中央調査報

トップページ  >  中央調査報   >  ふたご研究をめぐって
■「中央調査報(No.638)」より

 ■ ふたご研究をめぐって

安藤寿康(慶應義塾大学文学部・教授)  


 何ごとについても、それを知ることができることと、知ることのできないことがある。 また知ることができることであっても、それを知ってよいことと、知ってはならないことがある。 さらに知ることができたことについて、人に知らせてよいことと知らせてはならないことがある。
 わたしたちがおこなっているのは、ふたご研究である。 ふたごは、その存在だけでも、かわいらしく、神秘的で、興味をそそられるだろう。 だから「ふたご研究をしています」といえば、たいていの人は目をほころばせてくれる。 しかしそれが人間の能力やパーソナリティなど、心理的・行動的形質の「遺伝」に関する研究(いわゆる「行動遺伝学」)であることを知ったとたん、顔をしかめられる。 自分の才能や人柄がどのくらい遺伝子によって決められているかなど、できれば知りたくない、わかっても知らせて欲しくないと思う人は、決して少数派ではない。
 そもそも私たちは人間の心理的・行動的形質におよぼす遺伝の影響を知ることができるのだろうか。 この問いに関する答えは簡単だ。Yesである。それは一卵性双生児と二卵性双生児の類似性の比較によって可能になる。 一卵性は遺伝子を100%共有する。しかし二卵性は50%しか共有しない。 いずれのふたごも子宮から誕生後の生育環境条件は基本的に等しいから、たくさんのふたごから、関心となる性質についてのデータを収集し、その類似性を比較して、 もし一卵性の類似性が二卵性を上回っていれば、そこに遺伝の影響があることを示したことになる。 基本はこのようにきわめて単純な原理であり、それを身長、体重のようなものから、知能指数、学業成績、内向性や勤勉性などのパーソナリティ特性、精神疾患への罹患、 非行や犯罪の有無、収入や学歴、寿命など、およそありとあらゆる「関心となる性質」について調べることによって、その遺伝の影響を知ることが可能になる。
 そして事実、およそありとあらゆる側面について、遺伝の影響が無視できないほど関与していることが示されている。
 ここで、本稿の冒頭で、「また知ることができることであっても、それを知ってよいことと、知ってはならないことがある。 さらに知ることができたことについて、人に知らせてよいことと知らせてはならないことがある」と述べた意図がご理解いただけるだろう。 身長や体重に遺伝の影響があることを知っても、たいがいは許容できると思われる。 パーソナリティについては、「いや、環境の影響の方が大きいはずだ」と思う人も少なくないだろうが、まあある程度は認めてくれるだろう。 これが知能指数や学業成績となると、「やっぱりそうだ」と思う人と「いや、そんなことは認めたくない」と思う人に分かれると考えられる。 そしてさらに非行・犯罪・収入・学歴となると、それを認めることにかなりの拒否感が伴う人が少なくないはずである。 これらはみな、われわれ人間側の希望的観測に由来するご都合である。40億年の来歴を持ちあらゆる生命の源である遺伝子たちは、ヒトという地球上のただの一種の、 しかも時代や文化によってどうにでも変わるような、そんなご都合など関知しない。 人間がそれを学力と呼ぼうが、外向性と呼ぼうが、はたまた犯罪と呼ぼうが、収入と呼ぼうが、それらはすべて遺伝子たちが環境(この場合は人間の創り出した文化環境であるが)に 対して適応しようとして発現させた表現型なのである。

