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■「中央調査報(No.675)」より

 ■ 2014年の展望―日本の経済 ―4月の消費増税焦点に―

時事通信社 経済部次長 犬飼 優


 2014年の日本経済のビッグイベントは4月の消費税増税だ。税率の5%から8%への引き上げが経済にどの程度のインパクトを与えるのか。昨年、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の「第1の矢」(金融政策)で円安・株高が実現し、経済は回復軌道に乗り始めたが、消費税率アップは景気を大きく落ち込ませる要因になりかねない。政府は回避策として5.5兆円の景気対策を用意しているが、どこまで落ち込みを食い止められるのか。限定的なのか、あるいは日本経済は再び景気低迷に向かうのか。
 一方、一般家庭では物価上昇が家計を圧迫し始めている。原発停止に伴い電気料金が上昇。円安で原材料の輸入価格が上がり、食料品を中心に値上げも相次でいる。政府は減少する家計の実質所得をカバーするため、企業に賃上げを要請しているが、現時点で応じるのは円安・株高の恩恵を受ける一部の大企業にとどまりそうだ。安倍晋三首相が掲げる「経済の好循環」を実現できるのか。4月以降、予断を許さない状況が続く。

◇デフレ脱却宣言か
 「新しい経済政策でデフレ脱却に挑み、経済はマイナスからプラスに大きく転じた。来年もアベノミクスは買いだ」。昨年12月30日の東京証券取引所。安倍晋三首相は歴代の首相として初めて出席した大納会でこう強調した。アベノミクスの第1の矢は積極的な金融政策。1年前の安倍政権発足を受けて金融市場は「円高・株安」から「円安・株高」に転換。さらに昨春には金融緩和積極論者の黒田東彦氏を日銀総裁に起用した。黒田総裁は2%の物価上昇を2年程度で実現すると宣言し、毎月の国債購入を2倍に増やす異次元緩和を導入。これによって円安・株高は加速した。昨年末の日経平均株価終値は1万6291円と1年前と比べ57%上がり、年末としては7年ぶりの高値を付けた。円相場は1ドル=105円台と1年前の86円台から2割近く下落し、5年ぶりの安値となった。
 株価上昇は消費者のマインドを刺激し、高額商品を中心に個人消費が活発化した。低金利と消費税増税前の駆け込み需要もあり、マンションや戸建て住宅の販売が好調に推移した。円安の進行は輸出を伸ばし、自動車メーカーなど製造業の業績を改善させた。トヨタ自動車の14年3月期連結営業利益は2兆円を上回る見通しで、6年ぶりに過去最高益に迫る水準になる。円安は輸出の持ち直しだけでなく、海外からの旅行客の増加をもたらした。昨年の訪日外国人はアジアからの旅行客が増え、初めて年間で1000万人を超えた。さらに安倍政権はアベノミクスの「第2の矢」(財政政策)として、昨年1月に10兆円規模の景気対策を打ち出した。これにより、年半ばから公共投資が増え、成長を後押しした。
 物価が下がり続けるデフレはなくなりつつある。政府は昨年末に公表した月例経済報告で、物価動向に関する判断を「底堅く推移している」に変更し、「デフレ」の表現を4年2か月ぶりに削除した。それまでは「デフレ状況ではなくなりつつある」としていた。政府は生鮮食品、石油製品や特殊要因を除く消費者物価指数の前月比をデフレ判定の目安にしている。これが13年10月からプラスに転じ、当面プラス圏で推移すると見込まれるため、判断を変更した。消費税率引き上げや海外の景気動向によって物価が下落基調に転じる懸念が残ることから「デフレから脱却した」との表現は見送られたが、物価上昇が継続すれば14年は01年3月から続くデフレからの「脱却宣言」が政府から出される可能性がある。

◇4~6月期はマイナスに
 経済の好転により、13年の実質国内総生産(GDP、年率換算)は1~3月期が4.5%増、4~6月期が3.6%増、7~9月期が1.1%増となった。今後の焦点は消費税が増税される14年4月以降の動向だ。13年10~12月期、14年1~3月期は駆け込み需要と冬のボーナスの増加などを背景に高い伸びを維持する見通しだ。特に14年1~3月期は消費税増税の直前とあって、アナリストは「4~7%」の伸びを予想している。その反動が出るのが、14年4~6月期。個人消費や住宅投資が急減し、実質GDPは1.4%減(野村証券)、3.4%減(SMBC日興証券)、5.5%減(大和総研)などとマイナスに落ち込むとみられている。

