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■「中央調査報(No.672)」より

 ■ 統計検定と統計能力の評価

舟岡 史雄(日本統計協会専務理事)


 日本統計学会が2011年11月に開始した統計検定は、今年で3回目を迎える。最近、統計に対する世の中の注目度が高まっており、今秋に実施される検定受験者は大幅に増加する模様だ。本稿では、統計検定制度の概要と展開、および過去2回の試験結果を紹介する。さらに、統計検定の意義と役割について、変革を迫られている統計教育と統計能力の評価の観点から論ずる。

 1.統計検定制度の創設と展開
 1.1 統計検定制度の概要
 現在、統計検定は1級、2級、3級、4級、統計調査士、専門統計調査士、およびRSS試験の7つの検定種別で実施されている。これらのうち、1級、2級、3級、4級は学習到達度の水準に体系的に対応していて、1級が最上位のレベルに位置する。3級と4級は、大学で学ぶ「統計学の基礎」に関する知識と活用能力を評価する2級につながる検定である。
 4級検定は、データの活用や図表の見方に関する知識と能力を問うもので、中学校卒業までに学習する「資料の活用」が十分に行えることを求めている。3級検定は、4級検定の内容に加えて、基礎的な「データの分析」に関する知識やその活用能力を問うもので、高等学校卒業までに修得する統計の知識を身近な問題解決に活かせることを求めている。3級と4級の検定は、中等教育において統計教育が必修化された学習指導要領との対応が図られている。2級検定は、大学における統計の基礎の修得の成果を問うもので、社会での統計の役割を理解し、統計データおよび、統計学の知識に基づいた統計解析手法の適切な利用と問題解決の能力を求めている。
 1級検定は、2級までの基礎知識をもとに、種々の統計手法を数理的側面から正しく理解することに加えて、現実の課題に的確に活用し、結果を解釈する能力を求めている。4級、3級、2級の検定の解答方式が択一式であるのに対して、1級検定は記述式である。出題は「統計数理」と「統計応用」の2カテゴリーから成り、「統計応用」については現在、「人文科学」、「社会科学」、「理工学」、「医薬生物学」の4つの専門分野に分けられている。統計検定1級の合格証には受験した専門分野の名称が記され、どの分野で専門的能力に秀でているかを明示するようになっている。
 これらの検定種別に対して、統計調査士と専門統計調査士は、公的統計に関する知識、調査実施に関わる専門的な業務遂行能力、統計データの利活用のスキルを評価する検定である。2つの検定は、統計調査ならびに調査機関の質の保証に資することを創設当初の目的としているため、中等・高等教育課程の教育内容とは合致しない出題範囲を含んでおり、1級~4級までの検定とはやや性格を異にする。
 統計調査士検定は、統計の役割、統計法、公的統計調査の仕組み等に関する基礎知識と統計調査の実務知識に加えて、公的統計の見方とその利用についてのスキルを求めている。合格すれば統計調査士の認定証が授与され、公的統計に係る業務に携わる上で十分な能力を有していることが認定される。専門統計調査士検定は、調査の企画・運営と実査の実施と指導の実務能力に加えて、データの利活用の手法に関する理解と応用する力を求めている。統計調査士と併せて合格すれば、専門統計調査士の認定証が授与され、調査全般にわたってのマネジメントを担える専門的な知識と能力を有していることが認定される。
 以上の検定は日本統計学会が単独で実施するのに対して、RSS試験は英国の王立統計学会(RSS)との共同認定による国際資格試験である。RSSによる統計検定制度は、(1)Ordinary Certificate (2)Higher Certificate (3)Graduate Diplomaの3種類の段階別試験から構成されている。英国のカリキュラムでは、(1)が高等学校卒業レベル (2)が大学で統計を専門とする場合の基礎レベル (3)が大学で統計を専門とする学科卒業レベルとされている。ただし、大学に統計学科が数多く存在する英国の教育課程に対応したレベルであり、日本の現状では、(2)は統計学の専門ゼミで学んだ学部学生のレベルに相当する。日本統計学会では、RSSの(2)Higher Certificateの試験を日本語に翻訳し、日本語と英語のいずれでも受験できる検定試験を実施している。同試験は8つのモジュール(科目)から成り、合否はモジュールごとに判定され、モジュール1~4のすべてを含めて6つのモジュールに合格すれば資格認定証が授与される。詳細については竹村(2012)を参照されたい。

