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■「中央調査報(No.663)」より

 ■ 2013年の展望―日本の経済 ―「デフレ脱却・経済再生」探る年に―

時事通信社 経済部次長 冨田 共和


 2013年の日本経済は、長期化したデフレの脱却や経済再生への足掛かりを目指す年となる。経済回復を最重要課題と位置付け、「大胆な金融緩和」「機動的な財政政策」「民間投資を促す成長戦略」を掲げる安倍政権の動きは、民主党政権下で休眠状態だった経済財政諮問会議を再開し、総事業費20.2兆円の緊急経済対策を策定して12年度補正予算案をまとめるなど、年明けから活発だ。ただ、経済の立て直しを早期に実現できるか不透明な上、東日本大震災からの復興や停止した原発の再稼働、環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加といった課題も残されたまま。展望は決して良好とは言えない。

◇「3本の矢」推進
 東京株式市場は1月4日の大発会で、日経平均株価が一時1万700円台と震災前以来1年10カ月ぶりの高値を付けた。同じ日に東京外国為替市場の円相場も2年5カ月ぶりに1ドル=88円台へ下落し、円高・株安に悩まされてきた日本経済にとって幸先良い幕開けとなった。景気浮揚を重視する意向をアピールする安倍晋三首相を市場が好意的に受け止め、その後も株価上昇・円高是正の基調が続いた。
 首相は12年12月26日の就任記者会見で「強い経済を取り戻す」と宣言。そのための手法として、金融・財政政策と成長戦略を「3本の矢」と表現した。その方針に基づいて政策を立案・決定する政府の枠組みを作動させたことが、市場関係者に好感を持って受け止められている背景だ。
 経済運営・政策立案の舞台となるのは、政権交代で復活した経済財政諮問会議と、安倍政権が新設した日本経済再生本部だ。経財諮問会議が経済・財政運営の基本方針をつくり、全閣僚が参加する経済再生本部は具体策をまとめるという役割分担で、デフレ脱却や円高是正に全力を挙げる。再生本部の下に、閣僚に企業トップや有識者を加えて成長戦略を論議する産業競争力会議も設置。成長戦略や、経済財政運営の指針「骨太の方針」を6月に策定する。(図)

安倍内閣の経済政策関連の会議


 成長戦略は「製造業などの産業再興」「中小企業も含めた国際展開」「新ターゲティングポリシー」が3本の柱となる。首相は1月7日、経済3団体の新年パーティーのあいさつで「まずは日本のものづくり、製造業の復活だ」と強調した。重点投資や規制改革などで産業の育成・強化を図る「新ターゲティングポリシー」の対象としては、医療・介護やエネ ルギーを挙げた。
 現在5%の消費税率を14年4月に8%に引き上げるかどうかは、13年秋に判断される。その際、重要な判断材料となる指標は4~6月期の国内総生産(GDP)だ。首相も消費税率引き上げについて「4~6月の経済指標を含め、経済状況を総合的に勘案する」と語っている。
 安倍政権の描くシナリオは、「3本の矢」で景気の底割れを回避してデフレ脱却の端緒をつかみ、経済指標の数値でそれを確認した上で、秋に消費増税を確定させるという筋書きだ。

◇財政健全化は足踏み
 政権交代を機に経済運営は一変し、勢いが出てきたような印象が強いとはいえ、不安要因も残る。中でも最も懸念されるのは、主要国中最大の公的債務を抱え、急務となっている財政健全化が停滞することだ。緊急経済対策でも、国の支出で公共事業に5.2兆円を充てる一方、建設国債5.2兆円を追加発行して財源を確保するなど、景気の下支えを優先して財政立て直しを棚上げした格好となっている。
 緊急経済対策の内容をみると、中央自動車道笹子トンネルの天井板崩落事故を踏まえた老朽化トンネルの点検・改修や電線の地中化など、インフラの更新・再整備や生活の利便性向上を目的とした事業が目立つ。とはいえ、「コンクリートから人へ」と訴えた民主党政権時代と比べ、公共事業への依存は明らかだ。首相は「財政規律は極めて重要。基礎的財政収支の黒字化を目指す」と強調するものの、特に今年前半は夏の参院選の勝利に向け、景気や消費心理を冷やしかねない動きを控えると予想される。

