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■「中央調査報(No.652)」より

 ■ 第2回「仕事と家族」に関する全国調査より

松倉 力也(日本大学人口研究所)


1.はじめに
 日本大学人口研究所は、2007年より世界保健機関(以下WHO)から人口・保健・開発に関する3分野で共同研究機関としてコラボレーティング・センターに認定されており、その役割の1つとして先進国におけるリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の問題について研究を行っている。この研究の1つとして、2007年に日本大学人口研究所はWHOと共同で第1回「仕事と家族」に関する全国調査を実施した。 この第1回目の調査では先進国における低出生とリプロダクティブ・ヘルスの問題についての研究を重点に調査が行われており、就業と育児を取り囲む出生率の関係や、妊孕力に関する研究を行うためのデータの収集などを目的にしたものである。
 この第1回の調査の研究成果は、日本大学人口研究所がWHOおよび国際人口学会(IUSSP)と共同で2008年11月に東京で開催した国際会議 (アジアにおける低出生とリプロダクティブ・ヘルス)において発表されている。この会議には世界各国から著名な人口学者、社会学者、経済学者や生物学者が参加しており、「低出生のメカニズム」と「低出生国におけるリプロダクティブ・ヘルス」の2点を軸に、 日本・アジア諸国を含めた低出生国における人口問題についての研究成果が報告された。会議での結果は出版物として、2009年に出版された学術雑誌「Asian Population Studies」(2009年既刊)および、Springer社から書籍として出版される他、他の学術雑誌はもとより、世界中のマスコミにも取り上げられた。
 これらの研究成果を踏まえ日本大学人口研究所は2010年に第2回「仕事と家族」に関する全国調査を実施した。この調査も第1回目と同様にWHOと共同で調査を実施しており、前回に引き続き先進国における低出生とリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の問題についてデータの集積が行われている。この「仕事と家族」に関する全国調査の調査デザインのもう1つの大きな特徴は、調査自体はクロスセクションで行なわれているが、調査のフレーム・ワークは過去に行なわれた毎日新聞が実施した調査(毎日新聞社人口問題調査会、2005年)とリンクが可能となるようにデザインされている点である。従って、クロスセクションでありながら、時系列的な分析も可能となっている。毎日新聞社は過去50年以上、家族計画調査等、多くの世論調査を実施しており、これらの過去の膨大なデータ蓄積を使用すると共に、今回の調査では新たな問題に関して幾つかの質問を加えるなどして補完している。本調査はわが国の人口問題に関して懸念されている、少子高齢化、労働力不足、家庭内介護等の様々な経済・社会問題に対する研究に関して非常に魅力的な研究資料となっている。
 特に、今回の調査では、従来から継続する質問に加え、就労やそれに伴う環境などの設問も多く加えられている。女性の就労と引き合いに出される出生率であるが、人口構造が急激に変化していくわが国では、労働力自体も重要な研究課題である。例えば、1999年以降わが国では労働力が減少しており、将来的な総人口の減少と相まって、わが国の社会・経済に大きな影響を与えることになる。労働参加は各世代や男女別にその決定要因が大きく異なる上に、短期的な経済要因にも影響を受ける。また、就労パターンは家族との相互的な関係の上にも成り立っており、これらの関係を明確にする研究の必要性が生じてきた。本稿では、第2回「仕事と家族」に関する全国調査の結果を使用し、将来のわが国において重要な課題となる労働力について、従来行われていない新しい観点から行なった研究結果の概要を示す。

2.調査の方法
 調査は全国の満20歳以上59歳以下の男女計9000人を対象に、2010年10月22日から11月28日に留め置き法で行った。実査および調査票の点検・管理は社団法人中央調査社に委託した。
 抽出方法については、基本的に住民基本台帳を使用して層化2段無作為抽出法で行った。層化の方法として、全国を9ブロック(北海道、東北、関東、北陸、中部、近畿、中国、四国、九州)、さらに各ブロックを都市規模別(大都市、人口20万人以上の市、人口10万人以上の市、人口5万人以上の市、人口5万人未満の市、その他の市町村)に6分類した。平成17年国勢調査時に設定された調査区の基本単位区を第1次抽出単位として上記計53地区層(四国ブロックには大都市の該当なし)の中から500地点を無作為に抽出した。さらに、第2次抽出段階として、抽出された500地点にある世帯の中から、層別推定母集団の規模に従って比例配分で計9000名を無作為に抽出した(抽出台帳として住民基本台帳を使用)。なお、住民基本台帳の閲覧が自治体により許可されなかった地点(計500地点中1地点のみ)は、住宅地図データベースを使用して層化3段無作為抽出法によって対象者の抽出を行った。
 アタック総数9000件のうち最終有効回収数は5162件で、回収率は57.4%(5162/9000)であった。欠票調査票数(3838件)のうち、欠票理由の内訳は転居(305件、欠票数の7.9%)、住所不明(159件、欠票数の4.1%)、長期不在(135件、欠票数の3.5%)、一時不在(678件、欠票数の17.7%)、郵送希望(188件、欠票数の4.9%)、その他(108 件、欠票数の2.8%)、拒否(2265 件、欠票数の59.0%)だった。欠票理由のうち対象不適格とみなすことが出来る「転居」、「住所不明」、「死亡を含むその他」をアタック総数から除くと、回収率は若干上がり、61.2%[5162 / {9000-(305+159+108)}]になる。
 母集団の推定構成比と回答者の構成比を性・年齢別に比較したウェイト値(図1)を計算している。母集団の推定構成比に比べて、若年層の回答者の比率が男女ともに低い傾向が見られ、反対に40歳代半ばぐらいから回答者の比率が若干高くなっている。性別では、女性の方が多少高い比率で含まれている。以下における本稿での値については この重み付けで調整した値を使用して報告する。


