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■「中央調査報(No.666)」より

 ■ 学齢児童を対象とした縦断的研究の意義と課題
 ―青少年期から成人期への移行についての追跡的研究 
 (Japan Education Longitudinal Study: JELS)から― 


中西 啓喜(お茶の水女子大学)  
耳塚 寛明(お茶の水女子大学)  


 1.「青少年期から成人期への移行についての追跡的研究」(Japan Education Longitudinal Study : JELS)の特徴とその目的
 近年、就労や家族形成などにおいて、伝統的な形にとらわれない「新しい」働き方や家族が見られる。このような社会変動を背景として、わが国ではいくつかの縦断的(longitudinal)研究が実施されてきた(たとえば、「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(東京大学社会科学研究所)、「消費生活に関するパネル調査」(家計経済研究所)など)。
 私たちが「青少年期から成人期への移行についての追跡的研究」(Japan Education Longitudinal Study : JELS)と名づけた縦断的研究のプロジェクトは、次の点においてこれまでに見られる他の縦断的研究とは異なるものである。すなわち、(1)学齢児童をベース調査の対象としていること、(2)質問紙調査と同時に学力調査を実施していることの2点である。この2つの大きな特徴において、JELSは、学齢期から成人期までを対象とした、わが国で初めての本格的な縦断的研究である。
 加えて、わが国の青少年に関する調査研究の状況を見ると、学力問題や雇用問題などの研究は、それぞれ個別的に、また一時点において取り上げた研究が大半を占める。学齢児童をベースとして成人期への移行(transition)という観点から縦断的に、そして小学校から高校ないし高等教育にわたる全ての教育システムに着目しながらなされてきた研究は皆無に近い。
 一方で、海外においては、青年期から成人期への移行を、国家的縦断的調査によって観察するための大規模調査が存在する(たとえば、アメリカのNELS、High School & Beyond)。それらは研究者に公開され、学術論文のみならず教育政策等の策定に資する幾多の成果を生んでおり、アメリカでは、初期の学校でのつまずきが、留年や中退を引き起こし、職業への移行を困難にするといった知見が見出されている。
 JELSは、そうした国内における研究状況の欠陥を補い、また主としてアメリカ、イギリスといった海外における研究上のノウハウを生かしつつ設計され、以下の6つの点において独創的な特徴をもつ(図表1.「JELSのイメージ図」を合わせて参照されたい)(1)

図表1.JELSのイメージ図


 (1)追跡研究(縦断的調査)
  同じ青少年を、学齢期から成人社会まで追跡する。
 (2)定点観測(横断的研究)
  同じ地域、同じ学校の児童生徒を時系列的に調査し、青少年と学校教育の定点観測を行う。
 (3)トランジッション(移行)研究
  小学校低学年から高学年へ、小学校から中学校へ、中学校から高校へ、高校から実社会、あるいは高等教育へ、学校から職業世界へ。さまざまな青少年問題を、そうした「トランジッション(移行)危機」としてとらえ、危機を克服する処方箋を探る。
 (4)多様な「学力」の測定
  指導要領に準拠した「学業達成」だけでなく、パフォーマンス・アセスメント(performance assessment : PA)、新学力観に基づく学力など、多様な「学力」の測定を試みる。
 (5)社会・文化的要因の探求
  青少年の発達と、学校教育、家庭、労働市場などとの相互関連を、社会学的に探究する。とくに、学校における学習指導・適応指導・進路指導との関わり、家庭教育や家庭環境との関連、就職支援のあり方などを重視している。
 (6)社会および実践現場への研究成果の換言
  得られたデータを学術的研究のために公開し、学校教育を中心とする実践現場にフィードバックして、臨床的な問題解決をするための方途を探る。

 2.調査エリアの選定と調査の時期
 JELSの調査は、これまでに関東エリアと東北エリアにおいて実施されてきた。人口規模は、関東エリアが約25万人、東北エリアが約9万人である(調査開始当時)。
 本来、JELSのような大規模で子ども・家庭・学校にまたがる総合的な研究はナショナル・サンプルによって実施されるべきであるが、事実上不可能に近い。そのため調査エリアを限定し、エリア内で悉皆調査を行うことによって得られたデータの代表性を保持しつつ、順次エリアを拡大していく戦略をとっている。同時に、教育や雇用などの生活環境が対照的な関東と東北を調査エリアに選定することで、データの代表性を確保することも狙いとしている。
 調査は、第一波(Wave 1、2003-2004年)、第二波(Wave 2、2006-2007年)、第三波(Wave 3、2009-2010年)と3回にわたり、縦断的調査と横断的調査を実施してきた。その時期は、各年度の10月~12月である。

