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■「中央調査報(No.629)」より

 ■ 「現代日本における世代間移動と世代内移動:1995-2005」

三輪 哲(東北大学大学院教育学研究科・准教授)


はじめに
 グローバル化の進展のもとで日本的雇用慣行が崩れたことや、かつて一億総中流といわれた平等な社会は急速に過去のものとなり格差社会が到来したと語る言説は、いまや枚挙に暇がない。そう言っても過言ではないほどに、ここ近年はアカデミズムだけでなく、ジャーナリズムにおいても、格差に関わる社会変動が扱われることが多くなっている。そこでは、所得で測られるような結果としての経済的格差だけでなく、機会の格差があることもたびたび指摘されている。
 さて、多岐にわたる機会の格差のなかでも、しばしば議論の中心となるのは、階層間の社会移動の問題である。社会移動とは、個人の階層的地位の移り変わりをいう。さらに、社会移動は次の2つに大別される。親の地位から本人の現在の地位への移動と、本人の最初に就いた地位から現在の地位への移動である。前者は世代間移動、後者は世代内移動と、それぞれ呼ばれる。
 世代間移動は、社会の開放性をとらえるものとして解される。なぜなら、現在の階層的地位が親世代のそれからどれだけ自由であるか、その程度を機会の平等を測るための基本的指標としてみなすことができるからである。一方、世代内移動は、個人のキャリアの移動を示すものである。初期の地位からどこへと移っていくのか、その経路が注目される。
 本稿では、1990年代から2000年代にかけての日本において、社会移動の構造的変化を読み解くことを目的とする。言説で語られる通り、格差社会の状況下で移動が閉鎖的になってきたのか、日本的雇用慣行の崩壊でキャリアを通した上昇移動は減少したのだろうか。これらの諸点について、2005年SSM(社会階層と社会移動)調査の結果により検証したい。

1.データの概要
 SSMとはSocial Stratification and Social Mobilityの略で、社会階層と社会移動を意味する。日本においてSSM調査は、1955年に第1回の調査がおこなわれて以降、10年に一度おこなわれてきており、最新の調査は2005年に実施された。それらのうち本稿で用いるのは、1995年SSM調査および2005年SSM調査のデータセットである。
 1995年SSM調査は、層化多段無作為抽出により選ばれた日本全国の20歳から70歳までの男女を対象としておこなわれ、有効回収票数5,357(有効回収率66.4%)を得た(本調査のみ)。2005年SSM調査も、ほぼ同様の標本設計のもとでおこなわれ、有効回収票数5,742(有効回収率44.1%)であった。調査環境の変化の影響を受けて回収率は低下したが、データの諸特性の解析や国勢調査集計値との比較の検討結果から、趨勢比較をする上で重大な問題はないことが確認されている(三輪・小林編 2008)。
 1995年、2005年ともに、中央調査社が実査を主に担当した。実査は訪問面接法によりなされた。ただし、2005年は質問の一部を留置票にまわし、留置法を併用した。
 以下では、35歳以上64歳以下の男性に絞り、移動表の分析をおこなっている。移動表とは、表側に父親の職業階層、表頭に現在の職業階層を配置したクロス集計表である。これにより、親世代から子世代への地位の移り変わり、すなわち世代間移動がとらえられる。なお、父親の職業の代わりに初職を配置すれば、 それは世代内の移動表となる。