 1.2 統計検定制度の展開
 統計検定制度の創設時に、2級、3級、4級、統計調査士、専門統計調査士の5つの種別の試験が同時に実施されたが、当初の制度設計に際しては、1級・2級レベルの資格認定制度の検討に焦点が当てられていた。数年前から大学教育の質保証に文部科学省と日本学術会議が取り組んでおり、その流れの中で統計学分野についても統計関連学会連合を主体として「統計学分野の教育課程編成上の参照基準」が作成されたことが契機であった。参照基準が作成されても、それに基づいて統計教育が十分な成果を挙げなければ、大学における統計教育の向上には結びつかない。統計教育の成果を測るためには全国共通の試験等による評価が必要であり、評価に基づく資格認定が統計教育の質保証の役割を果たすものと期待された。度重なる検討を経て、参照基準に基づいた統計検定の制度が誕生した。とりあえず2級検定から開始し、時間を置かずに1級検定を実施することとした。その経緯と背景については美添(2011)に詳述されている。
 同じ頃、初等・中等教育において統計教育を強化する方向で学習指導要領が改定された。この動きと連携して、大学入学以前に統計に関する考え方、基礎知識、スキル等を身に付けることをサポートすれば、大学入学後の統計教育をより効果的なものにする。このような考えに立って、中学校・高等学校の統計教育についても、同様な参照基準を作成し、対応するレベルの3級と4級の検定を実施することとした。
 統計調査に関する知識と結果の分析力を評価する検定を、統計学の知識と統計的手法の活用能力を評価する1級~4級の検定と並べて設けたのは、やや異質に感じられるであろう。制度設計の段階で、「社会の実態を的確に捉えるためには、統計等のデータが適切に作成され、正確で有効な情報を提供することが肝要である。データが正確でなければ、いかに高度の統計学の手法を駆使したとしても、有効な結果を得ることはできない。」との考えが共通の理解となったことによる。
 検定制度の検討過程で、国際資格として認定されるRSS試験のうちHigher Certificateを統計検定制度に包含することが、検定制度自体の質保証に寄与すると考え、創設時から実施した。ただし、英国と同時実施することが必要なため、6か月遅れた翌年5月の実施である。
 その後の展開について簡単に触れる。第1回の検定試験の内容を検討する過程で、2級、3級、4級の出題レベルがほぼ固まり、昨年実施の第2回試験から最上位に位置する1級検定を実施した。その結果、当初予定の7つの種別の検定試験が勢ぞろいした。
 第3回試験においては、1級、2級、3級、4級、統計調査士、専門統計調査士およびRSS試験の7つの種別の検定試験が実施される。このなかの統計調査士と専門統計調査士について出題内容の改定があるので、多少詳しく紹介しておく。
 統計調査士検定は、公的統計に関する基本的な知識を正確に認識し適切に利用する能力を評価する検定試験であり、専門統計調査士検定は、調査の企画・管理ならびにデータの高度利用の基本的知識と能力を評価する検定試験である。統計調査士については、当初想定していた受験者像が相違したことに対応して第3回試験から参照基準を改定している。これまでの2回の検定試験では、業務経験の特例措置を設けたにもかかわらず、統計調査員の受験は少なく、他方、学生の受験が増加している。第3回試験から、学生にとってそれほど違和感なく受験できる資格試験としての性格を強める方向で、統計調査士の参照基準を大学における標準的な「経済統計」の科目内容とより対応させることとした。すなわち、統計調査員の役割・業務の出題ウェートを軽くし、統計の見方と利用の位置づけを重くした。
 また、専門統計調査士検定については、利活用手法の対象とする統計・データを市場調査、世論調査、社会調査等、民間調査機関の主たる調査分野にこれまで以上に焦点を当てるよう変更した。市場調査等から得られるデータの分析手法が公的統計データの扱いとはやや異なる側面が出てきたことと、統計調査に関わる検定試験も2回を終え、2つの検定試験で求める知識・能力を截然と区分するのが適当と判断したことによる。さらに、専門統計調査士検定では、調査データの高度な利活用手法に対する理解も新たな内容とした。統計調査士と専門統計調査士の変更された出題内容は、統計検定のホームページにおける、それぞれの参照基準項目表(http://www.toukei-kentei.jp/about/pdf/tyousa_ref.pdfhttp://www.toukei-kentei.jp/about/pdf/senmontyousa_ref.pdf)に示されている。また、改定の経緯については舟岡(2013)を参照されたい。
 第3回試験終了以降に、2級、3級、4級の検定については春季にも実施することを計画しており、RSS試験についてもGraduate Diploma試験を実施する予定である。

 2.検定試験の結果
 2.1 受験状況
 2011年と2012年の11月に実施された第1回と第2回の検定試験の結果は表1の通りである。第2回の申込者数は前年に比べて約2倍となった。とりわけ、2級と3級が大幅に増加している。統計教育大学間連携ネットワーク(JINSE)の活動の一環として、第2回の検定試験から連携8大学において統計検定が実施されたことが少なからず寄与している。連携大学からの申込者は2級が392人、3級が292人であった。また、新たに開始した1級の受験者は228人に上った。一方、統計調査士は24人の増加、専門統計調査士は53人の減少であり、調査士系の検定の申込者はほぼ横ばいであった。ただし、延べではなく実際の受験者は38人の増加であり、統計調査関係の検定試験が世の中に着実に浸透していることがわかる。

表1 統計検定の結果概要


 合格率はいずれの級でも低下し、全体では約60%から約50%となった。このなかで、調査士系の合格率が大幅に低下している。調査士系の検定試験のための標準となる教科書はあまりないが、第1回試験は時間的な制約もあって出題範囲と見本問題の情報を提示しただけであった。このような状況にかんがみて、第1回については問題の難易度はやや易しくした。第2回は「問題と解説」の詳細情報を提供していることを加味して、難易度を高めたことが反映された結果となっている。
 RSSと共同の試験(Higher Certificate)についても、第2回試験の申込者はいずれのモジュールも増加しており、認定者も6人から12人と倍増している。次年度から、上位レベルのGraduate Diploma試験を実施する背景となった。

