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■「中央調査報(No.627)」より

 ■ 2010年の展望 ―日本の経済
        ― 浮沈のカギは新輸出立国の構築 ―

時事通信社 経済部次長  舟橋 良治   

 消費や生産の萎縮を引き起こすデフレが進行し、失業は高止まりする中で2010年を迎えた。企業収益の悪化を受けて、政府が編成した10年度予算案は税収を大幅に上回る国債発行を余儀なくされた。当初予算ベースでは戦後初の異常事態。このままだと財政破綻の懸念さえ出てくる。また、過剰な生産能力を抱えた産業界は設備投資意欲が乏しく、個人消費も低迷必至で内需主導の経済回復は望み薄だ。
 経済浮沈のカギは経済成長が著しいアジアの需要をどのように日本に取り込むかにかかっており、新たな輸出立国の構築が課題となる。

◇ 長引くデフレ
 菅直人副総理兼経済財政担当相(現財務相)は昨年11月の月例経済報告で「物価の動向を総合してみると、緩やかなデフレ状況にある」との見解を示し、物価が持続的に下落するデフレ入りを宣言した。政府がデフレと認定したのは、戦後初の事態として注目された01年3月~06年6月以来3年5ヵ月ぶりだった。
 そして、月例経済報告は「(デフレが)景気を下押しするリスクが存在する」と指摘した。デフレが経済活動に与える影響は深刻で、価格競争が激化して企業収益を一段と圧迫、賃金低下や個人消費の低迷につながる可能性が高まってくる。
 デフレ宣言を受けて日銀は昨年12月1日、追加的な金融緩和に踏み切った。国債などを担保に0.1%の固定金利で金融機関に3ヵ月間の資金を貸し付ける新型のオペレーション(公開市場操作)を導入し、当面10兆円規模を短期金融市場に供給するとした。資金需要が高まる年度末を強く意識したオペレーションで、長めの市場金利の低下をもたらした。
 その後、日銀は物価について「0%以下のマイナス値は許容しない」との政策方針を打ち出し、デフレが収束するまで金融緩和を続ける姿勢を鮮明にした。デフレに対する強い危機感の表れと言える。
 12月の追加金融緩和に先立ち日銀は、11年度まで物価下落が続くとの見通しを示している。少なくとも今後1年間、場合によっては2年に渡って金融緩和が続く可能性は否定できない。デフレは日本に棲み着く病魔の様相さえ呈している。

◇ 大きな政府へ第一歩
 金融緩和と歩調を合わせて政府は、景気刺激を目的とした経済対策の検討に着手。麻生政権が編成した09年度第二次補正予算で執行を停止した2兆9000億円を上回る規模の対策をまとめた。しかし、対策の裏付けとなる補正予算案は10年の通常国会を経なければ執行できず、対応が後手に回った感は否めない。
 補正予算に続いて編成された10年度予算案は、衆院選マニフェスト(政権公約)で民主党が掲げた政策を曲がりなりにも盛り込んだ。
 その筆頭が一人当たり1万3000円(11年度以降は2万6000円)の子ども手当と高校無償化だ。「コンクリートから人へ」の掛け声の下、家計への直接支援を前面に出し、子ども手当の財源を確保するため、扶養控除(16歳未満)は所得税、住民税とも廃止する。
 長年実施されてきた控除を廃止して増税し、この見返りとも言える形で子ども手当を支給し、高校授業料を無償化する政策は、政府の役割をより強く実感させるとともに、予算規模の拡大をもたらすことを忘れてはいけない。
 このほかにも、政権公約の実現に向けて、歳出の拡大項目が目白押しだったが、高速道路の無償化は大幅に後退し、ガソリン税の暫定税率廃止は見送られた。法人税の減少が深刻なためだ。税収は37兆4000億円で前年度の当初予算に比べて約2割の減少を見込み、財源不足を補う新規国債発行は44兆3000億円を計画している。
 こんな異例の予算を今後、何年も続けるのは不可能だ。
 10年度末の国と地方の借金を合計した長期債務残高は826兆円に達する見込み。国内総生産(GDP)の1.8倍で先進各国の中で最悪だ。それでも大きな問題が生じないのは、公債のほとんどを国内で消化できているためだ。1400兆円を超える家計の金融資産があればこそだが、1990年代に10%を超えていた貯蓄率は、07年に2.2%まで低下している。また、個人の資金が将来、大規模に海外シフトする可能性がないと言えるだろうか。その先にあるのは、国債の購入者が不足して金利が急激に上昇、政府が財政危機に陥る悪夢のようなシナリオだ。

