■ 世論調査で探る「世論調査」
NHK放送文化研究所
NHK放送文化研究所(以下、文研)では、2015年5月、「『世論形成』と情報利用に関する世論調査」を実施した。これは、当研究所の研究誌「放送メディア研究」第 13号(NHK出版、2016年 2月発行)のテーマ「『世論』をめぐる困難」に関連し、「世論」形成の仕組みや、人々が「世論」や「世論調査」に対して抱くイメージなどを世論調査で計量的にとらえようという目的で企画・実施したものである ⅰ。なお、調査の企画は、中央大学・安野智子教授、関西学院大学・三浦麻子教授、同大・稲増一憲准教授と共同研究の体制で行った。 『注意を払っている』人は、男女別では、男性が63%で、女性(50%)より高い。また年層別にみると高年層ほど高く、70歳以上は7割を超えるが、30代以下では5割を切り、20代では25%である(図2)。 世論調査に対するイメージ・認識 さらに、「世論調査」に関する認識をイメージするため、世論調査の知識や、それにまつわる「言説」的な意見について、「そう思う」かどうか聞いた。そのうち1つを紹介する。 「新聞社の世論調査は、その新聞の読者だけを対象におこなっている」 「そう思う」という人、つまり誤解をしている人は全体では18%であった。年層別にみると、誤解をしている人の割合は、60代で13%と、全体の中でも低めである。他の年層についてはいずれも、20%前後で、大きな違いはみられない(図3)。 世論調査は国民の声を政治に反映させているか それでは、「世論調査」にはどんな役割があると考えられているのだろうか。調査ではそのひとつの指標として、「国民の声を政治に反映させる」手段としての評価を尋ねた。これはいわば、民主主義社会の実現手段としての役割の評価である。具体的には、選挙、国会、政党、テレビ・新聞、インターネット、世論調査の計6項目について、「○○があるから国民の声が政治に反映される」と思うかどうか、それぞれ4段階で尋ねたⅲ(図4)。 図4の右に示した「そう思う」+「どちらかといえばそう思う」の計(=『そう思う』)をみると、全体的に評価が高いわけではなく、5割を超えるのは「選挙」と「テレビ・新聞」の2つである。「世論調査」は44%で、「政党」や「国会」といった、まさに民主主義を支えるシステムの評価と同程度である。相対的な評価を考えれば、世論調査の評価は、決して低いものではない、とみてもよさそうだ。 このほか、「インターネット」は37%で、「世論調査」に比べると低いが、「国会」とは同程度である。 続いてそれぞれの評価について、「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」を合わせた結果(=『そう思う』)を年層別にみたのが図5-1と図5-2である(比較がしやすいように、「世論調査」の結果は、どちらの図にも掲載した)。 まず「世論調査」については、年齢が高くなるにつれ、「そう思う」人の割合も高くなる傾向があるが、50%を超えるのは、70歳以上(51%)だけである。 「選挙」は70歳以上で、「国会」「政党」は60代以上で全体の中でも高く、高年層で評価が高い(図5-1)。それより若い年層では、「国会」は50代以下、「政党」は40代以下、また「選挙」は20代と40代での評価が低くなっている。 続いて図5-2をみてみよう。「テレビ・新聞」も、世論調査と同様、「そう思う」割合は、年齢が高いほうが高い傾向がある。一方「インターネット」は、他の項目との違いが顕著である。若年層(30代以下)で評価が高く、高年層(60代以上)で低い。 世論調査に対する意見 調査ではこのほか、世論調査について人々がどのように考えているのか、さらにそれぞれがどのように関連しているのかを探るため、世論調査に対する以下の7つの意見について、それぞれ「そう思う」から「そう思わない」までの5段階で尋ねた(図6)。括弧内は略称である。 (1)世論調査は人々の意見を公平に反映している(公平に意見反映) (2)世論調査の結果はマスメディアに操作されている(マスメディアが操作) (3)世論調査の結果は政治家に操作されている(政治家が操作) (4)世論調査の結果には納得がいくことが多い(結果に納得) (5)世論調査は多様な意見を伝えてくれる(多様な意見) (6)政治家は世論調査の結果に敏感であるべきだ(敏感であるべきだ) (7)重要な政策の指針は、そのときどきの世論調査の結果にあまり左右されないほうがよい(左右されないほうがよい) 図6の右に記した「そう思う」と「ややそう思う」の計(=『そう思う』)が最も多いのは、「敏感であるべきだ」で、7割近い人が『そう思う』と答えている。続いて「多様な意見」(49%)が続くが、すべて半数以下である。 また「マスメディアが操作」(30%)、「政治家が操作」(20%)といった懐疑的な見方をする人も、多数ではないが一定程度存在している。 さらに、『そう思う』という人の割合を年層別にみたのが図7である。 「敏感であるべきだ」は、年層による差はない。また「公平に意見反映」「結果に納得」「多様な意見」「左右されないほうがよい」の4項目では、70歳以上で全体の中でも高くなっている。一方、「マスメディアが操作」「政治家が操作」という世論調査に対する懐疑的な意見は、20代、30代で全体の中でも高くなっている。 「敏感であるべきだ」を除く6項目では、「どちらともいえない」が3割を超え、無視できない割合を占めている。本当に「どちらとも決められない」という人が多いからという可能性もあるが、先にふれたように、世論調査に注意を払っていない人が(あまり注意を払っていない、というレベルの人も含めて)4割程度は存在することを加味すると、注意の程度の違いが、評価に反映されている可能性もある。そこで、注意を払っているかどうかで、回答の傾向の違いがあるのかをみたのが表1である。 まず、「どちらともいえない」の割合は、どの項目についても、『注意を払っていない』(=「あまり」+「ほとんど」注意を払っていない)人のほうが、『注意を払っている』(=「かなり」+「やや」注意している)人より高い。 また『そう思う』は、「政治家が操作」「マスメディアが操作」の2項目は、『注意を払っている』かどうかによる違いはみられなかったが、それ以外の5項目では、『注意を払っている』人のほうが『注意を払っていない』人より高い。つまり、注意を払っている人のほうが世論調査に懐疑的ではない、といえそうだ。 政治・政策判断における世論調査の位置づけ 最後に、特に、政治や政策案件について、人々は世論調査の重みや影響力をどのようにとらえているのかをみていきたい。「世論調査の結果」は重要な政策決定にどこまで影響を与えられ、もしくは与えるべきものだと考えているのだろうか。そこで、先に紹介した以下の2項目に注目した。 「政治家は世論調査の結果に敏感であるべきだ(敏感であるべきだ)」 「重要な政策の指針は、そのときどきの世論調査の結果にあまり左右されないほうがよい(左右されないほうがよい)」 一見、相反する感があるこの2項目だが、クロス集計結果では、「左右されないほうがよい」と思っている(=『そう思う』)人たちでも、その70%が「敏感であるべきだ」(=『そう思う』)と思っている。 反対に、「敏感であるべきだ」と思っている(=『そう思う』)人たちでも、「左右されないほうがよい」と思っている(=『そう思う』)人が39%と、4割近く存在する。 この2項目を含めた世論調査に対する意見の項目間の相関係数を示したのが表2であるⅳ。 区間推定結果が示すように、「敏感であるべきだ」と「左右されないほうがよい」の相関関係は、統計的な誤差を考慮しても、ほぼゼロに近い。この2つは別々の問題、いわば別次元の問題だと考えられているようだ。 また、他の5項目と比べても、「敏感であるべきだ」は「公平に意見反映」「結果に納得」「多様な意見」とそれぞれ相関があるが、「マスメディアが操作」「政治家が操作」とはほとんど相関がない。