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■「中央調査報(No.687)」より

 ■ 2015年の展望―日本の経済 ―実効性問われるアベノミクス―

時事通信社 経済部次長 橋本 一哉


 消費税増税の影響で失速した日本経済を再び上向かせ、デフレ脱却を実現できるのか。2015年は安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」の実効性がまさに問われる1年になる。ただ、好調な企業収益が賃金に回って個人消費と設備投資を活発化させ、さらに企業業績を上向かせるという安倍政権が想定してきた「経済の好循環」の流れは依然弱い。本格的な好循環の実現に向けて、大企業に限らず中小企業の業績も上向き、賃上げが中小従業員や非正規労働者などにも幅広く波及していくかどうかが焦点になる。
 また15年は、環太平洋連携協定(TPP)交渉や「岩盤規制」改革などの成長戦略、原発再稼働の行方も注目される。

◇14年度は5年ぶりマイナス成長
 「景気回復にはこの道しかない」。15年10月から当初予定した消費税率10%への再引き上げを17年4月に延期することを表明し、昨年11月に衆院を解散した際、首相は自らの経済政策アベノミクスについて、こう言明した。
 首相が消費税率の再引き上げの延期を決断したのは、昨年4月の消費税増税以降、政府の想定以上に経済が大幅に落ち込んだためだ。政府が1月12日に閣議了解した政府経済見通しによると、14年度は物価変動の影響を除いた実質の経済成長率がマイナス0.5%と、リーマン・ショック後の09年度以来5年ぶりのマイナス成長になる見込みだ。半年前にはプラス1.2%としていただけに、大幅に下方修正された。
 個人消費(前年度比2.7%減)や住宅投資(10.7%減)の落ち込みが特に目立っている。また、消費者物価は3.2%上昇(消費税増税分も含む)とみている。増税や円安の影響で物価が上がったものの、賃金の伸びが追い付かず、個人消費が低迷したことが、マイナス成長につながった。
 一方、15年度は実質成長率を1.5%増と想定する。増税分がなくなる消費者物価の上昇率は1.4%と予想。個人消費は2.0%増とみている。14年度に1.2%増にとどまった設備投資は5.3%増を見込んだ。原油安が追い風になる。

◇賃上げの広がりが焦点
 「経済界の皆さまに賃上げについて最大限の努力を図っていただけるよう要請したい」。首相は昨年12月、衆院選で与党が勝利した直後に開かれた政労使会議でこう語り、経済界に2年連続の賃上げを求めた。
 この会議でまとめられた政府、経済界、労働界の合意文書は「経済界は、賃金の引き上げに向けた最大限の努力を図る」と明記。また、経済界が「取引企業の仕入れ価格の上昇などを踏まえた価格転嫁や支援・協力について総合的に取り組む」との文言も盛り込んでいる。
 経団連によると、14年春闘での大手企業の月例賃金引き上げ額(定期昇給を含む)は7370円、上昇率は2.28%で、16年ぶりに賃上げ額が7000円を超えた。しかし、アベノミクスに対しては、経済官庁幹部から「恩恵を受けたのは大企業とその従業員、株を持っている人だけ」との声が漏れる。実際、厚生労働省が発表する毎月勤労統計調査によると、物価上昇を加味した実質賃金指数は消費税増税などの影響で、14年11月まで17カ月連続のマイナスとなっている。デフレから脱却し、日本経済再生の足がかりを築くには、大企業の正社員に比べて給料が安い中小企業の従業員や非正規労働者も含め、賃金を底上げしていくことが不可欠だ。
 12年12月の第2次安倍内閣発足時の円相場は1ドル=85円台。アベノミクスの第1の矢である大規模な金融緩和により昨年12月に一時121円台を付け、約36円も下落した。円安は自動車など輸出産業の業績を押し上げ、時事通信の集計では、東証1部上場企業の14年9月中間決算は経常利益が前年同期比14.0%の大幅増になった。大企業経営者には「行き過ぎた円高をなんとかしないと日本の製造業は国内で成立しない。これを是正したのは立派だ」(古森重隆富士フイルムホールディングス会長)と評価する声が多い。その一方で、円安は輸入原材料の高騰をまねき、生活に身近な冷凍食品、パン、菓子といった食品などで値上げが相次いだ。今後も引き上げられ、生活のさらなる圧迫要因になる恐れもある。
 さらに中小企業には、消費税増税や円安による仕入れ価格の高騰を価格に十分転嫁できず、従業員の賃上げを行っていないところが多い。今年の春闘では、連合が2年連続でベースアップ(ベア)を要求する方針を掲げ、大企業と中小企業の格差是正も課題に設定した。経団連も政府の要請を踏まえ、デフレ脱却に向け昨年に続いてベアを容認する姿勢だ。政府は企業活動を後押しするため、法人実効税率(標準ベース34.62%)を15年度に2.51%、16年度までの2年間で3.29%引き下げる。こうした中、賃上げの動きがどこまで広がるのかが注目される。

