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■「中央調査報(No.699)」より

 ■ 2016 年の展望-日本の政治 -安倍首相、長期政権へ年内解散も-

時事通信社 政治部デスク 佐々木 慎


 2016年政局がスタートした。「1強政治」を推し進める安倍晋三首相が長期政権への足場を固めるには参院選勝利が至上命令だ。衆院選と投票日を同じ日にして相乗効果を期待する「ダブル選」の憶測も広がる。これに憲法改正や消費税引き上げも絡み、今年の政局は波乱含みの展開となりそうだ。


◇12月に「中曽根超え」
 「4年後には東京で再び五輪・パラリンピックが開催される。これを必ず成功させ、さらにその先を見据えながら、新しい国造りへの挑戦を始める年にしたい」。首相は1月4日の年頭記者会見で長期政権への意欲を語った。首相の自民党総裁としての任期は2018年9月まで。現在の党則では「総裁は引き続き2期を超えて在任することができない」と規定されており、1期3年2期までとなる。
 もちろん例外もある。ちょうど30年前の1986年7月、当時の中曽根康弘首相は「死んだふり解散」でダブル選に踏み切り圧勝。9月11日の両院議員総会で、総裁任期を87年10月30日まで1年延長する党則改正を決定した。当時の総裁任期は1期2年2期まで。党則の規定はそのままとし、「党大会に代わる両院議員総会において、党所属の国会議員の3分の2以上の多数による議決により1年以内の期間を定めて、延長することができる」との項目を追加した。総裁任期延長による続投は55年の結党以来、この一例しかない。
 両院総会で1年続投の受諾あいさつに立った中曽根氏は「待合室はだいぶ混んでいる」と居並ぶ議員を笑わせた。当時は安倍晋三首相の父である安倍晋太郎、竹下登、宮沢喜一の各氏がニューリーダー「安竹宮」としてポスト中曽根を競い合っていた。
 30年後の現在、安倍首相を脅かす有力政治家は与党にも野党にも見当たらない。昨年12月、鳩山邦夫元総務相は自身が主宰する勉強会の会合で、総裁再選を果たした首相について「3年間見事に務めたならば、党則を変更してまたやってもらえればいい。それが無投票当選の裏の心だ」と解説、総裁任期延長に言及した。「3年間見事に務めたら」との言葉にはもちろん国政選挙での勝利という意味が込められている。
 総裁として臨んだ2012年衆院選、政権奪還後の13年参院選、14年衆院選と3度の国政選挙で勝利を重ねてきた首相に党内の期待は大きい。選挙を乗り切れば、任期延長問題が現実の課題となるのは間違いない。
 首相は今年12月4日で在職日数が中曽根氏の1806日と並ぶ。18年9月までの総裁任期を仮に1年延長すれば、19年2月23日に吉田茂元首相(2616日)、8月24日には戦後首相の最長記録を持つ大叔父の佐藤栄作元首相(2798日)を超える。延長期間2年なら、20年の東京五輪開会式(7月24日)を首相として迎え、五輪の成功をその目で見届けることもできる。衆院議員の任期が切れていないことが条件だ。


◇勝敗ラインは3分の2
 首相が長期政権を狙うのは、憲法改正やアベノミクス「新3本の矢」の推進に腰を据えて取り組むためだ。改憲の発議には、衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成が必要。既に衆院では自民、公明両党で3分の2以上の議席を占めている。首相は1月10日放送のNHK番組で「自公だけではなく、改憲を考えている未来に向かって責任感の強い人たちと3分の2を構成したい」と述べ、おおさか維新の会などと連携して改憲勢力の結集を目指す考えを明らかにした。  参院の定数は242で過半数は122。任期6年の参院は3年ごとに半数が改選される。今回改選となるのは自民50、公明9。両党の非改選議席は76なので、3分の2にあたる162議席を確保するには、自公で27議席上積みし、86議席を獲得しなくてはならない。大勝した13年の前回参院選ですら76議席(自民65、公明11)だったので、「3分の2は極めて厳しい」というのが大方の予想だ。
 しかし、首相が期待するおおさか維新の会(非改選5)、日本のこころを大切にする党(同3)など改憲に積極的な議員の協力を得れば3分の2に届き、初の改憲発議も現実味を帯びてくる。
 一方、民主党の岡田克也代表は1月9日、伊勢参拝後の記者会見で「平和憲法がどうなるのかの分岐点だ。与党勢力が3分の2を占めると憲法9条改正まで行く」と強調。野党第1党として心もとない目標だが、改憲勢力の3分の2阻止を目指す方針を掲げている。


