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■「中央調査報(No.674)」より

 ■ 小学校4年から中学校2年までの児童生徒の学力の変化
     ~3時点の学力調査データを連結したパネル分析の試み~ 


広島大学大学院教育学研究科教授 山崎 博敏


 本稿は、平成21年度および23年度の文部科学省委託研究「学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」の成果を紹介する。広島大学と琉球大学の研究者を中心とするグループ(代表者山崎博敏)は、沖縄県・広島県の県市教育委員会の協力を得て、全国学力・学習状況調査(以後、全国学力調査をいう)と沖縄県と広島県が独自に実施している学力調査のデータを連結した大規模データを作成し、分析した。その目的は、児童生徒の学力に及ぼす家庭での生活や学習上の要因、学校の学習指導上、学校経営上の要因を分析し、学校の教育指導や教育行政・政策への示唆を得ることにある。以下では、沖縄県学力調査との連結データの分析結果を中心に紹介する。

 1.研究の方法と小中連結データ
 全国学力調査は2007年度から全国の小学6年生と中学3年生全員を対象に実施されており、国語と算数の2教科の学力テスト(基礎的な知識技能に関する問題と活用に関する問題)と、学校と家庭での学習や生活の状況に関する児童生徒質問紙調査と学校での指導に関する学校質問紙調査からなる。また都道府県・政令市等は2002年頃から独自の学力調査を実施している。
 地方自治体が実施している学力調査は、全国学力調査と対象学年や実施教科が異なっていることが多い。沖縄県教育委員会が2007年度まで実施していた沖縄県達成度テストは小学4年、中学2年を対象に、2008年度から実施している沖縄県学力到達度調査は小学5年、中学2年を対象にしている。
 われわれは、全国学力調査と沖縄県学力調査の調査対象学年が1年ないし2年ずれていることに着目して、同一の児童生徒について、小4、小6、中2の3時点連結データを作成した。
 同一児童生徒の異時点間の連結データ(追跡データ)は、一時点だけのデータよりも学力の規定要因を深く究明することができる利点がある。特に、授業や生徒指導、学校経営、家庭での学習や生活の状況などが、児童生徒の学力や学習状況にどのような影響を与えているかについて因果に迫ることができる。
 分析のモデルは、次に示している。

図0 分析のモデル


 平成21年度委託調査では、沖縄県教育委員会の全面的な協力を得て、教育長名で県下全市町村教育委員会と全公立小・中学校長に12月に調査依頼を発送し、承諾書と照合票への記入を依頼した。捺印及び記入済みの書類は、市町村教育委員会で取りまとめて2 月4日までに県教育委員会に発送してもらった。最終的な調査協力学校数は小学校が177校(8,182人)で、中学校が123校(12,488人)であった。学校単位での回収率は、小学校64.4%、中学校78.8%であった。回答方法に関するマニュアルを含めた調査に関する書類の作成、回収データと全国学力調査データ等の連結は中央調査社にお願いした。
 平成23年度委託調査では、沖縄県4市教育委員会から、平成23年度沖縄県中学校学力到達度調査の生徒データの貸与を受けるとともに、各中学校には照合票へ記入していただいた。児童生徒のプライバシーの保護をはかるため、照合票には、児童生徒の個人名は一切記入不要とした。平成24年2月までに4市合計で36中学校から電子媒体での回答が寄せられた。その後、調査協力校に対して、平成23年度の状況に関する「中学校第2学年の教育に関する学校質問紙」(校長追加調査)を発送し、22校から回答を得た。これらのデータと平成21年度委託研究で作成した児童連結データの該当部分を結合させ、小4、小6、中2の3時点連結SPSSデータを作成した。対象者数は全体で3,285人であったが、小4、小6、中2 の3時点の学力が判明した者は2,053人(36中学校)、校長追加調査の回答校22校については1,123人であった。

表1 沖縄県同一児童生徒の連結データの構造


 2.小学校から中学校までの児童生徒の学力の変化
 小4、小6、中2時の各教科の得点を標準化し、その合計をもって各時点での学力とした。まず、3時点での学力の相関係数を表2に示している。2年間で0.75 前後、4年間で0.62 となっている。図1は小6と中2の2時点での相関図である(0.749)。

表2 3時点の学力の相関係数


図1 小6と中2の学力の相関図


 小4から中2までの3時点での学力水準を上位から下位へ25%単位で4つに区分し、対象者の学力水準の変化を示した(図2)。小4時に最下位グループ(Q1)にあった者の66%は小6時にやはり最下位にあった。26%は中下位(Q2)に上昇し、7%は中上位(Q3)に上昇し、1%が最上位(Q4)に上昇している。小6から中2にかけても同様の傾向にある。このことは、学力の固定化の傾向が見られることを示している。

図2 3時点での4つの学力水準の推移


 3. 低学力を脱した子の生活と学習:上昇者と停滞者を分ける要因の分析
 小4から中2にかけて、下位25%から上位に変化した者を「上昇群」、下位25%のままの者を「停滞群」と定義し、「上昇群」が「停滞群」よりも肯定率が高い項目、すなわち成績が相対的に上昇した児童の特性を分析した。その結果、ノートの書き方を工夫し、解答過程を書く努力をしている児童、きまりを守る児童、ものごとをやりとげたことのある児童、失敗をおそれずに挑戦する児童は、後に学力が向上している。また、家庭で宿題や復習をし、勉強時間が多い児童ほど学力が向上していた。学校での授業態度のまじめさ、家庭での学習習慣が重要であることが分かる。

