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■「中央調査報(No.654)」より

 ■ ステータス不安、孤立感、幸福度をめぐるメカニズム  ― 日独比較調査の結果から ― 

Carola Hommerich(ドイツ日本研究所社会科学研究部専任研究員)
Heinz Bude(カッセル大学社会学部)
Ernst-Dieter Lantermann( カッセル大学心理学部)


 2008年からドイツのカッセル大学と東京のドイツ日本研究所はステータス不安と孤立感の関係、および幸福との関連についての共同研究を行っている。以下ではこの研究の一環として2009年9月に行われた比較調査の主要な結果を抜粋して紹介する。

Ⅰ. 調査の背景と目的
 近年、日本と同様にドイツでもステータス不安を感じている人が増えてきており、その数は両国ともに国民の半数を超えていると言われている。事実、両国では90年代始めから生活状況の不安定化が大きなテーマになってきている。
 日本社会における格差の広がりは新たな意識を形成しており、例えば「格差社会」という言葉がメディアでも話題となっているように、格差をめぐる議論が盛んに行われている。このような格差社会への関心は、社会的に取り残されることに対する個人の不安と深く結びついていると考えられる。実際、内閣府の国民生活に関する世論調査(2011年)によると、多くの日本人が今後の生活の見通しについて否定的な見解を持っており、「悪くなっていく」と答えた割合は31パーセントで、1991年の10パーセントから増加している。また「日常生活の中で悩みや不安を感じている」と答えた割合も90年代始めから増え続け、2011年には67パーセントとなっている。Subjective well-beingという意味での「幸福感」は、今日の日本で大きく減少してきていると言えそうである。他方、日本と同様にドイツでも格差社会についてメディアや研究者の間で活発な議論が行われている。数年前から「中間層の消滅」が学術的なテーマとして取り上げられ、またメディアでも「中間層のステータス不安」が話題になっている。非正規雇用と失業者の増加、貧困問題の悪化、社会福祉制度の変化とその不整備という点において、両国では社会的な不安定化の傾向を見ることができる。

Ⅱ. 理論:リスクの評価と不安定性の対処方法
 しかし、こういった社会的不安定性という「客観的」なリスクの増加は、本来ならばこれに直接脅かされていない人々にも影響を及ぼしているようである。それは「主観的」なリスク意識や不安定性もあわせて増加しているということである。このパラドキシカルな現象をより深く理解するには、個人が何を判断基準として自分のおかれた状況を評価しているのかを考察することが重要になると思われる。つまり、客観的な社会的状況と、それに対する個人の主観的な感覚がどの程度一致しているかということが問題になると考えられる。格差に関する近年の社会学の研究では、個人の行為は生活状況を対象にした客観的な不安定性だけではなく、主観的な評価にも大きな影響を受けると言われている。つまり、ある人がステータス不安や孤立を感じるかどうかは、主観的な評価に依存しているというもので、どのような人が自分を社会の一員であると感じているのか、あるいは排除されていると感じているのか、経済的・社会的な資源、個人的な能力、その他様々な信頼資源はこの認識とどのように関連しているのか、個人の主観的な評価は幸福度といかにつながっているのか、といったことが主観的な認識を形成する要因になると考えられる。
 このメカニズムを分析するために、本稿の執筆者が以前に考案した理論モデルを用いて、ドイツと日本の両国における2009年9月に全国調査を実施した。両国を比較することの目的は、文化的な背景の相違が「客観的な不安定性」と「主観的な孤立感」の違いにどのように関連しているのかを調べるためである。
 生活リスクに関する認識や評価は、個人が利用できる外的・内的な資源によって決まる、という仮説を提示する(図1参照)。外的資源とは個人の生活状況に関連したもので、本調査ではその指標として、世帯の可処分所得、最終学歴、就職状況、年齢や性別を選んだ。外的資源をどう利用するかは、個人の内的資源に関係していると考えられる。例えばある状態を客観的に見て、それを脅威と捉えるか、あるいは機会と捉えるかは一概に言えないように、個人の内的資源のあり方に関係して決まるといえよう。そこで、その内的資源の指標として、不安要因に対処する能力、および様々な信頼資源となりうるものを選んだ。「能力」が意味するものは、心理学で用いられるコヒアランス感覚、決定力、自制力とチャレンジ精神といった概念に依拠している。「信頼」を示す指標として、社会に対する信頼、システムに対する信頼、自己効力感、トランスパーソナルな信頼と家族とのつながりを設定した。個人が自分の状況を判断することは、これら資源を利用できる程度、また組み合わせによって決まるという仮説に基づいている。