◇野党統一候補の行方
 野党は、共産党も含む共闘体制の確立が焦点だ。勝敗のカギを握る32の「1人区」で候補を1人に絞れば、共倒れを防ぐことができる。昨年「国民連合政府」構想を呼び掛けた共産党は公認候補取り下げも含め柔軟な姿勢を示している。熊本では昨年12月、共産党も加えて無所属新人を支援する野党統一候補の第1号が実現した。どこまで統一候補を立てられるかが参院選の結果を左右する。
 この野党共闘の枠組みを後押ししているのが、安全保障関連法廃止を掲げる市民団体だ。学生団体「SEALDs(シールズ)」など5団体は、野党系候補を支援する「市民連合」を設立、安保法廃止を訴える候補の応援に乗り出している。1月5日に東京・新宿で開催した街頭演説会では、野党幹部を前に出席者から「野党はきちんとまとまれば票が入る。縄張り争いをしなければ確実に政権交代だ」と、早期の野党共闘構築を求める声が相次いだ。
 ただ、民主党内は保守系議員を中心に、共産党と組むことへの反発が強い。共産党が自主的に公認候補を降ろすのは歓迎しているが、同党と積極的な協力関係を築くのは難しそうだ。


◇「セミダブル選」も
 政権が最重要視しているのが4月24日投開票の衆院北海道5区補欠選挙で、参院選の前哨戦と位置付けている。首相としては、通常国会で2016年度予算案を年度内に成立させ、補選に勝利。さらに、5月に8年ぶりに日本で開催される主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)を議長として成功に導き、参院選に突入するのがベストシナリオだ。政局が予測通りに運び、内閣支持率も堅調に推移していれば、首相はダブル選を真剣に検討するかもしれない。各党が小選挙区に候補者を立てて争う衆院選が同時に行われれば、野党は参院選で進めている「統一候補」戦略の見直しを迫られる。ダブル選は野党共闘にくさびを打つ効果もある。
 同日選の憶測が消えないのは、衆院選を実施するタイミングが事実上、限られていることによる。来年4月には消費税率が10%に引き上げられ、増税後に景気が冷え込むと、政権批判が強まり選挙はやりにくい。首相の総裁任期は再来年9月までで、衆院議員の任期は同年12月。首相が解散を遅らせるほど「追い込まれ解散」となる。首相が主導権を握って解散を打つタイミングとしては、ダブル選のほかに、①秋の臨時国会②来年1月の通常国会冒頭-に絞られる。
 公明党は支持母体の負担が増すダブル選には否定的だ。しかし、先の消費税の軽減税率をめぐる与党調整で自民党が公明党に譲歩したのは、ダブル選を公明党にのませるためだとの見方もある。公明党に配慮して、衆院選を秋や冬にずらす「セミダブル選挙」や「年末選挙」も選択肢に上がっているようだ。衆院議員の任期満了は20年秋以降となり、首相は五輪を花道にできる。
 一方、おおさか維新内には、ダブル選になれば「橋下徹前大阪市長が衆院選で国政進出する」との期待感が強い。政界を引退した橋下氏は昨年12月、首相ら主催の慰労会で、改憲を争点にすべきだと首相に進言しており、首相の強力な応援団になり得る。
 年内解散に障害がないわけではない。株安など経済状況が悪化すれば、解散どころではなくなる。政権内のスキャンダルも波乱要因だ さらに、昨年11月、最高裁は14年衆院選の「1票の格差」を「違憲状態」との判決を出したが、格差是正への取り組みを怠ったまま衆院選を挙行すれば、最高裁が判決で「違憲」や「選挙無効」に踏み込む可能性もある。
 自民党は窮余の策として、2月に公表される15年の国勢調査速報値を基に選挙区割りをやり直し、格差を2倍未満とする独自の「緊急是正」策を模索している。こうすることで「国会の努力」をアピールしつつ、定数削減など本格的な制度改革は先送りできると見ているからだ。


◇拉致再調査、撤回も
 日本は年明けから国連安全保障理事会の非常任理事国を務めている。5月には伊勢志摩サミットも開催する。首相はテロ対策や難民支援、中国の海洋進出問題などで議長としてのリーダーシップが問われることになる。参院選直前の時期は、「メディアの話題がサミット一色となる」(政府筋)ため、首相は議長を滞りなくこなして、参院選へのプラス材料としたい考えだ。
 二国間関係では、昨年末、韓国と決着にこぎつけた慰安婦問題がなお注目点だ。韓国が設立する新たな財団への約10億円の拠出をめぐり、日本側は公式に認めないものの、「ソウルの日本大使館前にある少女像撤去が前提条件」(政府関係者)としている。韓国では一部の元慰安婦や支援団体が日韓合意に反発しており、合意内容を実行に移せるかは予断を許さない。
 日中関係では、中国公船が依然として沖縄県・尖閣諸島周辺で領海侵犯を繰り返している。首相は習近平国家主席との首脳会談を重ね、不測の衝突を回避するための「海空連絡メカニズム」の早期運用や、東シナ海のガス田開発の進展を目指す。
 北方領土問題を抱えるロシアとの関係では、プーチン大統領の訪日にめどが付かないことから、首相はサミット前の春ごろの訪ロも視野に入れている。首脳同士の直接交渉で領土問題を進展させたい考えだが、ロシア経済が落ち込む中、プーチン氏が譲歩する政治的環境にはないとの指摘もある。
 一方、北朝鮮は1月6日に、「水爆」と称する核実験を強行した。これに対し国際社会が一致して新たな制裁発動を検討している。日本政府も独自制裁を強化する方針だが、北朝鮮が態度を硬化させ、約束した拉致問題の再調査をほごにする恐れもあり、日朝協議は厳しさを増しそうだ。