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■「中央調査報(NO.659)」より

 ■ 政権交代前後における有権者の経済投票: JES Ⅳ調査データの分析から 

平野 浩(学習院大学法学部・教授)  


1.はじめに
 経済投票(economic voting)とは、経済の諸状況に関する認識、現政権(与党)の経済的パフォーマンスに対する評価(すなわち経済面での業績評価)、また部分的にこうした業績評価に基づいて形成される現政権(与党)の今後の経済的パフォーマンスに対する期待などに基づいた投票行動を指す概念である。基本的には、経済状況に対するポジティヴな認識、現政権への高い業績評価および期待は与党への投票に結びつき、経済状況に関するネガティヴな認識、現政権への低い業績評価や期待は野党への投票に結びつくと考えられる。
 そしてこのような経済投票は、経済状況に対する政府の責任が明確であるほど、また政権に関する代替的な選択肢が明確であるほど、生じやすいとされる(Anderson, 2000)。
 平野(2007)は小泉内閣期に行われた4回の国政選挙時の投票行動調査データを分析し、この時期において明確な経済投票が認められること、また投票行動により大きな影響を与えるのは、自分の暮らし向きに関する認識ではなく国全体の景気に関する認識であること――すなわち、「個人指向の経済投票」(pocketbookvoting)であるよりは「社会指向の経済投票」(sociotropicvoting) であること――を明らかにした。
 本稿は、これに続く安倍内閣期以降の、政権交代を挟んだ3回の国政選挙においても、同様に明確な経済投票が引き続き見られるかどうか、また与党第一党が自民党から民主党へと移ったことによって、そうした経済投票の態様に何らかの変化が生じたかどうかを、JES Ⅳ調査データの分析を通じて明らかにしようとするものである。

2.データおよび分析の枠組み
 JES(Japanese Election Study)調査は日本人の選挙行動調査として1980年代より継続して行われている全国サンプル調査であり、同種の調査としては日本を代表するものと言ってよい。今回データの分析を行うJES Ⅳ調査は、平成19~23年度科学研究費特別推進研究「変動期における投票行動の全国的・時系列的調査研究」(研究代表者:平野浩)の助成を得て行われたもので、全国の20歳以上の男女を対象とし、2007年参院選後調査(第1波)、2009年衆院選前後調査(第2・3波)、2010年政治意識調査(第4波)、2010年参院選前後調査(第5・6波)、2011年政治意識調査(第7波)の計7波のパネル調査として実施された。このうち第4波と第7波が郵送調査、それ以外はすべて面接調査であり、いずれも中央調査社が実査を担当している。
 以下の分析では、第1、第2、第3、第5、第6の計5波のデータを使用するが、それぞれの波のサンプル数/有効回収数は、第1波:3000/1673、第2波:3000/1858、第3波:2206/1684、第5波:3000/1767、第6波:2076/1707である。
 分析の枠組みは平野(2007)に従い、以下の通りとする。すなわちまず、(1)経済状況に関する有権者の認識の形成要因を明らかにし、次いで、(2)そうした経済状況の認識が政府のこれまでのパフォーマンス(業績)に対する評価や、将来のパフォーマンスへの期待にどのように結びついているのかを明らかにし、最後に、(3)それらの要因が全体として投票行動に及ぼす影響を明らかにする。

3.経済状況に関する認識の形成要因
 まず、「国全体の景気」と「自分自身の暮らし向き」に関する現状の認識、およびそれらの過去1年間の変化についての認識に対して、回答者の属性および支持政党が与える影響についての重回帰分析を行った。結果は表1の通りである。独立変数は、回答者の性別、年齢、居住年数、教育程度、居住形態、年収、パーソナル・ネットワーク(これに関する質問がなされなかった07年を除く)、居住都市規模、職業、そして支持政党である。紙幅の関係で個々の変数についての詳細は省略するが、従属変数を含めすべての変数はダミー変数あるいは0~1に再スケールされている。

表1 経済状況認識(現状および過去)の形成


 結果を見ると、第一に、国の景気に対する評価には政権交代の前後を通じて与党支持がプラスに働いている。他方、自分の暮らし向きの認識に対しては、07年と09年の自民党支持はプラスの効果を示しているが、10年の民主党支持には有意な効果が見られない。すなわち景気認識は支持政党が与党であるかどうかの影響をよりストレートに受けるのに対し、暮らし向き認識はそれぞれの党の支持者の生活環境等との関連がより強いように思われる。第二に、40代、50代の年齢層、年収400万円未満の層、自営業者などが相対的にネガティヴな経済状況認識を示す一方、高学歴層、一戸建居住層などでポジティヴな認識が見られる。このように、経済状況の認識に対しては、回答者の属性と党派的態度の双方が影響を与えていることが分かる。