 3.調査の方法と学齢児童をベースとした縦断的調査の課題
 ここでは、JELSがどのような方法で調査を実施してきたかを記述し、これまでの調査から明らかになった学齢児童をベースとした縦断的調査の難点および課題を述べていこう。
 まず、調査の実施に際しては、調査対象地域を選定した後、県および市の教育委員会を通じて、当該地域内にある全ての公立の小中高校へ調査を依頼し、エリア内の悉皆調査を目指した。ただし、調査協力の可否は学校単位に委ねたため、関東エリアでは数校の調査協力は得られなかった。
 児童生徒への質問紙調査と学力調査は、学校での集団自記式で実施し、各学校の教員が配布・回収している。一方、保護者への質問紙調査の配布は、Waveやエリアによって多少異なるが、各学校で教員が児童生徒に配布して自宅へ持ち帰り、各家庭で回答してもらった。回収に際しては、保護者自身が、委託する調査会社(中央調査社)へ直接郵送してもらった。
 また、個人の情報を縦断的にマッチングすることに備えて児童生徒調査票・保護者調査票ともに記名式で実施している。在籍する学年・クラス(組)だけではなく、出席番号、名前、住所、電話番号を記入してもらっている。
 この方法の長所は、限定された地域ではあるものの、悉皆調査に近いため母集団が明確で、児童生徒調査は学校での集団自記式であるため、回収率も高く、良質なデータが入手できることである。ただし、同時に難点として、教育委員会と膨大な数の学校の協力が不可欠であり、その交渉が容易ではないことが挙げられる。
 図表2図表3に回収状況を示したが、児童生徒調査については、学校での集団自記式のため高い回収率となっている。また、保護者調査は、関東エリアではいずれのWave、学年でも回収率が50%を下回るが、東北エリアではWave 2以降は約90%の回収率となっている。比較的に、地方県の方が調査協力を得られやすいことが示唆される。

図表2 児童生徒と保護者調査の回収状況(関東エリア)



図表3 児童生徒と保護者調査の回収状況(東北エリア)


 続いて、サンプルの脱落(sample attrition)についての状況を確認し、その課題を記述していこう。縦断的調査は標本の脱落が不可避であるが、特定な脱落傾向が見られる場合には、「偏った」分析結果が得られる可能性があるため、脱落理由を追及し、接続可能なデータの傾向を検討する必要がある。
 JELS調査でのサンプルの脱落理由には次の4点が想定される。

 ケース1:調査当日に欠席した
 ケース2:調査期間(第一波と第二波の間あるいは第二波と第三波の間)に引っ越した
 ケース3:質問項目には回答したが、調査票に無記名だった
 ケース4:中学進学時および高校進学時に、調査対象校以外の学校へ進学した

 調査方法が、学校での集団自記式であり、また回収率の高さから考えれば、ケース1はそれほど多くはないだろうし、一般的に考えるとケース2も少数に留まるだろう。ケース3の可能性についてであるが、既述の通り、JELSは記名式で実施しており、追跡調査の過程で一度でも個人を特定するための情報を回答してもらえない場合はマッチングが不可能であるが、個人情報をできるだけ外に出さないという気運の高まりによって、調査票を無記名で提出する者が多くいるという可能性は十分考えられる。しかしながら、匿名者の追究は(学校側の協力がない限り)検証することは非常に困難である。ケース4(中学進学時および高校進学時に、調査対象校以外の学校へ進学した)の可能性については、高校進学時に、とくに関東エリアで高いと考えられる。というのも、高校進学とともに通学範囲は広がり、それと同時に交通が便利な関東エリアでは、調査エリア外の高校へ進学した可能性を十分想定できるからである。
 以上を検証するために、児童生徒質問紙調査の縦断的マッチングが可能だった実際の人数を確認しよう(図表4)。これまで実施してきた調査から3時点で接続可能なデータセットは、「小3-小6-中3」(パタンA)、「小6-中3-高3」(パタンB)の2つである(2つの調査エリアのため合計4パタン)。

図表4 JELSデータの接続状況(数値は縦断的マッチング可能な人数)