表1

2.世代間移動:変わらない機会の不平等
 まずは、回答者の職業階層と父親の職業階層との関連を、世代間移動表によってみていくことにしたい。2005年SSM調査については表1をそのまま使い、1995年SSM調査からも同様の世代間移動表を作成して、比較可能な統計量を求めた。
 移動機会の不平等を測定するために、オッズ比という統計量を用いる。例えば、以下にみる「専門職についてのオッズ比」とは、父親が専門職だったときの本人専門職のなりやすさと、父が非専門職の場合の本人専門職のなりやすさとを比にしたものである。つまり当該階層出身者が、それ以外に比べ、どの程度移動機会に恵まれたかを数量化したもので、移動機会が平等なら1の値をとり、それより大きくなるほど不平等であることを示す。
 図1では、2時点間のオッズ比を比較している。一見してわかるように、どの職業階層についても、移動機会は不平等である。中小企業のホワイトカラーやブルーカラーはその中では相対的にオッズ比の値が小さめである。だがこれらとて、オッズ比は統計的有意であり、不平等がないと積極的に主張できるわけではない。

図1

 機会の不平等が大きいのは、農業、専門職、そして自営業である。専門職については、父親が専門職である家庭の子どもは学歴が高くなりがちであり、高学歴者が専門職につきやすいというように、間接的に再生産が生じる。農業と自営業は、それぞれ農地や店舗など、資本の相続が起きる傾向があるため、直接的な再生産メカニズムが働く。よって、これらの職業階層において世代間での移動機会が閉じられる傾向が強いことはうなずける結果といえる。
 1995年も2005年も、オッズ比の値はだいたい似た傾向を示している。その意味では、世代間移動の機会不平等は時間的に安定しているというべきであろう。この10年ほどで急激に不平等化したわけではない。だが、機会平等へと向かって変化してきたというわけでもない。長期的な趨勢分析結果と同様に、近年だけに着目しても、世代間移動の機会については変わらず一定程度の不平等状態を維持しているのである(石田・三輪 2009)。
 変わらない機会不平等というのが世代間移動の分析結果の基調ではあるが、そのなかで1点、気になる変化もみられる。それは、自営ホワイトカラーと自営ブルーカラーにおける不平等化である。これら2つの自営業層では、統計的には有意水準10%の違いにとどまるものの、1995年に比べて、2005年においてオッズ比の値が上昇傾向を示している。1990年代以降に日本の自営業が縮小していくなかで、自営業出身以外からの参入が厳しくなってきていることを反映したものであるのかもしれない。
 図2には、それぞれの調査時点現在で当該職業階層に属するもののうち、父親も同じ職業階層であった者の割合を示した。いわば、自己再生産率と呼ぶべき統計量であり、この値が高いほど、その階層の「二世」の占める割合が高いことになる。図2より、やはり自営業層に関しては、再生産である者の割合がこの10年ほどで増加してきたことが読み取れる。もともと自営業層は再生産性の強い階層であったが、その特徴は近年に強まったことが明らかとなった。

図2

3.世代内移動:職業移動ネットワークにみられる局所的変化
 続いて、回答者のキャリアを通した職業的地位の変化である世代内移動を検討しよう。ただし、仕事内容をより細かく分けるほうが分析目的に適しているので、先ほどの世代間移動よりもより詳細な職業分類カテゴリーを用いた。そしてここでは、原純輔の方法に基づき、1995年と2005年の世代内移動の流れを図示した(原・盛山 1999)。
 図3は1995年SSM調査データから、図4は2005年SSM調査データから分析した、世代内移動の流れの概略図である。職業移動が比較的多く起こる方向については、矢印で表示している。さらに2つの職業間の移動が強く結び付いているものは、太線にしてある。

