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■「中央調査報(No.633)」より

 ■ 公立中学生と保護者の生活と意識に関する調査

本田由紀(東京大学大学院 教育学研究科・教授)


 東京大学教育学部比較教育社会学コースにおいては、学部生の必修授業として「教育社会学調査実習」を開講している。この授業は学部生に社会調査の全体像を実地に経験させることを目的としており、個々の学部生自身が自らの仮説を設定し、その仮説を検証するための質問項目を盛り込んだ調査票を作成し、実際に調査を実施して得られたデータを分析して論文を書き、論文集を作成する。この授業は2008年度からBenesse教育開発研究センターとの共同研究の形態をとっており、収集したデータに対して両組織のスタッフが詳細な分析を加えた結果を調査報告書として刊行するとともにweb上でも公開している。それゆえこの授業で実施する調査は単なる学部生の練習用の簡易なものではなく、サンプルの量と質に配慮した本格的な社会調査である。
 2009年度の授業においては、神奈川県下の公立中学校の2年生とその保護者を対象として、彼らの生活と意識の実態を把握する調査を実施した。以下では、学生の分析結果の中から興味深い結果が得られたものをいくつか紹介したい。

1.調査の概要
 今回の調査においては、調査実施地域を一定の地理的範囲に統制する必要性に照らし、大都市・中規模都市・その他の地域をバランスよく含む県である神奈川県を選定した上で、県内を4つの地域ブロックに分け、各ブロックの公立中学生人口比を考慮して9つの市から23校の公立中学校を調査対象校として抽出した。生徒調査は、中学校の教室内における集合調査と、学校で配布した調査票に自宅で記入し学校で回収するという方法を併用した。保護者調査は、学校回収と郵送回収を併用した。有効回答者数は生徒2874名、保護者2409名である。回答した保護者の続柄は母親が92%を占めている。同時に、調査対象校の教員に対しても郵送法による調査票調査を実施した。調査時期は2009年10月~2010年1月である。調査項目は、生徒調査については学校生活(授業や勉強への取り組み、部活動や学校行事への積極性など)、学校内外での友人関係、メディア接触、進路意識・将来観、親子関係、自己意識、社会意識など、また保護者調査については学校への期待や満足度、子どもに対する意識、子どもへの接し方や家庭教育のあり方、自己意識、社会意識などである。
 この調査データの特長は、中学生の回答とその保護者の回答を組み合わせた分析が可能になっていることにある。中学生のみに対して調査を行った場合、保護者の意識や行動は中学生による認識というフィルターを通した形でしか把握することができないが、今回のデータは保護者自身による回答が得られている。保護者とその子どもという別々の個人がそれぞれ行った回答の間に関連が見出されたとすれば、それは親子間の影響関係をより精確に表しているといえる。
 以下、このデータの分析に取り組んだ学生たちの論文の中から、中学生の学力および学習意欲に家庭教育が及ぼす影響と、近年注目されている教育政策に対する保護者の評価に焦点を当て、それらの規定要因を探った分析結果を紹介してゆこう。

