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■「中央調査報(No.662)」より

 ■ 動く世論をどうつかまえるか

独立行政法人 国立環境研究所
 社会環境システム研究センター
  青柳 みどり  


1.はじめに
 「世論は動く」。世論調査関係者でなくとも皆が実感していることであろう。だからこそ、あらゆる機会に常に世論調査は実施されている。内閣支持率然り、国政にかかる様々なイベント然り。それは日本に限定されたものではなく、むしろ民主国家を標榜する多くの国々においてほぼ同様の状況にある。アメリカ大統領選挙などの際には、まさに時々刻々、多くの報道機関、調査機関が様々な手段で大統領選の行方を占おうと世論調査を繰り返していた。そのわずかな数字の動きに関係者はどれだけ一喜一憂していたことだろう。
 筆者は、世論調査専門の機関にいるものではなく、独立行政法人国立環境研究所という環境省所管の研究開発法人に属する。ほとんどが自然科学系の研究者からなる組織であるが、わずかながら、法学、経済学、国際関係論そして社会学等の人文社会科学分野から環境問題の解決にアプローチする研究者がおり、筆者もその一人である。
 1990年代以降、地球環境問題がクローズアップされ、国民の環境問題に関する関心の高まりとともに、社会調査の重要性が認識されるようになり、筆者も定期的に環境問題に関する様々な調査を行ってきた。1992年のブラジルのリオジャネイロで開催された地球サミット(国連環境と開発に関する会議)、1997年の温暖化防止京都会議(国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3))、2005年京都議定書の発効などは日本国内でも大きな注目を浴び、関心の高まりに大きく貢献してきた。このような変化については、ダウンズのイシュー・アテンション・サイクルなどといわれ1、多くはメディア報道の量などを手がかりに分析されてきた。しかし、実際の世の中の人々の関心の動きを把握した例はあまりない。

2.各国における環境問題の位置づけ
 世論における環境問題の位置づけをみると、まさに動く世論そのままに様々な環境問題が時の話題となり、それに伴って世論も敏感に反応してきたことがわかる。日本では内閣府の世論調査においてそれは確認できる。しかし、この内閣府のものは、時々のトピックに応じて設問を用意するものであるため、俯瞰的にみた位置づけを把握することは難しい。特に他の問題との関連でみるためには、環境問題についての調査などトピックごとの調査では困難であるし、「社会意識」などの年に一回の調査では、多くのイベントが立て続けにおきているような時期では分析が難しい。そこでもう少しきめ細やかな調査が必要となってくる。本稿で紹介する時系列調査のヒントになったものが、イギリスにおけるipsos -MORI、アメリカのGallupの毎月の調査である。

2-1.イギリスの事例(ipsos-MORI)
 ipsos-MORIの調査は古く1970年代後半から続くものである。イギリスでは、「今日の英国が直面する最も重要な課題」「次に重要な課題」と2問で聞いている。図1は、定期的に更新される、その分析スライド2からのものである。この図では、1997年からのものであるが、この10年あまり国民の関心が保険制度(NHS)、人種政策(Race/immigration)、そして経済(Economy)へと大きく関心を移してきたことがわかる。

図1 イギリス(ipsos-MORI)の調査結果

 環境問題に関してまとめたものもが図2である。この図によれば、1997年以降ピークが観察されるのは、2000年半ばの洪水、2005年末のBuncefieldにおける石油貯蔵施設火災(有毒なガスがスペイン北部にまで到達)、2006年の地方選挙におけるキャメロン首相(当時)の環境キャンペーン、ECの2020年までに20%温室効果ガス削減の提案、2007年夏のスターン報告の公表、などである。最高でも20%以下、およそ一桁にとどまっている。

図2 英国の事例における「環境問題」の回答率の変化

2-2.アメリカの事例(Gallup)
 アメリカではGallupが同様の調査を実施している3図3は、2001年以降の「経済」についての回答をまとめたものである。2003年半ばに50%超と一つのピークを示し、2007年に底を見せたが、2008年以降急激に回答率が上昇し、2009年前半に86%という非常に高い回答率を見せた後に、ほぼ60%~80%の間を推移するという動きを示している。環境問題についての回答率を確認してみると、継続してほぼ5%以下の非常に低い回答率である。ちなみに、環境問題について特に取り上げた質問をした場合の回答について、同社の他の調査結果から見た場合にアメリカ人が特に環境問題について軽視しているような傾向は見られない。あくまで比較の問題であろうと思われる。

図3 アメリカの調査事例(Gallup)



3.日本での調査
 さて、このような他国での事例をみて、日本においても同様の調査を実施しようと計画したのであるが、ひとつ工夫が必要であると考えた。それは、「日本で重要な問題」として自由回答で聞いた場合、「環境問題」にどれだけの回答が得られるかと言うことである。それは、これまでの単発の調査で時期によっては高い回答が得られるが、全くそれはたまたま調査をした時期のトピック次第であることが分かっていたためである。だからこそ、逆に毎月の調査でその変動を把握する必要があると確信して本調査を計画したわけである。
 これまで筆者自身が企画実施した調査やそのほかの調査を検討した結果、「世界で最も重要な問題」を追加することにした。日本においては、1990年代以降、環境問題が外交の場面で登場することが多くなっていたためである。そしてこれは、正解であった。結果として、「世界で最も重要な問題」においてこそ環境問題に高い回答率が観察され、そして世界でのトピックの動きを反映していたためである。