◇ 消費税アップの足音
 財政健全化に向けた取り組みが不可欠になっているのは、誰の目にも明らかだ。
 政府は昨年、予算の無駄排除に向けた事業仕分けを実施し、大きな注目を集めた。しかし、捻出できた額は、基金・特別会計などから国庫への返納を求めた「埋蔵金」を含めても1兆8000億円にすぎない。仙谷由人国家戦略・行政刷新担当相は、この事業仕分けの手法をすべての国の特別会計や独立行政法人、公益法人に適用して無駄を洗い出す作業を早期に実施し、11年度予算に反映させたいとしている。しかし、10年度に44兆円を計画している国債発行額を前にすれば、焼け石に水の感さえある。
 民主党は次期総選挙までは消費税の引き上げを行わないとしているが、日本の財政状況はそれを許すだろうか。子ども手当は11年度、倍額になる。医療や年金、介護など社会保障費が年々増加するのは避けられない。
 仙谷国家戦略担当相は年明け7日、消費税増税について「社会保障政策との兼ね合いで総合的に考えなければならない」と語った。議論のタイミングに関しても「いつの段階でも自由闊達に議論しなければならない」と述べ、引き上げ論議に早急に入り、11年度の実施も排除しない考えを表明。また菅財務相は10日、「この1年は徹底的に財政を見直す。その上で必要な議論は消費税であろうとやっていく」と強調し、11年度から消費税増税の具体的な議論を始める考えを示した。
 事業仕分けなどを通じた無駄排除の徹底を国民にアピールした上で、消費税引き上げに理解を求めるというシナリオが現実味を帯びて語られることになりそうだ。

◇ 高止まりする失業率
 昨年から続く日本経済にとっての、もう一つの大きな課題が、雇用だ。
 09年7月、完全失業率は過去最悪の5.7%に上昇。ハローワークの求職者1人当たり求人が何件あるかを示す有効求人倍率も過去最低の0.42倍まで低下した。その後、若干改善しているとはいえ、失業率は高止まりしているのが現実だ。
 雇用の悪化は、収益悪化に見舞われた企業が人件費の圧縮を急いだためで、雇用の調整弁になりやすい派遣など非正規労働者が大幅に増加していたことも理由の一つだ。
 派遣労働に関心が集まるのと軌を一にしてワーキングプア(働く貧困層)が社会問題化し、昨年9月に政権を取った民主党など与党3党は製造業派遣の原則禁止などで合意。通常国会に労働者派遣法改正案を提出する。ただ、製造業派遣は仕事がある時だけ雇用して労働者が不安定になりやすい「登録型」を禁止する一方、長期の雇用契約を結ぶ「常用型」を容認。さらに、登録型の禁止は混乱回避のため3年以内に施行するほか、登録型の一部業務はさらに2年の猶予期間を設けている。経営側に配慮した内容となっており、不安定な雇用が一気に解消されるにはほど遠い。