2.家庭教育のあり方が中学生の学力と学習意欲におよぼす影響
 子どもの学力や学習意欲がいかなる要因によって規定されるかというテーマは、教育社会学にとって根幹とも言える研究課題である。特に近年は、厳しい経済社会情勢の下で家庭間に様々な資源の格差が拡大していることが指摘され、そうした家庭のあり方が子どもの学力や学習意欲に及ぼす影響も増大していると言われている。平澤香菜の論文「家庭教育の学習意欲と学力に対する影響」は、この研究課題に取り組んでいる。その際、平澤は、家庭教育の類型として、本田(2008)が指摘した「きっちり型」(塾や習い事、生活習慣などに力点を置いた教育)および「のびのび型」(子どもの意志や自由な体験、外遊び などを重視する教育)に加えて、より基礎的な日常生活の基盤を整えるという家庭教育の第三の類型が存在するのではないかという仮説を立て、これらを「学業優先型教育」「自由体験型教育」「生活充実型教育」として設定した上で、子どもの学力と学習意欲への影響を検討している。
 これら家庭教育の特性を表す変数として、平澤は子どもが中学に入学する以前に家庭で心がけていたことに関して保護者にたずねた質問項目を用い、「学業優先型教育」については「学習塾(公文式やそろばんを含む)に積極的に通わせていた」、「自由体験型教育」については「勉強以外の様々なことをできるだけ体験させていた」、「生活充実型教育」については「一日三食きちんと食事をさせていた」をそれぞれの代理指標としている。また従属変数となる学力については、生徒調査票において「英語で簡単に自己紹介ができる」「60㎞を1時間30分で進む車の時速を求めることができる」など基本的な学習課題ができるかどうかを10項目にわたってたずねた結果を簡易学力スコアとみなして用いている。学習意欲は、生徒に対して「学校での勉強に積極的に取り組んでいる」か否かをたずねた質問項目を用いる。
 分析において平澤は、上記3タイプの家庭教育が子どもの学力と学習意欲に及ぼす影響が家庭の社会階層によって異なるのではないかということにも注目している。これを検証するために平澤は、社会階層の代理指標として家庭の蔵書数を用いている。学校を通して質問紙調査を実施する場合、保護者の職業や収入、学歴など、社会階層の指標として通常用いられる質問項目は盛り込めない場合が多い。今回、辛うじて盛り込めたのは、上記の蔵書数と、家庭に「自分の部屋」や「プラズマ/液晶テレビ」など8項目の物品があるか否かをたずねる質問であった。蔵書数はブルデューの言うところの客体化された文化資本に当たるものとみなされることから、これを文化階層の代理指標として用いている。また、家庭で所有する物品の多寡は、家計の豊かさを反映しているとみなせるため、これを経済階層の代理指標として用いている。
 全体および文化階層別に、学力と学習意欲のそれぞれについて家庭教育類型との関係をクロス集計した結果が図1・図2、それぞれの規定要因を重回帰分析によって検討した結果が表1・表2であり、分析結果を集約したものが表3である

図1


図2


表1


表2


表3

 この分析結果には、家庭教育の類型が子供の学力と学習意欲に及ぼす影響が文化階層によって異なることが表れている。積極的に塾に通わせるような学業優先型の家庭教育は、文化階層上位の子どもの学力を上げることには役立つが、文化階層下位の場合は学力にも効果が明確でなく、また文化階層を問わず学習意欲の向上には影響しない。様々なことを体験させるような自由体験型の家庭教育は、文化階層に関わらず学力を向上させ、文化階層上位では学習意欲の向上にも役立つが、文化階層下位の場合は学習意欲には影響しない。三食きちんと食べさせるような生活充実型の家庭教育は、文化階層を問わず学力を上昇させるが、文化階層上位では学習意欲の向上はもたらさないのに対し、文化階層下位では学習意欲を向上させている。このような平澤の分析結果からは、家庭の階層と子供の教育達成との間に、親の教育行動が介在して複雑な影響関係が存在することが読み取れる。