実質GDP成長率


 ただ、14年4~6月期がマイナス成長になったとしても、7~9月以降は「緩やかな回復軌道に戻る」(みずほ総合研究所)とプラス成長に回復すると予測するエコノミストは多い。政府がまとめた5.5兆円の景気対策の効果や、輸出や民間設備投資が堅調に推移するからだ。5.5兆円の景気対策は、低所得者への現金給付や最新の設備投資を導入する企業に対する減税、公共投資などが盛り込まれている。輸出では中国の景気減速が続くものの、米国経済は雇用環境の改善が続き、順調に回復する見通しだ。
 政府は次の消費税増税、つまり8%から10%の引き上げを2015年10月に予定している。実施か見送りかについて、安倍首相は「7~9月の状況を見て判断したい」として、14年7~9月期の実質GDPなどの経済指標を踏まえ、同年末までに最終判断を下す考えを示している。エコノミストの予想では、7~9月期の実質GDPは前期比年率換算で0.0%(SMBC日興証券)、3.0%増(大和総研)、2.5%増(野村証券)など。安倍首相が8%への引き上げを決断した際の13年4~6月期実質GDPは3.8%増(その後3.6%に修正)だった。このため、10%への実施に踏み切るには、14年7~9月期実質GDPが少なくとも2%以上は必要になりそうだ。
 14年は「賃上げ」が大きな課題となる。円安による物価の上昇と消費税増税によって家計の実質的な所得が低下する。一方で、アベノミクスの恩恵を受け、大企業の業績は改善に向かっている。安倍政権はデフレからの脱却を図るため昨年から経済界に賃上げを要請してきており、労働組合の中央組織である連合も14年春闘で5年ぶりに基本給を1%引き上げるベースアップ(ベア)の実施を要求することを決めている。これに対し、一部の企業はベアや賞与増に応じる見込みだ。ただ、非製造業を含む幅広い業種、中小企業まで賃上げの流れが波及するには、しばらく時間がかかりそうだ。

◇不透明な原発再稼働
 14年の経済課題としては原発の再稼働問題がある。13年9月に関西電力大飯原発3、4号機が定期検査のため停止し、国内で稼働している原発はゼロになった。原発停止による供給不足をコスト高の火力発電で穴埋めするため、発電にかかる費用が上昇。原発を保有する電力会社6社(東京、関西、九州、北海道、東北、四国)が12~13年にかけて電気料金の本格値上げに踏み切った。各社の値上げ幅は家庭用で6~9%。政府認可の必要ない産業用の上げ幅は家庭用を上回る。中部電力も14年4月の値上げを予定している。原発が動かない状況が続けば、電力会社の経営を一段と圧迫し、電気料金を再引き上げせざるを得なくなる。さらに電源の中で原発が占める割合が高い関西電力などは需要が増える夏場に電力が不足し、経済活動に悪影響が及ぶ。
 政府は深刻な原発事故への対応を電力会社に義務付ける新しい規制基準を13年7月に施行した。それに基づき、同年末までに北海道、関西、四国、九州、東京、中国、東北の7電力は、9原発計16基の安全審査を原子力規制委員会に申請した。このうち、早ければ今夏にも安全審査をクリアする原発が出てくる見通し。安倍首相は規制委の審査を通過したものから順次、再稼働を認める方針だ。ただ、審査の過程で不備が見つかれば、運転再開もそれだけずれこむ。既に審査は当初の見込みよりも遅れている。さらに、審査を通ったとしても、最終的には住民の理解や地元自治体の了解を得る必要があり、再稼働の時期は不透明だ。

◇TPP、正念場迎える
 14年は環太平洋連携協定(TPP)の交渉が正念場を迎える。TPPは太平洋を取り囲む米国や日本、オーストラリアなど12カ国が早期の締結を目指して交渉を進めている広域の自由貿易協定(FTA)。農産品や工業品の関税を相互になくすことで貿易を拡大させるほか、投資、知的財産権など幅広い分野で共通ルールを作り、企業の海外展開を活発化させることを狙っている。TPPが発効すれば、世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める巨大な経済圏が誕生する。日本は安倍首相が13年3月に交渉参加を表明し、同年7月に交渉に加わった。
 TPP交渉参加国は13年中の妥結を目指していたが、同年末にシンガポールで行われた閣僚会合で、関税や知的財産権、国有企業などの難航分野で各国の隔たりを埋められず、年内妥結を断念。年明けの14年1月に閣僚会合を改めて設定し、同会合での妥結に向け「今後数週間、集中的な作業を継続する」と表明した。しかし、参加国の調整は進まず、閣僚会合は2月開催の方向で調整されている。
 13年末の閣僚会合で妥結に至らなかったのは、知財分野で米国と新興国の対立が解けなかったことに加え、日米間で日本が関税維持を求めるコメ、砂糖、麦、牛・豚肉、乳製品の重要5項目の扱いで両国の溝が埋まらなかったことが大きい。交渉参加国の中では世界1、2位の米国、日本はTPP発効により新興国で知財権の保護強化や投資の自由化のルール整備が進めば、大きな経済利益を期待できる。日米はこうした共通の利益を重視し、関税分野で歩み寄れるかが妥結のカギを握る。一方、米政府は14年11月の米議会の中間選挙に向け経済政策の実績づくりを急いでいる。夏には中間選挙の論戦に入るため、オバマ政権は春までのTPPの決着を目指しているとされるが、逆に春までに合意できなければ、交渉自体が大きく後退する可能性がある。