図1


 これらの要因の組み合わせによってステータス不安にも、また社会的な孤立感覚にもつながりうると考えられる。また、主観的な孤立感覚は現実に社会的な身分を失うことへの恐れだけではなく、社会に属していないという感覚を引き起こすこともあるのではないだろうか。このことは実際に社会から排除されているかよりも、むしろ個人がその状況をどう認識するかに依存していると考えられる。仮説検定のために、ステータス不安を近い将来における職業上、または経済上の問題、そして老後の財政状況への不安という観点から測った。孤立感は、本稿の執筆者であるBudeとLantermannがこれまで行ってきた研究を元に、社会全体から取り残されているという感覚に関連した五つの点から測定した。
 次の命題となるのは「ステータス不安と孤立感覚は個人の幸福度に影響を与える」ということである。つまり、自分が社会から取り残されている、あるいは社会に属してすらいないと感じている人は、自分が幸せであるとは思っていないだろう。そこでVeenhovenの議論に従い、「幸福度」を個人が自分の生活の質をどの程度を良好と見ているか、という「程度」で測定し、また「幸福度」は生活について満足・幸せと感じているかどうかを聞いた三つの質問から測定した。
 図1は「リソースと不安定性」の再帰的なサイクルを示すモデルである。自分のおかれた状況に対する評価が内的資源に作用し、そして次の評価サイクルに影響していくというものである。すなわち、個人が生活リスクや不安定性をどう捉え、どう評価しているのかという点が、その人のリスクに対する認識を強化することにもなれれば、和らげることにもなる、というものである。

Ⅲ. 調査方法
 「リソースと不安定性」のモデルを検証するために、2009年9月に日本とドイツで全国調査を実施した。調査方法は日本では郵送調査、ドイツでは電話調査である。両国のサンプルは層化二段無作為抽出法によって抽出した。
 日本の基本サンプルは250サンプリングポイントで住民基本台帳から20歳以上の5000人を抽出した。有効回収数は1633で、回収率は32.7パーセントであった。2005年の国勢調査と比較とするならば、本サンプルが性別、年齢、地域における現代日本社会のモデルになると言えるだろう。ドイツの方は18歳以上でドイツ在住の1021人に電話調査を行った。抽出方法は、まずランダムサンプリングで世帯を抽出し、次に「Last birthday method」に従い、その世帯の中で最も直前に誕生日を迎えた人をインタビュー対象者として選出した。
 調査から得られたデータを組み合わせた後、両国で質問が同じように理解されていたかを調べるために確認的因子分析を行った。まず「リソースと不安定性モデル」を検証するため、因子の元になる変数を組み合わせ、観測変数とした。次に両国の仮説モデルをそれぞれ共分散構造分析(SEM)にかけ、データに適合しているかを確認した。その結果、モデルの適合度が両国ともに妥当であることが示されたので、それぞれに見られる変数間の関係、およびその強弱を比較することが可能であると分かった。

Ⅳ.調査結果の概要
 ここではモデルの比較調査から得られた主な三つの結果について触れてみたいと思う。図2はモデルの従属変数にとって有意な影響が見られたパスのみを示している(パスは図中の矢印で表記)。仮説モデルに基づき、矢印の終点にある変数は、始点の変数によって説明される。パス係数は始点の変数が及ぼす従属変数への影響を示している。図2と3では日独の比較において最も重要な因子となった「ステータス不安」、「孤立感」、「幸福度」の間のパス係数が出力されている。これ以外のパス係数はそれぞれ図の右上に記載されているように、係数を三つのグループに分け、その影響力の違いを矢印の太さで示している。「+」となっているパスは変数間に正の相関があること、「-」となっているパスは変数間に負の相関があることを示している。正の相関は独立変数の値が高ければ従属変数の値も高くなるということであり、負の相関は独立変数の値が高いと従属変数の値は低くなるということである。