3-1.結果
 2005年7月以降の「世界でもっとも重要な問題」に関する調査結果を示す4。調査開始後1年以上は目立った変化はなく、10%~20%の間で変化していた。戦争・平和等の回答率がこの期間では突出して高く、この程度の数字でも全体では2位の水準の回答率である。大きな変化はないのではあるが、それでも毎月の数字には変動があり、この変動はこの期間の国内外のイベントとそれに伴う報道量の変化に密接に対応していた5
 この状況は2007年1月以降大きく変化する。そしてこれは2007年夏のドイツにおけるG8主要国会議において50%超の52%を記録し、また12月には49%、1月には47%を記録した。翌年7月の日本におけるG8洞爺湖サミットとその前後では40%前後を維持している。2008年8月頃から下降をはじめ、2009年1月には12%とこの前後の最低の数字をみたが、以降10~20%の間を前後するという調査開始時の水準に戻っている。
 この高原状の高水準の時期は、様々な点で環境問題、特に気候変動問題が世間を騒がせた時期であった。2007年の1月からの上昇のきっかけは、新聞報道等の件数からすると、1)映画「不都合な真実」の日本での封切りとその主人公であるアメリカ元副大統領のアルゴアの来日や関連する様々なイベントの報道、2)1月末から5月上旬まで各部会の結論が出るたびに新聞各紙1面で報じられたIPCC各第4次報告書の結論(温暖化による深刻な影響についての結論)、であると考えられる。さらに、これが維持された要因としては、継続して公表される温暖化対策についての一連の施策と考えられ、これらの施策は公表の度に新聞各紙の一面を飾っている。例えば、3)前期の2)などを受けての安倍政権「美しい星50」の発表(2007年5月)。この中で、ポスト京都議定書のための目標として2050年までの温室効果ガスを現状からの半減を提案している。4)これは、翌年のG8洞爺湖サミットに向けて、福田政権の2008年1月「福田ビジョン」における長期目標の発表(2050年には現状から少なくとも半減)に受け継がれた。5)国際的な動きとしては、毎年11月から12月上旬に開催される気候変動枠組み条約締約国会議であるが、2007年12月のバリ会議、2009年のコペンハーゲンでの会議は特に注目され報道された。
 G8サミットにおいて2007年、2008年の主要議題として気候変動問題が取り上げられたことの効果は大きく、福田政権から交代した麻生政権において2009年6月には中期目標(2020年に2005年比15%減)を公表した。直後の8月に政権交代し民主党政権となったが、この路線はさらに強化され、2009年9月末には当時の鳩山首相が国連の場で、2020年に1990年比で25%減を公表した。この数字は、東日本大震災後の2012年12月のCOP18においても修正されないこととされている。

4.まとめ
 2005年以降、毎月実施している調査結果についてご紹介した。もう一つの設問である「日本における重要な問題」の結果については別の機会としたい。
 この数年にわたる調査で、ちょうど環境問題のイシュー・アテンション・サイクルの一巡が観察されたのではないかと考えている。最後は、関心の低下と言うよりも、経済危機の勃発という外的要因によるものであるが、これは環境問題だけを追っていては見えてこなかったであろう成果の一つである。
 この調査について最初に環境系の学会で発表した際には、当時環境研究に大きな資金が大学等にも流れ始めた時期であり従来から環境問題に深く関わってきた研究者たちにとって、今まで環境に見向きをしなかった他分野の研究者が流れ込んできたことに対する危機感のようなものがあった時期であったため、本調査についても「便乗」ではないかと批判するような反応をいただいた。しかし、いったん一歩下がって俯瞰的にとらえる重要性を示せたのではないかと考えている。また、図4の結果グラフをごらんになっていただくと分かるが、大きく2つの「空白期間」がある。これは、もちろん連続して調査を行うことのできなかった時期である。毎月という定義では、これ以外にも隔月で実施した時期などがあり、2005年春からのほぼ7年半にわたる調査時期で必ず毎月実施できた年は実は多くない。これは、特に2009年後半の半年の空白は調査費用が捻出できなかったためであり、また2011年の春の2ヶ月はもちろん東日本大震災によるものである。この大震災は環境政策にも多大な方向転換を迫り大きな影響をもたらしている。これについての調査について、また様々な機会を捉えて報告していきたいと考えている。

図4 世界で重要な問題2005.7~2011.12



脚注
1 Anthony Downs , "Up and Down with Ecology : The 'Issur-Attention Cycle'" , The Public Interest 28 (1972).
2 http://www.ipsos-mori.com/Assets/Docs/Polls/July11issuesslides.PDF
3 http://www.gallup.com/poll/1675/most-important-problem.aspx
4 2007年半ばまでの結果については、Sampei, Y., Aoyagi-Usui, M.,(2009) Mass-media coverage, its influence on public awareness of climate change issues, and implications for Japan's national campaign to reduce greenhouse gas emissions. Global Environmental Change 19,203-212として発表済みである。本図表に関しては、2012年8月にブエノスアイレスで開催された国際社会学会で口頭発表を行った。
5 脚注4の文献参照