図1


3.使用データサンプル
 人口構造変化と人口減が進展していく中で、経済・社会を支えるための不足する労働力の問題が様々なメディアを通して叫ばれている。労働力の確保には外国人労働に頼るという政策もあるが、基本的には高齢者や女性に対してその労働力の潜在性に期待がよせられている。女性の労働参加率を見ると、従来のM字型と言われる結婚、出産および育児による労働市場からの撤退というパターンが幾分薄れてきてはいるものの、依然としてその傾向は存続している。女性のこの時期の労働力の研究に関しては、我々が行なった第1回、第2回「仕事と家族」に関する全国調査以外でも多くの調査が実施されており、その研究成果も多い。また、高齢者に関しても労働力や健康状態の関係などから、労働供給を探る調査は多く行われている。今回行なった調査では、現在就労している労働者に対して引退後の就労意識、さらに再就職に必要となることなどを質問している。本稿ではこれらの回答者の今後の労働参加という可能性と、そのために必要となる能力についての分析を紹介する。労働者が今後労働参加を継続させるためには、当然彼らの生産性の維持や、能力を向上させる必要がある。今回の調査ではその問題に関連した新しい観点からの設問が幾つか加えられている。従って、ここでは近い将来における高齢者の労働参加を担うであろう、中高年者に注目して、さらなるオンザジョブ・トレーニングと新たなスキルの習得に関する需要について見ていくことにする。
 本稿で使用するオンザジョブ・トレーニングの需要を必要する回答者のサンプルは以下のとおりとする。年齢は40歳から59歳で調査時に就業をしているサンプルを使用し、総サンプル数は2339ケースである。この2339サンプルの属性が表1に示されている。半分以上が男性であり、80.7%が結婚しており、都市部に住んでいるものが全体の87.4%である。また、教育レベルは95%以上が高卒以上であり、29.2%が大卒以上の学歴を持っている。さらに、現在の仕事の就業年数は40%が20年以上の就業年数を持っており、サンプルにおける就業者のほとんどが安定した雇用環境にある。


表1


4.ファイナンシャル・リテラシーのレベル
 引退後は貯蓄や資産(年金などを含む)などを生活費に充てるライフサイクル経済理論では、個人は様々な金融資産の運用方法や、その投資のリスクやリターンなどの充分な知識を持っているものと仮定されている。従って、充分な金融の知識がない場合においては、この理論は成り立たなくなる。実際、引退後の生活が困難になる多くのケースが見られており、このようなことから近年においては経済学の分野では金利の概念、預貯金や投資など、全般的な金融に関する知識を示すファイナンシャル・リテラシーの重要性が認識されている。アメリカでは、この点に関する調査が数多く行われおり、近年では高齢化問題を抱える多くの国での共通の問題意識になっている。ファイナンシャル・リテラシーに関する質問は世論調査などにレベルの異なる幾つかの設問を置いて確かめるという手法がとられている。
 今回の第2回「仕事と家族」に関する全国調査ではこれに関する設問として「利子率」、「所得に対するインフレの影響」、「投資のリスクと多様化の重要性」などの項目をおりまぜながら幾つかの設問が含まれている。また、Lusardi and Mitchell(2007)が行なった8カ国に対するファイナンシャル・リテラシーに関する調査と同じ設問も幾つか今回の調査に取り入れている。
 表2では第2回「仕事と家族」に関する全国調査からファイナンシャル・リテラシーに関する設問の結果が示されている。この結果を見ると、日本の中高年の就業者において、60%以上が、利子率および、インフレに関する知識を有していることになる。一方、投資のリスクと多様化の重要性に関しては正解が約40%にとどまっている。これら3つの設問を統合して正解率を見ると、15.7%の回答者が3問とも不正解であり、29.4%が3問とも正解となっている。


表2

 表3は正解数の平均値を男女別、年齢別にどれくらい異なるかを計算したものである。平均の正解数を男女別で見ると、0.3ポイント男性の方が高くなっている。年齢別では40-44歳の女性のポイントがやや低くなっている以外に違いはみられない。