3.学校運営協議会および学校選択制に対する保護者の評価の規定要因
 続いて、教育政策に対する保護者の意識の規定要因を分析した岩藤陽子の論文「教育政策の理念と保護者の意識のギャップ」を紹介する。近年の教育改革の中でクローズアップされている新しい制度として、学校運営協議会制度と学校選択制が挙げられる。前者は地域住民や保護者が学校運営に参画することによって、後者は保護者が子どもを通わせる学校を自由に選択することによって、それぞれ教育の質を高めてゆくことを意図した制度である。ハーシュマン(1970=2005)の枠組みによれば、学校運営協議会制度は当該の学校への関与を維持しつつ「発言」することによって学校を改善するという方向であり、学校選択制は当該の学校を選択せず他の学校を選択するという「離脱」をもって意思表明に代えるという方向である。
 岩藤は、こうした対照的な性格を持つ2つの政策に対して、どのような母親が支持する傾向があるかを明らかにするという課題に取り組んでいる。特に学校選択制については、特定の学校に階層が高く教育熱心な家庭の子どもが集中することによって、学校間の格差化・序列化が進み地域住民間の連帯が阻害される危険があるという指摘(藤田 2005など)もあることから、どのような志向性をもつ保護者が学校選択制を望んでいるかを明らかにすることには意義がある。
 分析に当たって岩藤は、経済階層(前述の所有財を変数化したもの)、学校の取り組みへの満足度(11項目にわたって学校の様々な教育上の取り組みに対して満足度を4段階でたずねた結果を合算したもの。α=0.915)、教育参加度(学校行事や授業参観、PTA活動など5項目の行動をとる度合いと、家庭で子どもの勉強内容やテスト点数など3項目を確認している度合いをいずれも4段階でたずねた結果を合算したもの。α=0.770)、競争意識(「子どもに世の中の競争に勝ち残ってほしいと思う」度合いを4段階でたずねた結果)、格差是正意識(「政府は貧しい人と裕福な人の格差を縮めるべきだ」と考える度合いを4段階でたずねた結果)、政治参加意識(「自分の住んでいる地域や国の政治に何らかの形で参加したい」度合いを4段階でたずねた結果)を独立変数とし、学校運営協議会と学校選択制への支持(「とても支持する」「まあ支持する」を1、「あまり支持しない」「まったく支持しない」を0としたダミー変数)を従属変数として用いている。
 クロス集計を踏まえた上で、岩藤は経済階層の上位・下位別にロジスティック回帰分析により2つの政策に対する支持の規定要因を検討している。その結果が表4・表5である。

表4


表5

 表4・表5より、まず学校運営協議会制度に関しては、経済階層上位・下位ともに政治や教育への参加に積極的で学校の取り組みにも満足している母親が支持する傾向にあるが、経済階層上位ではそれに加えて子どもの将来への不安、経済階層下位では競争意識の高さが支持につながっている。総じて、社会意識が高く行動的であるとともに子どもの状況を改善してゆきたいという動機をもつ母親が学校運営協議会を支持する傾向にあるといえる。
 他方で、学校選択制については、経済階層が上位で競争意識が高い母親が支持する傾向があるということを除けば、今回分析に含めた独立変数で明らかに有意な変数は見出されなかった。学校選択制という制度が、主に経済的な余裕があり競争意識が高い母親のニーズに応えるものであるとすれば、そのことが含む問題性は改めて検討に値する。
 以上の岩藤の分析は、学校運営協議会は「発言」という性格が強く、学校選択制は「離脱」という性格が強いことを、実証的に示すものとして興味深い。新しい政策を導入する際には、こうしたエビデンスを踏まえてその実効性や影響を予測するという作業が必要である。

4.おわりに
 本稿では紙幅の関係で、以上の2つの分析結果の紹介に留めざるをえなかったが、これら以外にも、中学生たちの友人関係の複雑さや、親子関係およびリーダー経験・熱中経験などが子どもの自己意識に及ぼす影響など、「教育社会学調査実習」を履修した学生たちの多彩な問題関心に即した検証結果が様々に得られている。
 特に2009年度のデータは保護者からの回答率も予想以上に高く、サンプル数も十分な良質なデータであるため、今後もさらなる分析を加えた結果を広く公開し、生徒や保護者の実態に基づいて今後の義務教育のあり方を考察・構想してゆくことに役立ててゆきたい。


平澤の分析には保護者票に母親が回答したケースのみを使用している。
岩藤も保護者票に母親が回答したケースのみを分析に使用している。

参考文献
● 藤田英典、2005、『義務教育を問い直す』、ちくま新書
● A. ハーシュマン、1970(邦訳2005)、『離脱・発言・忠誠』、ミネルヴァ書房
● 本田由紀、2008、『「家庭教育」の隘路』、勁草書房