現状だ。民主党の非改選議席は62。単独過半数に乗せるには、改選53議席を上回る60議席以上を獲得する必要がある。これは閣僚不祥事などで追い風を受けて、同党が圧勝した前回の07年参院選での獲得議席と同じレベルで、そう容易なことではない。
 民主党の基本戦略は「攻め」。小沢幹事長は改選数2以上の選挙区で複数候補を擁立する方針を打ち出した。その核となるのが女性と若手だ。「小沢ガールズ」と呼ばれた女性候補が衆院選で次々と当選したのは記憶に新しい。小沢氏には2人の候補を競わせることによって、選挙区で総取りがかなわなくても比例票の上積みにつなげられるとの思惑がある。
 もう一つの柱が、自民党を支持してきた業界団体の切り崩し。同党の支持が低迷しているうちに、その基盤を一気に弱体化させ、政局の主導権を握る戦略だ。小沢氏が昨年、予算要望など陳情の窓口を幹事長室に一本化したのも、こうした分断化策の一環。実際、日本歯科医師連盟や全国土地改良政治連盟などは自民党からの候補擁立を見送った。選挙戦術にたけた小沢氏ならではの力業といえよう。ただ、小沢氏が政治資金をめぐる問題で失脚すれば、シナリオは一気に崩れ去る。
 これに対し、自民党は参院選を「政権奪取への足掛かりを得る戦い」と位置づけ、民主党の単独過半数阻止に全力を挙げる。さらに「改選第1党」も視野に入れるが、態勢づくりは進んでおらず、ハードルは高い。
 勝敗のカギを握るのが、改選数1の1人区の行方だ。前回は29のうち、自民党が勝ったのはわずか6。民主党の17と大差がつき、結果的に選挙の流れを決定付けた。自民党は各都道府県連を通じて候補者の公募や予備選を力を入れており、「勝てる候補」を押し立てて巻き返しを図りたい考えだ。ただ、「制度疲労」に陥った組織が優秀な人材を確保するのは難しく、擁立作業はこれまでと比べて遅れぎみだ。
 加えて、衆院選で落選した山崎拓前副総裁(73)や保岡興治元法相(70)ら、参院比例代表からの出馬に意欲をみせるベテラン議員の扱いが問題点として浮上。党の選定基準である「70歳定年制」に抵触することから、中堅・若手は「新生自民党にはふさわしくない」と反対しており、党内対立の波乱要因ともなっている。執行部は公認しない意向だが、その場合、山崎氏は離党し、国民新党からの出馬を模索しているともされ、谷垣総裁は落とし所に苦慮している。

◇ 社国との連立解消も
 参院選の結果、民主党が単独過半数を取れば、鳩山首相は続投、9月の党代表選の再選は確実とみられる。首相はマニフェストに基づき、子ども手当ての全面実施や年金制度改革に向けた取り組みを本格化させるだろう。また、持論である憲法改正に踏み切るかもしれないし、外交では、拉致問題解決に向け北朝鮮への電撃訪問も視野に入ってくる。一方、自民党では谷垣禎一総裁の責任問題に発展、辞任は避けられない。負けの程度によっては、二大政党の一角としての存在価値に疑問符が付き、党の分裂もありうるだろう。
 安定した政権基盤を手に入れた首相は、社民党や国民新党との連立を解消し、単独政権を発足させる可能性がある。民主党と両党との間にある外交・安保政策や経済政策をめぐる溝が、沖縄基地問題や予算編成で障害になった面は否めないためだ。もっとも、連立解消には民主党内から反対が出るのは確実。新たな火種になる恐れがあり、首相としても慎重な対応をせざるを得ないだろう。