 ここまでの話を、論ずべきことがらの繊細さに対して、あまりにも杜撰な論の進め方だと苦々しく思う人がいても不思議はない。 そもそもふたご研究によって「知った」ことがどれだけの保証をもつと言えるのか。このことについて、われわれは釈明をしなければならないだろう。 ふたご研究とその基盤である行動遺伝学の理論や方法論を説明するには、まるまる一冊のテキストと最低半年のコースの講義が必要なので、それは一切割愛する代わりに、 そこではあまり紹介しないデータ収集にまつわることがらを紹介したい。
 行動遺伝学は基本的にある種の社会疫学である。人間の行動の個人差の原因となる遺伝要因と環境要因を特定することがその目的である。 ただし、個別の責任遺伝子の特定、あるいは環境条件の特定に至る以前の段階として、遺伝要因が関与しているかいないか、環境要因に家族が共有することによって類似する共有環境要因 が関与しているかいないか、それぞれその要因が関与しているとすれば、集団の全分散中のどの程度を、それぞれの要因が説明するかを記述的に明らかにする。
 疫学のご多分に漏れず、代表性の高い十分な数のサンプリングが必要となる。こんにち、世界の双生児研究はきわめて大規模なpopulation basedなツインレジストリーの構築の上に成り 立っている。 特にヨーロッパ各国では、イギリス、オランダ、イタリア、北欧諸国などの諸国で作られたレジストリーをさらにたばねる”GenomEUtwin” (http://www.genomeutwin.org/index.htm)というコンソーシアムが作られており、 その名が示すように双生児研究とゲノム研究を融合させた今日的な行動遺伝研究を展開させる研究基盤やデータベースが維持されるようになっている。 また行動遺伝学研究の「老舗」のアメリカやオーストラリアでも、さまざまな研究チームが自分の地域で都市単位や州単位(オーストラリアでは国家規模でも)で、 それぞれのリサーチクウェスチョンのための双生児コホートプロジェクトを構築している。このうちスウェーデンのような国民総背番号制の国では、別々に育ち生活しているふたごという、 方法論的にきわめて貴重なケースを含め、数万組からなるレジストリが構築されている。 また常に双生児研究のトップを牽引するイギリスのプロミンのチームによるTEDS(Twin Early Development Stidy、http://www.teds.ac.uk/index.html)では 現在10000家庭を、同じくオランダ自由大学のブームスマ率いるNTR(The Netherland Twin Registry, http://www.tweelingenregister.org/index_uk.html)も 7000組を擁するレジストリーが、それぞれおよそ20年にわたって構築、更新され続けている。
 諸外国のこのように精力的な研究動向を国際学会で目の当たりにし続けてきた日本のふたご研究者として、わが国のふたご研究の基盤があまりにも脆弱、貧相で、 国際的競争力を著しく欠く状態を、ふがいなく、しかしながら予算も付きにくくレジストリーも構築しにくい日本の情勢では仕方のないものと、無力感に長い間、身をゆだね続けてきた。 それが2004年に科学技術振興機構(JST)の「脳科学と教育」というプログラムが、大規模縦断コホート研究を公募し、 その応募要項のなかに「ふたご研究を含む」と明記されていたことに飛びついて、幸運なことに採択された。 そして5年間に渡り、およそ3億に近い予算規模で、乳幼児に始まる長期縦断研究を進めることができた。 それによってようやく欧米諸国のふたご研究に肩を並べることのできる規模の研究を行うことができるようになってきたのである。 それが「首都圏ふたごプロジェクト(Tokyo Twin Cohort Project;ToTCoP)」、である。
 ToTCoPの最初の仕事は、首都圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)の悉皆的なふたご住所リストを作成することである。 それまでの経験で、住民基本台帳から「同世帯、同生年月日」という条件で、多胎児を抽出できることを知っており、実際、 すでに東京都内の一部および川崎市などで約3000組程度の青年期から成人期までのふたご名簿作りはおこなって、「慶應義塾双生児研究プロジェクト」を推進していた。 技術的にはpopulation basedなツインレジストリーの構築は可能なのである。 ちなみにこれまでのふたご研究は、東京大学教育学部附属中等学校のふたご、「ツインマザースクラブ」に代表される多胎児支援サークル、 そして大学病院を擁する医学部の研究チームが地域に呼びかけて作ったものによってなされ、地域全体の出生記録や住民台帳に基づくものが作られたことはない。 なぜなら、周知のように、台帳閲覧に膨大な費用と手間がかかるからである。 だが逆に言えば、予算とマネージングする母体があれば、これは可能なのであった。 そして幸か不幸か、このときこの仕事を中央調査社のような調査機関に委託するという知恵がわかなかった。 いや、その知恵をほのめかされたことはあったが、ふたご研究者として、データ収集の最初の最も重要なステップを外部に委託することを潔しとしないという、 意地に近い思いがあったといった方が的確かもしれない。それをおこなったのがToTCoPの最初の2年間であった。