表3

 また、表2に示されているように、「金融の知識」に関する回答者自身の理解度を尋ねているが、「とても乏しい」ことを意味する1、または2を選択している回答者が60%を占めており、逆に「とても豊富である」を示す7を選択している回答者は僅か0.5%となっている。これらの調査結果は日本における中高年就業者のファイナンシャル・リテラシーは高くはなく、さらにその知識が乏しい実情を回答者自身が深く認識していることを示している。Lusardi and Mitchell(2007)や、Clark, Morrill and Allen(2011)が行なった研究では、ファイナンシャル・リテラシーの能力が劣る場合に、引退後の生活設計に必要な時期や貯蓄額などの問題が起きるという実証的な裏付けもなされている。当然、ファイナンシャル・リテラシーの欠如は、大量の高齢者が存在するわが国においては、マクロ経済レベルでの貯蓄率や経済成長にも影響を与える可能性を示しているといえよう。

5.人的資本の投資需要
 今回の調査では、現在の仕事を続けるために、さらに仕事上のスキルを向上する必要性について尋ねている。表4に示されているようにほぼ半分の中高年の就業者が、今後の就業を続ける、または昇進するために、何らかの追加的な教育や訓練が必要であると考えている。さらに定年後に条件のよい仕事を見つけるために、特別な資格やスキルを身につける必要があると思っている者は60%以上にのぼり、その需要は高いといえる。

表4

 ここで、仕事上のスキルの向上を望んでいる回答者を前節でみたファイナンシャル・リテラシーの正解率と比較してみよう。その結果は表5に示されている。それぞれの回答を見ると、正解率が高い、つまりよりファイナンシャル・リテラシーが高い回答者ほど、さらなる人的資本への投資が高くなっている。3問とも正解である回答者の約半分が人的資本の投資が必要と思っているのに対し、全問不正解である回答者では30%強にとどまっており、両者の違いは明らかである。

表5

 追加的な人的資本の需要とファイナンシャル・リテラシーの関係を統計的に見るために、他の社会・経済的要素を考慮して分析を行なった。その結果を見るとより高いファイナンシャル・リテラシーを持つ中高年就業者は、より高い人的資本の需要を求めていることが統計的にも証明された。具体的には、表2で示されている3つのファイナンシャル・リテラシーの設問に対して正解が2つ、ないし3つある場合には、正解が1つもない人と比較すると約10%以上、現在の仕事を継続するために自らの追加的人的資本の必要性を認識しているという結果になっている。また、さらに現在の仕事引退後の就業においても、ファイナンシャル・リテラシーの正解率が高い人ほど、追加的人的資本の需要が高いという結果が得られた。
 このような形で追加的な人的投資の必要性に対する意識差が現れた背景には、人的投資のリターンや、リタイヤ後の生活費などのリスクがどれくらいあるのかがファイナンシャル・リテラシーを身に付けることで把握されることに拠るものと思われる。この分析結果はファイナンシャル・リテラシーの充実が人的資本の投資を促し、中高年の労働者の生産性に寄与することが示されている。

6.おわりに
 本稿では、ファイナンシャル・リテラシーの能力と個人の人的投資の需要の関係を第2回「仕事と家族」に関する全国調査を使用して分析した。わが国のように少子高齢化が進行し、人口が減少していく中でその経済発展を維持していく方法の1つは、60歳以上の労働力、しかも充分な人的資本を備えた生産性の高い労働力をどのように維持するかであろう。従って、現在就業している中高年者就業者がさらなる人的資本投資やスキルの習得を望んでいるのかということや、どんな要因が高齢労働市場の競争に影響を与えるのかといったことを分析するのは政策的にも非常に有用である。
 ファイナンシャル・リテラシーの習得は、消費と貯蓄、投資の選択、追加的な教育投資の必要性を選択するときに客観的に最適な選択する方法の一つある。追加的なスキルや教育などの必要性の認識は、更なる生産力を高めるための最初のステップである。特に人口高齢化が世界で最も顕著な日本は、その能力が特に低いと言われている(OECD, 2008)。今回の結果からは、今後のわが国の経済を維持させる上でもファイナンシャル・リテラシーに関する教育の充実は、重要な政策課題であると示されている。今後はこの分野のデータ収集を継続・発展させるとともに、さらに詳細な分析からの政策的な資料の提供を続けることが必要だと思われる。


参考文献
 ・毎日新聞社人口問題調査会、2005。「超少子化時代の家族意識:第1回「人口・家族・世代」世論調査報告書」。毎日新聞社。
 ・Clark, Robert, Naohiro Ogawa and Rikiya Matsukura, 2012 forthcoming. "Low fertility, human capital, and economic growth: The importance of financial education and job retraining," World Development.
 ・Clark, Robert, Melinda Morrill, and Steven Allen, 2010. “Employer-provided retirement planning programs,” in Robert Clark and Olivia Mitchell (eds.), Reorienting Retirement Risk Management, Oxford, Oxford University Press, pp.36-64.
 ・Lusardi, Annamaria and Olivia Mitchell, 2011,“Financial Literacy Around the World.” NBER Working Paper No.17107.
 ・Lusardi, Annamaria and Olivia Mitchell, 2007.“Baby boomer retirement security: The role of planning, financial literacy, and housing wealth,”Journal of Monetary Economics 54, 1, pp.205-224.
 ・OECD, 2008. Improving Financial Education and Awareness on Insurance and Private Pensions, Paris, Oxford Publishing.