 2.2 調査士系検定の結果の特徴
 第2回試験の統計調査士と専門統計調査士の受験者の属性を表2に示す。性別にみると、男女比はほぼ2:1である。第1回に比べて、男性の受験者数が変わらないのに対して、女性の受験者数が6割増加している。

表2 受験者の性別と年齢分布


 年齢別にみると、第2回試験では第1回試験に比べて、20歳代、30歳代前半の若年層が大幅に増加しており、中高年齢層の減少と対照的である。その結果、30歳代前半までで全体の50%近くを占めている。とくに、統計調査士のみ受験者に限定すると、学生の受験者が大幅に増加したこともあって、20歳代で40%近くを占める。第3回から統計調査士検定試験の参照基準と出題分野のウエートを変更した背景となっている。
 表3は筆記試験の結果である。第2回統計調査士検定の筆記試験の平均は60.2点、中央値が66.7点のやや左方に裾を引いたほぼ左右対称な分布である。合格判定基準は第1回試験と同様に、筆記試験の得点に業務経験の評価点を加えた総合得点が70点以上としているが、第1回と比べて筆記試験の平均が10点、中央値が5点程度低下した結果、合格率も10%近く下落している。

表3 筆記試験の得点


 第2回専門統計調査士の筆記試験の平均は63.0点、中央値が64点のほぼ左右対称な分布である。第1回と比べて、平均が10点、中央値が10点程度低下した結果、合格率は17.6%下落した。なお、筆記試験で70点以上の得点者は受験者の1/3程度であり、筆記試験の得点のみに基づいて算出される合格率は、同じく第2回の統計検定2級の合格率38.0%に近接した水準となった。

 3.統計能力の重要性の増大と適正な評価
 1990年代以降、それまでの勘と経験に基づくよりも、証拠に基づいて意思決定する(Evidence based policy making)ことが必要であるとの認識が世界的に広まっており、近年、我が国においても定着しつつある。政策を決定する際に、客観的な根拠を踏まえて合理的に判断し、十分に説明責任を果たし得る行動が求められる時代となってきた。客観的な根拠の中心をなすのが統計データであり、公的統計は官民を問わず重要性を増している。株式、債券、為替等の市場は統計数値に大きく反応し、統計の信頼性の欠如は海外からの投資、取引に甚大な影響を与える。
 さらに最近になって、統計およびデータを適切かつ高度に扱える能力に対して、世の中の注目度が高まっている。統計データを駆使して成功を収めたグーグルのチーフエコノミストのハル・バリアンが、ニューヨークタイムズ紙で「今後10年間で最もセクシーな職業は統計家である。」と語ったことは各国で話題となった。また、ハーバード・ビジネス・レビューの2012年10月号で客員教授のトーマス・ダベンポートが「大量のビッグデータに囲まれている現代の組織において、いま最も必要とされているプロフェッショナルはデータ・サイエンティストである。」旨、記している。
 こうした世界の潮流を受けて、わが国でもこの1年に統計に関する書籍が書店に山積みされ、ベストセラー本も出た。今夏に、SAS、日経等が主催した統計に関するセミナーはどこも人気殺到であった。データ・サイエンティストに係る協会設立の動きも急である。大量のデータを分析可能な形に構造化し、ビジネスに役立つ知見を導き出す人材を求める時代となっている。データを意思決定とつないで価値を創造できなければ、情報化社会では致命的な遅れとなることが認識されつつある。
 いま統計の専門的な人材を輩出することが高等教育機関に求められている。こうした状況のもとで大学の統計教育を改革する動きが学会を中心として始まった。文部科学省の平成24年度大学改革推進等補助金として、「データに基づく課題解決型人材育成に資する統計教育質保証」のプロジェクトが採択されたことが端緒である。8つの大学が「統計教育大学間連携ネットワーク(JINSE)」を結成し、各大学が連携して統計教育のリソースを有効活用し、データに基づく科学的な思考力を増進させ、課題解決型人材を育成することを目的としている。同時に、大学の統計教育の質向上を通して、統計能力に関して質保証を推進することも狙いとする。質保証の中心を成すのが統計検定である。統計学習の段階別の達成度評価にとどまらず、社会で有用な統計能力を認定するために前述の7種別の統計検定制度が設けられた。今後、JINSEの取組みが統計検定と相乗的に作用し、望ましい成果が生み出されることが期待される。


 【引用文献】
 (1)竹村彰通(2012)「国際資格(RSS/JSS試験)について」ESTRELA 2012.3 No.216
 (2)舟岡史雄(2011)「統計調査に関わる資格の認定」 中央調査報2011.6 No.644
 (3)舟岡史雄(2013)「統計調査に関わる資格検定試験の評価と改定」 ESTRELA 2013.9 No.234
 (4)美添泰人(2011)「統計検定の創設とその目的」ESTRELA 2011.9 No.210