 JST「脳科学と教育」への採択の道が開けたその最初の時点で、派遣会社から有能な事務職員を一人雇用し、住民基本台帳の閲覧のマネージングをゆだねた。 まずは有能な閲覧員の募集からだ。自分自身の経験からも、住民基本台帳に延々と並ぶ氏名・住所・性別・生年月日のリストの中から、 同生年月日のふたり(ないしは三人、または四人、そして五人のケースまできわめて希ではあるが、ある)を、「肉眼」によって発見し、 そこに印字されたこれらの情報を正確に転記し続けるという仕事は、単純な作業なだけに、どんな人間でもこなせるというものではないことは承知していた。 そこは心理学者である。雇用に当たって、適性検査を作成した。ダミーの住民基本台帳に似せたリストを作り、限られた時間でどれだけ正確に、かつたくさん、 ふたごとおぼしき個人を抽出・転記できるかを測るテストを作ったのである。 まず大学の大教室の授業の一部をこっそりつかって、学生から大量の標準データを収集し、その分布を作成、合格ラインとなる数値を割り出した。 そして新聞広告で公に募集をかけ、応募者にそのテストを実施、約2.5倍の倍率で、優秀な人たちを10人あまり採用した。
 これら閲覧員の勤務管理、そして対象となる300あまりの自治体との閲覧日程の調整の仕事も煩を極める。なぜ閲覧の条件が自治体によって異なるのだろう。 閲覧の予約方法、提出書類、課金条件、ことごとく違うのは驚きだ。そもそもなぜ電子化されたデータを直接扱わせず、目視という前時代的な方法しかゆるされないのだろう。 むろん最も基本的な個人情報である。その管理に慎重であろうという趣旨は理解できる。だが商用目的、学術目的の区別もなく、 おしなべて厳しいとはいかがなものか(と素朴に訴えること自体、研究者の奢りといわれるかもしれず、議論すべき点だが)。 時はまさに2004年から2005年にかけて、個人情報の保護に関する法律が大きく改定され、住民基本台帳の閲覧に対する規制が厳しくなる境目を前後しての期間であっただけに、 このときの情勢の変化は肌身で感じた。対象地域の大半を、改訂前の2004年度のうちに閲覧できていたものの、やはり改訂後には閲覧不能、 あるいは閲覧はできても名前をあいうえお順に配列されたりして「同世帯・同生年月日」という条件を適用できなくなり、ふたごの同定が不可能になった自治体が増えた。 そしてなによりも高額の費用である。ふたご調査はランダム抽出ではなく悉皆抽出でなければならない。 つまり台帳はそのすべてにまんべんなく目を通さねばならない(ただし順次あらたな出生が追加されるので、これは「時点悉皆」に過ぎないが)。 たとえば横浜市全体でそれをおこなうと、閲覧にかかる費用だけでおよそ1000万である。われわれがふたご調査を実施しようとするだけで、横浜市の収入はなにもせずに1000万も増えるのである。 このプロジェクト全体で、この閲覧費に投じた予算額は3000万を超す。世界のふたご研究で、この最初のふたご同定にこれだけの費用をかけねばならない国はない。 わが国のこの状況は、ふたご研究に限らず、他の科学的研究の発展に少なからぬ悪影響を与えているに相違ない。 教育問題しかり、貧困問題しかり、老人問題しかり、エビデンスをふまえないでイデオロギーが先行する、高学歴社会にあるまじき貧しい科学リテラシー文化の象徴の一つが、 住民基本台帳閲覧をめぐる状況であると論ずるのは、穿ちすぎだろうか。
 限られた範囲とはいえ、首都圏は広い。閲覧員たちの膨大な移動距離、そして行った先々で役所の応対にまつわる逸話、 そしてこれら閲覧業務の管理にまつわる悲喜こもごもの思い出も、このふたごプロジェクトを支える貴重な影の財産である。 その成果は、44000組の多胎児リストとして結実した。こうしたことを、調査会社に委託することでも、ほぼ同じように成し遂げられることを知ったのは、JSTプロジェクトが終結し、 その直後に科研費によってこれを継続、発展させる段階で、再度新たなツインレジストリーの構築を計画するようになってからだった。 対費用効果は自力で成し遂げるのとほぼ同等であるという印象がある。手にするデータも同じだ。 ただ2年にわたり、自力でふたごの住所リストを構築した経験は、調査会社がそのデータを納品する背後の過程で、どれだけの繁雑な作業を肩代わりしてくれているかを推し量り、 そのデータの質を判断する貴重な暗黙知をわれわれにもたらしてくれた。
 さて、こうして得られたふたごの住所リストを対象に、プロジェクトへのエントリーの依頼と、卵性・出生後の身体発達などに関する簡単な質問紙を配布し、 できるだけたくさんの代表性の高いサンプルを得ることが、次の、しかし調査自体にかかわる最重要の課題であった。 社会調査である以上、回収率が20%や30%では話にならない。しかし経験的に青年・成人を対象としたふたご調査の回収率はそのあたりの数値が最大値であった。 できるだけ多くの回答を得るために、謝品・督促(再度、再々度のお願い)・結果のフィードバックなど可能な限りのことを試みた。 その中の一つの試みである「切手の貼り方」について紹介したい。
 郵送による質問紙への回収率に切手の貼り方が影響することを教えてくれたのはオーストラリアのふたご研究者、Nick Martinだった。 質問紙を送るときの封筒に貼る切手は多い方が効果的だという。たとえば80円切手1枚ではなく、50円と10円3枚貼った方が高い回収率を得る。 このことを確かめるため、予備調査の段階で、送信、返信それそれについて、その封筒への切手の貼り方に図表1、図表2のような条件を設定し、 その返信(エントリー)数の推移をみた(安藤ら, 2004)。