◇ 弱い成長力
 デフレ、政府財政の悪化、さらには雇用不安など先行き懸念の解消には、経済成長が不可欠だが、日本経済の需要不足を示す需給ギャップは昨年7~9月期で年間35兆円に上っている。成長力は弱いと言わざるを得ず、デフレ長期化による企業収益悪化が一段の賃金低下や個人消費の抑制につながる恐れがなきにしもあらずだ。
 10年度の政府見通しは実質経済成長率が1.4%、名目が0.4%。民間シンクタンク16社の予測平均は実質1.3%、名目0.1%となっている。実質、名目とも3年ぶりのプラス成長が期待されるが、10年前半に関しては「マイナス成長に逆戻りする」(日本総合研究所)との見方も少なくない。
 景気の「二番底」懸念も出始めていた昨年末、鳩山政権は経済成長戦略の基本方針を発表した。基本方針は、環境、健康、観光の3分野を中心に国内需要を生み出すとともに、アジアの需要を日本に取り込む戦略を掲げた。
 このうち環境分野は、太陽光発電など再生可能エネルギーの普及・推進などを通じて50兆円超の需要と140万人の新規雇用を生み出し、日本の技術で世界の温室効果ガスを13億トン以上削減するとした。医療や介護など健康分野では45兆円の需要と280万人の新規雇用を生み出し、また、アジア太平洋経済協力会議(APEC)域内で自由貿易圏をつくる「アジア太平洋自由貿易地域」(FTAAP)を構築するほか、アジアの所得倍増への貢献を通じて国内経済の活性化を図るとした。
 こうした戦略により、年平均で名目3%、実質2%を上回る経済成長を実現し、20年度の名目GDPを現在より3割多い650兆円に引き上げ、失業率を中期的に3%台へに引き下げる。
 意欲的な目標だが、急ごしらえで具体策は示されてない。実現に向けた実行計画となる工程表を6月にまとめる予定だが、成長戦略は昨年の衆院選マニフェストで示し、政権発足から間髪を入れずに実行に移すのがあるべき姿だったはず。このため、経済界からは不満も漏れる。

◇ 不可欠なアジア戦略
 日本経団連の御手洗冨士夫会長は、デフレからの早期脱却と景気回復に向けて「(政府の)成長戦略を実行することが大事だ」、三菱重工業の佃和夫会長も「数値目標と実施計画を具体的に示し、実施してほしい」と早期の具体化を要請。武田薬品工業の長谷川閑史社長は「具体性に欠ける成長戦略では国民の信頼は得られない」と手厳しい評価だ。
 また、この成長戦略はかねて言及されてきた施策がほとんど。重要なのは、その実行力だ。
 環境・健康分野の事業・サービス育成に向けて、規制緩和や予算の重点配分などを大胆に実施できるかどうか。内需刺激に偏りがちだった鳩山政権がアジアの成長支援を通じた需要の獲得にスポットを当てたことにも注目が集まったが、中国を筆頭としたアジア重視は多くの企業が早くから掲げている戦略。新味に欠けるものの、重要なのは間違いない。
 日本は長年、世界第2位の経済規模を維持してきた。しかし、09年に中国がGDPで日本に並び、10年は確実に米国に次ぐ経済大国になる。また、リーマン・ショック後の不況で米国の自動車販売が減少する中、中国は高い伸びを維持。昨年、世界最大の自動車市場になったことが象徴するように、中国が生産拠点ではなく、巨大市場として世界経済をけん引するのは確実だ。日本は地理的に近いだけでなく経済的なつながりも強いだけに、中国市場と日本市場を一体的にとらえた事業構築が求められる。
 輸出主導から内需主導へ。そんな目標が掲げられた時代があった。しかし、少子高齢化で人口の自然減が起きている日本で内需が大きく伸びる事態は想定しづらい。中国やインドなど経済成長が著しいアジア地域の需要を欧米各国と競いながらどのように獲得するのかといった視点に基づいた政策や戦略に焦点を当てるべきだ。
 新幹線や水処理技術、電力などで日本は高い技術と実績を誇る。こうしたインフラ整備案件は官民あげた取り組みが不可欠。さらには、企業の海外展開支援、日本の立場を反映した形での国際的な経済・貿易ルール作りに向けた、主導権の発揮が求められる。
 自動車や家電といった従来型製品の海外市場開拓だけでなく、アジアを見据えた新たな輸出立国の構築が不可欠になっている。