◇日銀総裁人事が焦点
 首相の経済に関する発言で特徴的なのは「日銀の金融政策が決定的に重要だ。責任を持って対応してもらわなければならない」など、金融緩和に重きを置く姿勢を強くにじませている点だ。前年比2%の物価上昇率を目指すインフレ目標の設定を含めた「政策協定(アコード)」を政府と結ぶよう日銀に求め、物価目標を導入しなければ日銀法改正も辞さない構えさえ示した。そうした言動が日銀の独立性を揺るがせかねないとの見方も浮上し、衆院選期間中には経団連の米倉弘昌会長が「無鉄砲」と批判して騒ぎになった。
 こうした雰囲気の中で、4月8日に5年の任期が切れる白川方明総裁の後任人事は、日本経済の先行きにも影響する要因として注目される。国会同意人事であるだけに、「『大胆な金融緩和』に理解をいただけるか」(菅義偉官房長官)を重視する政権の意向が影響するのは間違いない。それに沿った人選が行われた場合、株高・円安が一段と進むとの見方も出ている。
 ただ、日銀総裁人事は衆参両院の同意が必要なため、混乱する可能性も否定できない。5年前は、財務省出身者の総裁就任に反対する野党が政府案に反発して国会審議が紛糾し、総裁が一時空席となる異常事態となった。万一、今回もそうした展開になれば、特に海外投資家の日本に対する失望を招く恐れが大きい。

◇容易でない原発再稼働
 自民党が政権に復帰したことで、民主党が打ち出した「2030年代に原発ゼロ」のエネルギー政策も転換する。原子力規制委員会が安全と確認した既存の原発は再稼働させるのが、自民党の基本姿勢だ。また、原発の新設・増設は「専門的知見を蓄積した上での大きな政治的判断になる」(茂木敏充経済産業相)として容認に含みを残し、東京電力福島第1原発事故を受けて国民の間で高まった「脱原発」の方向性にブレーキが掛かった。
 ただ、規制委で行われている論議をみると、停止している原発の再稼働が容易に進む状況ではない。規制委は、原発の敷地内に活断層が通っていないかに関する判断を厳格化する方針を打ち出し、日本原子力発電敦賀原発(福井県)や東北電力東通原発(青森県)などについて、専門家による調査を実施。その結果、敦賀原発は原子炉建屋の直下に活断層がある可能性が指摘され、廃炉の恐れに直面している。
 国内で唯一、稼働している関西電力大飯原発(福井県)の調査では専門家の見解が分かれ、結論が出るまでに時間がかかるものの、どちらに転ぶか分からない。同原発3、4号機は13年夏に定期検査で停止するが、その後の再稼働は再び大きな問題となる可能性が濃厚だ。
 福島第1原発事故の反省に立って規制委が取り組んでいる原発の新たな安全基準づくりも、案がまとまるのは13年の夏。停止中の原発をそれ以前に再稼働させるのは、現実的に難しい。
 原発が再稼働できない中で、火力発電の比重が高まっているが、燃料となる原油や液化天然ガス(LNG)の輸入増が電力各社の業績を圧迫している。福島第1原発事故の処理や被災者への賠償に追われる東京電力ばかりでなく、13年3月期に過去最大の2650億円の連結赤字を予想する関西電力など、各社とも経営環境は厳しい。
 このため関電と九州電力は、電気料金の引き上げを政府に申請した。ほかに検討中の社もある。4月からの家庭用料金について、関電は11.88%、九電は8.51%の引き上げを求めている。政府の審査で上げ幅が圧縮されるとみられるが、家庭の負担増は避けられない。

