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■「中央調査報(No.644)」より

 ■ 統計調査に関わる資格の認定

信州大学経済学部教授 舟岡 史雄  


 日本統計学会は統計調査士と専門統計調査士の資格認定の制度を創設した。資格の検定試験は本年11月の第1回試験を皮切りに、毎年実施される。本稿では、2つの資格の内容と創設に至った経緯と背景、検定試験の具体的内容と範囲等について紹介する。資格制度の設立が統計調査の正確性、及びデータの品質の確保に大いに貢献するものと期待される。

1.統計調査士・専門統計調査士の資格と検定内容
 統計の知識や活用力を評価する資格認定の制度が日本統計学会のもとで創設された。統計検定1級、統計検定2級、統計検定3級、統計検定4級、統計調査士、専門統計調査士、国際資格の7つである。第1回の全国統一の資格検定試験として、統計検定2級~4級、統計調査士、専門統計調査士の5つの試験が今秋11月20日に実施され、統計検定1級と国際資格については来年度からの開始予定である。これらの中で統計調査に密接に関わる資格は、統計調査に携わる上で必要とされる知識と技能を認定する「統計調査士」と、組織にあって統計調査を企画、運営する能力を認定する「専門統計調査士」である。

(1)統計調査士検定
 統計調査士は、統計調査の実務を正確かつ適切に行うための基本的な知識と業務遂行上の技能を有すると認定された者に対して授与される資格である。資格検定の試験内容は以下の通りである。

(問題形式)マークシート方式の問題による筆記試験25問
(試験時間)60分
(合格水準)100点満点に対して70点以上を合格
(受験資格)特になし

 なお、公的統計または、これに準じた統計(訪問面接調査、調査依頼と詳細説明を伴う訪問留置調査)で、一定年数(回数)以上の統計調査員の経験を有する者については、経過特例措置を設けている。特例措置は、平成23年度から5年間に限り、筆記試験の一部に代えて、統計調査員の業務経験を評価して、所定の点数(30点あるいは60点)を付加するものである。公的統計については、統計調査名称と従事期間を記載した申請書、公的統計に準じた統計調査については、調査の概要(名称、実施主体、調査目的、母集団、調査対象地域、標本抽出枠、標本抽出方法、調査方法・測定方法、計画標本サイズ、回収率、調査実施期間等)の説明書および調査機関からの従事証明書が、統計調査員の業務経験を審査する資料となる。同資料に基づいて、経験した統計調査本数と統計調査毎の経験年数の基準に則って、調査員としての業務経験が認定される。

(2)専門統計調査士検定
 専門統計調査士は、統計調査の企画、設計、実施、指導、集計、分析といった統計調査の一連の業務の管理・運営を担える専門的な知識と能力を有すると認定された者に対して授与される資格である。同資格は、統計調査士と専門統計調査士のいずれの検定試験にも合格していることを条件とする。資格検定の試験内容は以下の通りである。

(問題形式)マークシート方式の問題による筆記試験50問
(試験時間)90分
(合格水準)100点満点に対して70点以上を合格
(受験資格)統計調査士検定に合格していることが条件となる。ただし、統計調査士検定と専門統計調査士の同時受験が可能
(留意事項)2つの検定試験を同時に受験し、同時受験の結果として「統計調査士に不合格・専門統計調査士に合格」となった場合は、2年間の経過措置を設定し、その間に統計調査士の検定試験に合格すれば統計調査士と専門統計調査士を同時に認定する。

 なお、一定年数(回数)以上の統計調査の企画・運営、調査員の指導・経験を有する者については、経過特例措置を設けている。特例措置は、平成23年度から5年間に限り、筆記試験の一部に代えて、統計調査の企画・運営、調査員の指導・経験を評価して、所定の点数(20点、40点、60点)を付加するものである。経験を記した申請書、および統計調査において、どのプロセスに、どの立場で関与したか等の果たした役割を記載した調査機関の発行する従事内容証明書に基づいて、統計調査の企画・運営と調査員の指導・経験ごとに業務経験が認定される。

