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■「中央調査報(No.651)」より

 ■ 2012年の展望―日本の政治 ―「消費税解散」含みで波乱必至―

時事通信社 政治部次長 藤野 清光


 野田佳彦首相が政権の命運を懸ける消費増税をめぐり、与野党の攻防が新年早々から始まっている。首相は消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革実現に向け、衆院解散も辞さない姿勢を打ち出し、民主党内の増税反対派や野党をけん制。自民、公明両党はこれに反発、首相の「強気」を逆手に取り、1月24日召集の通常国会で野田政権を解散に追い込む構えだ。政界再編の契機ともなり得る解散・総選挙は行われるのか。あるとすれば通常国会か、今秋か。これが2012年政局の最大の焦点となる。

◇「野田・岡田」コンビで突破図る
 首相は1月13日、内閣改造・民主党役員人事に踏み切った。岡田克也前幹事長を政権ナンバー2となる副総理兼一体改革担当相として迎え入れるなど、5閣僚を交代させる中規模の改造。防衛相に田中直紀参院議員、法相に小川敏夫参院幹事長を起用した。また、国対委員長だった平野博文氏を文部科学相として再入閣させ、国土交通副大臣の松原仁氏を国家公安委員長兼消費者・拉致問題担当相に充てた。平野氏の後任の国対委員長には城島光力氏が就いた。一方、退任したのは参院で問責決議を受けた一川保夫前防衛相、山岡賢次前消費者担当相に加え、蓮舫前行政刷新担当相、平岡秀夫前法相、中川正春前文科相。
 首相は改造内閣発足後の記者会見で、「行政改革、政治改革、社会保障と税の一体改革を着実に推進するための最善かつ最強の布陣」と強調。特に岡田氏については「心から尊敬し、人間として信頼している。大きなテーマでぶれず、逃げずにきちっと結論を出せる政治家だ」と持ち上げ、同氏を政府・与党の「司令塔」として、二人三脚で一体改革を推進していく決意を表明した。
 岡田氏に絶大な信頼を寄せる首相は、昨年9月の政権発足時にも官房長官就任を打診。この時は、菅政権で幹事長を務めた直後でもあり固辞されたが、12月下旬から首相は改造人事の目玉として、岡田氏の閣内取り込みに再び動きだした。年明け1月6日、首相は首相公邸裏口から岡田氏をひそかに招き入れると、副総理就任を要請。岡田氏は「官房長官は困るよ」と軽口をたたきながらも、「首相が考える一番いい形になるなら結構だ」とあっさり受諾した。
 原理主義者とも評される岡田氏を首相が起用したのは、民主党内の抵抗を排して小沢一郎元代表の党員資格停止処分を主導するなど、政治家としての「突破力」に期待してのことだ。菅政権当時、岡田氏が子ども手当見直しなど民主党の主要政策見直しに関する自民、公明両党との3党合意を取りまとめ、両党と一定の関係を築いたことも考慮したとみられる。

◇「最善、最強」に疑問符
 ただ、岡田氏を除けば新たに入閣した顔触れはパンチ力に乏しい。これは、野党が求める問責2閣僚の更迭に応じなければ、通常国会冒頭から混乱しかねないという「追い込まれた末の人事」であったという事情も大きく影響している。
 とりわけ田中防衛相はもともと農政が得意分野とされ、安全保障政策に精通しているとは言い難い。衆院議員も3期務めたベテランであることから、年功序列を重んじる輿石東民主党幹事長(参院議員会長)の意向を反映させた「順送り人事」(同党中堅)との評価がもっぱらだ。その田中氏は就任早々、沖縄県の米軍普天間飛行場移設工事の「年内着工」に言及したり、自衛隊を海外派遣する際の武器使用基準と武器輸出三原則を混同したりして物議をかもしており、自民党は「素人の後任に素人を持ってくるなんて大した度胸だ」(関係者)と、首相の任命責任を徹底追及する方針。首相が語る「最善、最強の布陣」は、自画自賛と受け取られても仕方ないだろう。