図1


図2

 結果は必ずしも明確ではないが、少なくとも初期(ここでは督促第一回目をする以前の「前期」部分)では、 確かに送信に際して切手が複数枚貼られていた方が、返信が多い傾向にあり、「別納」印と比較したとき顕著である。 返信封筒でも普通切手1枚よりも記念切手や複数枚貼られたもののほうが返信率は高い。 これはそれだけ手間をかけたプロジェクトであることがアピールされたからだろうか。かくして、回収率は55%を得るに至った。
 こうして、大規模なふたごの縦断調査を実施して新たに知ったことは少なくない。 遺伝要因と共に環境要因の重要性も浮き彫りになり、それらが時間と共に変化すること、遺伝要因の発現が環境要因によって変化することなど、 ともすれば「遺伝か環境か」という単純な、あまりに貧しい遺伝環境論議に光をあてるような知見が数多く見出された。 また中には、われわれの平等感や健康感に関する一般常識に相反する、その意味ですぐに一般に知らせてよいかどうか慎重さを求められる知見も見出されている。


引用文献
 安藤寿康,野中浩一,加藤則子,大木秀一,中嶋良子,橋本栄里子.(2005).双生児法による乳児・幼児の発育縦断研究 (首都圏ふたごプロジェクト)(1) その構想とパイロット調査の評価,慶應義塾大学大学院社会学研究科紀要,61,31-49.