 4.正答率30%未満の子どもたちの家庭での生活
 正答率30%未満の子どもの特徴は、家庭で規則正しい生活を送っていないことにある。夜11時以降に就寝する子どもの割合は約31%、朝食を毎日食べている子どもの割合は70.8%とそうでない子に比べて有意に高かった。
 学力層の変化の4パターンを設定し、家庭での生活習慣との関係を分析した結果、「学力向上群」と「学力維持群」は、「学力低下群」と「学力停滞群」よりも、規則正しい家庭生活を送っていた。

 5.中学生の学力の規定要因に関する共分散構造分析
 共分散構造分析を用いて中学校2年次の学力(5教科)に及ぼす影響を分析した結果を図3に示している。これより、第1に、中2時の学力に対しては小6時の学力が有意な影響を与え、小6時の学力には小4時の学力が有意な影響を与えていた。第2に、図の下に示しているように、家庭での規則正しい生活習慣は、学力に直接的な影響を与えるだけでなく、学習習慣にも影響することにより結果的に学力を向上させている。第3に、影響力の大きさは小さいが学校における指導方法も学力に有意な影響を与えていた。「考えを引き出す指導」、「国語の発展的な指導」、「数学の宿題を与える」ことは、学力に影響を与えていた。小学校での指導が、中2時の学力にも影響を与えていることが注目される。

図3 中学校学力(5教科総合)に及ぼす影響に関する共分散構造分析結果


 6.小学校での正答・誤答の内容が中学校の学力に及ぼす影響
 どの問題に解答できなければ、上級学年になってからの学力に影響するかを、回帰二進木分析によって分析した。まず、国語についての分析結果である。中2時の国語の学力に最も大きな影響を与えた設問は、小6時の全国学力調査国語A問題の設問2の3、すなわちローマ字のhappaの読みをひらがなで書く問題の正誤であった。happaというローマ字の読みをひらがなで書けない者は、漢字の書き取りなど、言語事項に関する知識が不十分な児童生徒であった。
 中学校2年時の国語の総得点に影響を与えた小学校4年時と6年時の設問の共通性は次のように3つにまとめられる。第1は、漢字の書き取りやローマ字による表記など、国語科の学習領域で言えば言語事項に相当するもの、言語能力としてとらえれば日本語に関する体系的な知識に関する問題が、特に誤答において影響を与えていた。こうした言語的な知識を丹念に習得する学習を行っていないと、国語能力が低位に留まる傾向がうかがわれた。第2は、「読むこと」における説明的文章の要点や段落相互の関係をとらえる基本的な技能に関するものであり、これらは誤答にも正答にも影響を与えていた。読解に関する基本的な技能の習得に成功すれば学力の水準が高くなり、成功しなければ学力の水準が低位にとどまる可能性が示唆された。第3は、「読むこと」に限らず「話すこと・聞くこと」「書くこと」言語事項の各学習領域において、言語表現の工夫や特徴をとらえ、説明したり評価したりする能力が正答に影響を与えていた。こうした能力は、より高次の能力とされ、自由記述という形式によって解答を求められる場合が多い。こうした能力を習得することで学力水準がより高くなることがうかがわれた。
 これらより、沖縄県の小中学校の国語の指導の留意点として、「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」を関連させた言語活動の充実を図り、学習意欲を喚起しながら基礎的な知識・技能の習得にも意義を持たせる授業改善が求められるとの結論を得た。
 算数・数学についての分析結果は以下のとおりである。沖縄県中2数学(H23)の学力に最も大きく寄与していたのは、小学校6年時(H21)全国算数Bの問題4(2)の正誤がであった。その問題は、「たてが5cm、横が7cmの長方形の板に、たてが2cm、横が1cm の長方形のカードをすきまなく敷き詰められない」ことを, 言葉や式を使って書く問題であった。この問題に正答するためには、次のことが必要である。
 ・長方形の面積は、たて×横で求められること
 ・5×7(35)は2×1(2)では割り切れないこと
 ・これらを根拠に、「すきまなく敷き詰められない」ということを論理的に説明すること
 これらより、沖縄県の算数・数学の指導の留意点として、次のような示唆を得た。
 ○数の構成と筆算の仕方を理解し、説明できるように指導すること
 ○倍や割合、偶数・奇数の概念を理解できるように指導すること
 ○問題文を読んで演算決定ができるように指導すること
 ○円の直径や半径の意味、平行四辺形などの基本的な図形の性質を理解できるように指導すること
 ○基礎的・基本的な知識・技能を活用して論理的に思考し判断できるように指導すること

 7.おわりに
 今回作成した沖縄県連結データは、小学校と中学校の3時点をまたいだ2000人を超える同一児童生徒の大規模追跡データである。学力テストの信頼性も高く、我が国の教育研究で類をみないユニークなデータである。
 分析の結果、小学校時点での低学力層はその後も低学力層に留まる傾向が強く、学力の固定化の傾向が強いこと、さらに、学力の規定要因として、家庭での生活習慣など環境要因のほかに、宿題や発展的指導など学校での指導方法も有意な影響を与えていることを見いだした。研究成果に基づいて引き出された実践的な示唆が、各学校での指導改善に貢献できれば幸いである。
 多大な協力をいただいた沖縄県および広島県の各教育委員会、沖縄県4市教育委員会にお礼を申し上げる。本稿は、委託者の許可を得て執筆された。本調査の報告書は下記に公開されているので参照されたい。


 【平成21年度研究】
 「地方自治体の学力調査と接合したパネルデータを用いた学力の規定要因分析」
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/045/shiryo/attach/1302197.htm
 【平成23年度研究】
 「小学校から中学校までの低学力層の学力の変化とその要因に関する研究:全国学力調査と地方自治体の学力調査を結合したパネルデータを用いた分析」
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/085/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2012/12/13/1328947_10.pdf
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/085/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2012/12/13/1328947_11.pdf