2.資格認定制度の創設の経緯と背景
 統計調査に関わる資格の認定は、大学教育における統計学の充実をいかに図るかについて議論する過程で、併せて検討された。統計学の教育内容をめぐっての議論は、2008年5月に日本学術会議が文部科学省から「大学教育の分野別質保証の在り方」について審議することを求められ、学位の水準の維持・向上などの視点に立って、検討を開始したことが出発点である。日本学術会議においては、質保証について考える際、各大学における教育課程が学士としての知識・能力を獲得するための体系だった内容を備えていることが基本であり、そのために、分野毎に教育課程を編成する上での拠り所となる参照基準を策定することが適当とされた。これを受けて、統計分野については、統計関連の学会が連合して、「統計学分野の教育課程編成上の参照基準」を作成した。
 「大学教育の分野別質保証の在り方」の審議においては、「大学入学直後の共通教育の在り方」と「大学と職業との接続に関わる問題」についても同時に議論された。共通教育の在り方については、「分野別の参照基準は、基本的には専門分野の教育の質保証に資することを目的とした枠組みであるが、共通教育を考慮せずに、学士課程教育全体の質保証枠組みを構想することはできない旨」指摘している。また、大学と職業との接続については、「日本社会の現状では、若者が大学から職業の場にスムースに移行するのが困難を伴うようになっており、大学教育の職業的意義を向上させ、社会がそれを適切に評価することが必要である。そのため、参照基準の策定に際しては、分野によって職業的な能力形成に寄与する在り方も多様であることについて適切に整理し、学生がありのままの姿を理解できるようにすることも重要である旨」指摘している。
 他方、2008年度に小・中学校、高等学校の学習指導要領が相次いで改訂され、統計の内容が大幅に拡充された。特に高等学校では、中学校での教育内容を受ける形で、数学Ⅰに「統計の基本的な考えを理解するとともに,それを用いてデータを整理・分析し傾向を把握できるようにする」ことを目的にうたった「データの分析」という章が設けられ必修化された。新しい学習指導要領のもとで、統計調査の結果等を活用する学習の機会が増加している。
 このような統計教育を取り巻く環境の変化を受けて、統計学を適切に理解し実践する課程を構築するためには、大学入学以前の教育とともに大学卒業以降についても見据えて、トータルで考えることが必要であるとの認識を共有するに至った。併せて、十分な知識・能力を獲得したことを何らかの形で保証する仕組みも確立する必要があると判断し、資格制度の創設に向けた議論が急速に進展した。統計に関わる資格の認定は学習成果を評価する上で有効であり、勉学に取り組むインセンティブも与えることが期待される。
 日本統計学会のもとに、「統計検定センター」の前身となる準備組織が設立され、2009年秋以降、議論を重ねてきた。大学専門課程の統計学の水準の知識と能力を評価する「統計検定1級」、大学教養課程の統計学の基礎の習得を評価する「統計検定2級」、高等学校の指導要領「データの分析」に沿った「統計検定3級」、初等・中等教育の指導要領「資料の活用」に沿った「統計検定4級」、統計調査に関わる統計資格、英国Royal Statistical Societyと共同実施の国際資格の設定が決まった。
 統計調査に関わる資格については、「統計調査士」と「専門統計調査士」の2つの資格を設けることになった。世の中の実態を的確に捉えるためには、統計が適切に作成され、正確で有効な情報を提供することが肝要である。統計が正確でなければ、いかに高度の統計学の手法を駆使したとしても、有効な結果を得ることはできない。
 政府等によって作成される重要な公的統計の大半は、調査員を介して調査が行われている。調査員の専門的知識と技能は、統計調査の品質を高いレベルで維持するためになくてはならないもので、公的統計をはじめとする我が国の主要な統計は優秀な調査員によって支えられている。戦後に確立した統計調査機構において、調査員による調査はこれまで十分に機能し、高い精度の統計を作成してきた。統計調査員の意識の高さと国民の協力がそれを可能にしたといえる。近年、統計調査員の高齢化と調査環境の悪化から、優秀な調査員を確保するのが困難な状況になっている。「統計調査士」の資格検定は、調査実施者ならびに調査対象者の信頼を得て、自信と誇りを持って調査実務に取り組める優秀な調査員の育成と確保に資することを主な狙いとしている。「統計調査士」には、統計調査に携わる上で必要とされる基本的知識である、統計の役割、統計調査の仕組み、調査実務、調査員の業務、統計の利活用に関する理解が求められる。
 同様に、「専門統計調査士」の資格設定の背景も、統計調査を巡って時代が大きく変わったことにある。近年、官民を問わず合理的な証拠(evidence)が重要視される時代となっている。政府では政策決定や施策の評価に、民間では経営計画の立案や商品の企画・開発に多くのデータが活用されている。政府等によって作成される公的統計は政策決定や意思決定のための重要な統計であるにもかかわらず、財政の悪化によって、時代の変化に対応して必要とされる統計が十分に提供されなくなってきている。こうした状況もあり、企業等が自らの費用でデータを入手する動きがますます活発化し、それとともに民間調査機関に求められる役割が大きく拡大している。
 また、「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律」(公共サービス改革法)が、民間事業者の創意工夫を活用して、より良質かつ低廉な公共サービスを実現する趣旨のもと、統計作成にも適用されることとなった。これまでにも、公的統計の作成において部分的に民間委託されていたが、調査員調査による統計の包括的な作成を民間競争入札方式で民間事業者に委託する方向が進展してきている。危惧されることは、満足に調査体制を整えていない事業者が、安かろう・悪かろうで受託することである。ある時点で劣悪な調査結果が出現したとき、当該時点の情報の活用に支障をきたすにとどまらず、統計の時系列での活用は困難となる。統計調査の品質を保証する客観的な基準の設定が必要といえる。統計調査の品質は、(1)調査を適切に企画・設計し、運営体制を整える、(2)調査の工程を的確に管理・実行する、(3)優秀な調査員を確保・指導・監督する、(4)調査結果の取りまとめに専門的知識を持つ、ことによって担保される。昨今の統計調査を取り巻く環境にかんがみれば、こうした能力を評価する基準は正確な統計調査を維持する上で欠かせぬものといえる。専門統計調査士には統計調査の企画・管理に携わる上で必要とされる、調査企画、調査票作成、標本設計、調査結果の集計・分析、統計調査の指導、統計データの利活用の手法等に関する基本的知識と能力が求められる。