◇大企業も生き残りへ正念場
 12年は、長年にわたって産業界で中核的な役割を務め、国内雇用の受け皿となってきた電機大手の凋落を印象付けた。パナソニック、ソニー、シャープの大手3社が12年3月期、そろって過去最大の連結赤字を計上。韓国勢との価格競争激化や円高で、主力のテレビ事業が不振だったことが主因だ。13年3月期もパナソニックが7650億円、シャープは4500億円と、それぞれ12年3月期を上回る連結赤字の見込み。「残念ながら当社は『負け組』」(パナソニックの津賀一宏社長)と認めるこれらの大企業は、生き残りを懸けた正念場を迎える。
 津賀社長は1月8日、米国で開かれた家電見本市での講演で「自動車や航空機など、人々がパナソニックを思い浮かべない領域で貢献する」と語り、新たな事業の収益を高めて「脱テレビ」を目指す方針を強調した。その際のポイントとなるのがゼネラル・モーターズ(GM)やIBMなど異業種海外企業との連携。GMとは音響・映像機器(AV)や通信・カーナビゲーションを備えた新しい車載システムの開発を行い、IBMとは、インターネット上にデータを保存する「クラウドコンピューティング」を活用した家電製品の省エネルギーシステムなどに取り組むとしている。
 一方のシャープは、台湾の鴻海精密工業からの出資を仰ぐための交渉をはじめ、事業立て直しの前提となる資本増強の検討を進めている。
 電機大手だけでなく多くの日本企業にとって、経済のグローバル化や環境激変への対応は急務だ。事業内容を時代の要請に合ったものに見直すとともに、コスト圧縮が加速するのは必至。それは必然的に、企業で働く人々の生活に跳ね返る。
 トヨタ自動車グループの労働組合で構成する全トヨタ労働組合連合会は13年春闘において、統一的なベースアップ(ベア)要求を4年連続で見送った。自動車最大手のトヨタでも賃金水準の改善は難しいという事実は重い。その一方で広告最大手の電通が早期退職者の募集に踏み切るなど、大企業の人員削減は止まらない。

◇TPP、なお難題
 少子高齢化や人口減で、中長期的に日本国内の市場拡大は期待できず、労働力も減少していく。日本企業が生産拠点や商品の販売先として海外に活路を求める動きは、一段と勢いを増す。安倍首相は1月、初外遊としてベトナム、タイ、インドネシアを訪問したが、成長の余地が大きいアジア地域は「日本の経済再生につなげるべく、経済面の連携強化を図る」(菅官房長官)相手だ。麻生太郎副総理兼財務・金融相は就任直後の13年1月初頭、民主化の動きを受けて世界の企業が注目するミャンマーを訪問。米倉経団連会長も、ミャンマーを含むメコン流域国を2月に訪問する。
 一方、韓国が日本に先んじて米国や欧州連合(EU)と自由貿易協定(FTA)を結び、それらの国・地域への輸出品の関税減免措置を獲得したことが、日韓の自動車・電機産業の競争力の差の一因となっている。こうした状況を考えた場合、個別の国・地域とのFTAや経済連携協定(EPA)の締結、さらにTPPへの参加は、日本にとって重要だ。
 ただ、農業関係者などのTPP反対論は国内で相変わらず根強く、自民、民主両党とも交渉参加をめぐって党内がまとまらない。
 たとえば自民党では、高市早苗政調会長が1月初旬、TPP交渉について「参加しながら守るべき国益は守る、条件が合わなかったら脱退するという選択肢はゼロではない」と柔軟な姿勢を表明。それに対し、党内から直ちに「あらかじめギロチンに首を差し出すようなことはすべきではない」(細田博之幹事長代行)などと反対意見が噴出した。TPP交渉参加は、依然として難題のままだ。