◇解散辞さぬ決意
 内閣改造を受けて報道各社が実施した世論調査では、野田内閣の支持率は横ばいか下落で、政権浮揚に結び付かない珍しい結果となった。それでも首相は、悲願の消費増税実現へ「前のめり」の姿勢を一段と強めつつある。
 「ネバー、ネバー、ネバー、ネバーギブアップ。大義のあることを諦めないで、しっかりと伝えていくならば、局面は変わると確信している」。首相は1月4日の年頭記者会見で、チャーチル英元首相の言葉を引用して、一体改革の意義を粘り強く野党や国民に訴えていく決意を強調。さらに同16日の民主党大会では、「やるべきことをやり抜いて民意を問う」「野党に理解してもらえない場合は、法案を参院に送って、つぶしたらどうなるかよく考えてもらう手法も時には採用する」などと述べ、消費増税関連法案が野党多数の参院で否決されたりした場合は解散も辞さない考えを表明した。
 就任以来、野党に低姿勢で臨んできた首相が「攻め」への転換を打ち出したのは、衆参ねじれ状況の下で政府提出法案の成立率が34.2%と異例の低水準にとどまった昨秋の臨時国会の苦い経験があるからだ。「14年4月に8%、15年10月に10%」とする消費税率引き上げの民主党案を了承した昨年12月末の党会合で、首相は増税反対派の説得に当たる際、「政権を頂いて約4カ月、丁寧な国会運営を心掛けてきたが、来年は国民のための正念場の年だ。『君子豹変する』の立場で臨む」と宣言していた。
 首相が持つ権力は、人事権と衆院解散権の二つ。内閣改造が世論にインパクトを与えることができなかった以上、残るは解散カードをちらつかせて、選挙基盤が確立していない当選1回議員の多い民主党内ににらみを利かせると同時に、与野党協議に応じる姿勢を見せない自公両党に協力を迫るのが首相の政権運営戦略とみられる。実際、首相を支える岡田氏らも「(政権交代後)民主党で4人目の首相はない」と漏らしており、国会運営が行き詰まった場合、野田首相は内閣総辞職ではなく解散を選択するとの見方は少なくない。
 首相は今後、政府・与党で決めた一体改革の素案を基に野党に協議を呼び掛け、それを踏まえて大綱を策定。3月末までに消費増税関連法案を閣議決定し、国会に提出する段取りを描く。併せて、国会議員の定数削減、国家公務員の給与削減など「身を切る改革」についても「通常国会で成立を期す」(首相)構えだ。しかし、通常国会ではいくつもの難関が首相を待ち受けている。