◇海外投資家、成長戦略に注目
 15年の日本経済の動向をみる上で、賃上げに次いで注目されるのはアベノミクスの第3の矢である成長戦略だ。首相は1月5日、年頭記者会見で「私たちがまいたアベノミクスの種はこの2年間で大きな木に成長し、実りの季節を迎えようとしている」と強調した。確かに政権発足時に1万円台だった日経平均株価は、第1の矢の金融緩和と第2の矢の財政出動によって、昨年12月には一時1万8000円台まで上昇した。ただ、成長戦略に関しては「踏み込み不足」との見方が多かった。
 市場関係者からは「特に海外投資家は成長戦略や構造改革の進展度合いに目を向けることになるのではないか」との声が聞かれる。今後の具体的な注目点としては、足踏みが続くTPP交渉の早期妥結に加え、農業、労働、医療といった分野で業界団体が死守してきた「岩盤規制」の改革が挙げられる。民間エコノミストからは「これらが進まなければ、株価は上値の重い展開になり、16、17年には日本の経済や金融市場の波乱要因になる可能性がある」との見方も出ている。
 TPPについては、アジア太平洋地域に世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める巨大な経済圏ができれば、日本経済にもメリットは大きい。一方、米国では16年11月の大統領選挙に向けた動きが今夏以降に本格化するため、元米政府高官は「5月ごろまでに交渉が妥結しなければ、オバマ政権下では困難になる」との認識を示す。日米両政府は、交渉に参加する12カ国全体の閣僚会合を3月前半をめどに開き、大筋合意を目指す方針で一致しているとされる。しかし、日米間では、コメなど農産物重要5項目で依然隔たりがある。また、知的財産権の保護などをめぐっては、米国とマレーシアなど新興国が対立しており、交渉の行方はなお不透明だ。
 岩盤規制の改革では、農業分野の改革が試金石になりそうだ。農協改革が争点となった1月11日の佐賀県知事選では、与党推薦候補がJA側支援の候補に敗れ、自民党内では来年改選される参院議員らに不安が広がっている。今後は、安倍政権が党の支持基盤である農協組織などに踏み込んで改革を断行できるかどうかが問われる。

◇道のり険しい財政健全化
 社会保障などの政策経費を借金である国債に頼らずどれだけ賄えるかを示す国・地方の「基礎的財政収支(プライマリーバランス)」に関し、政府は15年度に赤字の対国内総生産(GDP)比を10年度に比べて半減し、20年度に黒字化させる財政健全化目標を掲げる。安倍首相は「経済成長と財政健全化の両方を成し遂げる」と強調。20年度の健全化目標の達成に向けて、具体策を今夏までに策定する考えだ。
 1月14日に閣議決定した15年度予算案は、国の基本的な予算規模を示す一般会計の総額が社会保障費の増大により、14年度当初比0.5%増の96兆3420億円と過去最大を更新した。ただ、税収増を背景に、新規国債の発行額を6年ぶりに40兆円を切る水準に抑制したことにより、基礎的財政収支の15年度の目標については達成できる見通しだ。
 しかし、内閣府の試算では、消費税を当初の予定通り15年10月に引き上げても、20年度の基礎的財政収支は11兆円の赤字だった。増税延期による景気回復で税収が増える可能性はあるが、エコノミストの間には「10%超へのさらなる消費増税や社会保障費の抑制策なしでは、20年度の黒字化は到底達成できない」との見方が多い。
 通常であれば財政が悪化すれば金利は上昇するが、異次元緩和に踏み切った日銀が市場で大量の国債を買っていることから、マーケットを通じた財政規律はアベノミクスの下では機能しにくい。このため、市場関係者には「(低金利で)政治が慢心し、財政が緩んでいる」との懸念が強く、こうした警告を無視し続ければ日本財政への信認が揺らぐ可能性も否定できない。
 米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは昨年12月、消費税再増税の先送りによって政府の財政赤字の削減目標の達成が難しくなったなどとして、日本国債の格付けを「Aa3」から上から5番目の「A1」に1段階引き下げたと発表した。これにより、日本の格付けは中国や韓国を下回り、イスラエルやチェコと並んだ。別の大手格付け会社フィッチ・レーティングスも引き下げ方向で見直すと表明しており、今年上期に結論を出す方針だ。
 国債や借入金など「国の借金」は1000兆円を超えている。財政再建は待ったなしの課題だけに、20年度の目標達成に向けた具体策の策定では政権の覚悟が問われることになる。

◇近づく原発再稼働
 原発をめぐっては九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)の再稼働が今春にも見込まれるなど、15年は「稼働ゼロ」状態が解消する見通しだ。政府は原発を「重要なベースロード電源」と位置付けており、安倍首相は「安定した低廉なエネルギーを供給していく責任がある」と強調。原子力規制委員会が新規制基準に適合していると認めた原発を再稼働させる方針で、民主党政権下での脱原発路線から原発活用路線への回帰を鮮明にしている。
 新規制基準に基づき規制委に審査を申請している原発のうち、川内原発1、2号機のほか、関西電力高浜原発3、4号機(福井県)には、規制委が事実上の合格証となる審査書案を了承済みだ。九電玄海原発3、4号機(佐賀県)などが、その後に続くとみられる。
 燃料費がかさむ火力発電への依存を余儀なくされている電力各社は、早期再稼働に強く期待している。ただ、国内の原発48基全ての再稼働は困難だ。政府は稼働から40年程度の老朽原発を廃炉にするかどうか各社に判断を求めており、関電、九電、中国電力、日本原子力発電の4社は関電美浜1、2号機(福井県)など計5機を廃炉にする方向だ。立地地域の雇用確保策などを地元と協議した上で、14年度内に廃炉を正式決定する。
 原発の運転期間は改正原子炉等規制法で原則40年に制限された。規制委が認可すれば最長20年の延長が可能だが、延長には安全強化策に1000億円規模の費用が掛かる。このため、出力が小さく採算面で厳しい5基は廃炉になる見通しだ。一方、老朽原発でも関電高浜1、2号機(福井県)は運転延長に向け「特別点検」に既に着手している。