 まず、「小3-小6-中3」(パタンA)を見てみると、両エリアにおいて接続可能なサンプルが関東エリアで約59%(656÷1118×100)、東北エリアで約57%(531÷935×100)であり、ベース調査の対象者の6割弱を追跡できていることがわかる。ところが、「小6-中3-高3」(パタンB)では、関東エリアで約32%(369÷1164×100)、東北エリアで約40%(392÷974×100)に留まる。
 より詳細に確認しよう。まず「小6-中3」部分では、関東で約81%(946÷1164×100)、東北で約64%(619÷974×100)である。次に「中3-高3」部分では、関東で約39%(946÷369×100)、東北で約63%(392÷619×100)となっている。つまり、JELSにおいて最も追跡が困難だったのは、関東エリアの中学校から高校への進学時点だということになる。
 基礎的で限定的な確認に留まるが、以上より、学齢児童生徒を縦断的に調査する過程で、中学および高校進学時に、調査対象校以外の学校への進学(ケース4)によるサンプル脱落が多いと推測できる。
 それでは、データは、経年のプロセスでどのような「偏り」をもつようになったのであろうか。ここでは、パタンBのデータを例として、追跡可能者の出身社会階層と学力の傾向を探るため、父親の学歴と小6時算数学力をそれらの指標として、その傾向を確認していこう(図表5)

図表5 追跡者の出身社会階層と学力の傾向


 図表5の結果を見ると、関東エリアでは、父大卒率が34.3%→32.5%→27.2%と減少し、算数学力の平均値も41.5→39.5→38.7と低下している。その一方で、東北エリアでは、父大卒率が26.2%→24.6%→26.2%、算数学力の平均値は43.6→44.5→46.0と横ばいないし上昇している。これらの数値の変化を確認する限りJELSの脱落サンプルの傾向は、(1)関東エリアでは、親が高学歴で、高学力な層が脱落している一方で、(2)東北エリアでは、家庭背景、学力ともに、比較的安定した追跡調査が実施できていることがわかる。
 以上の分析から、関東エリアにおけるサンプル脱落によって生じた偏りの理由は、次の二点が考えられる。第一に、大都市圏では中学進学時に富裕層が私立中学へ進学するケースも多いが、JELSでは、調査対象を全て公立学校としているため、保護者が相対的に高学歴だと推測できる私立中学進学者まで網羅して追跡できなかった。第二に、私立中学への進学には受験が必要なため、比較的学力の高い層が脱落サンプルとなった。

 4.JELSの成果と今後の計画
 以上の調査から得られたデータから、JELSでは、2013年4月までに報告書『JELS』第1集~第16集、学会報告57本等を発表し、広く社会発信している。とりわけ、(1)学力と進路選択に対する家庭的背景の影響力の大きさを、保護者調査によって採取した家庭経済(所得等)、文化的環境データによって実証的に示した点、(2)学力と進路意識形成の過程が、大都市圏と地方小都市とで大きく異なることを明らかにした点は、わが国ではほとんどはじめての知見といってよい。
 なお、以上のように、JELSはここまで青少年が小学校から高等学校までの各学校に在学する時点において、彼ら・彼女らの進路(計画)、学力を家庭的背景や学校生活との関連において把握する作業(第1ステージ)を中心に行ってきたが、2012年度より、学校卒業後の状況を中心に把握するための第2ステージ(Follow-Up Stage)に突入している。
 今後は、学校を卒業した人々へのフォローアップ調査を行い、これをすでに把握している生育家族の家庭的背景・文化経済的環境、在学時の学力、これまでの教育歴等と接続したデータセットを作成することにより、縦断的調査研究の特徴を生かしたオリジナルな諸分析が可能となる。
 また、アメリカのNELS、High School & Beyondなどに倣い、将来的にJELSデータを研究者に公開することを検討していることを付記しておく。
 これまでに蓄積したデータの再分析やさらなる追跡調査をテーマとして設定しながらJELSプロジェクトは今後も継続していく。


 〈注〉
 (1) 調査の目的や設計については、耳塚(2004)から抜粋した。また、JELSの詳細や成果報告書については下記のURLを参照されたい。
http://www.li.ocha.ac.jp/hss/edusci/mimizuka/JELS_HP/Welcome.html

 〈引用・参考文献〉
 ・お茶の水女子大学、2004~2013、『青少年期から成人期への移行についての追跡的研究 JELS』第1集~第16集。
 ・王杰(傑)・耳塚寛明、2011、「調査の概要」『青少年期から成人期への移行についての追跡的研究 JELS―Aエリア Wave3調査報告』第14集、pp.1-4。
 ・王杰(傑)・耳塚寛明、2012、「調査の概要」『青少年期から成人期への移行についての追跡的研究 JELS―Cエリア Wave3調査報告および香港調査報告』第14集、pp.1-4。
 ・耳塚寛明、2004、「調査研究の概要―JELS2003」お茶の水女子大学『青少年期から成人期への移行についての追跡的研究 JELS―2003年基礎年次調査報告(児童・生徒質問紙調査)』第1集、pp.1-9。