図3


図4

 図3より、1995年では、社会全体の流れとして、3つの方向性があることがうかがえる。第1に、管理職へと向かう流れがある。特にホワイトカラーから管理職へと移動する傾向が明瞭にあらわれている。これらの移動経路は、まず事務職で入職してから管理職へと登用されるという日本的な昇進システムを反映したものである。
 第2に、自営ブルーカラーへの流れである。主に中小企業の熟練ブルーカラー、そして同じく中小企業の半・非熟練のブルーカラーからも移動するようである。熟練とはいわば職人や技能工的な仕事で、半熟練は生産工程従事者、非熟練は単純労務作業者と意味が近い。それら仕事の熟練度の違いではなく、企業規模こそが移動を規定しているのである。
 第3に、自営ホワイトカラーへの流れである。中小企業の販売・サービス職からの移動がその中心となっている。事務職ではなく、販売やサービスのほうが独立・開業へと結びつくことは想像に難くないし、勤務先での経験をもって家業を継ぐこともありうることで、予想通りの結果といえよう。
 さてこの世代内移動の流れは、図4で確認する限り、大きくは変わっていないようである。先ほどみた第1の点、管理への流れはそのまま維持されており、変化はない。第2の自営ブルーカラーへの流れも大まかにいえばあまり変わっていない。
 しかし、近年に起きた局所的ではあるが重要な変化を2点指摘できる。
 まず、自営ホワイトカラーへの移動の経路である。簡単にいえば、孤立的になった。これは他の職業から移動してくることが少なくなったことを意味する。中小企業の販売・サービス職から自営への移動は、今やそれほど多くはないのである。その背景には、自営業自体が縮小していることもあろうし、前節でみたように再生産が増えていることもあろう。世代内移動を通して自営業者となるのは、いまや困難になりつつあるのかもしれない。
 もう1点顕著な変化を挙げると、中小企業の範囲内で、職種間にまたがった移動の流れがみられるようになったことである。中小企業の販売・サービスと、中小の事務、中小の半・非熟練のあいだで移動を示すパスが描かれるようになった。つまり、1995年調査でみられた世代内移動の構造では、ホワイトカラーとブルーカラーがほぼ完全に分断されていたのだが、2005年調査では両者を架橋するかのごとく、中小企業という規模限定で事務、販売・サービス、半・非熟練のあいだでの人の動きが観察された。世代内移動における職業間の障壁が低くなったゆえか、あるいは転職増加という社会の流動化の影響か、正確に解釈するにはさらなる分析が求められよう。いずれにせよ、注目に値する変化と思われる。

4.まとめ
 本稿では、世代間移動と世代内移動の構造が、1995年から2005年にかけて変化したかどうかを移動表分析によって検討した。大まかな知見としては、基本的な構造は変わっていないといえる。グローバル化の影響を受けている現代日本だが、機会格差は一定程度の水準のまま変わっていないし、キャリアを通した移動の経路も概ね維持されている。
 ただし、細かく見れば、自営業層が縮小する中で再生産性を強めたことや、それと関連して自営ホワイトカラーへの経路が閉ざされてきたことも明らかにされた。また、社会の流動化を反映してか、中小企業セクターにおいて職種間での世代内移動が多くみられるようになってきた。
 まとめて言うと、社会移動の基本構造が強固に維持される中で、同時に局所的な変化が自営や中小企業セクターにおいて起きている。これを、SSMデータに依拠して、世代間と世代内の移動分析により導かれた本稿の結論としたい。ただしこれは、35歳以上という比較的キャリアの安定した年齢層を対象とした分析結果であることには注意を要する。34歳以下の若年層では、機会不平等化や移動経路の閉塞化など深刻な変化が生じている可能性もありうるのだ。現代日本の階層社会の実像を把握するためには、本稿の結果だけでなく、若年層を対象とした優れた分析結果をも同時に参照することが有益かつ必要となるだろう。

謝辞
 SSMデータの使用にあたっては、2005年SSM研究会の許可を得た。調査に関わったすべての方々へと深く感謝申し上げます。

参考文献
原純輔・盛山和夫, 1999,『 社会階層―豊かさの中の不平等―』東京大学出版会
石田浩・三輪哲, 2009, 「階層移動から見た日本社会:長期的趨勢と国際比較」『社会学評論』59(4):648-662
三輪哲・小林大祐(編),2008,『2005年SSM日本調査の基礎分析―構造・趨勢・方法―』(2005年SSM調査シリーズ1)〔文部科学省科学研究費補助金(特別推進研究)研究成果報告書〕2005年SSM調査研究会