図2


図3


(1)ステータス不安
 主な結果の一点目は両国においてステータス不安が様々な外的、および内的な資源によって左右されるものの、どれが影響を及ぼすかはドイツと日本で異なる、ということである。ドイツでは経済的余裕と学歴の高さがステータス不安に陥ることを防ぐ役割を果たしている(図2参照)。しかし、客観的な資源だけではなく、内的な資源の影響もあり、特に政治的信頼のレベルが高いほどステータス不安を感じにくくなっている。
 日本でも収入と学歴が高いと、ステータス不安になる可能性は低くなっている(図3参照)。しかしドイツとは異なり、収入のある仕事に就いているかということも、ステータス不安に対して有意な結果を示している。逆説的なことではあるが、仕事に就いている人の方が就いていない人よりステータス不安になる可能性が高い、ということである。この結果を解釈するならば、仕事に就いている人の方は労働市場が厳しくなった現実をよく知っており、それゆえ収入が減る可能性、職を失うリスクを認識しているので、今の立場を失うことへの不安が高いという結果になったのではないかと考えられる。ドイツと異なるもう一つの結果は年齢である。日本では若ければ若いほどステータス不安になる可能性が高いことが示されている。
 政治的信頼に関しては、日本とドイツで同じことが言えそうである。政治的信頼は国家組織に対する信用、自分の社会福祉を提供してくれる組織があるという感覚、また老後も国から十分な社会的保障を得られるという感覚を指標として測定した。その結果、日本でも政治的信頼が高いほど、ステータス不安にはなりにくいということがわかる。そして最後に、日本では社会的信頼、つまり頼れる家族や友達がいることや、家族につながりを感じることもステータス不安に対する予防となっていることがわかる。
(2)孤立感
 二点目の主な結果は、ドイツでは日本に比べ、孤立感はステータス不安に強い影響を与えていることである(図2、図3参照)。ドイツでは孤立感の分散の大部分がステータス不安の影響によって説明でき、ステータス不安が高ければ、孤立感が強くなる傾向が見られる。この関係性は日本では弱い。ステータス不安よりも、仕事に就いているかどうかが孤立感に強い影響を与えており、仕事をしていなければ孤立感も強くなる傾向が見られる。上のステータス不安の分析結果とは逆になり、仕事に就いて「いない」ことが孤立感に影響を及ぼしている。その一方、コヒアランス感覚が強いと孤立感が弱まることがわかる。またドイツと日本の比較で興味深いのは、ジェンダーの違いである。ドイツでは孤立感を強く持つのは女性であるのに対し、日本では男性にこの傾向が見られる。
(3)幸福度
 三点目にドイツに比べ、日本では「孤立感が幸福度を著しく低下させる」ということが指摘できる(同じく図2、図3参照)。ドイツではステータス不安を感じると、幸福度は下がっているが、孤立感と幸福度の間に目立った影響を確認できない。これに対し、日本では社会やコミュニティとの繋がりを感じられないという孤立感が幸福度に大きな影響を与えている。ステータスに不安を感じることでも幸福度は下がるが、孤立感、すなわち排除されているという感覚が幸福度に及ぼす影響の方が強いことがわかる。

Ⅴ. 結論
 結論として、日独の国家間比較に基づく本調査から、客観的な生活状況に対する評価は個人が持つ内的資源によって決まる、ということがわかる。しかし、ステータス不安、ならびに孤立感が幸福度に及ぼす影響の重要性に関して、それぞれ目立った特徴も確認できる。日本では社会に取り込まれているかどうかが、個人の幸福度に強く影響するのに対し、ドイツではステータス不安が、個人の幸福度にネガティブな影響をもたらしているということである。

References
 ・Bude, Heinz and Ernst-Dieter Lantermann. 2006. "Soziale Exklusion und Exklusionsempfinden." Kolner Zeitschrift fur Soziologie und Sozialpsychologie 58:233-252.
 ・Hommerich, Carola. 2012. "The Advent of Vulnerability -Japans' free fall through its porous safety net." Japan Forum 24 (2).
 ・Lantermann, Ernst-Dieter, Elke Doring-Seipel, Frank Eierdanz, and Lars Gerhold. 2009. Selbstsorge in unsicheren Zeiten. Resignieren oder Gestalten. Weinheim, Basel: Beltz Verlag.
 ・Mathews, Gordon. 2000. Global Culture/Individual Identity: Searching for Home in the cultural Supermarket. London: Routledge.
 ・Veenhoven, Ruth. 1984. Conditions of Happiness. Dordrecht, Boston, Lancaster: Kluwer Academic