一方、「左右されないほうがよい」は、「マスメディアが操作」「政治家が操作」と弱い相関があるが、それ以外の3つ(「公平に意見反映」「結果に納得」「多様な意見」)とは相関がない。 こうした結果から、このようなことが考えられるのではないだろうか。 基本的には、政治(家)は「世論調査の結果に敏感であるべきだ」と考えられている。これは、公平に意見反映」「多様な意見」といった点で、世論調査がいわば民意を反映する手段として、一定の評価があることとも関連している。 しかし、だからといって、政治は世論調査の結果に左右されるべきだ、とは考えられていない。世論調査の結果は尊重されるべきだが、「世論調査でこうだからこう決めるべき」というやり方には否定的であるようだ。 また「左右されないほうがよい」は、ほかの項目と弱く、もしくはほとんど相関がない。「マスメディアが操作」との相関係数(0.182)が最高である。世論調査の結果に政治が従うべきかどうか、という形で考えること自体が、異質であるようだⅴ。 以上、ごくわずかな質問を手がかりにした分析ではあるが、世論調査に関する人々の考えについて、調査結果からみえてきたことをまとめてみた。 ○世論調査に対して注意を払っている(「かなり」+「やや」の合計)人は全体の6割程度で、年層による違いが顕著に見られる。 ○民意反映手段としての世論調査の評価は高いとは言えないが、「政党」「国会」と同程度である。しかし同時に、「政治家は世論調査結果に敏感であるべきだ」と考える(=『そう思う』)人が7割近くと、世論調査の結果を尊重する人が相当数存在する。 ○ただし、重要な政策判断の際に、世論調査の結果をそのまま反映させるべきかどうか、ということになると、また別の判断軸があるようである。 なお、今回の調査においては、これまで見てきた「世論調査」に対する意識を探ることだけではなく、世間の人の意見や周囲の人の意見がどのように認知されていくのか、いわゆる「世論形成」過程の現状を明らかにする、ということも重要な目的としていた。特に近年は、インターネットやソーシャルメディア上の言論が政治的なコミュニケーションや世論形成にどのように関わり、どの程度の影響力を持つのか、メディア研究の分野においても関心は高い。これらのテーマについての分析・検証は、共同研究を行った安野智子教授らがおこない、「放送メディア研究」第13号に3本の論文が掲載されている。 最後に、「放送メディア研究」第13号<「世論」をめぐる困難>についてもご紹介したい。「世論」について大きく3つの章に分けて議論を行っている。第1章は、社会の変化により実施においてさまざまな課題をもつ世論測定(=世論調査)について、第2章はメディア環境が大きく変化し、インターネット上のコミュニケーションも盛んになる時代の世論形成過程の変容について、第3章は、世論が生まれる背景となる人々の基本的な価値観、政治姿勢に変化が起こり、議論を行う土壌(=公共圏)が築きにくい社会について、それぞれ多様な切り口の論考を収録した。そして最終章では、こうした困難を乗り越えるための智恵をさまざまな領域の有識者からうかがった。具体的には、世論調査とビッグデータ、それぞれの将来に向けた活用の提案、人々が争点を自分事とし、熟議するリテラシーを向上させる試み、さらに、人々がインターネット上で合意形成する過程を現実化するサービスへの挑戦、など、意欲的で示唆に富んだ提言が集まった。あわせてご一読いただきたい。 ⅰ 今回の調査では、「世論調査」や「世論」についての具体的な定義は示していない。 ⅱ 今回の調査の結果の概要、および、単純集計結果、サンプル構成は、原美和子・中野佐知子「世論調査で探る『世論』と『世論調査』」『放送研究と調査』2016年2月号に掲載。 ⅲ 回答結果を足し上げる場合には、実数で足して%を計算しているため、%を足し上げたものと一致しない場合がある。 ⅳ ピアソンの積率相関係数を使用。なお、順位相関係数も求めたが、ほぼ同様の結果だった。 ⅴ なお、この7項目について主成分分析も行ったが、同じような結果が得られた。 |