◇首相批判強める小沢元代表
 自公両党は消費増税について、民主党の衆院選マニフェスト(政権公約)違反などとしており、与野党協議に応じない方針を崩していない。岡田氏が1月16日、自民党に副総理就任のあいさつを行った際も、同党の石原伸晃幹事長は「幹事長同士なら話がしやすいが、岡田さんは政府(の立場)なので、なかなかお会いすることはできない」と、つれない態度を見せた。首相の解散示唆発言に対しても、そもそも早期解散に追い込みたい自民党は「堂々とやったらいい」(大島理森副総裁)と受けて立つ構えで、野党へのけん制にはなっていない。
 首相や民主党執行部は野党が協議を拒否し続けた場合、民主党単独で消費増税関連法案を提出することも視野に入れる。だが、同党内の増税反対論は根強く、3月にかけて党内情勢が再び緊迫することも予想される。
 反対派の中核をなすのは小沢一郎元代表を支持する議員らだ。元代表は「消費税を掲げて解散と言っているようだが、どういう政治感覚をしているのか分からない」と消費増税に突き進む首相への批判を強めており、民主党大会直後に開かれた元代表が会長を務める勉強会には、同党議員ら109人が参加。通常国会を前に「数の力」で首相に圧力をかけた。
 党内では昨年暮れ、元代表に近い内山晃衆院議員ら9人が消費増税路線に反発して離党届を提出するなど、首相の政権運営への不満から計11人が離党する事態が起きた。「離党予備軍はまだいる」との見方は強く、消費増税関連法案の党内調整が大詰めを迎える段階では、元代表支持グループの動向が焦点となる。野党が民主党の混乱に手を突っ込む形で内閣不信任決議案や首相問責決議案を出してきた場合、採決で民主党から同調する動きが相次ぐ可能性もある。民主党内の大量造反により不信任案が可決されれば、首相は解散か総辞職を選ばざるを得ず、同党は分裂が避けられなくなる。
 もっとも、元代表の側も政治資金規正法違反事件での裁判を抱え、求心力の低下に歯止めがかからない。内山氏らの集団離党も、元代表の制止を振り切ってのものだった。だが、元代表が描く復権へのシナリオは、4月にも想定される判決で無罪となることが絶対条件であり、当面は党内での主導権争いよりも裁判対策に全力投球せざるを得ない状態が続く。

◇予算関連法案でも攻防
 首相が3月に関連法案の国会提出にこぎ着けたとしても、今度は6月の会期末近くにも予想される消費増税関連法案の採決が高いハードルだ。通常国会ではまた、12年度予算関連法案をめぐっても与野党の激しい攻防が展開されるとみられる。自民党は昨年と同様、赤字国債の発行を可能にする特例公債法案の成立を引き延ばす構え。加えて、12年度予算案では、基礎年金の国庫負担割合を維持するための財源に、将来の消費増税を前提とする交付国債を充てたが、野党はこれにも「粉飾的手法」(石井啓一公明党政調会長)などと反発しており、交付国債発行法案の扱いも焦点となる。
 これら重要法案の成立に道筋を付けることができない場合、野田首相は9月の民主党代表選での再選が厳しくなるのは言うまでもない。解散断行を示唆する首相に対し、小沢元代表は「野田氏で解散は事実上できない。今のままでは政局が行き詰まる可能性は大きい。選挙管理内閣みたいな形になって、今年中に総選挙があるのではないか」と、退陣に追い込まれるとの見方を示している。与野党双方では、消費増税関連法案などの成立と引き換えに首相が解散を確約する「話し合い解散」の可能性も取り沙汰されており、与党内、与野党間で複雑な駆け引きが繰り広げられそうだ。

◇谷垣総裁も正念場
 一方、与野党協議に応じようとしない自民党も苦しさを抱えている。谷垣禎一総裁はもともと消費増税が持論であり、10年の参院選で同党は10%への引き上げを公約に掲げたからだ。「解散に追い込んで選挙して勝ったら、自民党はどうするのか。消費税法案なんか出せなくなる」(森喜朗元首相)と執行部方針への異論は根強く、党の支持率も低迷が続いている。このため、執行部は法案提出前の解散を求めてきた従来の主張を軌道修正し、法案提出後の議論には応じるとした。公明党にも、民主党が社会保障制度改革の全体像を示してきた場合は協議に応じてもよいとの柔軟論が出始めており、今後、自公両党の間で足並みの乱れが生じる可能性もある。
 ただ、成立に協力しても首相が解散を約束する保証はない。谷垣氏は就任以来、消費税に限らず環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加問題などでも推進派と慎重派の間で板挟みとなり、明確な方針を示すことができないというジレンマを抱えてきた。通常国会で野田政権を解散に追い込めなければ、今秋の総裁選での谷垣氏再選はないとの見方が党内では支配的だ。既に石破茂前政調会長や石原幹事長ら、「ポスト谷垣」候補の総裁選をにらんだ動きも始まっている。谷垣氏にとってもこの1年が正念場となるのは間違いない。