4.景気対策に関する業績評価と期待
 次に、景気対策に関する内閣(07年は安倍内閣、09年は麻生内閣、10年は菅内閣)への業績評価と期待、さらに景気と暮らし向きの将来に関する予想を従属変数として行った重回帰分析の結果が表2である。ここでは、業績評価が期待に影響を与え、さらにその両者が今後の経済状況の予想に影響を与える、というモデルとなっている。

表2 経済的業績評価・期待・経済状況認識(将来)の形成


 まず業績評価に対しては景気の現状認識、次いで過去1年の変化に関する認識が一貫して明確な影響を与えている。他方、暮らし向きの認識の影響も認められるが、その効果は相対的に小さく、また一貫していない。すなわち、内閣の経済的業績評価に対する経済状況認識の影響は政権交代の前後を通じて明確であり、またそれは自分の暮らし向きに基づく「個人指向」のものというよりは、国全体の景気認識に基づく「社会指向」のものであることが確認できる。
 次に、内閣の今後のパフォーマンスへの期待に対しては、業績評価が一貫して明確な影響を示しており、その効果は与党支持の効果と比べても非常に大きい。言い換えれば、内閣への期待の多くの部分は過去の業績に対する評価に基づいている。また景気に関する認識は(業績評価を経由した間接的な効果だけではなく)直接的にも一貫した効果を示している。他方、ここでも暮らし向きの認識の効果は相対的に小さく、かつ一貫性を欠いており、業績評価と同様に期待もまた「社会指向」のものであることが分かる。
 最後に、今後の経済状況に関する予想について、まず国の景気に関しては、過去1年の景気の変化に関する認識と、内閣のパフォーマンスに対する期待が、一貫して最も大きな要因となっている。すなわち、人々は今後の景気の動向について、一方において過去の動向を外挿(extrapolate)し、他方において今後の政府のパフォーマンスを勘案した上で、予測を行っていると考えられる。今後の暮らし向きに関しても、過去1年の暮らし向きの変化に関する認識の効果が最も大きく、同時に内閣への期待も明確な効果を示していることから、ここでも人々は一方において過去の変化を外挿し、他方において今後の政府のパフォーマンスも考慮に入れて将来を予測しているものと思われる。
 なお、今後の景気と暮らし向きの予測に対しては、与党に対する支持の効果はほとんど見られない。すなわち、過去や現在の経済状況に関する評価と比較して、将来の予測には党派性が薄いように見え興味深い。ただし、与党への支持は内閣への期待には明確な影響を与えており、これを経由しての間接的な影響は存在することに留意が必要である。

5.投票行動に対する経済状況認識、業績評価、期待の効果
 そこで最後に、以上で見てきた経済状況認識、内閣への業績評価と期待が、与党である自民党(07年および09年)あるいは民主党(10年)への投票にどのような影響を及ぼすかについてロジスティック回帰分析を行った結果が表3である(衆院選の小選挙区、参院選の選挙区では、その選挙区に当該政党の候補者が立候補している回答者のみを分析対象とした)。

表3 自民党/民主党への投票に対する経済状況認識・業績評価・期待の効果


 この結果を見ると、まず当該政党への支持と並んで、内閣への期待が一貫して大きな効果を示している。また業績評価も09年と10年には(期待を経由した間接的な効果のみでなく)直接的にも大きな影響を及ぼしている(07年に業績評価の直接的効果が見られないのは、この時の調査が他の2回の選挙とは異なり、事後調査のみであることも影響しているかも知れない)。
 経済状況認識については、内閣への業績評価や期待を経由しての間接的影響が主で、投票行動への直接的な影響はあまり明確ではない。またその影響の方向も必ずしも一貫していない(例えば、今後の景気に関する楽観的な認識は、07年の選挙区では自民党にプラスに働いているが、09年の小選挙区ではマイナスに働いている)。これが個々の選挙における特殊事情を反映したものかどうか、といった点に関する詳細な分析は他日を期したい。

6.おわりに
 以上、本稿では安倍内閣期以後の3回の国政選挙時における有権者の経済投票について分析を行った。暫定的な結論として、第一に、「国の景気の現状および最近の変化に関する認識→内閣の業績評価→内閣の今後のパフォーマンスへの期待→与党への投票」という、オーソドックスな経済投票モデルに従った投票行動か、小泉内閣期後も――そして民主党への政権交代後も――引き続き明確に見られる。第二に、暮らし向きに関する認識も、様々な経路で投票行動に影響を与えている。ただし、その効果は景気に関する認識の効果と比較してかなり小さく、一貫性にも欠けており、日本においても他の先進諸国と同様、経済投票は「個人指向」のものであるよりは「社会指向」のものであることが再び確認 された。
 今後、選挙を通じた政権交代が定期的に生じるようになるならば、内閣への業績評価や期待といったメカニズムに基づく経済投票の重要性もますます高まるものと予想される。


参考文献
 Anderson, C. 2000 “Economic Voting and Political Context: A Comparative Perspective,” Electoral Studies, 19, 151-170.
 平野浩 2007 『変容する日本の社会と投票行動』 木鐸社.