3.資格に求められる能力
 資格は当該分野を学ぶ過程で身につけるべき、日本学術会議の言う「基本的な素養」を裏付けるものである。「基本的な素養」とは、専門的な知識や方法論を活用して、何かを成すことができる能力である。資格が社会的に評価されるためには、一定の基準に基づいて、その適格性を質保証する仕組みが重要である。資格を有する者が持つべき知識・理解・能力を具体的な内容として明示し、保証すべき要求水準が定まっていることが必要である。
 統計調査士と専門統計調査士の資格についても、大学教育課程の質保証のための参照基準にならって、資格に対する社会的な評価と有用性の観点から、参照基準を策定した。大学教員、政府の統計関係者、民間調査機関、ユーザーの12名から構成される委員会において、当資格の保証する「基本的な素養」が議論され、大分類・中分類・小分類の3つの階層を持つ参照基準が策定された。その大分類と中分類について以下に揚げる。

図表1


図表2

 統計調査に関わる参照基準のうち、調査を提供するサービスのプロセスの在り方については、2006年にISO(国際標準化機構)で国際規格として制定されたISO20252を参考としている。統計調査を企画・実施する組織や実践的な教育を行う機関等が教育・指導プログラムを設計する際に役立つものとなっている。また、資格取得を目指す人達や雇用主に対しては、資格が意味するものへの理解を促す役割も担っている。

4.資格制度への期待
 統計に関する一連の資格として、統計調査に関わる職業に従事する人たちが持つべき実務能力を評価する資格を設定したことは、日本学術会議の言う「職業における専門性」と「学問的な専門性」をより近づける取り組みと言える。これからの社会を展望するとき、統計調査ならびに統計データの解析等に対する社会的ニーズやそれを担う職業に従事したいと考える人たちが増加することが見込まれる。統計調査士と専門統計調査士の資格は、こうした仕事を遂行する上で具備すべき能力に関して、社会的に信頼される、客観性を有する基準を形成することとなろう。中国では、国家統計局が2007年に公布した統計従業資格認定弁法において、統計法規を熟知し、良好な道徳品格を持ち、統計業務に従事するのに必要な専門的知識及び技能を持つ人は、国による統計従業資格試験制度を受験でき、取得した資格は全国内で有効で、統計従業資格証書未取得の人を企業が任用して統計業務に従事させた場合、法的責任を問われる旨、規定している。
 我が国では、当資格が工学系分野におけるJABEE(Japan Accreditation Board for Engineering Education, 日本技術者教育認定機構)による認定制度のように、統計調査の専門職業資格を質保証するものとして、発展することが強く期待される。


 引用文献
 日本学術会議(2010)『大学教育の分野別質保証の在り方について』